帰山湊は先生を見送る   作:宵闇 行方

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第十六話 消えない記録

朝倉由紀の写真を見つめていた。

 

 

文化祭実行委員長。

 

 

十五年前。

 

白峰高校に確かに存在した一人の生徒。

 

 

長い間。

 

その記録だけが消されていた。

 

 

けれど。

 

今は違う。

 

 

僕たちは。

 

彼女の名前を知っている。

 

 

「これを」

 

三枝が言った。

 

 

「残すべきだと思います」

 

 

僕は顔を上げる。

 

「残す?」

 

 

三枝は資料を見る。

 

 

「学校新聞です」

 

 

僕は少し驚いた。

 

 

「朝倉さんのことを?」

 

 

「はい」

 

 

「消されたままにしていいことじゃないと思います」

 

 

僕は机の上を見る。

 

 

写真。

 

資料。

 

藤堂史也のノート。

 

 

確かに。

 

僕たちは知った。

 

 

でも。

 

知っただけでは。

 

何も変わらない。

 

 

『記録として残す』

 

先生が言った。

 

 

『それで初めて、消されたものは戻る』

 

 

僕は頷いた。

 

 

数日後。

 

僕たちは新聞部の部室へ向かった。

 

 

二、三年生の新聞部員たちに。

 

これまで調べた資料を見せるためだった。

 

 

机の上に並べる。

 

 

文化祭写真。

 

会計資料。

 

学校発表。

 

藤堂史也のノート。

 

それとは別に

 

文化祭の展示案内資料という資料を見つけた。

 

そこに、

 

作成担当

図書委員 神谷一樹

 

という名前があった。

 

 

『この人物も』

 

『当時の文化祭資料に関わっていた可能性がある』

 

先生は言った。

 

 

先輩たちは黙って資料を見る。

 

 

「……これ」

 

三年生の部員が言った。

 

「本当に?」

 

 

僕は頷く。

 

「はい」

 

 

「朝倉由紀という生徒が」

 

「記録から消されていました」

 

 

部室が静かになる。

 

 

二年生の部員が写真を見る。

 

 

「文化祭実行委員長……」

 

 

「こんな中心人物が?」

 

 

誰もが同じ疑問を抱いていた。

 

 

なぜ。

 

この人だけなのか。

 

 

しばらく資料を確認した後。

 

三年生の部員が口を開いた。

 

 

「この件」

 

「神谷先輩にも見てもらった方がいいかもしれない」

 

 

僕は顔を上げる。

 

 

「神谷先輩?」

 

 

「藤堂さんが追っていた件をずっと調べていた人だろ」

 

 

その言葉に。

 

僕は頷いた。

 

 

すぐに電話がかけられた。

 

 

数分後。

 

部室の扉が開く。

 

 

「急に呼び出して何だ?」

 

 

神谷先輩だった。

 

 

「すみません」

 

三年生の部員が言う。

 

「見てもらいたいものがあります」

 

 

神谷先輩は机を見る。

 

 

そして。

 

藤堂史也のノートに目を止めた。

 

 

表情が変わる。

 

 

「……これ」

 

 

神谷先輩はノートを手に取った。

 

 

「これが藤堂さんのノートなのか」

 

 

しばらく。

 

何も言わなかった。

 

 

ページをめくる。

 

 

文化祭。

 

会計。

 

消された人物。

 

 

「そうか……」

 

 

小さな声だった。

 

 

「藤堂さんが追っていたのは」

 

「これだったのか」

 

 

三枝が、

 

「藤堂さんだけじゃなくて、当時記録を残そうとしていた人がいたんですよね」

 

「文化祭の展示案内資料に名前がありました」

 

 

僕は頷く。

 

 

「僕たちは」

 

「朝倉由紀さんに辿り着きました」

 

 

神谷先輩は写真を見る。

 

 

「……」

 

 

「俺は」

 

神谷先輩が言った。

 

「ずっと途中で止まっていた」

 

 

藤堂史也のノートを見る。

 

 

「何を調べていたのか」

 

「分からないままだった」

 

 

僕は黙って聞いていた。

 

 

神谷先輩は顔を上げる。

 

 

「でも」

 

「これなら分かる」

 

 

「藤堂さんは」

 

「消えたものを探していたんだ」

 

 

その言葉で。

 

僕は少しだけ安心した。

 

 

藤堂史也の調査は。

 

無駄ではなかった。

 

 

そして。

 

新聞作成が始まった。

 

 

記事の中心は。

 

不正を暴くことではない。

 

 

朝倉由紀という生徒がいたこと。

 

 

文化祭を作り上げようとしていたこと。

 

 

そして。

 

その記録が消されていたこと。

 

 

それを書く。

 

 

ただし。

 

五十嵐修司については。

 

断定しない。

 

 

資料に残された事実。

 

確認できる情報。

 

そこだけを書く。

 

 

数日後。

 

完成した原稿は。

 

学校側へ提出された。

 

 

しかし。

 

すぐに返事は来なかった。

 

 

そして。

 

呼び出された。

 

 

会議室。

 

 

教師たちが資料を見る。

 

 

「内容は確認しました」

 

教師が言った。

 

 

「ですが」

 

 

「十五年前の出来事を」

 

「今の生徒が扱う必要があるのでしょうか」

 

 

「記事の内容には問題があります」

 

「過去の資料だけで、当時の学校の対応を判断することはできません」

 

 

僕は黙って聞く。

 

 

「君たちの気持ちは分かります」

 

「しかし、亡くなった生徒について扱う以上、慎重にならざるを得ません」

 

「当時の関係者やご遺族への配慮も必要です

 

 

『当然の反応だな』

 

先生が言った。

 

 

『学校にとって過去とは』

 

『終わった出来事である方が都合がいい』

 

 

僕は資料を見る。

 

 

でも。

 

終わったことにされたから。

 

朝倉由紀は消えた。

 

 

「僕たちは」

 

僕は言った。

 

 

教師を見る。

 

 

「学校を責めたいわけじゃありません」

 

 

「断定している訳でありません」

 

「分かっている事実だけを書いています」

 

 

「ただ」

 

 

「いなかったことにされた人を」

 

「もう一度、記録に戻したいんです」

 

「だからこそ、事実だけを書くんです」

 

 

沈黙。

 

 

神谷先輩が続ける。

 

 

「藤堂さんも」

 

「たぶん、それをしたかったんだと思います」

 

 

教師が顔を見る。

 

 

「記事を書きたかったんじゃない」

 

 

「残したかったんです」

 

 

その後。

 

記事はいくつか修正された。

 

 

表現の変更。

 

事実確認。

 

学校側の見解。

 

 

それでも。

 

掲載自体は認められた。

 

 

そして。

 

学校新聞は発行された。

 

 

見出し。

 

 

『消えない記録』

 

 

十五年前の文化祭資料から見つかった空白。

 

 

新聞は。

 

校内だけでなく。

 

卒業生にも広がった。

 

 

当時を知る人から連絡が届く。

 

 

新しい証言が集まり始める。

 

 

学校は。

 

もう無視できなかった。

 

 

消したはずの記録が。

 

今度は多くの人の目に触れている。

 

 

放課後。

 

僕は新聞を見る。

 

 

朝倉由紀。

 

 

その名前がある。

 

 

もう。

 

消えていない。

 

 

『湊君』

 

先生が言った。

 

 

「何?」

 

 

『記録とは不思議なものだ』

 

 

『消そうとしても』

 

『誰かが残せば、消えない』

 

 

僕は新聞を見る。

 

 

「うん」

 

 

「朝倉さんの名前は」

 

「もう消えないね」

 

 

少し離れた場所で。

 

神谷先輩が藤堂史也のノートを閉じた。

 

 

「藤堂さん」

 

 

小さな声。

 

 

「藤堂さん」

 

「あなたが追っていたものは」

 

「ちゃんと残りましたよ」

 

 

十五年前。

 

途切れた調査。

 

 

残されたノート。

 

 

消された記録。

 

 

それらは。

 

今。

 

新しい記録になった。

 

 

消えない記録。

 

 

それが。

 

僕たちが最後に残したものだった。

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