第八話 四つの付箋①
特別教室241の黒板に残されていた「3-4」の意味が分かってから、数日が過ぎた。
学校生活は元の調子に戻っていた。
授業を受けて。
昼休みに友人と話して。
放課後になれば図書委員の仕事をする。
先生も特に何も言わない。
僕も数字のことを考える時間は減っていた。
だから、その日。
図書室前の掲示板に貼られた一枚の黄色い付箋へ目が留まったのは、本当に偶然だった。
⸻
放課後。
僕は図書室へ向かっていた。
特別な用事があるわけではない。
ただ、本のある場所へ行くことが習慣になっていた。
『君は本当に図書室が好きだな』
先生が言う。
「そうかな」
『そうだろう』
僕は苦笑した。
否定はできない。
⸻
図書室前の掲示板には図書だよりが貼られていた。
新着図書の紹介。
貸出ランキング。
夏休み前の特集。
その隅に。
小さな黄色い付箋が貼られていた。
「……?」
近付く。
付箋には黒いペンで短く書かれていた。
L-070
それだけだった。
「何だろう」
『LはLibraryだろう』
先生が言う。
「図書室?」
『可能性は高い』
070。
数字の意味は分からない。
だが。
どこかで見たことがある気がした。
「あ」
『どうした』
「NDCだ」
『何だね、それは』
「図書館の分類番号」
先生は少し黙った。
『なるほど』
「新聞とか出版関係だった気がする」
僕はそのまま図書室へ入った。
⸻
070の棚はすぐに見つかった。
新聞。
出版。
ジャーナリズム。
そういった本が並んでいる。
『新聞関係か』
「みたいだね」
僕は一冊ずつ確認していく。
付箋。
栞。
挟まった紙。
何かないか探す。
しばらくして。
一冊の本を開いた瞬間だった。
小さな紙片が床へ落ちた。
「ん?」
拾い上げる。
黄ばんだ新聞の切れ端だった。
かなり古い。
そこにはこう書かれていた。
白峰高校新聞
2011年11月15日号
そして。
大きな見出し。
学校資料に残された空白
「学校新聞?」
僕は呟いた。
『そのようだな』
先生も紙片を見ている。
本文も少しだけ残っていた。
だが。
古い紙のためか文字がかすれている。
さらに端が破れていて、
内容は部分的にしか読めなかった。
……本校に保管されていた資料について……
……現在残されている記録との間に……
そこから先は失われていた。
「何の記事だろう」
『断片だけでは判断できんな』
先生が言う。
僕も同意だった。
それでも。
妙に気になった。
学校資料。
記録。
空白。
ただの学校新聞の記事には思えなかった。
⸻
翌日。
放課後。
僕は新聞部室へ向かった。
新聞部なら何か知っているかもしれない。
『合理的だ』
先生が言う。
「珍しく褒めるね」
『事実を述べているだけだ』
⸻
新聞部室。
ノックする。
「失礼します」
「はい」
返事が返ってくる。
扉を開ける。
部室には一人だけいた。
半袖ワイシャツ姿の男子生徒。
机には原稿用紙とノートパソコン。
僕を見ると慌てて立ち上がる。
「あの、何か御用ですか?」
「図書委員の帰山です」
「あ、はい」
男子生徒は頭を下げた。
「新聞部一年の
少し緊張しているようだった。
僕は事情を説明する。
新聞の切れ端。
二〇一一年十一月十五日号。
学校資料に残された空白。
三枝は最後まで聞くと首を傾げた。
「すみません」
「知らない?」
「はい」
三枝は苦笑した。
「僕、一年なので」
「だよね」
「でも古い新聞なら残っていると思います」
そう言って棚へ向かった。
⸻
しばらくして。
「あった」
色褪せたファイルを取り出す。
二〇一一年。
僕たちは机を挟んでページをめくった。
文化祭。
体育祭。
進路特集。
どの記事も残っている。
そして。
十一月号。
その時だった。
「……あれ?」
三枝が声を上げた。
「どうしたの?」
「この記事だけありません」
僕も見る。
確かに。
数ページ分だけが綺麗に抜けていた。
不自然なほど綺麗に。
そこだけが。
「この記事だ」
僕は新聞片を取り出した。
白峰高校新聞。
二〇一一年十一月十五日号。
学校資料に残された空白。
間違いない。
抜けているのは、その記事だった。
⸻
部室の中が静かになる。
「初めて見ました」
三枝が言う。
「こんなことあるんですね」
「他の記事は全部残ってる?」
「はい」
文化祭。
体育祭。
進路特集。
全部ある。
消えているのは一つだけだった。
先生が静かに言う。
『偶然ではあるまい』
僕もそう思った。
誰かが持ち出した。
そう考えるのが自然だった。
⸻
翌日。
五時間目が終わる。
廊下へ出た時だった。
「あれ?」
僕は立ち止まった。
文化部紹介の掲示。
吹奏楽部。
写真部。
美術部。
そして。
生物部。
研究発表ポスターの隅。
そこに黄色い付箋が貼られていた。
「まただ」
付箋には黒い文字。
B-2
それだけだった。
『BはBiologyか』
先生が言う。
「生物だね」
『前回と同じ形式だ』
⸻
放課後。
僕は第一校舎一階へ向かった。
生物準備室。
物理教室の隣にある部屋だ。
だが。
当然ながら鍵が掛かっている。
「入れないな」
『当たり前だ』
先生が言う。
『準備室なのだからな』
⸻
ちょうどその時だった。
半袖ワイシャツ姿の男子生徒が歩いてきた。
腕章を付けている。
生物部だった。
事情を説明すると、
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
と言った。
「僕、生物部なんで」
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数分後。
鍵が回る。
カチャリ。
生物準備室の扉が開いた。
「ありがとうございます」
「いえ」
生徒は笑った。
「写真部も使ってるんで、結構いろんな物がありますよ」
「写真部も?」
「はい」
生徒は頷く。
「奥に暗室もあります」
「暗室?」
「フィルム現像用です」
少し照れたように笑った。
「今はほとんど物置ですけど」
⸻
部屋の中へ入る。
棚。
標本。
薬品棚。
実験器具。
古い教材。
『随分と物が多いな』
先生が言う。
「準備室だからね」
僕は周囲を見回した。
そして付箋を思い出す。
B-2。
『待て』
先生が言った。
「何?」
『2が残っている』
僕はハッとした。
確かにそうだった。
L-070は分類番号だった。
だが今回は違う。
『場所を示している可能性が高い』
先生は続ける。
『二番目を探せ』
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僕は棚を数える。
一つ。
二つ。
生物準備室へ入って右側。
二番目の棚。
そこへ近付いた。
しばらく確認する。
特に何もない。
だが。
棚の一番下。
古びた封筒が置かれていた。
「これか」
⸻
封筒を取り出す。
そこそこ古い。
日に焼けたのか色褪せている。
中には写真が一枚入っていた。
からー写真だった。
資料室の前で撮影されたものらしい。
校舎の壁と扉が写っている。
数人の生徒の姿も見える。
記念写真というよりは、
何かを記録するために撮影された写真だった。
「何だろう」
僕は写真を見つめた。
『新聞用の写真かもしれんな』
先生が言う。
人物ではなく。
場所そのものを残そうとしているように見えた。
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写真を裏返す。
裏面には鉛筆で文字が書かれていた。
十一月十三日
資料室前
僕は息を止めた。
「資料室前……」
『記事の日付に近いな』
先生が言う。
二〇一一年十一月十五日号。
学校資料に残された空白。
そして。
十一月十三日。
資料室前。
偶然とは思えなかった。
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記事。
写真。
少しずつ断片が集まり始めている。
だが。
まだ全体像は見えない。
先生が静かに言った。
『焦るな』
「分かってる」
『まだ二つ目だ』
確かにそうだった。
四つの付箋。
まだ半分も終わっていない。
だが。
見えなかったものが少しずつ形になり始めている。
そんな気がしていた。