帰山湊は先生を見送る   作:宵闇 行方

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第十五話 消された一人④

次に確認するべき資料は決まっていた。

 

 

文化祭実行委員会の会計資料。

 

 

僕は机の上に広げる。

 

予算案。

 

支出記録。

 

領収書。

 

購入一覧。

 

 

文化祭を運営するための普通の書類。

 

 

けれど。

 

そこには一つの違和感が残っていた。

 

 

「会計は佐伯さんだったんですよね」

 

三枝が言う。

 

 

僕は頷いた。

 

「うん」

 

 

会計担当。

 

佐伯美咲。

 

 

本来なら。

 

お金の流れを一番把握している人物だったはずだ。

 

 

それなのに。

 

学校から消されたのは。

 

彼女ではない。

 

 

朝倉由紀だった。

 

 

『そこを見落としてはいけない』

 

先生が言った。

 

 

僕は資料を見る。

 

 

会計担当者。

 

実行委員長。

 

担当教師。

 

 

それぞれ役割が違う。

 

 

『会計の異常を最初に発見する人物と』

 

『その異常を止める責任を持つ人物は』

 

『必ずしも同じではない』

 

 

僕はその言葉を考える。

 

 

佐伯美咲は。

 

数字を管理する立場。

 

 

朝倉由紀は。

 

実行委員長として全体を見る立場。

 

 

もし会計に問題があったなら。

 

朝倉が気付いても不思議ではない。

 

 

「責任者だったから」

 

僕は呟いた。

 

 

三枝が顔を上げる。

 

「責任者?」

 

 

「うん」

 

僕は資料を見る。

 

 

「会計だけを見るなら佐伯さん」

 

「でも文化祭全体の責任を負うのは朝倉さんだった」

 

 

だから。

 

朝倉由紀は黙れなかった。

 

 

文化祭を止めるか。

 

問題を隠すか。

 

 

その選択を迫られた可能性がある。

 

 

『だが』

 

先生が言う。

 

 

『一つ疑問が残る』

 

 

僕は黙って待つ。

 

 

『なぜ五十嵐修司は』

 

『朝倉由紀に圧力をかけた』

 

 

僕は資料の端を見る。

 

 

五十嵐修司。

 

文化祭担当教師。

 

 

担当教師なら。

 

文化祭を成功させたい気持ちは当然ある。

 

 

けれど。

 

それだけなら。

 

問題を隠す必要はない。

 

 

「文化祭を中止したくなかったから」

 

僕は言った。

 

 

三枝が僕を見る。

 

 

「でも」

 

僕は続ける。

 

「それだけじゃない気がする」

 

 

『その通りだ』

 

先生が言った。

 

 

僕は五十嵐修司の名前を見る。

 

 

教師として。

 

文化祭を守ろうとした。

 

 

そう考えることもできる。

 

 

しかし。

 

そのために。

 

一人の生徒へ圧力をかけた。

 

 

そこには。

 

自分自身を守る理由もあったのではないか。

 

 

「五十嵐先生は」

 

僕は言葉を選ぶ。

 

「何かを知られたくなかったのかもしれない」

 

 

三枝は黙って資料を見る。

 

 

その時だった。

 

 

僕は会計資料の最後のページに目を止めた。

 

 

支出確認欄。

 

 

担当者確認。

 

 

会計。

 

佐伯美咲。

 

 

実行委員長確認。

 

朝倉由紀。

 

 

そして。

 

担当教員確認。

 

五十嵐修司。

 

 

三人の名前が並んでいる。

 

 

僕は息を止めた。

 

 

「三人とも」

 

僕は呟く。

 

 

「この資料を見ていた」

 

 

『そうだ』

 

先生が言った。

 

 

『だからこそ』

 

『誰が何を知っていたのかを分けて考える必要がある』

 

 

僕は頷く。

 

 

佐伯美咲。

 

数字を見ていた。

 

 

朝倉由紀。

 

全体を見ていた。

 

 

五十嵐修司。

 

承認する立場だった。

 

 

同じ資料を見ていても。

 

立場は違う。

 

 

「藤堂さんは」

 

三枝が言った。

 

「そこまで調べたんでしょうか」

 

 

僕はノートを見る。

 

 

藤堂史也。

 

 

文化祭取材から始めて。

 

不正会計らしきものへ辿り着いた。

 

 

そして。

 

朝倉由紀の存在を見つけた。

 

 

「たぶん」

 

僕は答える。

 

「でも」

 

 

僕はノートをめくる。

 

 

「最後までは分からなかった」

 

 

『決定的な証拠がなかったのだろう』

 

先生が言った。

 

 

僕は頷く。

 

 

だから。

 

藤堂は残した。

 

 

次の誰かが辿り着けるように。

 

 

机の上に並ぶ資料を見る。

 

 

朝倉由紀。

 

宮本翔太。

 

佐伯美咲。

 

五十嵐修司。

 

 

十五年前。

 

同じ文化祭に関わった人物たち。

 

 

その中で。

 

消されたのは一人だけ。

 

 

なぜ朝倉由紀だったのか。

 

 

その理由を知るには。

 

彼女が亡くなった後。

 

学校が何を発表したのかを確認する必要がある。

 

 

僕は資料一覧を見る。

 

 

二〇一一年十月。

 

 

朝倉由紀に関する学校資料。

 

 

そこに。

 

何かが残っているかもしれない。

 

 

再び新聞記事の切り抜きを見つめる。

 

 

朝倉由紀。

 

 

その名前は。

 

もう分かっている。

 

 

文化祭実行委員長だったこと。

 

 

二〇一一年十月五日に亡くなったこと。

 

 

そして。

 

学校の記録から消されていること。

 

 

けれど。

 

まだ分からないことがある。

 

 

学校は。

 

この出来事をどう説明したのか。

 

 

「学校側の発表」

 

僕は呟いた。

 

 

三枝が顔を上げる。

 

「発表ですか?」

 

 

「うん」

 

僕は資料を見る。

 

 

「新聞記事には、外から見た情報しかない」

 

 

全国紙の記事。

 

地域の報道。

 

 

そこには朝倉由紀の死が書かれている。

 

 

しかし。

 

学校の中では。

 

何が伝えられたのか。

 

 

そこを確認する必要がある。

 

 

『良い視点だ』

 

先生が言った。

 

 

『学校が何を隠したかを知るには』

 

『学校が何を公表したかを見るべきだ』

 

 

僕は頷く。

 

 

僕たちは資料棚を調べ直した。

 

 

学校通信。

 

生徒向け文書。

 

行事報告。

 

 

二〇一一年十月。

 

 

その時期の資料を探す。

 

 

しばらくして。

 

一枚の紙が見つかった。

 

 

白峰高等学校

 

生徒・保護者の皆様へ

 

 

タイトルだけで分かった。

 

 

朝倉由紀に関する文書だった。

 

 

僕は慎重に読む。

 

 

内容は。

 

短かった。

 

 

生徒の逝去について。

 

深い悲しみを感じていること。

 

生徒への心のケアを行うこと。

 

学校として今後も生徒を支えていくこと。

 

 

そこまでだった。

 

 

僕は紙を置く。

 

 

「……何も書いてない」

 

 

三枝が覗き込む。

 

「何も?」

 

 

「うん」

 

 

文化祭実行委員長だったこと。

 

 

文化祭の直後だったこと。

 

 

会計資料を確認していたこと。

 

 

そういった情報は。

 

一切ない。

 

 

『不自然だな』

 

先生が言った。

 

 

僕は文書を見る。

 

 

もちろん。

 

生徒の死を公表する文書に。

 

全てを書く必要はない。

 

 

だが。

 

朝倉由紀は。

 

ただの一生徒ではなかった。

 

 

文化祭実行委員長だった。

 

 

学校行事の中心人物だった。

 

 

それなのに。

 

その事実だけが抜け落ちている。

 

 

「隠したのは」

 

僕は言う。

 

 

三枝が僕を見る。

 

 

「死んだことじゃない」

 

 

僕は続ける。

 

 

「朝倉さんが、何をしていたかだ」

 

 

三枝は黙った。

 

 

その通りだった。

 

 

学校は。

 

朝倉由紀の死を完全に消すことはできなかった。

 

 

外部の新聞記事が残っている。

 

 

だから。

 

別のものを消した。

 

 

朝倉由紀が。

 

白峰高校でどんな役割を持っていたのか。

 

 

彼女が。

 

何を見ていたのか。

 

 

「でも」

 

三枝が言う。

 

「どうしてそこまでして……」

 

 

僕は答えられなかった。

 

 

理由はまだ分からない。

 

 

ただ。

 

一つだけ見えてきた。

 

 

学校は。

 

朝倉由紀という人物を消したかった。

 

 

それは。

 

彼女の存在が問題だったからではない。

 

 

彼女が残したもの。

 

 

彼女が知っていたこと。

 

 

それが問題だったのだ。

 

 

『次だ』

 

先生が言った。

 

 

僕は顔を上げる。

 

 

『確認すべきは』

 

『朝倉由紀が亡くなる直前に残した記録だ』

 

 

僕は資料を見る。

 

 

文化祭。

 

不正会計。

 

五十嵐修司。

 

 

そして。

 

朝倉由紀。

 

 

全てが近付いている。

 

 

僕はもう一度。

 

藤堂史也のノートを開いた。

 

 

藤堂は。

 

ここまで調べていた。

 

 

ならば。

 

彼が最後に追っていたものも。

 

どこかに残っているはずだった。

 

 

僕たちは。

 

次の資料へ手を伸ばした。

 

 

資料を並べ直す。

 

 

文化祭実行委員会。

 

会計資料。

 

学校発表。

 

藤堂史也のノート。

 

 

今まで見てきたものが。

 

一つずつ繋がっていく。

 

 

朝倉由紀。

 

 

彼女が消された理由。

 

 

それは。

 

彼女が何かをしたからではない。

 

 

何かを知ってしまったからだった。

 

 

『確認しよう』

 

先生が言った。

 

 

僕は黙って資料を見る。

 

 

『文化祭会計に異常があった』

 

 

『その事実を確認できる立場にいたのが、朝倉由紀だった』

 

 

会計担当は佐伯美咲。

 

 

しかし。

 

実行委員長として。

 

最終的に文化祭全体を見る立場だったのは朝倉由紀だった。

 

 

だから。

 

彼女は気付いた。

 

 

文化祭を成功させるために集めた予算。

 

生徒たちが準備してきた時間。

 

 

その裏側で。

 

本来あるはずのない金の流れがあった。

 

 

「朝倉さんは」

 

僕は呟く。

 

「それを公表しようとした」

 

 

先生は答えなかった。

 

 

代わりに。

 

僕自身が続きを考える。

 

 

でも。

 

そこで問題が起きた。

 

 

文化祭は。

 

もう目の前だった。

 

 

中止になるかもしれない。

 

 

関わってきた生徒たちの努力が。

 

全部無駄になるかもしれない。

 

 

朝倉由紀は。

 

それを分かっていた。

 

 

責任感の強い人だった。

 

 

だから。

 

簡単には決断できなかった。

 

 

その迷いを。

 

利用した人物がいた。

 

 

僕は資料を見る。

 

 

五十嵐修司。

 

 

文化祭担当教師。

 

 

「五十嵐先生は」

 

僕は言う。

 

「朝倉さんに黙るように言った」

 

 

『正確には』

 

先生が言う。

 

 

『彼女の責任感を利用した』

 

 

僕は息を止める。

 

 

文化祭を止めたくない。

 

生徒たちを失望させたくない。

 

 

その気持ちを。

 

五十嵐修司は利用した。

 

 

問題を公表すれば。

 

文化祭は終わる。

 

 

君が責任を取ることになる。

 

 

そう思わせた。

 

 

「……ひどい」

 

三枝が呟く。

 

 

僕は資料を見る。

 

 

朝倉由紀は。

 

最後まで文化祭を守ろうとした。

 

 

そして。

 

その後。

 

亡くなった。

 

 

二〇一一年十月五日。

 

 

文化祭終了から二日後。

 

 

学校は発表した。

 

 

悲しい出来事だった。

 

生徒の心のケアを行う。

 

 

それだけだった。

 

 

しかし。

 

隠されたものがある。

 

 

不正会計。

 

 

五十嵐修司の関与。

 

 

そして。

 

朝倉由紀が亡くなる直前まで抱えていた問題。

 

 

それらが表に出れば。

 

学校の責任問題になる。

 

 

だから。

 

学校は決めた。

 

 

朝倉由紀という人物を。

 

学校の記録から消すことを。

 

 

『存在を消したかったのではない』

 

先生が言う。

 

 

『彼女が残した証拠を消したかったのだ』

 

 

僕は黙って資料を見る。

 

 

文化祭実行委員会の記録。

 

写真。

 

名簿。

 

資料。

 

 

そこから。

 

朝倉由紀だけが消えている。

 

 

理由は。

 

もう分かった。

 

 

彼女が。

 

学校にとって都合の悪い存在だったからだ。

 

 

不正に気付いた生徒。

 

 

それを止めようとした生徒。

 

 

そして。

 

その経緯を知る可能性がある生徒。

 

 

それが。

 

朝倉由紀だった。

 

 

僕は藤堂史也のノートを見る。

 

 

藤堂は。

 

文化祭の記事を書くために調査を始めた。

 

 

そこで。

 

普通ではないものを見つけた。

 

 

不正会計。

 

 

消された人物。

 

 

そして。

 

学校が隠した真実。

 

 

「藤堂さんは」

 

僕は言う。

 

「これを調べていたんだ」

 

 

先生が静かに答える。

 

 

『そうだ』

 

 

『彼は文化祭の記事を書こうとしていた』

 

 

『だが』

 

 

『その途中で、学校の裏側に触れてしまった』

 

 

僕は資料を閉じる。

 

 

長かった。

 

 

消された一人。

 

 

その正体。

 

 

朝倉由紀。

 

 

彼女は。

 

何か悪いことをしたわけではなかった。

 

 

ただ。

 

正しいことをしようとした。

 

 

その結果。

 

学校は。

 

彼女の存在を消した。

 

 

僕は最後に。

 

文化祭写真を見る。

 

 

そこには。

 

笑っている朝倉由紀がいた。

 

 

文化祭を成功させようとしていた。

 

普通の高校生だった。

 

 

「……忘れられていい人じゃない」

 

僕は呟いた。

 

 

先生は。

 

しばらく何も言わなかった。

 

 

そして。

 

静かに答えた。

 

 

『だから君たちが見つけた』

 

 

僕は頷く。

 

 

消された一人。

 

 

その名前は。

 

もう消えない。

 

 

十五年前。

 

白峰高校で起きた出来事。

 

 

その真実は。

 

ようやく。

 

日の当たる場所へ出てきた。

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