【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第五十八話「再び役者へ」

 

数日後――。

 

苺プロダクション。

 

社内では、まだアクアとルビーの話題が続いていた。

 

「いやぁ、本当にすごかったねぇ」

 

「全国一位もだけど、あのインタビューは衝撃だったよ」

 

そんな会話が交わされる中、事務所の入口が開いた。

 

「失礼する」

 

聞き覚えのある低い声に、斉藤壱護が顔を上げる。

 

「おっ、五反田監督じゃないか」

 

現れたのは、映画監督の五反田泰志だった。

 

「久しぶりだな」

 

「急にどうした?」

 

壱護がソファを勧めると、五反田は手にしていた封筒をテーブルに置き、腰を下ろした。

 

「今日は仕事の相談だ」

 

「仕事?」

 

「ああ。今話題のアクアを、久しぶりに子役として使いたい」

 

その言葉に、近くにいたミヤコも顔を向ける。

 

「アクア君をですか?」

 

「この前のテレビを見てな。全国一位も驚いたが、何より、あいつの受け答えが気になった」

 

五反田は腕を組み、あのインタビューを思い返すように目を細めた。

 

「質問の意図を理解して、相手に伝わる言葉を選んでいた。あれは、ただ勉強ができるだけの子供じゃない」

 

「まあ、昔から妙に落ち着いたやつだったからな」

 

五反田の口元に笑みが浮かぶ。

 

「昔のあいつには、子供らしくない空気があった。それが今、芝居の中でどう出るのか見てみたい」

 

壱護は少し考えたあと、苦笑した。

 

「話題に乗っかるのは悪くないが、決めるのはアクア本人だぞ。こっちが勝手に仕事を入れたって、納得しなきゃ首を縦に振らん」

 

「構わん。断られたらそれまでだ」

 

五反田はテーブルの封筒を指で軽く叩いた。

 

「企画と役の説明を持ってきた。まずは、これを見せてやってくれ」

 

「分かった。本人に渡しておく」

 

そこで五反田が、思い出したように口を開いた。

 

「そうだ。あと、ルビーにも声を掛けたいんだが」

 

「ルビーにも?」

 

ミヤコが目を丸くする。

 

「ああ。兄貴とは随分違うだろ、あの子は。表情がよく動くし、人の目を引く明るさがある。芝居に興味があるなら、一度会って話してみたい」

 

壱護は困ったように頬をかいた。

 

「ルビーは、まだうちに所属してないぞ」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「ああ。テレビに出たからって、二人まとめて所属してるわけじゃない」

 

「あちゃ……そいつは早とちりしたな」

 

五反田は頭をかき、苦笑する。

 

「だったら、まずは本人に聞いてみてくれ。所属すること自体は、そっちとしても問題ないんだろ?」

 

「もちろん、うちは歓迎する。ただ、本人の意向次第だな」

 

ミヤコも頷いた。

 

「ルビーちゃんも芸能界には…特にアイドルに興味があるみたいですけど、実際にお仕事をするとなれば、ご家族と相談してからですね」

 

五反田は何気なく頷き、続けた。

 

「そりゃそうだ…アイも、その辺りは慎重になるだろうしな」

 

壱護の手が止まった。

 

隣にいたミヤコも、笑顔のまま動かなくなる。

 

一瞬前まで穏やかだった空気が、急に張り詰めた。

 

「……なんで、そこでアイの名前が出る?」

 

壱護が低い声で尋ねる。

 

五反田は二人を見比べ、それから小さく息を吐いた。

 

「やっぱり、俺が気付いてるとは思ってなかったか」

 

「何の話だ」

 

「アクアとルビーの母親が、アイだって話だよ」

 

ミヤコが息をのんだ。

 

壱護はすぐには答えなかった。

 

五反田の表情を探るように見つめてから、事務所の奥へ目を向ける。

 

「ミヤコ」

 

「……ええ」

 

短い呼び掛けだけで意図を察し、ミヤコが応接スペースの扉を閉めた。

 

その音を待って、壱護が口を開く。

 

「誰から聞いた?」

 

「誰からも聞いてない」

 

「だったら、どうしてそんな話になる」

 

「仕事柄、人の表情や距離感は見るんでな」

 

五反田は声を落とした。

 

「顔が似てるだけなら、そこまで考えなかった。だが、アイがあの二人を見るときの顔と、二人がアイに向ける顔を見てると、ただの事務所の仲間じゃ説明がつかないことがある」

 

「……それだけか?」

 

「一つ一つは小さなことだよ。子供が動けば、アイが無意識に目で追う。二人も、何かあるとまずアイの反応を確かめる。そういうのが重なって、もしかしたらと思った」

 

ミヤコは膝の上で手を握り締めた。

 

「以前から、気付いていらしたんですか?」

 

「疑ってはいた。ただ、本人たちに確かめたことはない」

 

五反田は二人の強張った顔を見て、少し申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「……今ので、確信には変わったがな」

 

壱護が深く息を吐いた。

 

「お前な……」

 

「悪い。だが、これから子供たちの仕事の話をするなら、知らないふりを続けるのも違うと思ってな」

 

五反田の声から、先ほどまでの軽さが消えた。

 

「安心しろ。この話を誰かにするつもりはない。今までもしてない」

 

「本当だな?」

 

「ああ。俺が興味あるのは、あいつらがどんな芝居をするかだ。家族の秘密を売ることじゃない」

 

壱護はしばらく黙っていた。

 

長い付き合いのある監督だった。

 

仕事に対して頑固で、面倒なところもある。それでも、子供たちを話題作りの道具として傷つけるような男ではない。

 

そう分かっていても、すぐに警戒を解ける話ではなかった。

 

「……本人たちの前で、勝手にその話をするなよ」

 

「分かってる」

 

「アイにも、こっちから伝える。それまでは今まで通りにしてくれ」

 

「ああ」

 

五反田が頷くと、ミヤコもようやく肩の力を抜いた。

 

「びっくりしました……。急にアイさんのお名前を出されるんですもの」

 

「すまん。もう少し切り出し方を考えるべきだったな」

 

「本当だよ。こっちは心臓に悪い」

 

壱護が眉間を押さえる。

 

その様子に五反田は苦笑したものの、すぐに真剣な顔へ戻った。

 

「だからこそ、今回の話も母親として判断してもらいたい。アイ自身が芸能界の大変さを知ってるんだ。気になることもあるだろう」

 

「ああ。内容を確認してから、本人たちと話してもらう」

 

「必要なら俺から説明する。撮影のことも、役のこともな」

 

ミヤコはテーブルの封筒に視線を落とした。

 

「ルビーちゃん、喜びそうではありますね。アクア君と一緒にお仕事ができるかもしれないと聞いたら」

 

「勢いでやるって言いそうなのが、少し怖いがな」

 

壱護の言葉に、ミヤコが小さく笑う。

 

「そのときは、ちゃんとお話を聞いてから決めてもらいましょう」

 

「そうしてくれ。楽しそうだから、だけで受けてもらうには、覚えてもらうこともある」

 

五反田はそう言って、封筒を壱護の方へ押した。

 

「アクアにも、ルビーにも、無理はさせなくていい。二人とも断るなら、それで構わん」

 

「ずいぶん物分かりがいいじゃないか」

 

「引き受けてくれるなら、もちろん嬉しいがな」

 

五反田の口元に、監督らしい笑みが戻った。

 

「成長したアクアと、まだ何も知らないルビーが、カメラの前でどうなるのか。正直、かなり楽しみなんだよ」

 

壱護は封筒を手に取り、苦笑する。

 

「期待しすぎるなよ。あの二人は、大人の思い通りには動かんぞ」

 

「知ってる」

 

五反田は立ち上がり、扉へ向かう。

 

その背中へ、壱護がもう一度声を掛けた。

 

「監督。さっきの話、本当に頼むぞ」

 

五反田は足を止めた。

 

振り返った顔に、からかうような色はなかった。

 

「守るよ。あいつらが安心して芝居をできるようにするのも、大人の仕事だろ」

 

扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

 

ミヤコはしばらく扉を見つめたあと、ぽつりと言った。

 

「……気付かれていたんですね」

 

「ああ」

 

壱護はソファに座り直し、深く背もたれに身体を預けた。

 

「まったく、油断も隙もない」

 

そう言いながらも、手にした封筒へ視線を落とす。

 

まずはアイに話さなければならない。

 

仕事の依頼と、もう一つ。

 

あの監督には、思っていた以上に家族の姿が見えていたらしいということを。

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