――右後ろ、斜め上から。
先生の声が頭の中に響いた瞬間、私は振り返りながら剣を振り抜いた。
迫っていた長い尾による奇襲を、そのまま弾き返す。
魔導契約を結んでからというもの、先生とはこうして声を出さずとも、念話でやり取りができるようになっていた。
お互いの距離が遠い場合や、咄嗟の時には、実際に声をあげるよりも、こちらの方がやりやすかった。
目の前には、黒く巨大なサソリのような魔物たちが、幾つも蠢いている。
黒衣の森でも似たような魔物は見かけたけれど、ここギラバニアに棲むものは表皮の硬さが段違いだった。
剣で斬りつけても、まともに刃が通らない。
――と、数週間前までは苦戦していた。
今はもう、戦い方が確立している。
大型サソリの黒い表皮に、黄金色の数字がいくつか浮かび上がった。
先生の知識と魔法によって割り出された、弱点部位へのマーカーだ。
私はそれに従って、比較的柔らかい場所へ剣を突き立てる。
さらに切っ先に纏わせた風の魔法で炎を圧縮し、そのまま爆ぜさせるのだった。
同じ手順を繰り返し、残る数匹も、体力と魔力をあまり消耗せずに沈黙させていった。
周囲を見渡すと、他の仲間たちも、それぞれ相手取っていた大サソリを片付け終えたところだった。
「はぁ……相変わらず硬いですね」
剣を鞘に収めながら、そう呟く。
「ワタクシのマーカーが役に立って何よりです。とはいえ、セラの剣捌きあってこそですが」
岩山から全体を見ていた先生が肩の上に戻り、誇らしげに言う。
「セラっ…、の方ももう終わってるわね」
駆け寄ってきたソリさんが、拍子抜けしたように弓を下ろす。
「ソリさんのアノ矢の音が聞こえたので、そちらは大丈夫かなと」
「おかげさまで、こっちも穴だらけにしてやったわ」
少し離れた場所では、ベレナールさんが槍を担ぎ、大きく伸びをしていた。
「今日のはまだ楽な方だったな。数が少なかった」
「油断は禁物ですよ、ベレナールさん」
先生がぴしゃりと釘を刺す。
実際、こうして軽口を叩き合えるくらいには、私たちもこの土地の戦い方に慣れてきたということだった。
◆
紅蓮の情勢が動く中、グリダニアの双蛇党、リムサ・ロミンサの黒渦団、ウルダハの不滅隊の若手が集められていた。
立地の関係もあり、双蛇党の人数が一番多い。
任務の中心は、前線ではなく物資の補給や治療、それに前線が押し上がった影響で空いた後方の警備や、街の防衛だった。
まとめ役として、ベテランの隊士も数名同行していた。
拠点はカストルム・オリエンス、ラールガーズリーチ、そして山岳地帯にあるアラギリの三つ。
ここで物資の管理や調達、負傷者の治療にあたる駐留部隊と、拠点間を行き来する輸送部隊とに分かれて任務にあたっていた。
私は、ソリさんとベレナールさんと共に、その輸送部隊――少数精鋭と呼ばれる隊に組み込まれることになった。
理由は単純だ。
拠点周辺では帝国兵や魔導兵器との交戦こそ少ないものの、輸送ルートの道中は、ある程度の経験がなければ対応できない魔物が住み着いている。
それそれが所属するエオルゼア三国の街周辺しか知らない若手たちには、このギラバニアの魔物はあまりに荷が重すぎた。
実際、早々に怪我人も出てしまい、道中の危険度に応じて部隊を分ける方針になったのだ。
これまでのダンジョン攻略や訓練で培った連携と、個々の実力。
私達は、その両方が評価されての抜擢だった。
ソリさんの連続で撃ち出す矢は、全てが強力な風を纏っていて、硬い表皮をドリルのように穿ち、穴だらけにしていく。
ベレナールさんは、風魔法でのジャンプ攻撃が通らないほど硬い相手には、槍の穂先に土魔法を纏わせる。
棘付きハンマーのようにして頭を殴りつけ、昏倒させてから仕留める戦法を編み出していた。
二人とも、任務を重ねるごとにどんどん強くなっている。
日が傾き始めた頃、私たちはようやく中継地点――ラールガーズリーチへと荷を運び入れた。
石造りの砦は、同盟軍の旗と、忙しなく行き交う兵士たちの声で満ちている。
荷馬車から次々と物資が下ろされ、駐留部隊の面々が慣れた様子で受け取っていく。
「お疲れ様、今日も無事に届いたな」
顔なじみになった補給担当の兵士が、労うように声をかけてくれた。
「今日は魔物の数も少なくて助かりました。これ、追加の薬草です」
「助かる。……にしても、お前さんたちの班、また評判になっていたぞ。依頼があってから最短で荷を届けてくるってな」
少し照れくさくて、私は曖昧に笑って誤魔化した。
◆
この輸送部隊で、一緒に任務に当たる事になったメンバーがあと二人。
先生の巴術によるサポートを受けながら赤魔法を扱う私が言うのもなんだけれど、この二人もまた、とても戦い方が個性的で、そして強かった。
一人は、黒渦団所属のルガディン女性、フィアレスさん。
このメンバーの中では一番歴が長く、輸送部隊の隊長を任されている。
かなりの力自慢で、斧術士としては非常に珍しい、両手斧の二刀流だ。
「よいさっ!」
威勢のいい掛け声とともに、二本の巨大な斧を同じ一点へ振り下ろす。
硬さなど無視するように、敵を叩き斬っている。
その豪快な攻撃は、柔らかい大型の獣が相手だと、そのまま三枚おろしにしてしまうこともあった。
休憩中、フィアレスさんとベレナールさんが腕相撲対決をしたことがあった。
そして、両手を使ったベレナールさんが、瞬殺されていたのを見た。
フィアレスさんは笑いながら「ドンマイ」と肩を叩いていたけれど、ベレナールさんは物陰でこっそり自分の腕に回復魔法をかけながら落ち込んでいた。
よほどの力の差があったのだろう。
見事な筋肉量と快活な性格から、思わず「姉御」と呼びたくなる人だ。
戦いでは声を張り上げて部隊を鼓舞し、誰かが疲れた様子を見せれば、すぐに声をかけて甘い飴を配る。
そんな気遣いもあって、私たちの部隊の柱として、とても頼りにしている。
そしてもう一人は、ウルダハの不滅隊から来たララフェル男性、ドドムルさん。
黒いフードを被り、口元を大きなマスクで覆っている。
呪術士ギルドの出だと聞いていたけれど、実際は黒魔法を扱えるという、私たちの中で最大火力を持つ実力者だった。
けれどその代わりに、詠唱で膨れ上がる力を暴走させないよう、常にマスクをつけて、一切声を出さない生活をしているらしい。
そうつまり、黒魔法を完全な無詠唱で扱っているということだ。
前世、ゲーム時代の記憶にも、無詠唱を中心にした黒魔道士の動き方──マジカルレンジ回しなるものが存在していたけれど、まさか同じことをやってのけるNPCがいるなんて。
さらに驚いたこと。
声を出せないドドムルさんは、魔法で地面や空間に文字を描いたり、音を鳴らしたりして、私たちと意思疎通を図っていた。
空間や地面に描かれる光る文字は、この世界に来て初めて見た、ターゲットマーカーとフィールドマーカーだった。
そして音を鳴らす魔法も、ゲーム内でヒカセンがマクロに組み込んで使っていた効果音のコマンドと、まったく同じ響きだったのだ。
それを目にした瞬間、ドドムルさんはもしかしてヒカセン本人か、それとも私と同じように前世の記憶を持つ誰かなのではと、つい疑ってしまった。
けれどドドムルさんいわく、師匠が遺した書物にそう記されていたので、練習して身につけたのだという。
……うーん、それはそれで気になる話だけれど。
とても便利な魔法で、しかもこれだけ瞬時にマーキングするような魔法は、先生ですら知らないものだったので、私と先生はドドムルさんに教わりながら練習させてもらっている。
先生の知識にない魔法ということは、マトーヤ様も知らなかった魔法ということになる。
やっぱり、謎の多い人だ。
夜、拠点間の中継地で野営をする晩には、ドドムルさんと私と先生で、よく魔法談義をしている。
ドドムルさんは、地面に浮かぶ光る文字を指でなぞりながら、身振りと魔法の音で説明してくれる。
声のない会話は最初こそ戸惑ったけれど、慣れてくると、むしろ静かで集中しやすいことに気づいた。
「……なるほど、これは詠唱の起点をずらしているんですね」
先生が感心したように呟くと、ドドムルさんは小さく頷き、指先で軽やかな旋律を鳴らしてみせる。
まるで「その通り」と言っているようだった。
「私、雷魔法はどうしても苦手で……こういう緻密な組み立て方、見習わないと」
そう漏らすと、ドドムルさんはマスクの奥で少し目を細め、地面にもうひとつ、簡単な図形を描いてくれた。
不思議な人だけれど、こうして向き合っていると、飾らない優しさが伝わってくる。
◆
野営の焚き火を囲む時間も、私たちにとって大切なひとときだった。
「隊長、今日の飴、味変わりました?」
ソリさんが袋を覗き込みながら尋ねると、フィアレスさんは得意げに胸を張る。
「気づいたか! 前線の商人からもらった、南方の果実味だ。甘酸っぱくていいだろう」
「甘いは正義ですね」
ベレナールさんが即座に手を伸ばし、フィアレスさんに軽く小突かれていた。
そんな他愛ない遣り取りに、思わず笑いがこぼれる。
故郷の話や、これまでの任務の失敗談。
誰かが冗談を言えば、誰かが茶々を入れる。
肩の上の先生も、時折会話に加わりながら、楽しそうに耳を傾けていた。
戦場の緊張の合間にある、こうした穏やかな時間が、私たちを支えてくれているのだと思う。
◆
輸送部隊には、荷車を引くチョコボと、私たちを乗せるためのチョコボたちも同行している。
荷台には食料や物資が山積みで、時には負傷兵を拠点まで運ぶこともあった。
もちろん、あの親子チョコボも一緒だ。
親子は、ギラバニアの魔物にも物怖じせず、虫や植物系の魔物を見つけては器用に狩り、パクパクと平らげていく。
たまに獲物を他のチョコボにお裾分けしようとしていたけれど、輸送用や騎乗用のチョコボたちは、持ってきた野菜の餌しか口にしなかった。
私は親子チョコボを見て「チョコボって魔物も食べるんだなぁ」くらいにしか思っていなかった。
けれど、他のチョコボたちが二匹にドン引きしているようにも見えたので、うちの親子はやっぱり、ちょっと変わり者なのかもしれない。
◆
訪れる拠点では、兵士や住民の怪我人が多く、派遣された幻術士だけでは手が足りていなかった。
私やベレナールさん、ソリさんも積極的に治療を手伝う。
治療を終えると、何度も感謝の言葉をかけられた。
「ありがとうな、嬢ちゃん。おかげで、腕も動くようになった」
包帯を巻き終えた若い兵士が、照れくさそうに笑いかけてくる。
「無理はしないでくださいね。まだ完全に塞がったわけじゃないので」
多くの人の命を救い、痛みを和らげられる回復魔法。
こういう時にこそ、覚えておいて本当に良かったと思える力だった。
まだ私はヒカセンのように、瞬時に傷を癒すことはできない。
蘇生魔法も扱う事は出来ず、どうしても助けられない人々も居た。
それでも、こうして目の前の誰かの痛みを少しでも和らげられるのなら、それで十分だと思えた。
◆
魔導兵器や帝国兵との戦闘も、何度か経験した。
相変わらず、私は雷系統の魔法があまり得意ではない。
けれど、ドドムルさんがサンダラなどの広範囲雷魔法を放った後は、周囲のエーテル属性が雷に寄るのか、私の剣にも雷が纏いやすくなる。
大型の魔導兵器との戦いでは、ドドムルさんの黒魔法と、私の魔法剣が主力になっていた。
「セラ、右側の砲台を頼む! こっちは俺とフィアレスさんで抑える!」
ベレナールさんの声に頷き、私は雷を纏わせた剣を構え直す。
砲台型の魔導兵器が唸りを上げて狙いを定める寸前、頭の中に先生の声が響いた。
――継ぎ目、装甲の隙間、右下。
言われた通りに踏み込み、剣先を装甲の合間に滑り込ませる。
纏わせた雷が内部の魔導回路を伝って弾け、兵器はガクンと大きく揺れてから動きを止めた。
「よし、これで残るは……」
振り返ると、フィアレスさんの一撃で最後の一機も両断されたところだった。
「はっはっは! 楽勝だな!」
豪快な笑い声が、戦場の緊張を一瞬だけ和らげる。
――それでも、時折、心の奥がざわつく瞬間がある。
私の中にある、暁月編以降のガレマール人たちの記憶が、どうしても邪魔をしてくるのだ。
帝国兵と刃を交える度に、割り切れない何かが胸をよぎる。
けれど、そんなことを言っていられないのが戦争なのだと、頭ではわかっている。
余計な感傷は、味方も自分自身も危険に晒すだけだ。
私はその想いをそっと胸の奥へしまい込み、目の前の任務を、ひとつずつこなしていくのだった。