帰山湊は先生を見送る   作:宵闇 行方

14 / 17
第十四話 消された一人③

資料を閉じる。

僕と三枝はしばらく黙っていた。

 

⸻

 

文化祭実行委員長だったと思われる女子生徒。

抜き取られた議事録。

不自然な会計資料。

文化祭担当教師、五十嵐修司。

 

⸻

 

全部が一つの方向を指している。

けれど。

まだ決定的なものは見つかっていない。

 

⸻

 

「どうします?」

三枝が言った。

 

⸻

 

僕は机の上の資料を見る。

写真。

議事録。

学校要覧。

藤堂史也のノート。

 

⸻

 

その時だった。

 

⸻

 

『まだある』

 

⸻

 

先生が言った。

 

⸻

 

僕は小さく息を吐く。

「何が?」

 

⸻

 

『藤堂君が見たものだ』

 

⸻

 

僕はノートへ視線を落とす。

 

⸻

 

藤堂は文化祭を調べていた。

その途中で異常に気付いた。

そして。

消された人物へ辿り着いた。

 

⸻

 

ならば。

途中の記録が残っているはずだった。

 

⸻

 

「取材資料か」

 

⸻

 

僕は呟く。

 

⸻

 

三枝が顔を上げた。

「何かあります?」

 

⸻

 

「藤堂さんの取材資料」

「新聞を書くなら絶対に集めてる」

 

⸻

 

三枝が頷く。

 

⸻

 

確かにそうだった。

記事を書くなら。

元になった資料がある。

 

⸻

 

新聞部の取材メモ。

インタビュー記録。

参考資料。

 

⸻

 

何かが残っている可能性は高い。

 

⸻

 

僕たちは再び棚を調べ始めた。

 

⸻

 

古い新聞部資料。

取材ファイル。

行事記録。

 

⸻

 

そして。

一冊の薄いファイルが出てきた。

 

⸻

 

文化祭特集

取材資料

 

⸻

 

そう書かれている。

 

⸻

 

「これだ」

 

⸻

 

僕はすぐに開いた。

 

⸻

 

中にはコピー資料が挟まれている。

会計表。

文化祭実施計画書。

参加団体一覧。

 

⸻

 

そして。

数枚目で手が止まった。

 

⸻

 

新聞記事のコピーだった。

 

⸻

 

地方紙の記事。

 

⸻

 

記事の日付を見る。

 

⸻

 

平成三年十月六日。

 

⸻

 

文化祭の直後だ。

 

⸻

 

「新聞?」

三枝が言う。

 

⸻

 

僕はページをめくる。

 

⸻

 

最初の記事は文化祭についてだった。

成功裏に終了したこと。

来場者数。

表彰。

 

⸻

 

特に変わった内容ではない。

 

⸻

 

だが。

 

その後ろに挟まれていた記事で。

僕の手が止まった。

 

⸻

 

白峰市内高校生死亡

 

⸻

 

見出しが目に入る。

 

⸻

 

僕は黙った。

 

⸻

 

三枝も同じ記事を見る。

 

⸻

 

資料倉庫の空気が変わる。

 

⸻

 

『読むんだ』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は記事へ視線を落とす。

 

⸻

 

市内在住の高校三年女子生徒が死亡――

 

⸻

 

そこから先を読む。

 

⸻

 

自宅で発見。

事件性なし。

自殺とみられる。

 

⸻

 

ごく短い記事だった。

 

⸻

 

けれど。

一番下。

名前の欄で。

僕は息を止めた。

 

⸻

 

朝倉由紀(あさくら ゆき)

 

⸻

 

資料倉庫が静まり返る。

 

⸻

 

僕はその名前を見る。

もう一度見る。

 

⸻

 

朝倉由紀。

 

⸻

 

初めて出てきた名前だった。

 

⸻

 

三枝も記事を見つめている。

 

⸻

 

「この人……」

 

⸻

 

僕は写真を見る。

 

⸻

 

文化祭実行委員長だった女子生徒。

 

⸻

 

記事の日付を見る。

 

⸻

 

文化祭終了後。

わずか数週間後。

 

⸻

 

偶然とは思えなかった。

 

⸻

 

『ようやく名前が出たな』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は記事を机へ置く。

 

⸻

 

朝倉由紀。

 

⸻

 

その名前を頭の中で反芻する。

 

⸻

 

平成三年の時。

 

文化祭実行委員長だった女子生徒。

 

⸻

 

そして。

学校の記録から消された人物。

 

⸻

 

「同一人物だと思いますか?」

三枝が聞いた。

 

⸻

 

僕は少し考える。

 

⸻

 

『可能性ではない』

先生が言った。

『状況証拠としては十分だ』

 

⸻

 

僕は頷く。

 

⸻

 

「たぶん」

「同じ人だと思う」

 

⸻

 

三枝は黙った。

 

⸻

 

僕も記事を見る。

 

⸻

 

事件性なし。

自殺とみられる。

 

⸻

 

その一文が妙に重く感じた。

 

⸻

 

『湊君』

先生が言う。

 

⸻

 

僕は静かに返す。

「何?」

 

⸻

 

『学校が消したかったのは』

『不正会計ではない』

 

⸻

 

僕は記事を見る。

 

⸻

 

『朝倉由紀でもない』

 

⸻

 

少し間を置く。

 

⸻

 

『二つが繋がる事実だ』

 

⸻

 

僕は黙った。

 

⸻

 

不正会計。

朝倉由紀。

 

⸻

 

どちらか一方なら。

学校はここまでしない。

 

⸻

 

問題なのは。

その二つが繋がった時だ。

 

⸻

 

「朝倉由紀が」

僕は呟く。

 

⸻

 

「何かを知った」

 

⸻

 

三枝も頷いた。

 

⸻

 

「だから消された」

 

⸻

 

僕は首を振る。

 

⸻

 

「違う」

 

⸻

 

三枝が顔を上げる。

 

⸻

 

僕は記事を見る。

 

⸻

 

「消されたんじゃない」

 

⸻

 

少し間を置く。

 

⸻

 

「死んだ後で」

「消されたんだ」

 

⸻

 

資料倉庫が静かになる。

 

⸻

 

その違いは大きかった。

 

⸻

 

朝倉由紀は存在していた。

文化祭実行委員長だった。

写真にも残っている。

 

⸻

 

だが。

死んだ後。

学校はその痕跡を消し始めた。

 

⸻

 

名簿。

議事録。

新聞。

 

⸻

 

全部から。

少しずつ。

 

⸻

 

『そして藤堂君は』

先生が言った。

 

⸻

 

『その痕跡を見つけてしまった』

 

⸻

 

僕はノートを見る。

 

⸻

 

空白は人だ

 

⸻

 

その言葉の意味が。

ようやく見え始めていた。

 

⸻

 

消されたのは名前じゃない。

 

⸻

 

人だった。

 

⸻

 

朝倉由紀という一人の生徒だった。

 

⸻

 

けれど。

まだ終わりじゃない。

 

⸻

 

僕は記事を閉じる。

 

⸻

 

名前は分かった。

 

⸻

 

でも。

まだ一番大事なことが分からない。

 

⸻

 

朝倉由紀は。

何を知ってしまったのか。

 

⸻

 

そして。

なぜ学校は隠し続けたのか。

 

⸻

 

答えはまだ。

その先にあった。

 

⸻

 

資料倉庫の中は静かだった。

机の上には文化祭写真集。

議事録。

会計資料。

そして新聞記事のコピー。

 

⸻

 

朝倉由紀。

 

⸻

 

ようやく名前が分かった。

けれど。

分かったのは、まだそこまでだった。

 

⸻

 

「次は」

三枝が言う。

「朝倉さんが何を知ったのか、ですね」

 

⸻

 

僕は頷く。

 

⸻

 

その通りだった。

 

⸻

 

朝倉由紀が消された理由。

学校が隠したかったもの。

 

⸻

 

そこへ辿り着くには。

朝倉由紀が何をしていたのかを調べる必要がある。

 

⸻

 

僕は文化祭実行委員会の資料を開いた。

 

⸻

 

平成三年。

 

文化祭実行委員会。

 

⸻

 

そこには当時の役職と名前が記録されていた。

 

⸻

 

実行委員長。

 

朝倉由紀。

 

⸻

 

副委員長。

 

宮本翔太(みやもと しょうた)。

 

⸻

 

会計。

 

佐伯美咲(さえき みさき)。

 

⸻

 

文化祭協力担当(図書委員)。

 

神谷一樹(かみや かずき)。

 

⸻

 

担当教員。

 

五十嵐修司。

 

⸻

 

僕は一つずつ確認する。

 

⸻

 

「他の人は残ってる」

僕は呟いた。

 

⸻

 

三枝が資料を見る。

「え?」

 

⸻

 

「副委員長も」

「会計も」

「図書委員も」

「担当の先生も」

 

⸻

 

僕は資料をめくる。

 

⸻

 

宮本翔太。

佐伯美咲。

神谷一樹。

五十嵐修司。

 

⸻

 

それぞれの名前は別の資料にも残っていた。

 

⸻

 

「あれ?神谷...」

 

⸻

 

藤堂のノートの最後。

神谷なら辿り着くかもしれない。

 

⸻

 

先生が言う。

 

⸻

 

『藤堂君は、神谷一樹が当時の文化祭に関わっていたことを知っていた』

『そして、神谷一樹に話を聞こうとしていた』

『だが、何らかの理由で辿り着けなかった』

『だから最後に名前だけを残した』

『少なくとも私はそう見る』

 

⸻

 

先生は少し間を置く。

 

⸻

 

『神谷一樹が、この件を知る数少ない人物だと考えていたのかもしれん』

 

⸻

 

「続きを託そうとした?」

 

⸻

 

『その可能性はある』

『だから名前を残したのだろう』

 

⸻

 

「でも届かなかった」

 

⸻

 

『そういうことだ』

 

⸻

 

卒業生名簿。

文化祭記録。

学校資料。

 

⸻

 

普通に存在している。

 

⸻

 

なのに。

 

⸻

 

朝倉由紀だけが。

消されている。

 

⸻

 

『重要なのはそこだ』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は黙って続きを聞く。

 

⸻

 

『文化祭実行委員会そのものが消されたわけではない』

 

⸻

 

僕は資料を見る。

 

⸻

 

確かにそうだった。

 

⸻

 

文化祭の記録は残っている。

実行委員会の資料も残っている。

担当教師の名前もある。

 

⸻

 

消えているのは。

一人だけ。

 

⸻

 

「朝倉さんだけを消した」

僕は言った。

 

⸻

 

三枝が静かに頷く。

「理由があるってことですよね」

 

⸻

 

僕は写真を見る。

 

⸻

 

文化祭実行委員長として写る朝倉由紀。

 

⸻

 

周囲の生徒たち。

副委員長の宮本翔太。

会計の佐伯美咲。

図書委員の神谷一樹。

 

⸻

 

みんな笑っている。

 

⸻

 

この時は。

まだ何も起きていなかったように見える。

 

⸻

 

『湊君』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は写真を見る。

 

⸻

 

『君は先ほど、不正会計と言ったな』

 

⸻

 

「うん」

 

⸻

 

『ならば確認すべきは』

『朝倉由紀が、その情報をどの段階で知ったのかだ』

 

⸻

 

僕は考える。

 

⸻

 

文化祭実行委員長。

 

⸻

 

会計資料を見る立場。

 

⸻

 

でも。

 

会計を担当していたのは佐伯美咲だ。

 

⸻

 

なら。

なぜ朝倉由紀だったのか。

 

⸻

 

「会計担当じゃないのに」

僕は呟く。

 

⸻

 

三枝が僕を見る。

 

⸻

 

「何か引っかかりますか?」

 

⸻

 

僕は資料を見る。

 

⸻

 

「うん」

 

⸻

 

実行委員長。

副委員長。

会計。

担当教員。

 

⸻

 

役割は分かれている。

 

⸻

 

だからこそ。

疑問が生まれる。

 

⸻

 

朝倉由紀は。

ただの発見者だったのか。

 

⸻

 

それとも。

もっと深い場所にいたのか。

 

⸻

 

『調べるべき場所が見えたな』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は頷く。

 

⸻

 

「会計資料だけじゃない」

 

⸻

 

僕は言った。

 

⸻

 

「文化祭実行委員会の動きそのものを調べる必要がある」

 

⸻

 

三枝が頷く。

「宮本さんと佐伯さんについても、ですね」

 

⸻

 

僕はもう一度、資料を見る。

文化祭協力担当(図書委員)。

神谷一樹。

それ以上の情報は、まだ見つかっていなかった。

『名前が残っているということは』

先生が言った。

『少なくとも、この人物は消される対象ではなかったということだ』

僕は資料を見る。

朝倉由紀だけが消えている。

その差には、まだ理由があるはずだった。

僕は少し考える。

 

⸻

 

「うん」

 

⸻

 

ただ。

今はまだ分からない。

 

⸻

 

宮本翔太が何を知っていたのか。

佐伯美咲が何を見ていたのか。

神谷一樹が何を話したのか。

五十嵐修司が何を隠したのか。

 

⸻

 

そして。

朝倉由紀が。

何を知ってしまったのか。

 

⸻

 

『一つずつ確認するしかない』

先生が言った。

 

⸻

 

僕は資料を閉じる。

 

⸻

 

朝倉由紀は。

文化祭実行委員長だった。

 

⸻

 

その事実は分かった。

 

⸻

 

しかし。

それだけではない。

 

⸻

 

彼女だけが消された理由。

 

⸻

 

そこに。

本当の出来事が隠れている。

 

⸻

 

僕はもう一度。

写真の中の朝倉由紀を見る。

 

⸻

 

彼女が最後に見たものは。

何だったのだろう。

 

⸻

 

その答えを探すために。

僕たちは次の資料へ手を伸ばした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。