魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
俺は何をしているのかというと——怪我を治すのと、ゲートを作り直していた。
怪我については大したものじゃない。ちょっとした火傷みたいなものだ。マグマの中から脱出する際、薄皮一枚のロックでは熱を防ぎきれなかった。
頬と腕に負った軽い火傷は、炎鬼の僧侶さんに回復魔法で治してもらった。
「これでひとつ返してもらいましたね!」って鬼頭さんに言ったら、「こんなのじゃ借りを返したことにはならん」とか言ってたけどそんなに気にしなくていいんだけど。
そしてゲートについて——俺は関係各所に謝罪周りをしていた。
「本当にすみませんでした」
「もういいですよ」
ゲートを三つとも消してしまった件だ。作り直すこと自体は簡単で、その日のうちに港と本土を繋ぎ直した。
問題は消えていた三十分ほどの間に本土側が大騒ぎになったことらしい。門が消えた=島が全滅した、と一部で判断されかけたそうだ。報道が出かけて協会が止めた、とのこと。
「まあ、結果として島の被害はほぼゼロです。誰も文句は言えません」
「はあ」
「言えませんが、私は書類を四十枚書きました」
「……本当にすみませんでした」
探索者たちは順に撤収していった。
第二次招集組が本土へ帰り、第一次対応組も帰り、基地のテントが一つずつ畳まれていく。
炊事班長の味園さんとは、豚汁のレシピを交換して別れた。
いろいろと迷惑をかけたがいい人だった。五十嵐さんとはまた何処かで会うだろう。
島民の帰島が始まった。避難していた八千人がゲートを通って島へ移る。まず自治体と消防が戻って、それから住民が順だ。
家が壊れた地区もある。だが人の被害はほとんどなかった。島全体で重傷者が十数人。死者はゼロ。
「解放型ダンジョンの事例としては、この結果は異例です」
異例と言われても、俺にはよくわからない。常に最善となるようにみんなが行動した結果だ。
「協会に感謝状の申請が山ほど来ています。自治体からも、漁協からも、島の学校からも」
「学校からも?」
「子供たちが避難所から手紙を書いたそうです。段ボール一箱分」
「……はあ」
◇
撤収の前夜、島の人たちがゲートをくぐって次々と帰ってきた。
港近くの広場に、簡単な櫓みたいなものが組まれていて、そこにブルーシートが敷かれている。
漁協の人たちが、次々と発泡スチロールの箱を運び込んでいた。
「探索者さん! こっち座って!」
日焼けした男の人に腕を掴まれた。
「あの、これは」
「打ち上げだよ! 島を救ってもらったんだ、なんか出さないと格好つかねぇだろ!」
見ると、残っていた探索者が全員集まっていた。三十人くらいだ。壬生さんも、鬼頭さんも、真壁さんもいる。
そして島の人がその倍くらいいた。
「これ、島の人たちが」
「せっかく島が救われたんだ。恩人の人たちには飯くらいは食わせたいだろ?」
◇
——ブルーシートの上に、皿が並んでいく。
まず、刺身が並んだ。
大皿に白身の柵が並んでいる。厚めに切ってあって、透き通っている。切り口が虹色に光っていた。
「今朝上がったやつだ。三日間漁に出られなかったから、魚が休んでてな。よく肥えてる」
醤油の小皿が回ってくる。一切れ、箸で取った。
厚い。ぷりっと見た目の身に醤油をつけて、口に入れた。
——歯が、押し返される強い弾力だ。噛むたびに旨味を感じる。それが数回目でふっとほどけて、そこから海の甘みが出た。
「……うま」
「だろ!」
漁協の人が嬉しそうに笑った。
「ヴィヴィ、食え」
「うむ!」
隣で実体化していたヴィヴィが、指で刺身をつまんだ。そのまま口に放り込む。
もぐ。
「……ふぉ」
「どうだ」
「ぷりぷりじゃーーー! これ! 歯が! 歯が跳ねる! うーーまーーいーーぞーー!!」
「はは、わかるわ」
「そして甘い! 冷たいのに甘い! なんじゃこれは!」
「魚だ」
「魚とはこんなにうまかったのか!?」
しかし、次に来たのが問題だった。
網の上に干物が乗せられ火が入った。——匂いが来た。
「うわっ」
「なんだこれ!?」
探索者の何人かがのけぞった。そして俺ものけぞった。
言葉にしづらい強烈な香りだ。発酵した何かと魚の内臓と、あと何か決定的に間違ったものが混ざった匂いが煙に乗って襲ってくる。
「くさやだよ、島の名物だ」
漁協の人が平然と網を返している。
「これ、大丈夫なんですか」
「うまいぞ!」
匂いは明らかに大丈夫じゃない。
「狭間君」
隣で壬生さんが後ずさっていた。Aランクの探索者をのけぞらせるか——なんて恐ろしいんだ!
「これは、食えるらしいですよ」
「……ほう」
壬生さんが黙った。三十人の探索者も一枚の干物から距離を取っている。誰も箸を出さない。
「うまそうじゃのう」
「おい」
「なんじゃ、誰も食わんのか?」
「その匂いを嗅いでから言え」
「嗅いだぞ」
ヴィヴィが網に手を伸ばし、そのまま焼けた干物を毟り取ってそのまま口に入れた。全員が見ている。
もぐもぐ。
「——んまああああああああい!」
ヴィヴィの本日二度目の叫びが上がる。
「なんじゃこれは! 濃い! 濃いのじゃ! 塩と! それから何かこう、こう、うにゃうにゃした深いのが!」
「語彙」
「うまいのじゃーーー!」
漁協の人たちが大爆笑していた。
「嬢ちゃんわかるか! それだよ! それ!」
「もっとよこせ!」
「おう、いくらでも焼いてやる!」
そして俺はその様子をスマホで撮っていた。
◇
ドローンは前回のダンジョンで黒焦げとなり、返却してそのままであった。だからこの三日間、俺は一度も配信していなかった。
代わりに三十秒のショート動画を投稿した。ヴィヴィがくさやを食って絶叫しているだけの、それだけの動画。
タイトルは「島の名物を食わせたら」。
上げた。
それから刺身をつまんでいる鬼頭さんのほうを見た。回復魔法でだいぶマシになったのか、肋に巻いていたコルセットをはずした男が干物を凝視している。
「鬼頭さん、食わないんですか」
「……テメェが先に食え」
「いえいえ鬼頭さんが先にどうぞ」
「なんでだよ」
そこへ、ヴィヴィが焼けたくさやを鬼頭さんの皿に置いた。
「食え! うまいぞ!」
「おい、ちょっと待て」
「食わんのか? Aランクとやらは、においが怖いのか?」
「……」
鬼頭さんが箸を取った。十秒くらい、干物を睨んでいた。
そして口に入れた。
「…………うめぇじゃねえかよ」
豚汁のときと同じ台詞だ。漁協の人がまた大爆笑して鬼頭さんの背中を叩いていた。
「痛ぇ! 痛ぇって!」
……肋はまだ治っていないらしい。
◇
三十分ほどしてスマホを見ると、なんとさっき投稿した再生数が、三百万を超えていた。
「……早いな」
>出た短剣ニキ
>三日ぶりの投稿がこれかよ
>島の被害ゼロにした英雄の投稿内容がくさや
>ブレなさすぎて安心する
>魔剣少女ちゃん、くさやいけるのか……
>この子の胃袋どうなってんの
>後ろで探索者がドン引きしてるのが最高
>てか大土島の件、報道より先に本人が飯動画出すのおかしいだろ
>平常運転
>RENさん生きててよかった
>火口から出てきたって掲示板で噂になってる
>火口とか何がどうなったらそんなところ行くんだ
ニュースを見てみる。
>【速報】短剣ニキ、登録者100万人突破
「……え」
もう一度、自分のチャンネルを開いた。
登録者数 1,003,412。
「うわ」
「なんじゃ、下僕」
「チャンネル登録者が百万人いった」
「Dチューブとやらか。ひゃくまん? それは多いのか?」
「多いな」
「では、儲かるのか?」
「まぁ間違いなく儲かる」
「ならばよし!」
ヴィヴィが両手を上げて叫ぶ。
「下僕ども! 祝いじゃ! 刺身をもう一皿じゃ!」
「島の人たちを下僕扱いするな、つーかさっきから何皿目だ」
「知らん!」
◇
夜が更けた頃に壬生さんが隣に座った。紙コップを二つ持っていて、片方をこっちに寄越してきた。麦茶だった。
「明日、俺たちは本土へ帰る」
「お疲れ様でした」
「君もな」
しばらく、二人で海を見ていた。港の灯りが水面に伸びている。
「狭間君」
「はい」
「連絡先を教えてくれないか」
俺は少し驚いた。
「いいですけど」
「またこういうことがあったら、呼びたい」
「こういうこと、あんまり起きてほしくないんですけど」
「同感だ」
壬生さんが笑った。この人が声を出して笑うのを初めて見た。
「またな」
「はい。また」
◇
翌朝に撤収の準備をしていると真壁さんに呼ばれた。テントの中には協会の職員が三人いた。全員が俺を見ていてなんか雰囲気がいつもと違う。
「狭間さん。座ってください」
「……はい、なんでしょうか」
真壁さんがタブレットを操作して俺に見せてくる。
「協会本部からの正式な通達です」
「はい」
「大土島解放型ダンジョン災害対応において、狭間蓮さんの功績は極めて重大でした」
「はあ」
「避難経路の確保により、八千二百十四名の島民全員の避難を完遂。輸送手段の途絶という状況を単独で解決しました」
数字で言われるとなんか変な感じだ。
「傷病者の後送および物資輸送体制の構築。これにより死者ゼロを達成しています」
「あの」
「実生体の食用化により、現地の兵站を維持」
「それは、ヴィヴィが」
「そして、大禍樹の本体討伐および核の破壊」
「あれはみんなでやったことですよ」
「——島の壊滅をあなたが防ぎました」
テントの中が静かになった。真壁さんが一拍置いた。
「よって——、Aランクに昇格していただきます」
「……え」
「協会本部で決定済みです。異議は受け付けません」
「いや、あの」
「異議は受け付けません」
二回言われた。大事なことだったようだ。
俺は少し混乱した。壬生さんと鬼頭さんと同じAランクだ。全国で二十人。
「……なんか、実感がないんですけど」
「そうでしょうね」
「ですが、あなたの名前は、もう協会中に回っています」
「回ってるんですか」
「回っています」
タブレットを畳んで真壁さんが立ち上がった。
「正式な認定式は、本土の協会本部で行います。日程は追って連絡します」
「認定式」
「ええ」
「……そういうの、ありますか」
「あります。AランクはSの一歩手前。ギルドでも一握りの存在です」
——すみません、若干面倒くさそうだ。
「あと、これは私見ですが」
真壁さんがテントの出口で振り返った。
「あなたはAで止まる方だとは思っていません」
そう言って出ていった。
◇
テントを出ると朝の光が眩しかった。
港のほうから島の人たちの声が聞こえる。片付けが始まっているんだろう。
真壁さんからはあと一時間くらいでゲートは閉じていいと連絡を受けている。本土に渡ってからゲートを閉じよう。
『下僕』
『なんじゃ、その、えーらんくとやらは』
「Aランクだ」
『そのAとやらになると、どうなるのじゃ』
「……どうなるんだろうな」
考えたことがなかった。たぶん依頼の単価が上がる。行ける場所が増えるし、魔剣の情報も正式に回ってくるようになる。
あと。
「飯が、もっとうまいところに行けるかもな」
『——なんじゃと!?』
『下僕! それを先に言わんか!』
「今言った」
『どこじゃ! どこにあるのじゃ、そのうまい飯は!』
「まだ知らん」
『役立たずめ!』
「うるさい」
さぁゲートをくぐれば三日ぶりの本土だ。
帰ったらまず寝よう。
それから飯を食おう。
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場面転換が多くてなんかスミマセン!