父親の大賢者がロリコンだったから 作:ていわと
「つくづく高慢な連中だ」
ジェブライラは低い声で言った。
紫色の髪は娘と同じ色。赤い首巻の下、鍛え抜かれた腹筋がきらりと光る。
布の下で瞳も光っていた。戦士の眼光というやつである。
今回喧嘩を売る相手、教令院は現代スメールにおいて絶対的と言ってもいい存在だ。
エルマイト旅団も一大勢力ではあるものの、それはあくまで砂漠での話である。教令院の影響力はスメール全域に及ぶ。戦いを知らぬ学者連中と侮ってはいけない。教令院は財力と権力、そして知識の全てを持っている。戦争になればエルマイト旅団とてただではすまないだろう。まあ、砂漠の民達の多くはその事実を認めたがらないだろうが。
「そして、愚かでもある。お前の親父達は
ジェブライラは屈強な腕をがっしりと組んで、渋い声で言った。
周りは薄暗く埃っぽい。そこは、日の光が届かないグランドバザール。その片隅に存在する人気のない空間である。腐った木箱やら鉄クズが散乱しており、何に使われているのかよくわからないスペースだ。不法投棄されたものが処理されずに残っているのかもしれない。
「マハールッカデヴァータ様というよりは、あの人が盲信しているのは知恵の力ですよ。求めているのは神の権能であって、マハールッカデヴァータ様個人じゃない」
依頼者の少年は落ち着かないのか、剣を触ってカチャカチャと音を鳴らしている。くすんだ灰色の長剣だ。鞘と刀身の色は大差ない。いつ手に入れたのかは覚えておらず、物心ついた時には手元にあったそうだ。
持ち手の部分には時計の刻印が施されている。
針に該当する箇所はひとつだけ。長剣が横一文字に描かれている。
「誰でもいいんじゃないですか。世界樹の叡智を活用することができて、天候を制御することができて、アーカーシャのような凄い発明をすることができる存在なら、誰でも」
かつて、マハールッカデヴァータは神器を用いて雨を降らせ、荒れ果てた大地を熱帯雨林に変えたという。このスメールシティがあった場所も、遥か昔は砂と岩しかなかったと言われている。
そして、マハールッカデヴァータはアーカーシャという装置を発明したことでも有名だ。それに教令院が手を加えて作ったのが『アーカーシャ端末』。使用者はアーカーシャにアクセス可能で、必要な知識を手に入れることができる。ただ、なんでも無制限にとはいかない。アーカーシャ側に『不必要な知識』と判断されれば却下される。
「親父のそれは、お前にとっては度し難い在り方か?」
「それでスメールが良くなるならいいと思いますよ。あの人がよく話しているように、人類がより良い方向に進むのなら」
「あからさまに含みがある言い方だな」
「すみません。直接的な表現で悪口言うのは苦手なんですよね。育ててもらった恩があるのは間違いないですし……まあ、ロリコンは万死に値しますけど。死ねばいいんだ幼女趣味は」
少年、リラクはギリリと歯軋りをした。余程ロリコンが許せないらしい。もっと怒るべきところは山ほどあると思うのだが、変な感性の少年である。
「父さん、リラ」
「なんだジェイド。腹でも減ったのか」
「ジェイドどうしたの? お腹すいたら言ってね。拾い食いとかしちゃダメだよ。最近は何が落ちてるかわからないし危ないから」
「あたし大食いキャラじゃないし、拾い食いしたってお腹とか壊さないタイプだから。二人とも、変な事ばっか言ってるとぶっ殺すよ?」
娘は今日も元気だ。
愛する妻が逝ってしまい生きる意味を失いかけた時もあったが、娘が必要としてくれるのなら自分はまだ生きなければならない。
ジェブライラは優しい薄笑いを浮かべた。
傭兵家業は常に死の気配がついてくる。だからこそ一瞬一瞬を大切に生きなければ……とかクソ真面目に考えていると
「なに笑ってんの? しかも気持ち悪い笑い方。馬鹿にしてる?」
数秒目を離した隙に、娘が双剣を握り締めていた。
全く、困ったやつだ。いつまでも子供じゃないんだから、子供じみた反抗期はどうかと思う。それでも娘は可愛いものだと笑っていると、ケツを蹴られた。
「なにをする」
「股間じゃなかっただけ感謝してよ。なんか今日の父さんむかつく。イライラするから戦おう。戦うよ。久しぶりに決闘!」
「ジェイドやめて! 君達がバトルしたら大騒ぎになって教令院の人達くるから!」
ジェイドは少年の静止を吹っ飛ばして襲いかかってきた。ジェブライラは渋い声で「フッ」と笑った。母親のような聡明さの欠片も感じられない。娘が大人のレディになる日はまだ遠くだった。
◆
「あやしい」
小さく呟くのは赤い髪の娘である。透明なヴェールの上からブカブカの外套をかぶり、小さな顔はマスクで武装。怪しいのはお前だと言われるであろう服装のニィロウである。
「怖そうな人達とヒソヒソしてる。あやしい」
だから怪しいのはお前なのだが、ともかくニィロウはいぶかしんでいた。
友達の様子がおかしかったから見守っていたら、厳つい見た目の人達と落ち合い、人気のない場所で密談を始めた。
ニィロウは考えて、すぐに答えを出す。
あれはきっと暗殺計画であると。多分お父さんを始末する相談をしているのだ。原因は間違いなくロリコン騒動だろう。関係が上手くいっていなかったところに火に油を注ぐような形で、これまでの不平不満が殺意に変わった。筋書きとしてはカンペキだ。ニィロウは頭を抱えた。
「どうしよう」
現実離れした美しさ、とも評される美貌が絶望にひきつる。友達を殺人鬼にするわけにはいかない。大賢者がいなくなるだけなら別にいいが、彼が無期懲役になったり処刑されるのは嫌だ。
リラは心の友である。シティの人は大体友達だが、その中でも彼は特別だ。最初は挨拶をする程度だったが、毒キノコを食べて仲良く死にかけた時のことは忘れられない。その辺に生えてたルッカデヴァータダケみたいな毒キノコ。あれは本当にやばかった。
「暗殺なんてダメだよっ……」
脳裏に浮かぶ毒キノコの思い出。
ニィロウは悲しくなってきた。家族を殺して人生終わりなんて絶対にダメ。どうにかして止めなきゃと頭を抱え、地面を見つめ続けていると
「あ……しまった」
リラも怖い人達もいなくなっていた。
なんでこう自分は抜けているというか、頭が馬鹿なんだろうか。ニィロウはもっと悲しくなった。
舞台上では拍手喝采を受けることが常で、神がかっているとか言われることが多い彼女ではあるが、踊っていない時は年齢相応。考えるよりも感じるタイプで論理的な思考は苦手。性格はのんびりしていて、平和主義の少女である。
◆
大賢者である父親の期待に応えようとしていた。
クソ真面目に頑張っていた時期もあった。
教令院に入って順調に知識をつけ、学ぶのが楽しいと思っていた頃もあった。大賢者の子息として小さな頃から知識と向き合い、頭に情報を詰め込み、周りから褒められるのは嬉しかったが
『詰め込んで詰め込んで、それで? どれだけ無理をして詰め込んでも、知恵はあくまでただの知恵よ。その先が見えない限り、世界はずっと狭いまま。このままじゃ遅かれ早かれ嫌いになるわ。本来は素晴らしいもののはずの知識をね』
かつて、ある人に言われたこと。
ずっと頭の中に残っていた言葉の通り、リラは途中で投げ出した。学ぶのが嫌になった。
十歳を過ぎたあたりで、自分は学術においては凡人であることを自覚した。
自分は、詰め込むのが得意なだけの凡人。
世の中には思いもよらぬ発想力、洞察眼を持つ人がいる。アルハイゼンという天才はその一人だった。根本的な情報の処理速度、極まった時の集中力。彼のようになれる未来は想像できなかったが、だから嫌になったわけではない。
『君は優秀だ。大賢者様も鼻が高いだろう』
『よかったらどうだい? 俺達は友達なわけだし、たまには遊びに行ってもいいだろう? 大賢者にも同席して頂いて、食事をしながら討論会でもどうだ?』
『この論文を君の名前で発表しなさい。そうすれば、今よりもっと高い評価が得られるはずだ。大賢者様もきっと喜ぶ』
『大賢者様は素晴らしいお方ね。ずっと指導を受けてきたんでしょう? 私は一人で学ぶことしかできなかったから、君のことがとても羨ましいわ』
年上の学者達からかけられる言葉は、そのほとんどが上っ面だとわかるようになった。
友人と呼べる存在がいないことに気付いた。少なくとも教令院にはいなかった。同じ時期、褒められるだけに努力していたことも自覚した。
虚しくなった。つまらなくなった。知恵とは本来は素晴らしいもので、新しい知識を手に入れる瞬間は心が踊るはずなのに、その感覚もなくなった。
かつてかけられた言葉を思い出して、自分には意志がないことを自覚した。
『あなたはとても聡明だから、いつかわかるはず。だから、覚えておいてね。知恵というのは手に入れるのがゴールではないの。ああ、お父様には内緒よ。こんなことを話したなんて言ったら君が怒られてしまうわ。教令院を去るわたくしのこと、大賢者様は愚か者だとさげすんでいるから』
どれだけ知識を詰め込んでもその先がない。
父親の自尊心を満たして、それで終わり。その父親は『余計なことは考えなくていい』と言った。
大賢者の息子として相応しい振る舞いをしろ。恥ずかしくないように生きろ。そういった命令を無視するようになると、ただでさえ冷え切っていた親子関係がぶっ壊れた。その結果がスネージナヤへの留学話。『片道切符』という可能性が頭にチラついた時、少年は父親を諦めた。
「教令院は自分たちこそが最高峰だと自負してる。特に大賢者様はね。外から学ぶことなんてないとすら考えてるんだ。それなのにスネージナヤに行って学んでこいなんて、どう考えてもおかしいでしょ?」
今しがた倒したキノコ型の魔物、キノコンを切り裂きながら、ジェイドは「うん」と即答した。
大森林は宵闇に包まれている。二人がいるのは静かな水辺であった。
思いのほか早く火薬(強)をゲットできたので、本番に向けて少しウォーミングアップをすることに。スラサタンナ聖処への不法侵入は日付けが変わってから。あと三時間くらいは自由時間だ。
「それ、体のいい厄介払いだよね。でも、片道切符ってどーゆーこと?」
「スネージナヤには留学というか、『博士』って人に預けられる予定みたいなんだ。ファデュイって知ってる? そこの幹部なんだけど」
「ああ、アイツらかぁ。外交使節団のくせに現地で好き勝手やってる迷惑なやつらだよね」
ファデュイ。
軍事大国スネージナヤの外交使節団で、このテイワット大陸の国々はいずれも彼らを無視できない。スネージナヤは軍事力だけではなく経済面も非常に強い。
大陸の金の流れを操作しているという一面もあり、表立ってスネージナヤと揉めるのは得策ではない──というのが各国共通の認識なのだ。
「スメールでも勝手に遺跡を荒らしたりしてるし、ほんと鬱陶しい。そういえば何人か半殺しにしたことあるよ。特に話が通じない人達だったから、悪さできないように
「それ、今はもう死んでるよね?」
「生きてるんじゃない? 頑張って戦ってたし。最後まで見てないから知らないけど」
表立って揉めれば外交問題になる。
各国の為政者達からすれば扱いが面倒な存在なわけだが、ジェイドは為政者ではないし為政者側の人間でもない。自由気ままな傭兵だ。それに砂漠で行方不明になったところで自己責任だし。手加減しなければならない理由はないのである。
「ちなみにサソリは三匹いたよ。おあつらえ向きにでっかり檻があってね、そこに放り込んどいた。もちろん武器は没収してから」
「えぐい……」
「仲間は全員のびてたけど、目を覚ました後は泣き叫んだかもね。リーダーがサソリにむしゃむしゃされてて」
「えぐい……」
少年は引いているようだが、ジェイドに罪悪感などない。他所様の国で勝手に古代遺跡を荒らし回って、エンカウントするなり襲いかかってきたのだ。同情の余地はない。むしろ、何をどう好意的に解釈すれば同情できるのか、教えて欲しいくらいだ。
「うーん、キノコンって硬いよねー。キノコのくせに」
「もうやめてあげない? とっくに死んでるよソイツ」
さて、バラバラにしたキノコンはどうしようか。
ジェイドは少し考えた後、キノコンだったものを川に流すことに決めた。ここに来る途中にワニさんたちが沢山いたから、きっと食べてくれるだろう。
「なんのはなしだっけ?」
「ファデュイの話。幹部……ファトゥスの『博士』って人のとこに送られる予定みたい。僕が。大賢者様の机に手紙が入ってたんだ。贈与とか書いてた」
「なにそれ人身売買ならぬ人身贈与?」
博士という名前は聞いたことがあるような、ないような。それは後でジェブライラに聞いてみるとして、とりあえず胸糞が悪い。
世の中にはクソみたいな人間が山ほどいる。生きることに精一杯な砂漠では特にその傾向が強く、ジェイドは若くして『クソ野郎』を山ほど見てきた。財宝を目の前にして仲間を皆殺しにしようとした奴。惚れた女を手に入れるために友人をサソリに食わせた奴。報酬に目が眩んで同胞の女を売った奴。
どいつもこいつもクソ。そして、クソの中でも特に不愉快なのが女を消耗品扱いするクソ。それと子供をモノ扱いするクソである。
「ついでに暗殺しとく? 大賢者様。別にあたしはいいよ。あたしの帰る場所は父さんがいるところだから、何がなんでもスメールじゃなくてもいいし」
「暗殺しません。大賢者様。あんなんでも最高権力者で仕事はちゃんとやってるし、いなくなったら困る人もいるんだよ」
少年はもっともらしいことを言っているが、殺したくないのだろうか。ジェイドはとても不思議である。
自分の立場に置き換えたら間違いなく殺す。父のことは大好きだ。愛しているが、愛というのは裏切りによって反転するものだ。仮に憎しみに変わったとしたら、なあなあで済ませるのは無理。首を切り取った後バラバラにして、サソリの餌にしても足りない。それくらいの激情が生まれると思う。
「そういえばジェブライラさん遅いね。少し離れるって言ってたけど、何してるんだろ?」
「あたしに聞かれてもわかんない。便秘気味だって言ってたから、戦いの前に解消するつもりなんじゃないの?」
「聞かなきゃ良かった」
◆
草神クラクサナリデビは悩んでいた。
現在進行形ですごく悩んでいる。
スメールの最高権力者が幼女に欲情するような変態。そんな現状を許容して良いものなのか。ここ百年の間で最も難しい問題だ。昨日からずっと考えているのだが、答えが出ない。
「わたくしは無力だわ」
クラクサナリデビは真顔で虚空を見つめた。
このグチャグチャとした気持ちを上手く表現するのは難しいが、とりあえず気色が悪い。もしかしたらこれが禁忌というものなのかと思った。