俺は
都立千鳥高等学校に通っている。
千鳥はバカが集まる底辺校だ。実際、俺も勉強は嫌いだし成績も悪い。
そんな俺にも、ひとつだけ好きなものがある。
それは——恋愛ものの創作物だ。
きっかけは、妹がリビングに置きっぱなしにしていた少女漫画だった。
興味本位でパラパラとめくっていたら、いつの間にか夢中になって最後まで読みふけっていた。それ以来、小説やドラマ、映画など、ジャンルを問わずさまざまな作品を観るようになった。
正直、ドハマりしている。だが、この趣味を人に話すつもりは絶対にない。
バレたら100%イジられるからだ。かつて姉と妹にバレた時も散々イジられて、本気で凹んだ。
こんな男だらけの底辺校でバレたらどうなるか……考えるだけで恐ろしい。俺の高校生活が終わってしまう。
入学してからの一年間は、なんとか隠し通すことができた。残り二年、何が何でも隠し切ってみせる。
「颯真、おはよー!」
「宇佐美、おはよう。紬もおはよ」
「おはよう」
声をかけてきたのは、
もちろん、この二人にも趣味のことは打ち明けていない。
正直に言えば、この二人なら言ってもいいんじゃないかと思うこともある。
二人とも優しくて良い奴だ。俺の趣味を知ったところで、馬鹿にしたり貶したりはしないだろう。
でも、やっぱり怖い。もし万が一、関係が変わってしまったらと思うと、何も言わずに現状維持を選ぶのが一番安全なんじゃないかと考えてしまうのだ。
「颯真!凛太郎!放課後、皆でカラオケ行こーぜ!」
「急だな。いいけどさ」
本当は今日、好きな作家の新作恋愛小説の発売日なのだが、まあ明日買いに行けばいいだろう。下手に断って理由を聞かれ、ボロが出るのも困る。
「よっしゃ!凛太郎は?」
「わりー今日はパス」
「彼女!?」
「マジか」
「いねーよ。颯真も乗んな」
呆れ顔で否定する凛太郎を見て、俺と宇佐美は顔を見合わせて笑い合った。
こういうくだらないやり取りをしている時間が、俺は結構好きだったりする。
隠し事を作っているのは少し心苦しいけれど、それでも俺は日常を壊したくない。
◇◇◇◇◇
「はぁ~何とか買えた」
昨日買えなかった小説が入った紙袋を眺めながら、思わず溜め息が漏れる。
何軒も書店をハシゴしてようやく手に入った時には、すっかりあたりは暗くなっていた。
「ここから家までどのくらいだ?」
現在地を確認しようとスマホを取り出すとどこからか会話が聞こえてくる。
聞こえた方を見ると小柄な女の子が二人のガラが悪い男に絡まれていた。
俺はとりあえず、裏路地に隠れ様子を伺う。
「何でりんたろーくんといたの?彼女?」
「…いえ」
紬のことか?そうだとして紬とどんな関係なんだ?
困惑する俺を余所に、男たちはニヤニヤと蔑むような声を上げた。
「あいつ怖いって有名だよ?知ってた?不良だって」
「不良…?」
「そ!中学の時もヤバかったんだって!バカ校に通ってて取り巻きもいるんだって!一緒にいてもいいことないよ」
は?何言ってんだ?コイツら?
そういえば昨日のカラオケで宇佐美が変な奴に絡まれた話してたな。コイツらか…!
喧嘩は苦手だけど関係ねぇ一発ぶん殴ってやる。
そう思い裏路地から踏み出そうとした、その瞬間だった。
「どうしてただの噂だけで、人を決めつけられるんですか?」
「…は?」
「凛太郎くんと話したことはありますか?一度話してみませんか?きっと素敵な人だとわかると思います」
「いや話さねぇよ。どうでもいいわ」
「話したくないのなら、それでもいいです。ならせめて知ろうともしないのに好き勝手言うのはやめて頂けますか?不愉快です」
静かだが、きっぱりとした力強い声。
踏み出しかけた足が、ピタリと止まる。
女の子の毅然とした態度と凛とした言葉に、俺は思わず息を呑んでいた。
「…あいつといたアンタを使って嫌がらせできりゃよかったけど、気が変わったわ」
男は苛立ったように手を振り上げる。
まずい、あのままだと殴られる!
庇おうと飛び出そうとした俺の視界を横切る影があった。
ゴッと重い鈍音が路地裏に響く。
殴られたのは女の子ではなく紬だった。
「お…お前…何でここに…」
「俺に嫌がらせ…でしたっけ…できました?」
底冷えするような低い声で睨みつける紬。その圧倒的な威圧感に、男二人は顔を青ざめさせた。
「すみませんでした!!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく男たち。
残された路地裏に、束の間、しんと静まり返った緊張感が漂っていた。
呆然としている俺の耳に、紬の声が届く。
「俺のせいで巻き込んじまってすいません!!」
「そんな…顔を上げてください。凛太郎くんのせいじゃないです!」
「…俺のせいです。すみませんでした!」
「私…不思議で仕方ないんです。あなたのどこが怖いのかさっぱり分からない。こんなに…優しい人なのに」
女の子がそっと手を伸ばし、ハンカチで紬の傷を拭う。
「まだ言ってませんでしたね。助けてくれてありがとう」
その後、二人は並んで駅の方へ向かっていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は心の中で思った。
(……めちゃくちゃラブコメみたいなシーンだったな)
紬、こんな不謹慎なことを考える俺をどうか許してほしい。
◇◇◇◇◇
……ダメだ、昨日の二人のことが気になりすぎて小説が全然頭に入ってこなかった。
あんなラブコメ漫画みたいな展開が現実に起こるなんて思わなかった。
てか、あの二人はどんな関係なんだ? 彼女のことは否定していたけれど、実際どうなんだろう?
そんなことばかり考えているうちに、教室の前まで着いてしまっていた。
ドアの小窓から中を覗くと、すでに紬の姿が見える。
こんな朝早くに来るなんて珍しいなと眺めていると、さらに珍しいことが起こった。
千鳥高校の真向かいにある桔梗学園の教室で、カーテンが開けられようとしていたのだ。
桔梗は千鳥の事を嫌悪しているので、いつもカーテンが固く閉ざされている。
物好きな人もいるもんだなと眺めていた俺は、次の瞬間、思わず声を漏らした。
「は?」
カーテンを開けたのは——昨日の夜、紬と一緒にいたあの女の子だった。
ちょっと待って?
バカ校の男子が良家のお嬢様校の女子を不良から助けて始まる身分違いの恋……?
それって完全に——
王道ド真ん中じゃねえかーーーーー!!!