かめはめ×ハンター 作:波動待ち
「受けたいけど……いいのか? さっきも一本も入れられなかったのに」
水筒をしまいかけた手を止めると、ビスケは腰に手を当てて笑った。
「あたしに一本入れるまで待ってたら、何回試験を見送ることになるかしらねえ。毎年内容も変わるんだから、腕試しのつもりで受けてみなさいよ」
受験を勧められたのは嬉しいが、何年経っても一本取らせる気がないらしいのは、ちょっと腹が立つ。とはいえ、ここで次こそはと言ったところで、負けたばかりでは説得力がないし、実際ビスケはまだまだ本気じゃない。
「分かった、受けるよ。宿に戻ったら、申し込みの方法とか調べてみる」
「ええ。旅の予定も自分で立てなさいね」
ビスケが歩き出したので、俺も鞄を背負ってあとを追った。試験を受けるなら、その前に家にも手紙を出しておかないといけない。それから、せっかく一人で出かけるのなら、寄ってみたい場所もあった。
「試験まで時間があるなら、天空闘技場にも行ってこようかな。旅費も稼いでおきたいし、今なら百階より上まで行けると思うんだよ」
前に行ったときは、百階まで上がるだけでも散々苦労した。あれからビスケに教わったことを、もう一度あそこで試してみたい。
山を歩いたり魔獣を相手にしたりしていると、以前より動けることは分かる。けど、人間を相手にしたらどこまでやれるのかは、あまりにも格が違うビスケと組み手をしていてもいまいち分からなかった。
「いいんじゃない? ただ、試験前に大怪我しても知らないわよ。いつまでいるのか決めてから行きなさいね」
そこでビスケは一度足を止め、こっちを振り返った。
「それと、明日の基礎修行は済ませてから出発するのよ」
「忘れててくれてもよかったんだけどなあ……」
「もちろん覚えてるわさ、三倍だわよ」
◇
宿に戻って受験の案内を確かめると、申し込みにはまだ間に合った。地図と交通機関の時刻表を見比べたところ、天空闘技場へ寄る余裕もありそうだったので、先にそこを出る日を決めてから、必要な手続きを済ませた。
家へ送る手紙には試験を受けることを書き、その晩のうちに荷造りも終わらせておいた。明日の修行がどれだけかかるか、分からなかったからだ。
そして、これが正解だった。
いつもの量なら終わっているところから、さらに続けるのはきつい。足腰が疲れて踏み込みが浅くなればやり直しを食らい、座り込んで休んでいると、ビスケが時計を見ながらこっちを呼ぶ。
「そろそろ立ちなさい。暗くなるまでやるつもり?」
「……もうちょっとだけ」
「あと一分ね」
延ばしてくれるんだ、と喜んだのも束の間、その一分はとんでもなく短かった。最後の《練》まで終えた頃には日も傾いていて、宿へ戻ってからは飯を食って寝るので精一杯だった。
翌朝、駅まで来てくれたビスケと別れるときも、鞄を背負うと肩が重かった。
「もう、基礎を減らす賭けはやめとくよ」
「そうしなさい。さっきから眠そうな顔してるけど、乗り過ごすんじゃないわよ」
「気をつける。着いたら連絡するから」
切符を取り出したところで、俺の乗る列車の案内が流れた。
いつもならビスケのあとから改札を通るのに、今日はここまでだ。何となく話し足りない気がして立ち止まったが、ビスケに「ほら、早く行きなさい」と促され、俺は鞄を背負い直した。
「じゃ、行ってくる!」
「ええ。気をつけてね」
ホームへ向かう途中でもう一度振り返ると、まだこっちを見ていたビスケが手を振ってくれた。
◇
天空闘技場のある町へ着くと、駅を出たところから、建物の向こうへ突き出した塔が見えた。あれを目印に歩いていけば、道を間違えることもなさそうだ。
近づくにつれて見上げる角度がきつくなり、屋台の並ぶ通りへ入ったところで、ようやく上を見るのをやめた。
「やっぱり、でかいなあ……」
店先の画面には試合の映像が流れていて、立ち止まって眺めている人もいる。俺も一度足を止めたが、それより早く試合を申し込みたくなり、正面の入口へ向かった。
受付で以前は百階まで上がったことを伝えると、係の女性は記録を確かめてから新しい用紙を渡してくれた。今回も一階からになるそうなので、出場に必要な欄を埋めて、順番を待つ。
出番を待つ間に鞄を預け、肩を回して身体をほぐした。周りで待っている選手は、ほとんどが俺より大きい。隣の長椅子に腰を下ろした男など、座っているのに俺と目の高さがそう変わらなかった。
ごきごきと首を鳴らしているのを、太いなあ、と眺めていたら自分の番号を呼ばれたので、俺は慌てて立ち上がった。
最初の相手は、両手に白い布を巻いた男だ。俺を見ると一瞬だけ眉を上げたものの、何も言わずに構えを取る。そのまま左右に細かく身体を揺らし始めたので、俺も《纏》を保ったまま足を開いた。
審判の合図と同時に男が前へ出て、顔面に左拳を伸ばしてきた。容赦ナシだ。
避けると続いて右が来たので、こちらは手首に触れて流し、その腕の下へ踏み込む。
空いていた胴へ右の掌を当て、腰と足を使って押し込むと、男は短く息を吐いて後ろへよろめいた。踏ん張ろうとした脚を膝裏から払えば、身体ごと床へ倒れ込み、すぐに審判が間へ入ってくる。
「そこまで! 君は五十階へ進みなさい」
「……はい」
審判から差し出された紙を受け取る。男は床に座ったまま咳き込んでいて、俺が頭を下げると、何ともいえない顔で片手を上げた。
控え場所へ戻って鞄を受け取ったところで、ようやく笑みがこぼれた。五十階に進めるのもそうだけど、さっきの攻撃を全部かわして、一発も貰わずに勝てたのが嬉しかった。
◇
五十階から先も、負けずに上がることができた。
相手の蹴りを避け、腹に打ち込めばそれで終わった試合もあれば、掴まれた腕を引き抜いて逆に投げた試合もある。大きく振りかぶってくる相手には、ほかに何かしてくるんじゃないかと警戒してしまったが、その拳は最後まで同じ軌道で飛んできた。
次の試合を申し込んでも、すぐに相手が決まるとは限らない。ほかの試合を見たり食事へ出たりして待ち時間を潰し、呼び出しがかかればリングに上がる。そうして試合を重ね、百階への案内を受け取った。
かめはめ波も界王拳も、まだ一度も使っていない。というか、200階に行かないと使えない。
前は何度も殴られ、負けて、鍛え直してようやく来た階なのに、今回はまだ一撃ももらわずだ。
受付を済ませて与えられた部屋に入ると、俺は鞄を床へ置き、そのままベッドに腰を下ろした。
窓の外には町が広がっていて、入口に続く通りも、ずいぶん下の方に見える。しばらく眺めたあと、横になる前に時計を確かめた。
「……まだ夕方か」
次の試合は明日の午前なので、今日はもう呼び出されることもない。寝るには早すぎるし、夕飯の前に普段の基礎修行を済ませておこうと、靴を脱いで立ち上がった。
翌日、百階クラスで最初に当たったのは、背はそれほど高くないものの、肩から腕にかけて筋肉の盛り上がった男だった。
始まってすぐに身体を低くし、俺の腰に両腕を伸ばしてくる。後ろへ逃げず、片足を引いて正面を外すと、男はそこで止まらずに向きを変え、俺の左腕を掴んだ。
引かれた勢いに逆らわず前へ入り、肘を畳んで肩を差し込むと、男の踵が浮いた。そのまま身体を回し、掴まれた腕を引き抜きながら背後へ抜ける。
相手が振り向く前に足を払ったが、男は両手をついて踏みとどまった。そこから顔を上げ、起き上がろうとした胴へ蹴りを入れると、今度は横へ倒れ込む。
審判が得点を告げ、数を数え始めても、俺は構えたまま男の動きを見ていた。途中で肩が動いたので身構えたが、男は肘をついた姿勢から起き上がれず、審判の腕が上がった。
「勝者、レイ!」
客席から歓声が上がり、誰かが俺の名前を呼んでいた。
リングを降りる前に客席へ軽く手を上げると、それでまた声が大きくなったので、少し照れ臭くなって、さっさと引っ込んだ。
控え場所へ戻ってからも、客席で俺の名前を呼んでいた声が耳に残っていた。もう少し手を振っておけばよかったかなと思いながら、水筒を取り出した。
◇
それからは一日に一試合のペースで勝ち上がり、階が上がるにつれて試合会場の客も増えていった。
その日の試合が終われば部屋へ戻り、普段の修行を済ませてから界王拳の切り替えを練習する。何度目か、踏み込みに少し早くオーラを合わせられた気がしたが、続けてやるとまた遅れてしまい、結局、こっちに使う時間の方が長くなった。
百五十階を越えた日の夜も、風呂に入ったあとにもう一度だけと思って練習を始め、また汗をかいたせいで着替える羽目になった。
そして数日後、俺は百九十階クラスのリングに立っていた。
向かいにいる男は髪を短く刈っていて、右の眉には古い傷があった。拳を顔の横に置き、片足を少し前へ出している。俺が正面へ立っても表情を変えず、足元から顔まで一度見ただけだった。
ここで勝てば二百階だと思うと少し肩に力が入ったので、一度息を吐いてから構えを取った。
「始め!」
男は左右へ小さく足を動かし、俺が前へ出ると、その分だけ下がった。左手を伸ばした途端、その外側を通って拳が顔へ飛んでくる。
頭をずらして避けると、今度は脇腹を狙った蹴りが来た。前腕へオーラを寄せ、両足で床を踏み締めて受ける。
男は目を見開き、蹴った脚を引くのが一瞬遅れた。その間に距離を詰めると、男が両腕を閉じながら膝を上げてきたので、右の掌で外へ押しやり、胴へ左拳を打ち込んだ。
肘で防がれたものの、男の足は床を滑った。それでも男は止まらず、下がりながら俺の顔へ拳を突き出し、近づかせないようにしている。
左、右と来た拳をかわし、次の一発を手首で外へ弾く。開いたところへ踏み込み、足が床に着くのに合わせて腰を回すと、右拳が腹まで届いた。
男の口から空気の漏れる音がして、身体が前へ折れた。俺の肩を掴もうと伸びてきた手を避け、構えを戻したが、相手はその場へ膝をつき、それ以上向かってこなかった。
審判が数え始めたので少し離れて待っていると、男は唇を噛み、片足を立てて起き上がろうとした。それでも腰が上がり切らず、再び手をついたところで、十の声が響いた。
勝者として名前を呼ばれ、俺は客席へ顔を上げた。立ち上がって拍手をしている人もいて、そっちへ手を振っているうちに、ようやく二百階まで来たのだと実感した。
「やった……!」
リングを降りてもにやけたままで、案内を渡してくれた係の人にも笑われてしまった。
ただ、賞金の窓口で明細を渡されると、今度はそっちに目が釘づけになる。
百九十階の一勝だけで、二億近い。
「……こんなに貰えるのか」
思わず声が漏れたが、係の女性はにこにこと振込先の確認を待っている。この額を現金で抱えて歩く勇気なんかないので、俺は口座番号を間違えないよう、何度も確かめてから手続きを頼んだ。
これまでの賞金を合わせれば、旅費を気にして宿や交通機関を選ぶ必要も当分なさそうだった。修行に使う物も買えるし、家へも少し送っておこうか。
ただ、いきなり大金を送ったら、母さんに何をしたのか疑われそうだ。先に電話をしておこうと思いながら、明細を鞄の奥にしまった。
◇
二百階行きのエレベーターを降りると、下の階よりもずいぶん静かだった。
受付へ続く通路を歩いていると、奥から男が一人出てきた。全身を覆うオーラを見て足を緩めると、向こうも俺をちらりと見たが、何も言わずにすれ違い、エレベーターへ乗っていく。
扉が閉まるまで見送ってしまい、受付から声をかけられてようやく前を向いた。
「二百階クラスへの到達、おめでとうございます」
案内を渡すと、登録についての説明を受けた。ここからは賞金が出ず、試合は申告制で、九十日以内に一度は戦う必要がある。来る前に調べたとおりだったので、差し出された用紙に記入して手続きを済ませた。
さっきの男と戦ったらどうなるだろう。界王拳も必要になるだろうし、かめはめ波を使う機会だってありそうだ。
試合の申し込み方まで聞いていると、今日のうちに一戦だけ、と言いたくなってきた。けど、骨でも折ったら試験に行けなくなる。受付の女性に礼を言って案内をしまい、俺はエレベーターに戻った。
◇
明日の切符を買って闘技場の部屋に戻り、出発に備えて荷物をまとめた。ビスケに電話すると、少し待って繋がった。
『はいはい、レイ?』
「ビスケ、二百階まで上がったぞ! 一回も負けなかった!」
『あら、おめでとう。ずいぶん嬉しそうじゃないの』
「二百階は登録だけ済ませて、試合はハンター試験が終わってからにするよ。金も十分稼げたし、明日ここを出るつもり」
『いいんじゃない? あんたのことだから、もう一試合くらいやりたくなると思ってたわ』
「正直やりたかったけどね。でも、もう切符も買ったから」
鞄から試験の案内を取り出すと、端が少し曲がっていた。膝の上で伸ばしながら、もう一つ、言っておきたかったことを口にする。
「それと……ありがとな、ビスケ。鍛えてくれて」
『……あら、どういたしまして』
顔を合わせていたら、きっと言いそびれていた。電話でよかったなと思いながら、俺は案内を畳んで鞄へ戻した。
「試験も受かったら連絡する。いい報告、待っててくれよ!」
『ええ。楽しみにしてるわ』
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