「さて、俺はあの魔女が村に来た時は旅をしていて村にいなかった事は覚えているか?」
「うん。なんとなく、あの時はベドもクルアドもいなかった」
村の皆やその時村にいたトア達を話したり、退屈な時は森に行って、そして、アルリニアに会った。
「俺が戻ったのは、村が焼かれているときだったよ」
旅から戻って、村に行く時だった。
村に近づくにつれて、煙が立ち上っていた。
急いで村に向かってみると、鎖によって捕まった村人と、焼かれて刺し貫かれたトア達。同族達が燃え、羽も炎の中散っていく。
全滅、そう言える状況だった。
旅をしている時耳にした噂。支配の力を持つ魔女が、手負いで追われていると。
その魔女が、まさか村にいるとは、思わなかった。
鎖は力により具現化されたものだろう。その鎖に捕まった人は、もう元に戻らないと聞いた。
魔女の為の人形となり、意思疎通も不可能だと。
鎖に囚われた村人は、皆朧気な表情で、心などないような目でどこかをぼんやりと見ていた。
手遅れ、だった。
魔女の力は厄介だ。人の概念を簡単に捻じ曲げてしまうのだから。
支配の魔女に捕まった人間を治療できた話はない。
治療法を探している者もいるらしいが、治せたと言う話は聞かない。
自分ができる事は、せめて安らかに眠らせてやるくらいだろう。
支配の力を使われていなければ、あるいは─
村人たちの奥に諸悪の根源はいた。
子供を一人、抱えながら。
「ケイ⋯?」
魔女は、ケイトレットを愛おしそうに、抱えていた。
こちらを見ると嫌そうな顔をした。
「また、鳥。鳥は嫌い。側にいてくれないもの」
魔女の向けた視線の先は、焼かれているトア、鎖で絞め殺され、刺し殺されたトア達がいた。
トアは支配するには相性が悪かったのだろう。トアは自由がないと生きられない。
力を使おうが、支配下に置く事は出来なかったんだろう。
「側に置く奴は自分で決めるさ。それで⋯そいつの事は随分気に入ってるみたいだな」
そう言うと隠すように、ケイを引き寄せている。
「あげない。私には彼が必要だもの」
まるで物のように言う彼女に、思わず顔を顰めてしまう。
見た感じケイには鎖がまだ巻かれていない。力を使っていないのならケイトレットだけは─
「お人好しよね、ケイトレットって。ここの村の人達もそうだけれど。私の事も、この子が此処へ連れてきてくれたのよ」
「⋯ケイが?」
ケイトレットが⋯村に魔女を⋯?
いや、知らなかったんだろう。此処は世間から隔絶されている。魔女がどういうものかも、分かっていなかったんだろう。
仮に魔女だと知っても、ここの村人は村へ招いたのかもしれないが。
「じゃあこの仕打ちは?此処を火の海にする必要は無かったと思うんだけど」
ニコリと、魔女は笑った。
「欲しくなったんだもの。此処も、この子も」
勝手だ。これだから魔女は嫌いだ。自分さえ良ければ他者を巻き込む事も躊躇無いのだから。
「その割には、その子にはまだ力を使っていないようだけど?」
見たところケイは気絶しているだけのように見える。鎖が巻かれた様子も無い。
「力を使う前に、もう少しゆっくりしていたかっただけよ。邪魔が入ったけれどね」
「そう。じゃあ、もっと邪魔しようかな!」
勢いを付け、魔女目掛けて蹴りを放つ。
手負いだと聞いたが、ある程度回復しているのだろう。容易に蹴りを受け止めた。
「チっ!やっぱり面倒だな⋯!」
「ケイに傷が付いたらどうするのです⋯?随分と冷たいのですね」
「安心しろよ。お前しか狙わねえっ‼」
魔力で風を起こし、受け止められた蹴りに威力を与える。
魔女は後ろへ引き、蹴りの威力を逃した。
狙わないとは言ったがそうするとあまり範囲の広い技は使えない。
となると肉弾戦を主力にした方がいいだろう。
魔女を追い、接近戦に持ち込む。
さて、どうすればいいか。
ケイ諸共攻撃すれば魔女を倒すのは簡単だ。当ててしまえばいいだけなのだから。
だけどケイを避けて攻撃しないといけない。
こういう時の戦い方、訓練しておけば良かったかもしれない。今更後悔しても、もう、遅すぎるんだが。
あの国の騎士から逃げてきた実力は伊達じゃないんだろう。あそこの王も、何故その騎士に魔女を追わせないのか。
我が身可愛さに国の最高戦力を外に出したくないってか。国から魔女を追い出せばそれで良いと?
本当に、この手の人間は好きになれない。
他人を簡単に自分の意のままにしようとする、本当に傲慢だ。
この村は、居心地が良かったな。
「しぶといですね」
「お前こそ」
地に着地し、再び飛ぼうと、した。
「⋯っ」
村人が、足を掴んだ。虚ろな目でこちらを見ながら。魔女が操っているのか。
もう、救う手がない。なら、せめて楽にしてやるくらいしかない。
羽を羽を刃の様に硬質化させ、村人の首目掛け腕を振る。
振ればいいだけだった。⋯⋯出来なかった。
一瞬、ほんの一瞬だけ、迷ってしまった。
そして、体に鎖が突き刺さった。
「あっ⋯‼ガハッ‼」
「哀れですね」
体中に突き刺さる鎖が引き抜かれ、血が流れ出した。
これ、もう無理だな。油断した。もう飛べないなあ。
視線を上げると魔女と、そして抱えられているケイ。
ケイだけなら、逃がす事は出来なくても、なんとか出来るかもしれない。
この後は俺は助けてやれないが。
「ごめん」
まとわりつく村人達の首を今度こそ切り落とした。
ある呪文を発動させながら。もう一度、魔女へ近づく。
羽はボロボロだ。もうこれしかする事ができない。
風で砂埃を起こし、魔女の視界を奪う。近づければ、それでいい。
地を蹴り、できる限り跳躍する。飛べないのなら地を跳べばいい。向かってくる鎖が体を掠りながら、魔女へ近づいた。
ケイの頭へ、そっと、触れた。これで、大丈夫。術はこれで発動した。
瞬間、鎖が体を引き裂いた。もう、立っていられないな。
どしゃりと、力なく地面に倒れた。
魔女は何をしたと騒いでいるが、そんな事言うわけ無いじゃん。
視界に入る空に一つの点が見えた。
金色の羽のまだ子供のトア。そいつが、絶望した表情で、空に浮いていた。
タイミングが悪いなあ。だけど幸い、魔女には気付かれていない。こいつは子供が敵う相手ではない。この距離なら俺の姿も見えているだろう。
い け
口の形だけでそう伝える。
大丈夫、魔女にはバレていない。あいつは隠密に長けている。今ならこの場から抜けることができるだろう。
そして伝わったんだろう。泣きながら、背を向け飛び出した。それでいい。
お前がこいつを助けてやれ。
それまで俺が、なんとかするから。
俺がケイにかけたものは禁術だ。術者はかけた相手に魂を縛られてしまう。例えそれが死んだあとだとしても。相手が死ぬまで、ずっとだ。
まさか俺がこの術を使うなんて、思いもしなかったな。
ずっと気絶したまま、魔女に抱えられているケイトレット。
よく寝るなあ。面倒くさいんだけど、こいつの事ちゃんと見ていないと。
俺も段々眠くなってきた。そろそろ限界だな。
意識が少しずつ下がっていって、そのまま、目を閉じた。
「これがあの時村に行ったときの事だ」
「じゃあ、今こうやってベドと話せるのって」
「禁忌。まあ、本来こんな使い方じゃねえんだけど、使えるもんは何でも使わねえとな」
「僕がベドを此処に留まらせている⋯?」
「ま〜な。けど勘違いすんな。これは俺の選択だ」
「どうしてだ!君は、君は誰よりも自由だった!トアの誰よりも、飛ぶ事が好きだった筈だ!⋯⋯何かに縛られるなんて、君が一番嫌いなはずだろ⋯!」
「そうだな。ほんっとうに退屈だよ。だけど、俺は後悔してねえ」
真剣な表情で、そう言われた。
考えれば考えるほど、自分を責める事を止められない。
「⋯ベド⋯だって、あの時村に来なければ⋯僕を助けようとしなければ⋯⋯君は、今も生きて⋯飛んでいたかもしれないのに⋯⋯」
泣きながらそう言った。ベドは視線を外さない。
「そんなの全部、もう過ぎたことなんだよ。無かった未来ばかり想像するんじゃねえ」
「⋯⋯」
思うんだ。思ってしまうんだ。僕があの時、アルリニアを見捨てれば、会わなければ、今も村は平和で何も失う事はなかったかもしれないって。
「まあ、今のお前に何を言っても無駄だろう。そんなに引き摺りたいなら好きに引きずっていればいいさ」
「⋯⋯」
「けど次は今の話をしよう。お前はクルアドもいなくなってほしいのか?」
「⋯クルアド」
「今あいつが相手にしてんのは魔女じゃない、お前だ。このまま魔女の言いなりになっていれば、お前の体はあいつを殺すだろうし、お前ももう目覚めないかもしれないな」
「っ!」
「あいつも変な奴だよな。お前が思い出せないなら殺す気だってあった筈だ。けどお前が記憶を取り戻したから、殺せずにいる。まああいつも昔から変な奴だし、そこら辺の価値観バグってんのかもしれねえけど」
「僕がクルアドを殺すの⁉」
強さはクルアドの方が上の筈だ。実力では彼が負けるとは思えない。
「今の状況的にそんな感じかなー。俺は外の様子が分かるんだよ。あいつは手加減とか得意じゃないからな。まあまあ強いお前を生け捕りなんて、中々キツイぞ」
「⋯どうやったら此処を出られる?」
記憶を取り戻す前もここに来ていた。なら、ここから出る方法もある筈だ。
「外に出たい?本当に?それは何の為にする?」
次々と言葉を言い放たれる。
何の為⋯。
「クルアドを助けたい。僕がクルアドを殺すなんて御免だ!」
「それは誰の為にするの?」
「誰⋯⋯」
「クルアドか?村人達の事はどうしたい?それは、他人の為にやる事なのか?」
村の人達をこのままにしたくはない。クルアドも助けたい。
けれどそれは、結局は─
「⋯自分の為だ。僕は自分の為に、村の人を、眠らそてやりたい、クルアドには生きていてほしい」
「自分を優先で行動すれば、お前が望まない結果になる事もある。村で起きた事のように、取り返しのつかない事もな。それでもか」
「⋯それでも、進まなきゃ。思い出したんだ⋯あの日、皆僕を助けようとしてくれたんだ。気絶する前、村の皆も、トアの皆も、それで僕だけが生き残ったなら、僕は生きなきゃいけないのかもしれない。ここで死んだら、僕は更に許されないと思う」
あの時皆、僕を見捨てようとしなかったんだ。僕を助けようとしてくれていたんだ。
「自分の懺悔の為に生きるって感じ?⋯俺としては退屈だけど、まあいいか」
少し、納得しないような顔だったが、答えとしては良しとされたらしい。
「お前に僕の力を貸してやる。そういう術だからな、本来」
「術って、僕がこうやっていられるお陰の?」
「そ、本来相手に唱えさせてその持ち主の力を奪う能力なんだ。術を発動させた相手は死ぬけどな」
自分にかけられた術は思っていたよりもやばいものだったらしい。
「⋯ヤバくない」
「禁忌だからな」
「いいから、お前は此処を出る事だけ集中しろ」
ぐいぐいと背中を押される。
「俺が背中を押してやる。お前はとっとと終わらしてこい。いいな」
「待ってベドの力って⁉何をすれば良いの⁉」
「それはお前がやりたいようにやれ。まさか初めて飛ぶのがぶっつけ本番とはな。いいか。お前はもう自由なんだ。魔女に捕まってる理由なんかないんだ。分かったらとっとと自分の体取り返して来い‼」
ドンッと背を押され、あった筈の床がふっと消えた。
浮遊感が襲ってきた。落ちていく。
眠る時の様に意識が曖昧になっていく。
行かないと、僕が終わらせないといけない。絶対に、このままにさせる訳にはいかない⋯!
落ちていく先に光が見えた。
段々光が大きくなっていく。
眩しさに目を瞑った。