帰山湊は先生を見送る   作:宵闇 行方

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第十四話 消された一人③

資料を閉じる。

 

僕と三枝はしばらく黙っていた。

 

 

文化祭実行委員長だったと思われる女子生徒。

 

抜き取られた議事録。

 

不自然な会計資料。

 

文化祭担当教師、五十嵐修司。

 

 

全部が一つの方向を指している。

 

けれど。

 

まだ決定的なものは見つかっていない。

 

 

「どうします?」

 

三枝が言った。

 

 

僕は机の上の資料を見る。

 

写真。

 

議事録。

 

学校要覧。

 

藤堂史也のノート。

 

 

その時だった。

 

 

『まだある』

 

 

先生が言った。

 

 

僕は小さく息を吐く。

 

「何が?」

 

 

『藤堂君が見たものだ』

 

 

僕はノートへ視線を落とす。

 

 

藤堂は文化祭を調べていた。

 

その途中で異常に気付いた。

 

そして。

 

消された人物へ辿り着いた。

 

 

ならば。

 

途中の記録が残っているはずだった。

 

 

「取材資料か」

 

 

僕は呟く。

 

 

三枝が顔を上げた。

 

「何かあります?」

 

 

「藤堂さんの取材資料」

 

「新聞を書くなら絶対に集めてる」

 

 

三枝が頷く。

 

 

確かにそうだった。

 

記事を書くなら。

 

元になった資料がある。

 

 

新聞部の取材メモ。

 

インタビュー記録。

 

参考資料。

 

 

何かが残っている可能性は高い。

 

 

僕たちは再び棚を調べ始めた。

 

 

古い新聞部資料。

 

取材ファイル。

 

行事記録。

 

 

そして。

 

一冊の薄いファイルが出てきた。

 

 

文化祭特集

 

取材資料

 

 

そう書かれている。

 

 

「これだ」

 

 

僕はすぐに開いた。

 

 

中にはコピー資料が挟まれている。

 

会計表。

 

文化祭実施計画書。

 

参加団体一覧。

 

 

そして。

 

数枚目で手が止まった。

 

 

新聞記事のコピーだった。

 

 

地方紙の記事。

 

 

記事の日付を見る。

 

 

二〇一一年十月六日。

 

 

文化祭の直後だ。

 

 

「新聞?」

 

三枝が言う。

 

 

僕はページをめくる。

 

 

最初の記事は文化祭についてだった。

 

成功裏に終了したこと。

 

来場者数。

 

表彰。

 

 

特に変わった内容ではない。

 

 

だが。

 

その後ろに挟まれていた記事で。

 

僕の手が止まった。

 

 

白峰市内高校生死亡

 

 

見出しが目に入る。

 

 

僕は黙った。

 

 

三枝も同じ記事を見る。

 

 

資料倉庫の空気が変わる。

 

 

『読むんだ』

 

先生が言った。

 

 

僕は記事へ視線を落とす。

 

 

市内在住の高校三年女子生徒が死亡――

 

 

そこから先を読む。

 

 

自宅で発見。

 

事件性なし。

 

自殺とみられる。

 

 

ごく短い記事だった。

 

 

けれど。

 

一番下。

 

名前の欄で。

 

僕は息を止めた。

 

 

朝倉由紀(あさくら ゆき)

 

 

資料倉庫が静まり返る。

 

 

僕はその名前を見る。

 

もう一度見る。

 

 

朝倉由紀。

 

 

初めて出てきた名前だった。

 

 

三枝も記事を見つめている。

 

 

「この人……」

 

 

僕は写真を見る。

 

 

文化祭実行委員長だった女子生徒。

 

 

記事の日付を見る。

 

 

文化祭終了後。

 

わずか数週間後。

 

 

偶然とは思えなかった。

 

 

『ようやく名前が出たな』

 

先生が言った。

 

 

僕は記事を机へ置く。

 

 

朝倉由紀。

 

 

その名前を頭の中で反芻する。

 

 

十五年前。

 

文化祭実行委員長だった女子生徒。

 

 

そして。

 

学校の記録から消された人物。

 

 

「同一人物だと思いますか?」

 

三枝が聞いた。

 

 

僕は少し考える。

 

 

『可能性ではない』

 

先生が言った。

 

『状況証拠としては十分だ』

 

 

僕は頷く。

 

 

「たぶん」

 

「同じ人だと思う」

 

 

三枝は黙った。

 

 

僕も記事を見る。

 

 

事件性なし。

 

自殺とみられる。

 

 

その一文が妙に重く感じた。

 

 

『湊君』

 

先生が言う。

 

 

僕は静かに返す。

 

「何?」

 

 

『学校が消したかったのは』

 

『不正会計ではない』

 

 

僕は記事を見る。

 

 

『朝倉由紀でもない』

 

 

少し間を置く。

 

 

『二つが繋がる事実だ』

 

 

僕は黙った。

 

 

不正会計。

 

朝倉由紀。

 

 

どちらか一方なら。

 

学校はここまでしない。

 

 

問題なのは。

 

その二つが繋がった時だ。

 

 

「朝倉由紀が」

 

僕は呟く。

 

 

「何かを知った」

 

 

三枝も頷いた。

 

 

「だから消された」

 

 

僕は首を振る。

 

 

「違う」

 

 

三枝が顔を上げる。

 

 

僕は記事を見る。

 

 

「消されたんじゃない」

 

 

少し間を置く。

 

 

「死んだ後で」

 

「消されたんだ」

 

 

資料倉庫が静かになる。

 

 

その違いは大きかった。

 

 

朝倉由紀は存在していた。

 

文化祭実行委員長だった。

 

写真にも残っている。

 

 

だが。

 

死んだ後。

 

学校はその痕跡を消し始めた。

 

 

名簿。

 

議事録。

 

新聞。

 

 

全部から。

 

少しずつ。

 

 

『そして藤堂君は』

 

先生が言った。

 

 

『その痕跡を見つけてしまった』

 

 

僕はノートを見る。

 

 

空白は人だ

 

 

その言葉の意味が。

 

ようやく見え始めていた。

 

 

消されたのは名前じゃない。

 

 

人だった。

 

 

朝倉由紀という一人の生徒だった。

 

 

けれど。

 

まだ終わりじゃない。

 

 

僕は記事を閉じる。

 

 

名前は分かった。

 

 

でも。

 

まだ一番大事なことが分からない。

 

 

朝倉由紀は。

 

何を知ってしまったのか。

 

 

そして。

 

なぜ学校は十五年間も隠し続けたのか。

 

 

答えはまだ。

 

その先にあった。

 

 

資料倉庫の中は静かだった。

 

机の上には文化祭写真集。

 

議事録。

 

会計資料。

 

そして新聞記事のコピー。

 

 

朝倉由紀。

 

 

ようやく名前が分かった。

 

けれど。

 

分かったのは、まだそこまでだった。

 

 

「次は」

 

三枝が言う。

 

「朝倉さんが何を知ったのか、ですね」

 

 

僕は頷く。

 

 

その通りだった。

 

 

朝倉由紀が消された理由。

 

学校が隠したかったもの。

 

 

そこへ辿り着くには。

 

朝倉由紀が何をしていたのかを調べる必要がある。

 

 

僕は文化祭実行委員会の資料を開いた。

 

 

二〇一一年。

 

文化祭実行委員会。

 

 

そこには当時の役職と名前が記録されていた。

 

 

実行委員長。

 

朝倉由紀。

 

 

副委員長。

 

宮本翔太(みやもと しょうた)

 

 

会計。

 

佐伯美咲(さえき みさき)

 

 

文化祭協力担当(図書委員)。

神谷一樹(かみや かずき)

 

 

担当教員。

 

五十嵐修司。

 

 

僕は一つずつ確認する。

 

 

「他の人は残ってる」

 

僕は呟いた。

 

 

三枝が資料を見る。

 

「え?」

 

 

「副委員長も」

 

「会計も」

 

「図書委員も」

 

「担当の先生も」

 

 

僕は資料をめくる。

 

 

宮本翔太。

 

佐伯美咲。

 

神谷一樹。

 

五十嵐修司。

 

 

それぞれの名前は別の資料にも残っていた。

 

 

「あれ?神谷...」

 

 

藤堂のノートの最後。

 

神谷なら辿り着くかもしれない。

 

 

先生が言う。

 

 

『藤堂君は、神谷一樹が当時の文化祭に関わっていたことを知っていた』

 

『そして、神谷一樹に話を聞こうとしていた』

 

『だが何らかの理由で辿り着けなかった』

 

『だから最後に名前だけを残した』

 

『少なくとも私はそう見る』

 

 

先生は少し間を置く。

 

 

『神谷一樹が、この件を知る数少ない人物だと考えていたのかもしれん』

 

『少なくとも私はそう見る』

 

 

「続きを託そうとした?」

 

 

『その可能性はある』

 

『だから名前を残したのだろう』

 

 

「でも届かなかった」

 

 

『そういうことだ』

 

 

卒業生名簿。

 

文化祭記録。

 

学校資料。

 

 

普通に存在している。

 

 

なのに。

 

 

朝倉由紀だけが。

 

消されている。

 

 

『重要なのはそこだ』

 

先生が言った。

 

 

僕は黙って続きを聞く。

 

 

『文化祭実行委員会そのものが消されたわけではない』

 

 

僕は資料を見る。

 

 

確かにそうだった。

 

 

文化祭の記録は残っている。

 

実行委員会の資料も残っている。

 

担当教師の名前もある。

 

 

消えているのは。

 

一人だけ。

 

 

「朝倉さんだけを消した」

 

僕は言った。

 

 

三枝が静かに頷く。

 

「理由があるってことですよね」

 

 

僕は写真を見る。

 

 

文化祭実行委員長として写る朝倉由紀。

 

 

周囲の生徒たち。

 

副委員長の宮本翔太。

 

会計の佐伯美咲。

 

図書委員の神谷一樹。

 

 

みんな笑っている。

 

 

この時は。

 

まだ何も起きていなかったように見える。

 

 

『湊君』

 

先生が言った。

 

 

僕は写真を見る。

 

 

『君は先ほど、不正会計と言ったな』

 

 

「うん」

 

 

『ならば確認すべきは』

 

『朝倉由紀が、その情報をどの段階で知ったのかだ』

 

 

僕は考える。

 

 

文化祭実行委員長。

 

 

会計資料を見る立場。

 

 

でも。

 

会計を担当していたのは佐伯美咲だ。

 

 

なら。

 

なぜ朝倉由紀だったのか。

 

 

「会計担当じゃないのに」

 

僕は呟く。

 

 

三枝が僕を見る。

 

 

「何か引っかかりますか?」

 

 

僕は資料を見る。

 

 

「うん」

 

 

実行委員長。

 

副委員長。

 

会計。

 

担当教員。

 

 

役割は分かれている。

 

 

だからこそ。

 

疑問が生まれる。

 

 

朝倉由紀は。

 

ただの発見者だったのか。

 

 

それとも。

 

もっと深い場所にいたのか。

 

 

『調べるべき場所が見えたな』

 

先生が言った。

 

 

僕は頷く。

 

 

「会計資料だけじゃない」

 

 

僕は言った。

 

 

「文化祭実行委員会の動きそのものを調べる必要がある」

 

 

三枝が頷く。

 

「宮本さんと佐伯さんについても、ですね」

 

 

僕はもう一度、資料を見る。

 

文化祭協力担当(図書委員)。

 

神谷一樹。

 

それ以上の情報は、まだ見つかっていなかった。

 

『名前が残っているということは』

 

先生が言った。

 

『少なくとも、この人物は消される対象ではなかったということだ』

 

僕は資料を見る。

 

朝倉由紀だけが消えている。

 

その差には、まだ理由があるはずだった。

 

僕は少し考える。

 

 

「うん」

 

 

ただ。

 

今はまだ分からない。

 

 

宮本翔太が何を知っていたのか。

 

佐伯美咲が何を見ていたのか。

 

神谷一樹が何を話したのか。

 

五十嵐修司が何を隠したのか。

 

 

そして。

 

朝倉由紀が。

 

何を知ってしまったのか。

 

 

『一つずつ確認するしかない』

 

先生が言った。

 

 

僕は資料を閉じる。

 

 

朝倉由紀は。

 

文化祭実行委員長だった。

 

 

その事実は分かった。

 

 

しかし。

 

それだけではない。

 

 

彼女だけが消された理由。

 

 

そこに。

 

十五年前の本当の出来事が隠れている。

 

 

僕はもう一度。

 

写真の中の朝倉由紀を見る。

 

 

彼女が最後に見たものは。

 

何だったのだろう。

 

 

その答えを探すために。

 

僕たちは次の資料へ手を伸ばした。

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