魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
人の形をした影がこちらを向いた。
女、いや女の形をしたものだ。
背丈は三メートルほどで、なんと全身が木でできている。細い蔦が幾重にも撚り合わさって胴を作り、腰から下は根になって床へ溶け込んでいた。
長い腕。指の先が枝分かれして、その一本一本がゆらゆらと空を撫でている。
顔は雪のように白い。木肌がそこだけ滑らかになっていて、人の顔の形をしていた。目と口と鼻、表情がある。
そして、頭上に桃色の花が咲いていた。
——どくん。背後で赤い塊が脈打つ。
「あぁぁぁぁぁ——あらまぁ」
高く、よく通る、機嫌のいい声がした。
「よぉくぞ参った、人間ども——」
「……」
「ずいぶん待たされたのう。二日じゃぞ——。二日も入口でうろうろしおって」
女が長い腕を広げた。
「じゃから、番の実をどけてやったのじゃ。——褒めてたもれ」
「……どけた?」
壬生さんが唸った。
「入口の熾実を、お前が」
「そうじゃ」
女が笑った。
「あのままでは、そなたらは永遠に入ってこられぬからのう。それでは、つまらんからな」
その言葉に、全員の空気が変わったのがわかった。
「お前は……、なんだ」
「わらわは
女が名乗った。
「この
背後の塊を腕で示す。赤く脈打つ、根の絡まった巨大な心臓。
「そなたらが騒いでおる、この樹をご存知か? 天高く伸びる、あれじゃ」
ハマドリュアスは指を一本たてて、上を指した。
「……大禍樹」
「そう大禍樹。よい名じゃ。物々しくて、わらわは気に入ったぞ」
ハマドリュアスがくすくすと笑った。
「あれはな、この核が育てておるのじゃ」
——どくん。再び核が脈打つ。
俺たちの足元を通じて壁、天井、木々の隙間から一斉に赤い光が漏れた。
「この下に、燃える海があろう。あれの熱を核が吸うておる。吸うて、
ハマドリュアスは感極まったようにうっとりする。
無限のエネルギー源。だから一時間に二十六メートルなんて成長ができるのか。
「おまえはなぜここにいる」
壬生さんが問いかける。
「わらわも知らぬ」
「……知らない?」
「気づいたときには、ここにおった」
ハマドリュアスが、面倒くさそうに肩をすくめた。
「五十年ほど前かのう。世界に裂け目が入った。そこを通って、種が落ちた。わらわはその種から生まれた」
五十年前。ダンジョンが世界中に現れた年だ。
「裂け目に種が偶然落ちたのか、はたまた誰かが落としたのか。わらわは知らぬし、興味もない」
「……」
「わらわは核を守り、樹を育てる。それがわらわの役目じゃ」
そこでハマドリュアスの目が細くなった。
「そして——そなたらは、それを邪魔しに来た」
◇
床が動いた。無数の瘤が、地面を割って盛り上がってくる。
瘤が一斉に割れる。中から転がり出てきたのは棘の球体、毬火だ。数は五十以上、——数えきれない。
そして壁が割れ、黒い塊の熾実が身を起こす。数は五体。ずんぐりした巨体がこちらへ向き直った。
「さぁ我が子らよ。——遊んでやれ」
まるで犬をけしかけるみたいにハマドリュアスが手を振った。
「散開!」
壬生さんが叫ぶ。
「アース・ガーディアン、左! 炎鬼、右! 狭間君は中央を頼む!」
「はい!」
俺は転がってくる毬火の前に出た。
ロック。空間を固めて壁を作る。突っ込んできた球体が次々にぶつかって止まった。
ショック。空間をまとめて揺らす。破裂音が連続して、棘の球体が粉々に砕けた。
『回収せよ! 下僕!』
「無理だ! 砕けた!」
『なんと!』
背中が軽いなと感じていたが、いつの間にかヴィヴィは実体化を解いていた。
「アース・ピラー!」
壬生さんが床を大槌でたたく。床が隆起して岩の柱が林立する。毬火の進路が遮られて、球体が柱にぶつかって跳ね返る。
その隙にアース・ガーディアンの剣士と盗賊さんが飛び込んで、一つずつ潰していく。
僧侶と魔法使いは後ろで支援。やはりAランクパーティの戦い方はうまい。連携が段違いだ。
問題は。
「熾実が来る!」
炎鬼の盾剣士が叫んだ。
四メートルの巨体が五体。こちらへ歩いてくる。
「どけ!」
赤い髪の鬼頭が熾実にむかって走る。刀を抜きながら、真っ直ぐ熾実へ突っ込んでいく。
「鬼頭! 硬さは昨日と同じだぞ!」
「わかってんだよ!」
刀身が紅く灼け、白く輝いた。
「……あ?」
鬼頭自身が驚いた声を出した。一瞬止まって、それから刀を振り上げた。
「——
炎の柱が天井へ向かって立ち上った。熱波が押し寄せてくる。ロックの膜越しでも、肌がひりつく。
五体の熾実がその中に飲み込まれた。
数秒後、炎が晴れる。——何も残っていなかった。
黒い殻ごと跡形もなく、床に焦げた輪だけが残っている。
「……は? なんだこりゃ」
鬼頭が自分の刀を見た。
俺は床の亀裂を見た。赤い光。その下の、燃える海。
「鬼頭さん」
「あ?」
「ここ、マグマの真上ですよね」
「……火属性が、増幅されてんのか」
「たぶん」
炎の魔剣が炎の海の上にいる。そりゃ、強くなるに決まっている。
「ハッ、上等だ」
刀を担ぎ直して、今度は正面を向く。
ハマドリュアス。
「テメェも焼いてやるよ」
「よいのう」
ハマドリュアスは、動かなかった。
腕を組んで、その場に立ったまま。
「やってみせよ」
◇
鬼頭が跳ぶ。白く輝く刃が、上段から振り下ろされる。
「帝釈焱天!」
二度目の炎柱。さっき五体の熾実を消したのと、同じ威力。
ハマドリュアスが炎に包まれた。蔦が溶けている。
十秒。ハマドリュアスは、腕を組んだままそこに立っていた。
「……うそだろ」
「あら、終わりかえ?」
ハマドリュアスがくすくすと笑った。
「なかなか熱かったぞ。褒めてやろう」
「テメェ……」
「わらわは、その実らより強いからの」
彼女が長い腕を上げ、軽く振った。
枝分かれした指先が、鞭のようにしなり鬼頭を吹き飛ばした。
「鬼頭!」
十数メートル横に飛んで、岩壁に叩きつけられる。轟音。
「鬼頭さん!」
炎鬼の僧侶が走った。
「息はあります! でも
「下がらせろ!」
壬生さんが叫んだ。あれでAランクが一撃で戦闘不能だと。こいつ硬いだけじゃない。強い。
「さて」
ハマドリュアスが、腕を下ろした。
「そこな大男。次はそなたか?」
壬生さんが大槌を構えたが動けなかった。今の一撃を見て、突っ込める人間はいない。
「ふふふ——いいのぅ。わらわはとても気分がいい」
ハマドリュアスが笑った。
「よいことを教えてやろう」
長い腕が背後の核を指した。
「わらわを殺したくば、まずあれを壊すことじゃ」
「……なに?」
「わらわは、あの核から力を貰うておる。あれが失われれば、わらわは枯れる。それが唯一の道じゃ」
なぜ喋る。自分の弱点をペラペラとひけらかした。
「じゃがな、あれは、わらわより硬いぞ」
ハマドリュアスの目が、細く笑った。
「そなたら、下の海の熱を知っておるか。そなたらの言葉で千度か、二千度か。あれに浸かって、わらわは平気じゃ。焼けもせぬし溶けもせぬ」
——自慢だ。こいつ、自慢しているんだ。
「つまりわらわはこの世界で最も硬い。そうであろう? そなたらの世界にわらわより硬いものがあるか」
誰も答えなかった。たぶん、ない。
「そして核はわらわより硬い」
ハマドリュアスが両腕を広げた。
「つまり、わらわは死なぬ。永遠にな」
高笑いが、ドームの天井に反響した。
「さあ、どうする? 挑んでみせよ! わらわはここを動かぬ! 一歩も動かず、そなたらの足掻きを見物してくれるわ!」
——ああ。そういうことか。俺は唐突に理解した。
こいつが入口を空けた理由。俺たちをここまで通した理由。
見せたかったんだ。自分が絶対に負けないところを。
——となると。俺は前に出た。
「狭間君」
壬生さんが手を伸ばしかけて、止まった。
「……何をする気だ」
「核を壊してきます」
俺は歩いた。毬火の残骸を踏み越えてまっすぐ核へ向かう。
ハマドリュアスが、俺を見た。
「なんじゃ、そなた」
品定めするみたいな目だ。
「小さいのう。装備も薄い。魔力も……ふむちょっと多いことは多いが」
特段、脅威に思わなかったのか、彼女は俺を止めなかった。むしろ止める必要を感じていないと判断したのか。
「まあよい。よくぞわらわの前に来た。試すがよかろう」
腕を組み直した。たぶん核は絶対に破壊されない。絶対の自信があるのだろう。
「さぁ試せ! そして、見せてくれ。おぬしが絶望する顔を! ああどんな顔をしてくれる!? 楽しみでしかたがない!」
俺は核の前で立ち止まった。近くで見ると結構でかいな。迫力がある。
根が幾重にも絡み合って、中心の赤い光を包み込んでいる。
——どくん。
脈打つたびに、熱が押し寄せてくる。
「見よ! 人間が挑むぞ! 刻んでやろう! そなたの敗北を!」
うるさいやつだ。さっきからずっとこの世界で最も硬いと自慢している。そんなに自慢なのかねぇ。硬いって。
魔王剣ヴィヴィアンを抜いた。
「
音はしなかった。
◇
核に線が走った。
縦に、横に、斜めに。格子状に。一拍置いて、ずるり、とずれた。
崩れた。
十メートルの塊が、賽の目に切られて、その場に崩落した。
どさどさどさ、と根の立方体が積み重なる。
中心の赤い光が、こぼれて、散って——消えた。
脈動が止まった。
しん、と。ドームが、静まり返った。
◇
いやかすかにマグマの流動する音が聞こえる。そういえばここは火口だった。
壬生さんが大槌を持ったまま固まっている。
アース・ガーディアンの盗賊さんが口を開けている。
炎鬼の僧侶が鬼頭を支えたまま止まっている。
その鬼頭が岩壁にもたれたままこっちを見ていた。
「……は?」
誰かが言った。
「は?」
もう一人が言った。
そして。
「…………は?」
ハマドリュアスの声だった。
彼女は崩れた核を見ていた。
見て俺を見た。
もう一度、核を見た。
長い腕がだらりと下がった。
「な」
木肌の顔が、歪んだ。
「な、な、な、な、な」
一歩、前に出る。
根が床から抜けて、ずるりと引きずられる。
「なななななななな——」
崩れた核に手を伸ばした。
触れる。
崩れる。
もう——脈打たない。
「なぜだぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」
絶叫が、ドームを揺らした。
「なぜじゃ! なぜ壊れた! あれは! あれはわらわより硬いはずじゃ! この世界のどんな刃も通らぬ! 通らぬはずじゃ!」
「硬さは関係ない」
「はぁ!?」
俺は剣を鞘に納めた。
「空間ごと切った。中身が何であっても、そこにあったものは切れる」
「……く、空間?」
「……」
「空間を……切る?」
——ハマドリュアスが口をぱくぱくさせた。
「そんな、そんなものが、この世界に」
あるんだよな。
「あ」
「あ、あ、あ」
ハマドリュアスの体が震え始めた。震えて——縮んでいる。
みずみずしかった蔦がしなびていく。腕が細くなる。頭上の花が、色を失ってはらはらと散った。
「力が……わらわの、力が」
三メートルあった体が、二メートルを切っていた。
「そんな……わらわは……不死のはずじゃ……」
床に手をついたその姿を、俺は黙って見ていた。
止めを刺すべきか少し考えた。もう脅威じゃない。放っておいても死ぬだろう。
「壬生さん。撤収しましょう」
「……ああ」
壬生さんが我に返った。
「全員、負傷者を連れて——」
「く」
「く、く、く」
ハマドリュアスが、しなびた顔で床に手をついたまま笑っていた。
「くくく……はははは……」
「……なんだ?」
「そなたら、何をしたかわかっておらぬな?」
彼女が顔を上げた。
「核が、失われた」
「管理者と核。両方あって、初めてあの樹は制御される。片方が欠ければ——」
ハマドリュアスの口が、裂けるように笑った。
「暴走するのじゃ」
——ッズン!!
床が大きく揺れた。
◇
地鳴りがした。樹全体が鳴っている。
頭上の空洞からみしみしと軋む音が降ってくる。二千メートルの幹が、内側から悲鳴を上げている音だ。
「な、なんだ!?」
炎鬼の魔法使いが叫んだ。
「大禍樹は、火の海の熱を吸うておる」
ハマドリュアスが狂ったような顔で笑っている。
「その熱を、成長に変えておったのは核じゃ。核がなければ熱の行き場がない」
彼女が床を指した。
「戻るのじゃ。下へ。全部な」
「戻る……?」
「あの燃える海に、樹が吸った大量の熱が一度に叩き返される。どうなると思う?」
——ズン!
もう一度、大きく揺れた。天井から、木片が落ちてくる。
壬生さんの顔から、血の気が引いた。
「……噴火するのか!?」
「そうじゃ!」
ハマドリュアスが哄笑した。
「この島は吹き飛ぶ! 海の底までな! そなたらも、そなたらの住処も、みな仲良く灰じゃ!」
床が割れ、亀裂が走る。
その底から。
赤いものが、迫り上がってきた。
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マグマ映画は大好きです。