侑が人を素直に褒めることはあるのだろうか…
大会決勝トーナメント1日目、富山の空気は刺すような夏の陽射しに包まれていた。
シード校である稲荷崎の初戦は、午後から始まる。そのため彼らは、自分たちが午後に対戦する可能性があるチーム同士の試合を観戦し、その実力を測るため2階のギャラリー席のベンチに腰を下ろしていた。
稲荷崎のジャージを着た百八十センチ越えの男子高校生が5人も並んで座っていれば、否応なしに目立つ。周囲の一般観客や他校の生徒たちから「あいつら稲荷崎のレギュラーじゃね?」という密やかな私語や視線が突き刺さっているのだが、5人はそんなこと全く気にしていない。というか、認識すらしていない様子だった。
「なぁ、お前らはどっちと戦いたい?」
久留部がパンフレットを丸めてお馴染みのラムネを口に放り込み、隣の角名と銀島に尋ねる。
「俺は、手前側のチームかな。ブロックの基準がハッキリしてるから、スパイク決まりそう。」
角名がいつも通り淡々と、少し冷徹な目でコートを見下ろす。
「俺は、奥側の泥臭いチームの方がええな。レシーブが粘るチームを強打でへし折るのが、一番インハイに来たって感じがするやろ」
銀島がいかにも熱血漢らしい回答を口にする。
「銀はいつでもレシーブと張り合うよな。インハイ関係あるんか?」
久留部が言う。
「俺はどっちでもええわ。どっちが来ても、一瞬で片付けたる」
昨日、論破されて未だにイライラを孕んだ声で侑が吐き捨て、その隣で治が「俺も。早く終わらせて富山の美味いもん食いに行きたい」とお弁当の残像を追うように呟いた。
*
ひんやりとした体育館の空気が、開場とともに選手たちの熱気で急速に膨らんでいく。対戦相手のコートには、先ほど試合で見たチームが整列していた。
ピーーーッ、とホイッスルが響き、稲荷崎の夏の二試合目が静かに幕を開ける。
全国3位の牙城は、地方のノーシード校が小手先のコンビネーションで崩せるほど低くはなかった。
侑の放つスパイクサーブが鋭い風切り音を立てて相手のレシーブを完膚なきまでに崩し、返ってきたチャンスボールをアランが上空から叩き落とす。相手が必死に放ったスパイクは、久留部と角名の壁に阻まれた。滑らかなコンビネーションで淡々とスコアを重ねていく。まさに最強の挑戦者。
『さあ第2セットもいよいよマッチポイント! 二十四対十九、強者の風格を見せる稲荷崎、ここで一気に勝負を決められるか!?』
体育館のスピーカーから、実況の熱を帯びた声が響く。第二セット終盤、ニ十四対十九という大差の局面。
『繋いだ! 苦し紛れのフェイント。しかし、稲荷崎セッター宮侑が滑り込んで拾う!!』
相手の手からふわりと放たれたボールが、稲荷崎コートの前衛右側へと不規則に落ちる。セッターの侑が反射的に床へ滑り込み、アンダーでボールを綺麗に真上へと跳ね上げた。
「久留部、カバー!!」
侑の声が体育館に響く。セッターがレシーブしたため、トスを誰が上げるか。本来ならライトの治がセットアップに入るローテーションだった。しかし、治よりも早く、フロントセンターの位置から一歩退いた久留部が、ボールの落下点へと滑らかに潜り込んだ。
ネットの向こう、相手ブロッカー陣が久留部の大きな右への動きに釣られて左へステップを踏む。その瞬間、久留部は空中で、侑から直々に教わったトスのコツを思い出し、手首と肘のクッションを意識した。
──ボールの勢いを、指先で迎える。
パシッ、と静かで、一切のブレがない音が響く。久留部のしなやかな指先から放たれたボールは、相手の意表を完全に突いて、逆サイドのアランの目の前へと、まるで吸い込まれるような美しい軌道を描いてピタリと静止した。ノーマーク。アランが跳び、相手コートの空いたインサイドへと、強烈なスパイクをズドンと叩き込んだ。
「っしゃあぁぁ!!」
コート内が沸き立つ。稲荷崎に得点が入る。
床から立ち上がった侑が、目を丸くして久留部を指差した。
「おい久留部お前……今のトス、全然ブレとらんかった!凄いなぁ!」
「当たり前やろ。No.1セッターの教え方が良かったおかげやな」
『決まった強烈なバックアタック! セットアップをしたのは、稲荷崎高校2年ミドルブロッカー久留部孝輔! 視線でライト側へと相手ブロックを引きつけ、完璧なセットアップから大エース尾白アラン──!! 終始コートを支配し続けたのは、兵庫県代表、稲荷崎高校ーー!!』
大歓声のなか、初戦をストレートの完勝で収め、彼らは大会の奥へと駒を進めた。
*
次の日の試合も、彼らは飢えた獣のように着実に勝利を重ねていった。決勝トーナメント2日目の午前、三試合目を危なげなくストレートで制した稲荷崎高校は、この時点で全国ベスト8進出を確実なものにする。だが、インターハイ2日目は、地獄のダブルヘッダーだ。
勝利の余韻に浸る間もなく、わずかな休憩時間を挟んだ午後、彼らは再びコートへと戻る。準々決勝。対戦相手のネットの向こうに待つのは、これまで戦ってきたチームとは明確に階層の違う、圧倒的な個の理不尽だった。
「よろしくお願いします。牛島さん」
ネットを挟み、久留部が目の前に立つ巨躯を見上げて声をかける。昨日、迷子の自分をマップで救ってくれたあの生真面目な男は、ユニフォームに袖を通した瞬間、東北の絶対王者としての覇気を全身から放っていた。
「……あぁ。」
牛島若利が、鋭い眼光で久留部を真っ直ぐに見据え、短く応じる。全国三本指のエースを擁する白鳥沢学園との、戦いが始まる。
久留部(牛島サン、なに食ったらあんな覇気出るん?)