帰山湊は先生を見送る   作:宵闇 行方

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第十二話 消された一人①

最後のページを閉じても。

僕たちはすぐには席を立てなかった。

机の上には古いノート。

開いたままの金庫。

そして完成した新聞。

全部が揃っている。

なのに。

答えだけが見えてこない。

 

⸻

 

「空白は人だ」

三枝がぽつりと呟いた。

藤堂史也が残した言葉だった。

僕は静かに頷く。

学校資料の空白。

消された記録。

人数の不一致。

全部。

一人の人間へ繋がっている。

そこまでは分かった。

けれど。

その人物が誰なのかは、まだ分からない。

 

⸻

 

未掲載の記事をもう一度広げる。

『学校資料に残された空白』

その見出しの下には、記録の欠落や人数の矛盾について書かれていた。

新聞として完成している。

掲載されてもおかしくない内容だった。

それなのに掲載されなかった。

理由は分からない。

ただ一つ。

藤堂史也は、この時点で何かを掴んでいた。

それだけは確かだった。

 

⸻

 

『湊君』

先生が言う。

「何?」

『藤堂君は答えを書かなかった』

僕はノートを見る。

確かにそうだった。

疑問は残している。

違和感も記している。

だが決定的な答えだけがない。

『書けなかったのか』

『書かなかったのか』

先生は続ける。

『そこは大きな違いだ』

 

⸻

 

僕は少し考える。

藤堂史也は優秀だった。

新聞部でありながら、ここまで調べている。

もし答えに辿り着いていたのなら。

書かなかった理由がある。

辿り着いていなかったのなら。

続きを託したことになる。

どちらなのだろう。

 

⸻

 

「今は考えても分からないな」

僕は言った。

『その通りだ』

先生はあっさり同意した。

『だから痕跡を追う』

 

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痕跡。

その言葉で自然と視線が向く。

机の端に置かれた一枚の写真だった。

 

⸻

 

生物準備室で見つけた写真の内の一枚。

古い学校行事の集合写真。

色褪せている。

けれど保存状態は悪くない。

平成三年の文化祭。

その記録写真だった。

 

⸻

 

藤堂史也のノートにはこう書かれていた。

写真を見た。

人数が合わない。

説明できない。

だが確かに写っている。

 

⸻

 

僕は写真を手に取る。

三枝も隣から覗き込んだ。

「人数ですよね」

「たぶん」

僕は答えた。

「藤堂さんが最初に違和感を持ったのは」

「そこだと思う」

 

⸻

 

『ならば確認しろ』

先生が言った。

『推測より先に事実だ』

 

⸻

 

僕は写真を机に置いた。

そして一人ずつ数え始める。

前列。

中列。

後列。

教師。

何度も数え直す。

途中で数を間違えないよう、列ごとに指で追っていく。

 

⸻

 

しばらくして。

僕は顔を上げた。

「四十二人」

 

⸻

 

三枝も同じだったらしい。

「俺も四十二です」

 

⸻

 

人数は一致した。

少なくとも数え間違いではない。

 

⸻

 

『次だ』

先生が言う。

 

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僕は写真の下へ視線を落とした。

そこには説明文が添えられていた。

小さな文字。

色褪せているが読める。

 

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平成三年文化祭実行委員

 

三年生

 

四十一名

 

⸻

 

僕は言葉を失った。

 

⸻

 

写真には四十二人いる。

 

説明には四十一名と書かれている。

 

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一人多い。

 

⸻

 

「本当に……」

三枝が息を呑む。

「人数が合わない」

 

⸻

 

藤堂史也の言葉は正しかった。

思い込みではない。

錯覚でもない。

確かに。

人数が合っていない。

 

⸻

 

『ようやく見つけたな』

先生が静かに言った。

 

⸻

 

僕は写真を見つめる。

存在しないはずの一人。

記録に残っていない一人。

けれど。

写真には写っている。

 

⸻

 

「じゃあ」

三枝が言う。

「この中の誰かが」

 

⸻

 

消された一人。

 

⸻

 

僕は答えなかった。

まだ分からない。

けれど。

ここから先は人数ではない。

人物を探す段階だった。

 

⸻

 

『湊君』

先生が言った。

『人物を探す時』

『まず全体を見るな』

「え?」

『違和感を見る』

 

⸻

 

違和感。

僕はもう一度写真を見る。

今度は人数ではない。

配置を見る。

立ち位置。

距離。

並び方。

 

⸻

 

集合写真には秩序がある。

中心。

左右対称。

役職。

身長。

何らかの規則で並ぶ。

 

⸻

 

その時だった。

「あれ?」

 

⸻

 

思わず声が漏れる。

 

⸻

 

写真の中央。

一番目立つ位置。

本来なら実行委員長が立つような場所。

そこにいる生徒だけ。

胸元が不自然だった。

 

⸻

 

僕は写真を近付ける。

三枝も覗き込む。

 

⸻

 

「削られてる」

 

⸻

 

胸の名札。

そこだけが。

不自然に傷付いている。

 

⸻

 

自然な劣化ではない。

紙が擦れたわけでもない。

そこだけ。

意図的に削られている。

 

⸻

 

『なるほど』

先生が言った。

『ようやく見えてきたな』

 

⸻

 

僕は息を呑む。

 

⸻

 

四十二人いる。

四十一人しか記録されていない。

そして。

中央に立つ生徒だけ。

名前が消されている。

 

⸻

 

偶然ではない。

 

⸻

 

「この人か」

僕は呟いた。

 

⸻

 

藤堂史也が追っていた人物。

学校の記録から消された人物。

 

⸻

 

その人は。

確かに存在していた。

 

⸻

 

しばらく誰も喋らなかった。

資料倉庫の中は静かだった。

窓の外から運動部の声だけが聞こえる。

 

⸻

 

僕は写真を持ち上げた。

夕陽に透かす。

角度を変える。

何か読めないか試してみる。

 

⸻

 

だが。

名前の部分だけが綺麗に削られている。

文字は残っていない。

 

⸻

 

「徹底してるな」

僕は言った。

 

⸻

 

『名前だけではない』

先生が言う。

『存在そのものを消そうとしている』

 

⸻

 

その言葉に背筋が少し冷えた。

 

⸻

 

名前を隠すだけなら簡単だ。

資料を一枚処分すればいい。

だが。

人数の記録まで変える。

写真の名札まで削る。

 

⸻

 

そこまでして消された人物。

 

⸻

 

普通ではない。

 

⸻

 

「藤堂さんは」

三枝が小さく言った。

「ここまで辿り着いてたんですね」

 

⸻

 

僕は頷いた。

 

⸻

 

人数が合わない。

説明できない。

だが確かに写っている。

 

⸻

 

ノートに残された言葉の意味が。

ようやく理解できた。

 

⸻

 

藤堂史也は。

この人物の存在を見つけていた。

 

⸻

 

そして。

その先を調べていた。

 

⸻

 

『湊君』

先生が言った。

 

⸻

 

「何?」

 

⸻

 

『今分かったことを整理しろ』

 

⸻

 

僕は深呼吸する。

そして口にした。

 

⸻

 

「写真には四十二人いる」

「記録は四十一人」

「中央の生徒だけ名札が削られている」

「だから」

 

⸻

 

僕は写真を見る。

 

⸻

 

「この人が」

「消された一人だ」

 

⸻

 

先生は何も言わなかった。

だが。

否定もしなかった。

 

⸻

 

僕たちはようやく。

十五年前の空白へ辿り着いたのだった。

 

⸻

 

写真には四十二人いた。

説明文には四十一人と書かれていた。

その事実はもう分かっている。

藤堂史也が気付いた違和感。

僕たちが辿り着いた違和感。

そこまでは同じだった。

問題は、その先だった。

 

⸻

 

「誰なんだろう」

三枝が呟く。

僕は写真を見つめたまま答えなかった。

四十二人のうち一人。

学校の記録から消された人物。

その存在だけが分かっている。

名前も。

理由も。

まだ何も分からない。

 

⸻

 

『人数を見るな』

先生が言った。

 

⸻

 

「え?」

 

⸻

 

『人数の不一致は既に分かっている』

『そこから先へ進め』

 

⸻

 

僕は写真へ視線を落とす。

先生は続けた。

 

⸻

 

『集合写真には秩序がある』

『秩序を見ろ』

 

⸻

 

秩序。

 

⸻

 

前列。

中央。

後列。

教師。

生徒。

 

⸻

 

確かに適当に並んでいるわけではない。

何らかの規則がある。

 

⸻

 

僕は改めて写真全体を眺めた。

 

⸻

 

その時だった。

 

⸻

 

「あれ……」

 

⸻

 

思わず声が漏れた。

 

⸻

 

写真の中央。

一番目立つ場所。

 

⸻

 

そこに立つ生徒だけが。

ほんの少し前へ出ている。

 

⸻

 

周囲の生徒より自然に視線が集まる位置だった。

 

⸻

 

「この人」

三枝も気付いたらしい。

 

⸻

 

「実行委員長じゃないですか」

 

⸻

 

僕もそう思った。

文化祭実行委員会の記念写真。

中央。

代表者の位置。

 

⸻

 

おそらく間違いない。

 

⸻

 

『なるほど』

先生が言う。

 

⸻

 

『だが問題はそこではない』

 

⸻

 

「違うの?」

 

⸻

 

『役職があるなら』

『本来は最も記録が残る人物だ』

 

⸻

 

僕は黙った。

 

⸻

 

確かにそうだった。

 

⸻

 

実行委員長なら。

写真に残る。

名簿に残る。

記事に残る。

学校資料にも残る。

 

⸻

 

それなのに。

 

⸻

 

この人物だけが消えている。

 

⸻

 

『名前を隠したいのではない』

先生が静かに言う。

 

⸻

 

『学校が隠したいのは存在そのものだ』

 

⸻

 

その言葉に。

僕は息を止めた。

 

⸻

 

存在。

 

⸻

 

もし名前だけを隠したいなら。

黒く塗り潰せばいい。

削ればいい。

 

⸻

 

けれど。

今回起きているのはそんな話ではない。

 

⸻

 

人数。

名簿。

記事。

記録。

 

⸻

 

全部から消されている。

 

⸻

 

「……怖いな」

三枝が小さく言った。

 

⸻

 

僕も同じだった。

 

⸻

 

写真の中にはいる。

だが記録の中にはいない。

 

⸻

 

そんなことが本当にあるのだろうか。

 

⸻

 

『少なくとも』

先生が言う。

『藤堂君はそれを見つけた』

 

⸻

 

僕はノートを見る。

 

⸻

 

空白は人だ

 

⸻

 

藤堂史也が残した言葉。

 

⸻

 

今なら意味が分かる。

 

⸻

 

学校資料の空白。

人数の不一致。

欠落した記録。

 

⸻

 

全部。

この人物へ繋がっている。

 

⸻

 

『だが』

先生が言った。

 

⸻

 

『写真一枚で結論を出すな』

 

⸻

 

「どういうこと?」

 

⸻

 

『藤堂君も写真を見ている』

『だが一枚だけとは限らん』

 

⸻

 

僕はハッとした。

 

⸻

 

確かにそうだ。

 

⸻

 

写真が一枚しかなければ。

説明文の誤記で終わる可能性もある。

 

⸻

 

けれど藤堂は違った。

確信していた。

 

⸻

 

ならば。

もっと資料を見ている。

 

⸻

 

『他の写真を探せ』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は立ち上がる。

 

⸻

 

「探してみよう」

 

⸻

 

三枝も頷いた。

 

⸻

 

資料倉庫の棚を見る。

古いアルバム。

学校行事の写真帳。

新聞部の保管資料。

 

⸻

 

まだ調べていない物は大量にある。

 

⸻

 

僕たちは手分けして探し始めた。

 

⸻

 

棚の奥には埃を被った段ボールが積まれている。

古いアルバムも並んでいた。

 

⸻

 

十分ほど経った頃だった。

 

⸻

 

「あった」

 

⸻

 

三枝が声を上げる。

 

⸻

 

彼の手には一冊の分厚いアルバムがあった。

 

⸻

 

文化祭写真集

 

平成三年

 

⸻

 

そう書かれている。

 

⸻

 

僕はすぐに受け取った。

 

⸻

 

文化祭。

同じ年。

同じ行事。

 

⸻

 

求めていたものだった。

 

⸻

 

先生も静かに言う。

 

⸻

 

『おそらく』

『藤堂君も見た資料だ』

 

⸻

 

僕はゆっくり表紙を開く。

 

⸻

 

模擬店。

演劇。

吹奏楽。

ステージ発表。

 

⸻

 

文化祭当日の写真が続いている。

 

⸻

 

そして。

 

ページをめくる手が止まった。

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