実行委員会。
その見出しが目に入ったからだった。
僕と三枝は顔を見合わせる。
求めていたものが。
ようやく見つかった気がした。
⸻
文化祭写真集。
二〇一一年。
ページを開く。
そこには、文化祭実行委員会の活動記録が並んでいた。
準備風景。
会議の様子。
当日の写真。
その中に。
一人の女子生徒が写っていた。
⸻
中央。
周囲の生徒たちに囲まれるように立っている。
左腕には腕章。
おそらく。
文化祭実行委員長だった人物だ。
⸻
「この人ですよね」
三枝が言った。
僕は写真を見る。
「たぶん」
⸻
集合写真で見つけた人物。
記録から消されていた一人。
同じ人物に間違いなかった。
⸻
写真の中の彼女は笑っていた。
周囲の生徒たちも笑っている。
文化祭を成功させようとしている。
そんな雰囲気が伝わってくる。
⸻
だからこそ。
違和感があった。
⸻
これだけ中心にいる人物が。
学校の記録から消えている。
⸻
「変ですよね」
三枝が呟く。
「文化祭実行委員長なら、普通は記録が残るはずなのに」
⸻
僕は頷いた。
⸻
その時。
頭の中で先生の声が響いた。
⸻
『湊君』
⸻
「何?」
僕は小さく返す。
三枝には聞こえない。
⸻
『考えるべきは、名前が消えた理由ではない』
⸻
僕は写真を見る。
⸻
『学校が何を隠したかったのかだ』
⸻
僕は息を止めた。
⸻
確かに。
最初、僕たちは名前を消されたと思っていた。
だが。
それだけでは説明できない。
写真。
名簿。
学校資料。
複数の場所から痕跡が消されている。
⸻
「……名前じゃない」
僕は呟いた。
⸻
三枝が顔を上げる。
「え?」
⸻
僕は写真を見ながら続ける。
「学校が隠したかったのは」
「この人の名前じゃない」
⸻
少し間を置く。
⸻
「存在そのものだったんだと思う」
⸻
三枝は黙った。
⸻
僕も写真を見る。
もし名前だけなら。
一部の書類を書き換えれば済む。
だが。
ここまで徹底して消す必要はない。
⸻
つまり。
学校は。
この人物が白峰高校にいたという事実そのものを消したかった。
⸻
頭の中で先生が続ける。
⸻
『ならば、この人物は』
『学校にとって都合の悪い何かを知っていた可能性がある』
⸻
僕は考える。
⸻
文化祭。
不自然な空白。
未掲載新聞。
消された記録。
⸻
全部が繋がっている。
⸻
「文化祭で何かあった」
僕が言う。
⸻
三枝が頷く。
「そう考えるのが自然ですね」
⸻
僕たちはさらに資料を探した。
文化祭関係。
実行委員会資料。
会計記録。
古い新聞。
⸻
そして。
一つのファイルを見つけた。
⸻
文化祭実行委員会資料。
二〇一一年。
⸻
中には当時の記録が残っていた。
予算案。
購入記録。
領収書。
参加団体一覧。
⸻
一見すると普通の資料だった。
だが。
数字を追っていくうちに違和感が出てきた。
⸻
「……合わない」
三枝が言う。
⸻
僕も確認する。
購入費。
支出額。
残金。
いくつかの数字に不自然な差がある。
⸻
「不正会計……?」
僕が呟く。
⸻
頭の中で先生の声が響く。
⸻
『可能性は高い』
⸻
僕は資料を見る。
⸻
もし。
この人物が文化祭実行委員長だったなら。
会計資料を見る立場にいた。
⸻
そして。
不正に気付いた可能性がある。
⸻
「でも」
三枝が言う。
「気付いたなら、先生に相談すると思うんですけど」
⸻
僕は少し考える。
⸻
先生の言葉が続いた。
⸻
『相談できなかった理由がある』
⸻
「……責任感」
僕は呟いた。
⸻
三枝が僕を見る。
「責任感?」
⸻
僕は写真を見る。
⸻
「文化祭実行委員長なら」
「中止にはしたくなかったんじゃないかな」
⸻
準備してきた生徒たち。
協力してくれた後輩たち。
時間をかけて作り上げてきた文化祭。
⸻
不正会計を公表すれば。
文化祭そのものが中止になる可能性がある。
⸻
その気持ちを。
誰かが利用した。
⸻
僕は資料をめくる。
⸻
そして。
一つの名前に目が止まった。
⸻
文化祭担当教師。
⸻
⸻
「この先生……」
僕は呟く。
⸻
三枝が覗き込む。
「知ってる人ですか?」
⸻
「いや」
僕は首を振る。
「でも……」
⸻
写真を見る。
⸻
そこには。
文化祭実行委員会の写真に写っていた教師がいた。
⸻
頭の中で先生が言う。
⸻
『同一人物だ』
⸻
僕は写真を見比べる。
⸻
確かに。
同じ顔。
同じ人物。
⸻
五十嵐修司。
当時の文化祭担当教師。
⸻
そして。
消された人物の近くにいた教師。
⸻
「この人が……」
三枝が言葉を止める。
⸻
僕は答えなかった。
まだ何も分からない。
だが。
無関係とは思えなかった。
⸻
写真を見る。
⸻
何枚もの写真で。
五十嵐修司は。
彼女の様子を見ていた。
⸻
指導する教師の視線。
そう考えることもできる。
⸻
だが。
何か違う。
⸻
確認しているような。
監視しているような。
そんな視線だった。
⸻
頭の中で先生の声が響く。
⸻
『湊君』
『次に調べるべきは』
『消された人物が最後に残した記録だ』
⸻
僕は写真を見る。
⸻
まだ名前は分からない。
けれど。
この人物が。
十五年前の出来事の中心にいたことだけは分かる。
⸻
藤堂史也のノート。
未掲載新聞。
文化祭資料。
消された一人。
⸻
全部が。
少しずつ繋がり始めていた。
⸻
僕は写真から視線を上げた。
資料倉庫の中は静かだった。
机の上には文化祭写真集。
藤堂史也のノート。
未掲載記事。
そして文化祭関係の資料。
⸻
「やっぱり」
三枝が言った。
「文化祭が中心なんですね」
⸻
僕は少し考える。
⸻
『文化祭は出発点だ』
先生が言った。
『だが目的地ではない』
⸻
文化祭は出発点。
目的地ではない。
⸻
僕はその言葉を整理する。
⸻
「たぶん」
僕は言った。
「藤堂さんは最初から消された人物を探していたわけじゃない」
⸻
三枝が頷く。
「文化祭の取材ですよね」
⸻
「うん」
⸻
新聞部員だった藤堂史也は。
文化祭特集の記事を書くために資料を集めた。
そのために金庫を開けた。
過去の文化祭資料を調べた。
⸻
そこまでは普通だった。
⸻
けれど。
調査を続けるうちに。
別の何かを見つけてしまった。
⸻
『そして引き返せなくなった』
先生が言った。
⸻
僕は黙る。
⸻
それはあり得る。
⸻
文化祭を調べていた。
不正会計らしい痕跡を見つけた。
さらに調べた。
そして。
もっと異常なものへ辿り着いた。
⸻
消された人物。
⸻
「取材の途中で」
僕は言った。
「別の調査が始まったんだと思う」
⸻
三枝は静かに頷いた。
⸻
その時だった。
⸻
「あれ?」
⸻
三枝が資料をめくる手を止めた。
⸻
僕は顔を上げる。
「どうした?」
⸻
「ページ番号がおかしいです」
⸻
僕は資料を受け取った。
⸻
文化祭実行委員会議事録。
⸻
ページを確認する。
⸻
十二。
十三。
――。
十五。
十六。
⸻
十四ページだけが存在しない。
⸻
僕はもう一度確認する。
破れているわけではない。
製本部分だけが残っている。
⸻
誰かが抜いた。
⸻
意図的に。
⸻
『なるほど』
先生が言った。
⸻
僕は欠けた部分を見る。
⸻
「十四ページだけ」
⸻
三枝が呟く。
「何が書いてあったんでしょう」
⸻
僕は前後のページを確認する。
⸻
十三ページの最後。
⸻
出席者確認
⸻
十五ページの冒頭。
⸻
議題第一項
文化祭予算について
⸻
僕は息を止めた。
⸻
「出席者一覧だ」
⸻
三枝が顔を上げる。
⸻
「たぶん」
僕は続けた。
「十四ページには出席者の名前が載ってた」
⸻
『その可能性が高い』
先生が言った。
⸻
出席者確認。
その直後のページだけがない。
⸻
偶然じゃない。
⸻
誰かが後から抜き取った。
⸻
「でも」
三枝が言った。
「名前を隠したいなら一人だけ消せばよくないですか」
⸻
僕は少し考える。
⸻
『違う』
先生が言った。
⸻
僕は欠けたページを見る。
⸻
「名前じゃないんだ」
⸻
三枝が僕を見る。
⸻
「学校が隠したかったのは」
僕は言った。
「名前じゃない」
⸻
少し間を置く。
⸻
「存在そのものだ」
⸻
資料倉庫が静かになる。
⸻
写真。
名簿。
議事録。
⸻
全部から痕跡が消されている。
⸻
名前だけじゃない。
その人物がそこにいたという事実そのものが消されている。
⸻
『そうだ』
先生が言った。
『ここまで徹底している以上』
『学校側は人物そのものを消したかった』
⸻
僕は写真を見る。
⸻
文化祭実行委員長と思われる女子生徒。
⸻
彼女は確かに存在した。
写真にも写っている。
資料にも痕跡が残っている。
⸻
なのに。
学校の正式な記録からだけ消えている。
⸻
「変だな……」
⸻
三枝が呟いた。
⸻
「もし不正会計があったとして」
「普通は責任者を残しますよね」
⸻
僕は頷く。
⸻
その通りだった。
⸻
何か問題が起きたなら。
むしろ記録は残る。
責任の所在を明らかにするためだ。
⸻
それなのに。
ここでは逆のことが起きている。
⸻
責任者らしき人物だけが消されている。
⸻
『だから』
先生が言った。
『不正会計そのものが本質ではない』
⸻
僕は黙る。
⸻
不正会計を調べていたら。
もっと異常なものを見つけた。
⸻
藤堂史也は。
おそらくそこへ辿り着いた。
⸻
そして。
神谷先輩も。
⸻
僕はノートを見る。
⸻
神谷なら辿り着くかもしれない
⸻
その一文。
⸻
藤堂は答えを書かなかった。
けれど。
次の誰かへ託した。
⸻
『湊君』
先生が言った。
⸻
僕は静かに返す。
「何?」
⸻
『学校は人物を消した』
『だが完全には消せなかった』
⸻
僕は写真を見る。
⸻
『だから藤堂君が辿り着いた』
『だから君たちも辿り着いた』
⸻
その通りだった。
⸻
十五年経っても。
痕跡は残っている。
⸻
写真。
資料。
議事録。
⸻
そして。
抜き取られたページ。
⸻
僕は欠けた十四ページを見つめた。
⸻
そこに。
何が書かれていたのか。
⸻
それが分かれば。
きっと次へ進める。
⸻
僕は資料を閉じる。
⸻
消された人物の正体はまだ分からない。
⸻
けれど。
一つだけ確かなことがある。
⸻
この人物は。
学校が十五年間隠し続けるほどの何かを知っていた。
⸻
そして。
その事実は。
もう完全には消せなくなっていた。