生物準備室で見つけた写真は、僕の頭から離れなかった。
資料室前。
二〇一一年十一月十三日。
写真の裏に残された短い文字。
そして。
図書室で見つけた新聞の断片。
二つが同じ記事に関係していることは、もう間違いなかった。
ただ。
なぜ、その記事が消えたのか。
なぜ、いくつもの場所に手掛かりが残されているのか。
まだ分からない。
『考えすぎだな』
先生が言った。
「そうかな」
『今ある情報以上の答えを出そうとしている』
「……」
『推理には根拠が必要だ』
「分かってるよ」
『ならば、次を探すことだ』
先生の言葉に、僕は頷いた。
⸻
翌日。
昼休み。
僕は廊下を歩いていた。
次の手掛かりを探していたわけではない。
ただ、いつものように校内を歩いていただけだった。
その時だった。
文化部展示の案内が目に入った。
吹奏楽部。
写真部。
美術部。
生物部。
それぞれの活動紹介が並んでいる。
そして。
美術部の案内の隅。
見覚えのある黄色い付箋が貼られていた。
「……まただ」
近付く。
付箋には黒い文字。
A-3。
それだけだった。
⸻
『A』
先生が呟く。
「Artかな」
『可能性は高い』
先生は少し考える。
『だが、重要なのは後ろの数字だ』
「3」
『そうだ』
僕は思い出す。
B-2。
生物準備室で見つけた付箋。
あの時、数字は場所の中にある対象を示していた。
『ただし』
先生が続ける。
『今回も棚だと決めつける必要はない』
「じゃあ、何を探すの?」
『その場所で三番目に区別されているもの』
先生は答えた。
『それを探せばいい』
僕は頷いた。
⸻
放課後。
僕は第2校舎へ向かった。
美術室は第2校舎一階にある。
廊下を歩いていくと、
扉の向こうから話し声が聞こえた。
美術部が活動しているようだった。
『都合が良いな』
先生が言う。
「うん」
学校の教室や準備室は、基本的に施錠されている。
使われていない場所へ勝手に入ることはできない。
だが。
活動中なら話は別だった。
⸻
美術室へ入る。
中では数人の生徒が作品制作をしていた。
半袖ワイシャツ姿。
机の上には絵具や画材。
壁には制作途中の作品が並んでいる。
僕は近くにいた生徒へ声を掛けた。
「すみません」
「はい?」
「少し資料を見せてもらってもいいですか」
事情を説明すると、
「いいですよ」
と快く答えてくれた。
⸻
僕は美術室の中を見回した。
棚。
作品。
展示物。
A-3。
三番目に区別されているもの。
何か。
その時。
壁際に並べられた石膏像が目に入った。
それぞれの台座には番号が付いている。
一。
二。
三。
「……」
三番目の石膏像。
僕は近付いた。
⸻
『確認してみたまえ』
先生が言う。
僕は石膏像を眺めた。
表面。
台座。
全体の形。
その時だった。
「……」
妙な違和感があった。
見た目から想像するより、軽い気がする。
もちろん、簡単に持ち上げられるほどではない。
だが。
石膏でできた像なら、もっと重量があるはずだった。
「これ……」
『何か気付いたか』
先生が言う。
「中が空洞なのかもしれない」
僕は近くにいた美術部員へ尋ねた。
「すみません。この石膏像って、中は空洞ですか?」
すると。
「あ、分かりました?」
美術部員は少し笑った。
「そうですよ」
「やっぱり」
「軽量化のためです」
「軽量化?」
「はい」
美術部員は説明してくれた。
「全部を石膏で詰めると重くなりすぎるので、内部を空洞にして作るものがあります」
なるほど。
だから。
この石膏像の中には空間がある。
誰かは、その空間を利用したのだ。
⸻
美術部員に確認を取りながら、僕は内部を覗き込んだ。
すると。
奥に何かが見えた。
細長い筒状のもの。
紙を丸めたものだった。
慎重に取り出す。
古い紙の匂いがした。
ゆっくり広げる。
そして。
息を止めた。
⸻
新聞のレイアウト原稿だった。
見出し。
写真。
本文。
紙面のどこに何を配置するか。
赤鉛筆で細かい指示が書き込まれている。
『新聞の設計図だな』
先生が言う。
「レイアウト原稿……」
僕は呟いた。
⸻
中央に書かれた見出し。
学校資料に残された空白。
間違いなかった。
図書室で見つけたタイトル。
生物準備室で見つけた写真。
そして。
今ここにあるレイアウト原稿。
すべて同じ記事だった。
⸻
僕は原稿を慎重に確認する。
写真配置の横に、小さな書き込みが残っていた。
資料室前撮影写真使用
「あ……」
『確認できたな』
先生が言う。
これで写真とレイアウト原稿が繋がった。
あの白黒写真は、
この記事のために撮影されたものだった。
⸻
しばらく沈黙が続いた。
僕は原稿を見つめる。
三つ集まった。
タイトル。
写真。
レイアウト原稿。
先生が静かに言った。
『並べてみろ』
「何を?」
『この記事が作られる順番だ』
僕は考える。
「まず……タイトル」
『次』
「写真」
『そして』
「レイアウト原稿」
そこまで言った時。
僕も気付いた。
「あ……」
『そういうことだ』
先生の声は落ち着いていた。
『新聞制作の工程だ』
⸻
タイトル。
写真。
紙面の設計。
ならば。
その次に来るものは。
「印刷……かな」
僕が呟く。
先生は少し間を置いた。
『可能性は高い』
『タイトルは記事の内容を決める』
『写真は取材資料になる』
『レイアウトは紙面を構成する工程だ』
『その後に必要になる工程を考えるなら』
『印刷という流れは自然だ』
確かに。
言われてみればそうだった。
『Printing』
先生が小さく呟いた。
「次の付箋がPなら……」
僕は言った。
『あくまで推測だ』
先生は続けた。
『まだ確認したわけではない』
僕は頷いた。
今まで見つけた付箋も、
意味が分かったのは後からだった。
次も同じとは限らない。
⸻
レイアウト原稿を元の場所へ戻す。
美術室を出る。
夕方の廊下は静かだった。
もし先生の推理が正しいなら。
次に向かう場所は、
印刷に関係する場所かもしれない。
ただ。
印刷室は普段から施錠されている。
勝手に入ることはできない。
鍵を借りる必要がある。
「職員室かな」
僕は呟いた。
『本校舎二階だったな』
先生が答える。
僕は頷いた。
次に向かう場所は決まった。
まずは。
鍵を借りなければならない。