【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第五十九話「二人の答え」

 

翌日――。

 

苺プロダクション。

 

斉藤壱護の呼び出しを受け、アイ、アクア、ルビーの三人が事務所を訪れていた。

 

応接スペースのソファへ腰を下ろすと、アイが首を傾げる。

 

「社長、今日は何のお話ですか?」

 

「ああ。お前たちに仕事の話が来てる」

 

「仕事?」

 

ルビーが不思議そうに聞き返した。

 

壱護はテーブルに置かれた封筒に手を添えたものの、すぐには中身を取り出さなかった。

 

「ただ、その前に一つ、伝えておかなきゃならんことがある」

 

少し改まった声に、アイも姿勢を正す。

 

隣に座っていたミヤコが、静かに口を開いた。

 

「昨日、五反田監督がいらしたんです。そのときに分かったんですけど……監督、気付いていらしたんです」

 

「気付いてたって、何に?」

 

「アイさんが、二人のお母さんだということに」

 

アイの笑顔が止まった。

 

アクアがわずかに目を細め、ルビーも隣の母親を見上げる。

 

「……え?」

 

アイは壱護とミヤコを交互に見た。

 

「監督に、話したんですか?」

 

「いや。俺たちから話したわけじゃない」

 

壱護は首を振った。

 

「前から、お前たちの様子を見て察していたらしい。昨日、向こうから切り出された」

 

「私たちも、知られているとは思っていなくて……反応に出てしまったんです」

 

ミヤコが申し訳なさそうに眉を下げる。

 

アイはしばらく黙っていたが、やがて困ったように笑った。

 

「そっか……気を付けてたつもりだったんだけどなぁ」

 

「誰かに話したのか?」

 

アクアが尋ねると、壱護はすぐに答えた。

 

「誰にも話していないそうだ。これからも口外しないと約束してくれた」

 

「……そうか」

 

アクアは短く答え、視線を落とした。

 

あの監督なら、面白半分で秘密を言いふらすようなことはしないだろう。

 

それでも、今まで気付かれていないと思っていた相手に、家族の関係を見抜かれていたという事実は軽くなかった。

 

「ごめんね、ママ」

 

ルビーが小さな声で言った。

 

「私、どこかでママって呼んじゃったのかな……」

 

アイはすぐにルビーの手を握った。

 

「そんなふうに考えなくていいよ。ルビーのせいって決まったわけじゃないんだから」

 

「監督も、何か一つを見て分かったわけじゃないと言ってた」

 

壱護が言葉を添える。

 

「顔だけじゃなく、互いを見るときの表情や、距離感で気付いたそうだ」

 

「……そういうところも見てるんだ」

 

アイは少し驚いたように呟いたあと、二人の子供へ目を向けた。

 

人前では気を付けているつもりでも、つい目で追ってしまうことはある。

 

アクアが何を考えているのか気になったり、ルビーが転びそうになると手を伸ばしかけたり。

 

その一つ一つまで、隠せていたとは言い切れなかった。

 

「今日は、このあと監督にも来てもらうことになってる」

 

壱護の言葉に、アイが顔を上げる。

 

「まず俺たちから話すから、それまでは今まで通りにしてくれと頼んである。気になることがあれば、直接聞いてもいい」

 

「……うん。分かりました」

 

アイは頷き、握っていたルビーの手を優しく撫でた。

 

「ちゃんと教えてくれて、ありがとうございます」

 

壱護は頷き返すと、今度こそ封筒から資料を取り出した。

 

「それで、仕事の話だ」

 

三人の前に、映画の企画書が並べられる。

 

「監督が、アクアを久しぶりに子役として使いたいそうだ」

 

アクアは企画書へ目を落とした。

 

「この前のテレビを見たらしい。昔のお前と、今のお前で、芝居がどう変わったのか見てみたいとな」

 

「……そんなに変わってないと思うけど」

 

「それを確かめるのが、監督の仕事なんだろ」

 

壱護は少し笑い、ルビーへ視線を向ける。

 

「それと、ルビーにも声を掛けたいそうだ」

 

「えっ、私にも!?」

 

ルビーの声が弾んだ。

 

しかし、すぐに何かを思い出したように首を傾げる。

 

「でも私、まだ事務所に所属してないよ!」

 

「そうだ。だから、まずはそこから相談だな」

 

壱護は頷いた。

 

「お前が芸能界の仕事をやってみたいなら、うちは歓迎する。だが、映画に出ることも、事務所に入ることも、無理に決める必要はない」

 

ルビーは目の前の企画書を見つめた。

 

映画。

 

いつも画面の向こう側にあった世界に、自分が入る。

 

想像しただけで胸が高鳴ったが、すぐに返事をする前に、隣のアイを見上げた。

 

「ママはどう思う?」

 

アイは優しく微笑んだ。

 

「ルビーがやりたいって思うなら、やってみてもいいと思うよ」

 

「ほんと?」

 

「うん。でも、お仕事だから、楽しいことばっかりじゃないと思う。覚えることもあるし、うまくできなくて悔しくなることもあるかもしれない」

 

ルビーは真剣な顔で聞いていた。

 

アイはその様子を見て、少しだけ笑みを深める。

 

「それでもやってみたいなら、ママは応援する」

 

そして、少し照れたように付け加えた。

 

「それに……ルビーの演技、見てみたいな」

 

ルビーの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「じゃあやる! ママが見たいならやる!」

 

勢いよく立ち上がった娘を、アイが笑いながら見上げる。

 

「嬉しいけど、ママのためだけに決めなくてもいいんだよ?」

 

「それだけじゃないよ!」

 

ルビーは首を振った。

 

「私もやってみたい! ママみたいに、お仕事してるところを見てもらいたい!」

 

アイは一瞬目を丸くしたあと、嬉しそうに頷いた。

 

「そっか。じゃあ、頑張ってみよっか」

 

「うん!」

 

壱護も満足そうに笑う。

 

「よし。アイも賛成なら、所属の手続きを進めよう。映画については、監督の説明を聞いてから正式に返事をする。それでいいな?」

 

「はい!」

 

元気な返事に、ミヤコも微笑んだ。

 

「これからよろしくね、ルビーちゃん」

 

「よろしくお願いします!」

 

ルビーはぺこりと頭を下げると、すぐにアクアへ振り向いた。

 

「お兄ちゃん! 一緒に映画だよ!」

 

その言葉を受け、アクアが小さく呟く。

 

「……なんか俺も勝手に決まってるな」

 

「あ」

 

アイとルビーが同時に固まった。

 

「ごめん! アクアの気持ち、まだ聞いてなかった!」

 

二人の声が、ぴったりと重なる。

 

アクアは思わずため息をついた。

 

「息ぴったりだな……」

 

壱護も苦笑しながら、アクアへ向き直った。

 

「悪い。お前はどうする? もちろん、断っても構わん」

 

アクアは企画書に視線を戻した。

 

「俺は別に、役者をやりたいわけじゃない」

 

ルビーの表情が、少しだけ曇る。

 

「……お兄ちゃんは、やらない?」

 

アクアはその顔を見て、わずかに眉を寄せた。

 

好奇心のまま飛び込んでいきそうな妹を、一人で撮影現場へ送り出す。

 

それを想像すると、どうにも落ち着かなかった。

 

「……まあ、ルビーが心配だから、俺も出る方向で話を聞く」

 

「お兄ちゃん!」

 

ルビーが嬉しそうに抱きついた。

 

「ありがとう! 一緒に頑張ろうね!」

 

「まだ説明を聞いてからだぞ」

 

「分かってるって!」

 

本当に分かっているのか。

 

アクアはそう言いたげな顔をしながらも、妹を引き離そうとはしなかった。

 

そのとき、扉が軽く叩かれた。

 

「失礼する」

 

入ってきたのは、五反田監督だった。

 

抱きついたままのルビーと、困り顔のアクア。そして、その二人を楽しそうに見つめるアイ。

 

五反田はその光景を見て、思わず笑った。

 

「お前ら、家族コントか!」

 

「監督!」

 

ルビーが顔を上げる。

 

「私、映画やってみたいです!」

 

「おう。それは嬉しい返事だな」

 

五反田は頷いたあと、アイへ視線を向けた。

 

「……昨日のことは、聞いたか?」

 

「はい」

 

アイも笑顔を少しだけ引っ込め、監督を見た。

 

「私が二人のお母さんだって、気付いてたんだ…」

 

「ああ。勝手に踏み込むようなことをして、悪かったな」

 

「びっくりしました」

 

アイは正直に答えた。

 

それから、隣にいる二人を見て、もう一度五反田へ向き直る。

 

「この子たちのこと、これからも秘密にしてもらえますか?」

 

「もちろんだ」

 

返事に迷いはなかった。

 

「仕事の場でも、その話は出さない。二人には、子役として向き合う。それは約束する」

 

アイは五反田の顔をしばらく見つめ、それから静かに頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

五反田も頷き返し、ソファへ腰を下ろした。

 

「じゃあ、仕事の話をしようか。引き受けてくれるにしても、どんな役か知らなきゃ決められんだろ」

 

そこからは、企画書を広げての説明になった。

 

映画の内容と、二人に演じてほしい役。

 

撮影の時期や、学校との両立についても、壱護とミヤコが一つずつ確認していく。

 

ルビーは最初こそ目を輝かせて聞いていたが、自分にも台詞を覚え、何度も同じ場面を演じる必要があると分かると、真剣な表情になった。

 

アクアも資料に目を通しながら、必要なところで質問を挟んだ。

 

アイはそんな二人の横顔を見守り、説明が終わると優しく尋ねた。

 

「二人とも、どうする?」

 

「やりたい!」

 

ルビーは今度も、はっきり答えた。

 

「ちゃんと覚えて、頑張ります!」

 

アクアも企画書を閉じ、五反田を見る。

 

「……俺も、引き受けます」

 

五反田は二人の返事を聞き、満足そうに笑った。

 

立ち上がると、まずアクアへ右手を差し出す。

 

「改めてよろしくな。アクア」

 

アクアも立ち上がり、その手を握った。

 

「よろしくお願いします」

 

「ルビーも」

 

続いて差し出された手を、ルビーは満面の笑みで握る。

 

「よろしくお願いします!」

 

五反田は二人の顔を見比べ、満足そうに頷く。

 

「よし!最高の映画にしよう」

 

その日、天才双子兄妹は、新たな一歩として映画の世界へ踏み出すことになった。

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