クルアドは魔女であるアルリニアに真っ直ぐと向かい、それをアルリニアは迎え撃たんと矢を放った。
それを当然のように、避けるクルアド。
青い矢羽の矢が、真っ直ぐな軌道で、ヒュンッと、横を通り抜けていった。
クルアドは翼の機動力を活かした近接戦、アルリニアは距離を取ったり近づいたり、武器も近距離から遠距離まで幅広く使用している。
クルアドを、助けないと──
でも、どうやって?二人の動きに付いていく事は出来ないだろう。
ただの人間が付いていけるような人間ではない。
そして、その間にジリジリと迫る、城の兵達。いや、兵ではない、街にいた人間もいるようだ。
おそらく、アルリニアの力によるものだろう。
此処に街にいる人がいずれ全員集まるのだろう。全員来るとなると、逃げるだけでも難しい筈だ。
後ろから、一人、また一人と、歩いてくる人がいる。その動きに人の意思は感じられない。ふらふらとふらつきながら、こちらへとただただ向かってくる。
「ケ、ケイトレット、さ、ま、か、えりま、しょう」
言葉を発するもそれは歪なものだった。かたかたと、言葉をただ読み上げただけで、感情なんてないようだった。
いや、本当に、無いのだろう。彼女に無理矢理動かされているだけに過ぎないのだから。
「ごめんなさい⋯捕まる訳には、いかない」
意を決して、剣を抜く。
思えば村にいた頃に、剣を握った事は無かった。
これも、人形のように動いている間に習得したのだろう。体に馴染むように、構えをとる。体だけが覚えている記憶。
万が一、外部の者に僕が連れて行かれないよう、僕自身がこの場に留まるために、鍛えられた力。
「守れる術が、これしかないなんて⋯皮肉だね」
だが、それでもやるしかない。
この場を凌ぐには、選り好みをしている暇なんてない。兵達の手は、真っ直ぐ伸びてきた。
兵の首へ、刃を向ける。
感じたことの無い感触が、手から腕へ、腕から全身へ伝わる。人を切った⋯その感触が⋯。
首を切った兵は倒れた。
そして、その身体は霧のように霧散した。まるで、最初からそこにいなかったように。
⋯皆、姿形も残らないのか。
最初からその人がいなかったかのように⋯。
近づく兵達、住人達を切り伏せる。
急所を知っているかの様に、体が動く。
僕は、置いて行かれてしまったんだな。
考えている暇はない。なのに、考えてしまう。
置いていかれたのかもしれない、いや、僕が置いていったのかもしれない。
皆を、大事な友達も、何もかも。僕は、村があんな目にあってから、何も、変わっていない。
何も、知らないんだ。
僕自身である筈の体ですら、僕の知らない事を知っている。
ああ、本当に、何で呑気に考えているんだろう。
クルアド⋯助けに行かないと⋯。
チラリと見ると、クルアドは、アルリニアと戦っている。
魔女である彼女の他にも、兵や住民が群がっていたが、特に対したものではないように、ばたばたと倒れ、霧が立ち込めていた。
これ以上濃くなると、目で追うのが難しい。
僕とクルアドでは、実力の差がどう見ても開いている。僕が助けに行こうとしても、足を引っ張る事になってしまうだろう。
かろうじて兵達を振り払っている僕と彼では、何もかもが違った。
どうして、助けに来てくれたんだろう。
一緒に旅をしようと、子供の頃にした約束を守るためだろうか。
その約束が、彼を今苦しめているのだろうか。
「───‼」
何か、声が聞こえた。
見ると、クルアドがこっちへ飛んで来ていた。焦ったような表情を浮かべながら。
あれ─?魔女⋯アルリニアは───
じゃらりと耳元で、音が響いた。
「くどい、お前に用はない。私は、ケイがいてくれればそれでいいのだから」
鎖が、首に巻き付いていた。
「何をしたのか知らないけれど、私の力が解けてしまうのなら、解けないように強くすれば良いだけよ」
逃げないといけないのに、強い睡魔に襲われる。
「あまり乱暴にしたくなかった⋯。だけど貴方がいなくなるくらいなら、私は何でもやるわ」
「ふざけるな!自己満足の性悪魔女が‼」
クルアドの怒鳴る声と、金属がぶつかるような音が聞こえる。
目が⋯開けていられない。かろうじて、音はまだ聞こえる。
「おいケイ!寝るな‼起きてくれ‼」
ごめん⋯。君だけでも、逃げてほしい。
そう言いたいのに、脱力したように力が入らない。
それに、眠たい。今すぐ寝たい。
寝る前に、言わないと⋯。
「⋯⋯め⋯⋯⋯げて⋯」
上手く、言えたかな。分からない。
起きたら言うから、眠らせて。
すうっと意識が、深く落ちていった。
「ったく、もう眠るってのか?お前は朝から夜まで、よく動く鬱陶しい奴だったってのに。今じゃ随分大人しくなったもんだな」
声が聞こえる。
あれ、こんな事、前にもあったような。
「おい起きろ。大人しいお前はつまらん。だったら鬱陶しくてもお転婆な方がマシだ」
そう聞こえると同時に、頬を思いっきり抓られた。
「いひゃいいひゃい!ひゃめろ‼」
目を開けるとそこには不機嫌そうな顔をした、青の中に紫の色が閉じ込められたような羽を持つ、男がいた。
その姿に思わず目を見開いた。眠気なんて無かったかのように。
「ベド?⋯ベドなの?」
そう言うと、呆れたように、ため息をついて、じとっと見つめ返してきた。
「他に誰がいるって言うんだ。この羽を持つやつが、他にいるか?」
「だって、ベドはっ⋯」
死んだ筈、そう、言えなかった。
目の前にいるのは、ベドの筈だ。あの頃と、姿の変わらないベドが、見下ろすように、佇んでいた。鮮やかな紫色を閉じ込めたような、星空のような青い羽が、彼の存在を証明している。
そんな彼に、言えなかった言葉などお見通しなのだろう。
昔からベドは、嘘を見抜くのが上手かった。
「確かに死んだな。」
きっぱりと言い放った、聞きたくなかった言葉。
「⋯ごめん」
「何で謝る?」
「僕のせいだから」
ベドは大の旅好きだった。
トア族は旅を好む者が多いらしいが、ベドはその中でも特にだろう。彼の話は村から出ない僕にとっては、とても魅力的なものだった。
面倒くさがりな彼が、旅にはよく行っていた。
そんな彼が、村で死んでしまったなど、良いものではないだろう。
恨まれて当然だ。
「はあ⋯お前は俺が恨んでいるように見えるのか。ふーん、そっか」
「恨まれて当然だろ」
「当然⋯ね。俺はさ、恨んでいる奴がいたらそいつを俺に恨まれた事を後悔させてやるくらいボコボコにするつもりだけど?で?俺はお前をボコボコにしてるのか?」
「それは⋯」
じりじりと顔を近づけるその瞳は、瞳孔が針のように鋭い。全てを見透かすような瞳が答えを急かすように見つめている。
「⋯⋯⋯」
答えを言えず、目を、逸らしてしまう。
「沈黙が答えって事?分かった。じゃあ、俺がここのいる理由、あの時の事、教えてやるよ。あまりゆっくりは教えてやれないだろうがな」
あの時とは、村が滅んだ時の事だろう。
ここに⋯ベドはどうして僕の夢の中にいるんだろう。
彼は、ずっと夢の中で、僕の目が覚めるのを待っていた⋯?
「まあ夢の中は曖昧だ。向こうの時間とこっちとでは関係ないからな。⋯ちょっと遅くなっても、あいつはなんとかするでしょ。多分」
「分かった。教えてほしい。あの時ベドがどうしていたのか」
そう答えるとにっと笑った。
「いいね。面倒くさいけど、教えてあげる」
まだ村が平和だった時、ベドが村に来るたびに、旅の話をせがんだ。
あの時の、面倒くさいというが、話してくれるその時の表情を、浮かべていた。
そして村が滅んだ時のベドの事を話し始めた。