窓から射し込む光と、階下から漂ってくる香ばしい匂いに釣られて、私は目を覚ました。
机の上の時計に目をやる。
起きるつもりだった時間を、とっくに過ぎていた。
久しぶりの休日だからと、油断しすぎてしまったらしい。
その横には見習い彫金師の道具と、粉々になった石や金属の破片が散らばったままになっていた。
昨夜は深夜まで試していたのに、あまりにも上手くいかなくて、自分の不器用さに不貞腐れたまま寝てしまったのだった。
思い出すと、溜息が出た。
掃除は後にして、まずは着替えと朝食だ。
待たせてしまっているかもしれない。
服を着替え、髪を簡単に整えてから階段を下りる。
食堂ではすでにソリさんが朝食を作り終えていた。
そしてテーブルへの配膳を、先生と、もう一人の小柄な人影が手伝っていた。
「ごめんなさい、寝坊してしまって!」
「気にしなくて大丈夫よ。久しぶりの休日だもの。昨日は遅くまで頑張っていたみたいだしね」
「ぐっすり眠っておられましたので、ワタクシだけ先に降りて、お手伝いをしておりました」
相変わらず、ソリさんも先生も優しい。
その優しさに、つい甘えてしまう。
手を洗って席につき、改めてテーブルを見渡して、私は目を丸くした。
焼いた卵にベーコンとチーズ、色鮮やかな葉野菜とトマト。
パンには綺麗な焼き目がついていて、スープにもしっかり具が入っている。
湯気と一緒に、良い香りが立ちのぼっていた。
「セラは飲み物、何にする?」
「えっと、じゃあ、そのオレンジジュースで」
ソリさんからカップを受け取り、みんなで朝食を食べ始める。
美味しい。
とても美味しい。
どんどん食が進むし、食べるほどに元気が湧いてくる気がした。
そう、ソリさんは料理が上手なのだ。
これまでの野営でも、ソリさんが調理担当の日は、たしかに美味しかった。
けれど、時間も道具も素材も限られた野営と、ちゃんとした宿舎の厨房で作る料理とでは、出来栄えも違ってくるのだろう。
ゲームで言うところのHQ、ハイクオリティな仕上がりというやつだろうか。
こんなに美味しい朝食が食べられるなんて、ソリさんと休日が重なって本当に良かった。
役得だ。
◆
後方支援の任務についてから、二ヶ月ほどが経っていた。
ドマの解放と合わせた二正面作戦、という大筋は、ゲームの流れと変わらないらしい。
ただ、どうやら東方側の作戦に時間がかかっているようだった。
私たちはあくまでギラバニア方面の担当なので、東方の詳しい状況までは掴めずにいる。
そんな中で、私たちの輸送部隊には、ひとつ変化があった。
各拠点で駐留部隊を務めていた隊員のうち、経験を積み、拠点間の移動や魔物との戦いにも問題ないと判断された人達がいる。
彼らが補充要員として輸送部隊に加わり、交代制で休暇が取れるようになったのだ。
二ヶ月間、ほとんど休みなしで働き詰めだったから、この変更は本当にありがたかった。
今日の休暇は、私とソリさん、そして先程から一緒に食卓を囲んでいる、ララフェルのテワワさん。
彼女は追加メンバーの一人で、ドドムルさんの弟子の呪術士だ。
ドドムルさんにとても憧れているらしく、同じ輸送部隊に配属された時は、大層喜んでいたと聞いた。
普段は静かな人なのに、ドドムルさんの話になると饒舌になる。
「師匠、無詠唱でも、安定してるんです。魔法の余韻が、すごく、綺麗で」
どこが凄くて、どこが格好良いのか。
そんな話を聞いているうちに、私もドドムルさんのことを、少しだけ詳しく知ることができた。
◆
食事を終え、食器も洗い終えたところで、私は昨夜のことをソリさんに相談してみた。
「ソリさんって、料理が上手ですし、矢や弓も自分で作っているんですよね? やっぱり、ギルドに入って習得したんですか?」
「いいえ、そういうギルドには入っていないわ。仕事というより、趣味みたいなものかな。自分のためにやっているうちに、少しずつできるようになったの。料理は、最初は親の見よう見まねからだったし」
「そうなんですね。そっか、たしかに、家でご飯を作る人が、みんな調理師ギルドに入っているわけじゃないですもんね」
ゲームでは、ヒカセン達はゆで卵ひとつ作るにも、調理師ギルドに加入してジョブを解放する必要があった。
でも、この世界で生きる人々全員に同じ縛りがあったなら、リムサ・ロミンサの調理師ギルドは、あっという間にパンクしてしまうだろう。
ギルドで磨かれる技術とは別に、生活の中で受け継がれる技術がある。
ソリさんの料理や木工は、きっとそういうものなのだ。
「昨日の夜、任務の合間に拾った原石や金属片で、アクセサリー制作の練習をしてたんですけど、全然上手くいかなくて……。それで夜更かししちゃったんです」
「私も彫金はやったことがないけれど、最初はもっと簡単な素材から始めた方がいいのかもしれないわね。ギラバニアの木材で矢を作ってみたとき、かなり扱いが難しかったもの」
そんな話をしていると、後ろから、指で背中をつつかれた。
振り向くと、テワワさんが立っていた。
「これ、あげます。たぶん、使いやすい、です」
差し出された小さな手のひらには、いくつかの小さなインゴットが載っている。
受け取ると、ずっしりとした感触があった。
赤みを帯びた、この色は。
「もしかして、銅ですか?」
テワワさんは、こくりと頷いた。
そうだ。
初心者の彫金師が、最初に扱う素材は銅だった。
ゲームで言えばレベル1の彫金師でしかない私が、紅蓮の土地で拾った素材をいきなり扱おうなんて、経験が足りなさすぎたのだ。
基礎から、一歩ずつ。
それは戦いでも、ものづくりでも、この世界に生きる私たちにとって同じことだった。
「テワワさん、ありがとうございます!」
「イメージ、大事。魔法と一緒」
こちらにサムズアップを残して、テワワさんはまた席に戻り、静かに本を読み始めた。
そういえば、彼女は彫金師の本場、ウルダハの出身だった。
ギルドに所属していなくても、職人や店が身近にある土地で育てば、自然と知識が入ってくるのかもしれない。
◆
部屋に戻り、昨夜の失敗の残骸を片付けてから、さっそく銅のインゴットに取りかかる。
イメージするのは指輪。
ゲームでの名前は、たしかカッパーリングだったはずだ。
自分の指に嵌めているビギナーリングを外して机の脇に置き、大きさと形の参考にする。
小さなハンマーで叩き、延ばし、曲げて、ヤスリで角を丸く削っていく。
作業を始めて、すぐに実感した。
この柔らかさなら、私にも扱える。
もし多少失敗しても、調整しながらやり直せそうだった。
戦いとはまた違う種類の集中力が、静かに求められる作業だ。
ふと、マトーヤ様の言葉が頭をよぎった。
――その子の身体は、いずれ自分で手入れできるようになることだね。
先生の身体を自分の手で整えられるように。
これはその、ほんの小さな第一歩なのかもしれない。
最後の磨き上げを終えて、私の最初の作品が出来上がった。
他の人から見れば、まだまだ不格好な出来だろう。
それでも、自分の中では、納得できる形にまで仕上げられた。
さっそく指に嵌めてみる。
何とも言えない満足感と、胸の奥がふわりと浮くような高揚感があった。
装備としての効果は、ほとんど感じられないほど微弱だ。
それでも、記念すべき作品第一号として、しばらくは着けておこうと思う。
時計を見ると、そろそろ昼の時間だった。
ついさっき朝ご飯を食べたばかりだと思っていたのに、時間を忘れて没頭していたらしい。
あまりお腹は空いていない。
どうしようかなと考えて、せっかくの休日だ。
今のこのやる気を活かすなら、と思い直した。
私は指輪を嵌めた手を握りしめ、急いで階下へ向かった。
◆
厨房に、ソリさんの姿を見つける。
「あら? その顔だと、上手くできたみたいね」
「はい! これです。何とか形になりました。それでなんですが、ソリさん。私に、料理を教えてもらえませんか?」
「え? ええ、それは構わないけれど。なんだか今日のセラは、元気いっぱいね」
「ソリさんの美味しい朝ご飯のおかげで、やる気がみなぎってるんです! 私も、あんな風に作れるようになりたいです!」
明日の午後には、輸送部隊のメンバーが戻ってくる。
そうしたら、また移動と戦いの日々が続く。
だったら今のうちに、この休日を満喫したかった。
ただ寝て終わるだけの日には、したくなかった。
次の野営では、私も。
もう少しだけ、美味しいご飯を出せますように。