魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
マグマが上がってくる。床の亀裂から溢れ出した溶岩が、じわりと広がっていく。
熱の種類が違う。ロックの膜を張っていても、頬が焼ける気がした。
「後退! 蔦まで戻れ!」
「無理だ! 蔦が燃えてる!」
壬生さんが叫び、炎鬼の侍が叫び返した。全員が恐慌状態だ。
降りてきた螺旋の蔦が、根元から炎を上げていた。炎の中には飛び込めない。つまり登れない。
「くくくく、逃げ場はないぞ。ここで焼かれよ」
床に手をついたハマドリュアスが笑っている。
——ずん。
また揺れた。天井から木片が落ちてくる。
こいつの言葉が本当なら逃げたところで意味がない。
この島は火山が噴火して吹き飛ぶ。基地も、避難した島民の町も甚大な被害を受けるだろう。
だったら。
「壬生さん」
俺は前に出た。
「大禍樹は、俺がなんとかします」
「……なんとか、だと?」
「全部、灰にします」
俺はインベントリから太刀を引き抜いた。童子切安綱——。
「……できるのか」
「やります」
「そうか」
壬生さんが周りを見た。十人。負傷者を含めた、全員。
「では俺たちはどうする。ここにいて巻き込まれるのか」
「いえ」
俺は壁に手をついた。
「ゲートを作ります。ここから逃げてください」
両手を木の壁につき、意識を通す。空間が歪んで青い渦が浮かび上がった——。
「——おい、二つまでじゃなかったのか……」
「そうでしたっけ」
「そうでしたっけって——」
「繋ぎ先は前線基地です。早く行ってください」
「待て、お前」
「マグマがすぐそこまで来てます。はやく」
床の赤がすぐそこまで迫っていた。
もう、議論する時間じゃない。
「アース・ガーディアン、先に行け!」
壬生さんが切り替えて全員に指示を出す。
「負傷者を優先、僧侶が付け! 炎鬼、鬼頭を運べ!」
「はい!」
ゲートは人ひとり分の幅しかない。盗賊さん、剣士、魔法使い。炎鬼の侍と盾剣士が鬼頭を抱えてくぐっていく。
「離せ! 歩ける」
「無理です!
「うるせぇ!」
そう言いながら鬼頭は運ばれていった。
くぐる直前、こっちを振り返り、何か言おうとしてゲートの中へと進んでいった。
最後に壬生さんが残った。
「狭間君、本当に大丈夫か」
「大丈夫です。それにみんながいると巻き込んでしまいます。俺だけならきっと生き残れます。向こうで会いましょう」
重い手で肩を掴まれた。
「信じてるぞ、絶対に戻って来い」
「はい」
そう言って壬生さんは青い渦の向こうへと、ゲートをくぐっていった。
『それで下僕、どうするんじゃ』
「この大禍樹を全部灰にする」
『できるかのぉ~』
「できるかじゃない、やるんだよ」
ヴィヴィは相変わらずの調子だ。おっと忘れていた。全部燃えてしまわないうちに、少しでも残ってる熾実を回収しておくか。
『わしの命令を忘れん下僕は、いい下僕じゃ』
「お前、取っておかないと絶対後で怒るだろう?」
『モチのロンじゃ! 帰ったら豚汁作るんじゃぞ!』
「はいはい、帰ったら配信もしないとな。ここ数日全然配信してないから登録者が減ってるかも」
『!? なんじゃと!』
「登録者が減ったら稼ぎが減るからな、そしたら飯が食えないから大変だぞ~」
『なななな、なぁにぃ~!!』
ははは、最近人が多い所ばっかりいてまともにヴィヴィと話せてなかったから少し楽しい。
「あ、まずい」
ゲートに溶岩が差し掛かろうとしていた。反射的にゲートを消す。——ぱん。
「あ」
間違えて他のゲートも消してしまった。基地も、港もだ。
「やってしまった……」
失敗した。——まぁ後で作り直せばいい。問題は大禍樹だ。
俺は童子切安綱を鞘から抜き、魔力を籠める。赤い刀身がさらに紅く燃え上がる。
……ズズっ、後ろでハマドリュアスが体を引きずる音がした。しなびた腕を投げ出して、動けなくなっている。
三メートルあった体の半分以上がすでに炎に焼かれていた。
「おまえ、やっぱりまだ生きてたのな」
「……なぜおぬしは行かんかったのじゃ」
「俺がいったら誰がこの噴火を止めるんだよ——」
「誰にも止められん、愚かじゃな……」
「……」
魔力を込めた童子切安綱が赤く、紅く、——赤黒く。
「ヴィヴィ」
『なんじゃ』
「魔力が足りない。もっとだ」
『……ふむ』
腰の鞘がかすかに震えた。
『よいぞ。持っていけ』
体の中に流れ込んでくる。俺はそれを童子切安綱へと送る。
俺は太刀を両手で構えた。すでに持っているだけで熱い。火傷しそうだ。けど——もっとだ。
——ありったけを。
黒い刀身がひび割れるように白く、まばゆく輝く。刀身を横に軽く振る。
周囲に白い焔が広がった。周囲のモンスター、そして核の残骸が白く灰になる。よし、うまくいきそうだな。
ふいに声が聞こえた。
<天地万象、
刃を地へ。
「頼むぞ」
床の下、絡み合った根の塊。崩れた核の残骸。それを支える、大禍樹の根そのもの。
そこへ、刃を突き立てる。
「——
◇
音はしなかった。
刃が根に沈んだ瞬間、白い光が広がった。
火ではない。
炎の形をしていない。もっと静かなものだ。
白い光が根を伝い、幹を伝い、蔓を伝い、枝を伝い、実を伝い、頂上へと到達した。
そして。
さぁぁぁぁぁ。
風が吹くような、火口の中には似つかわしくない音がした。
これは灰が散る音だ。
木片が落ちてくる。灰になった木片だ。触れると白くそのまま崩れて舞う。
灰が散り、降ってくる。雪みたいに、白い灰が。
二千メートルの幹が、上から下へ、順番に灰になって崩れていった。
ハマドリュアスがそれを呆然と見上げていた。
やがて溶岩が彼女の指先に届いた。じゅ、と音がして、萎びた蔦が炭になる。
彼女は動かず、ただ俺を見た。
「人間、本……」
溶岩が、何かを言いかけた彼女を飲み込んだ。炎が上がってそれで終わりだった。
上を見ると大禍樹で防がれていた天井が消えていた。
二千メートルの幹があった場所には今は何もない。
代わりに遠い空が見えた。
火口の丸い穴に青い空。
うまくいったようだ。大禍樹は消えた。あとは脱出するだけ。
——ごぼり。足元で音がした。
見下ろすと足元に赤いマグマがあった。
俺の立っていた場所が飲み込まれようとしていた。
「あ、ヤベ」
沈む。
「——ロック!」
◇
鬼頭炎児は地面に転がされていた。
前線基地の中央。青い渦の出口。
肋が折れていて、息を吸うたびに刺すような痛みが走る。
「鬼頭さん、動かないで!」
「あいつは」
「え?」
「あいつは、出てきたか」
僧侶が青い渦を見る。ゲートの前には次々と探索者が集まってきていた。その向こうから真壁が走ってくる。
「壬生さん! 何が——、狭間さんは?」
真壁はすぐに蓮がいないことに気が付いた。
「残った」
「え——?」
「残って大禍樹を灰にすると」
「灰に? あの二千メートルを?」
「あぁ」
真壁がゲートと山を見た。しかし、火口から突き出た黒い幹はまだそこにあった。
鬼頭は地面から身体を起こしゲートへと駆け寄る。
「早く出てこいよ、テメェ」
渦が揺れた。
「お、来た——」
——ぱん。
音がしたのち渦が消えた。
そこに残ったのは壁で、テントの布地がそこにあるだけだった。
「は?」
鬼頭は自分の声を聞いた。
「おい」
「おい! ゲートが!」
「消えた……?」
真壁が呆然と呟いた。
「そんな。ではもう一つの、港のゲートは——」
職員が走ってきた。
「真壁さん! 港のゲートが消えました!」
「なんだと」
「本土からの連絡で! 今!」
全部のゲートが消えた。それがどういう事か簡単に想像がついた。基地がざわめきに包まれる。
「……嘘だろ」
鬼頭は震える手を握りしめた。
「おい! 山を見ろ!」
誰かが叫び、全員が振り返った。
黒い幹の頂点。それはいつの間にか白く染まっていた。
「あれ、なんだ……?」
「灰だ」
壬生が答えた。遠くから崩れる音が聞こえてきた。
二千メートルの幹が、上から灰になって風に舞っていく。白い粉が雪みたいに空全体を埋めた。
それが島全体に降り始めた。基地の全員がそれを見上げていた。
——やがて火口から突き出ていた大禍樹は、跡形もなくなった。
「……」
「消えた」
「消えたぞ」
「大禍樹が」
「やったのか」
「やったんだ!」
歓声が上がりかけたが、すぐに止まった。
全員が同じ方向を見た。ゲートがあった場所だ。そこには変わらずテントの布地があるだけだった。
「……あいつ、やりやがった」
鬼頭は拳を握りしめる。
「ふざけんなよ……。借りを返せねえじゃねえかよ!」
鬼頭は灰の降る空を見上げ叫ぶ。肋が痛んだ。喉が焼けた。それでも叫んだ。
「テメェ、勝ち逃げしてんじゃねえよ!」
そのとき。
——ドォン。