魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
東卿、千代多区。
高いビルばかりが並ぶ通りの一角に探索者協会の本部があった。ガラス張りのやたら立派な建物だ。
今日、俺は電車でここまで来た。スーツで空を飛ぶのはさすがに目立つからな。
しかしそのスーツも、大学の就活で買ったきりのやつだった。二年ぶりに袖を通したら、肩のあたりが少しきつかった。
——あの頃より肉がついたらしい。荷物持ちをやっていた頃には考えられないことだ。
ボンっ。
「下僕! なんじゃその格好は!」
隣で音がして、ヴィヴィが実体化した。よりによってここでか。
「うるさい。今日はAランクの認定式なんだよ」
「またそのエーランクか。人間はいろいろ面倒くさいのう」
「俺だってそう思ってる」
「ならやめて飯を食いに行こうぞ」
「行けたらいいんだけどな」
通行人がちらちらこっちを見ている。実名で報道されて以来、こういうのが増えた。ヴィヴィが隣にいると隠しようもない。
「下僕、あれを見よ! でかいぞ!」
「協会の本部のビルだ」
「登るのか?」
「登らないからな」
こいつを連れて協会本部に入るのは、正直かなり不安だった。
◇
受付で名前を言うと、すぐに職員が来て上へ案内された。エレベーターの階数表示がどんどん上がっていく。
通された部屋には「認定室」というプレートが出ていた。
中は思ったより狭い。机が一つ、椅子が数脚、あとは壁に協会の紋章が掛かっているだけだ。
職員が三人と、奥にもう一人立っていた。
その一人がとても大柄な人だった。俺より頭一つ分は高い。歳は五十を過ぎているだろうに、スーツの上からでも肩と胸のあたりが盛り上がっているのがわかる。
明らかに他の人たちとは違う雰囲気。……いやむしろ探索者に近いかもしれない。
「狭間蓮さん。前へ」
呼ばれたので前に出た。例の大柄な男性が一枚の証書を持って向かい合う。
「探索者協会は、狭間蓮の探索者ランクをAと認定する」
証書を差し出されて受け取る。厚い紙で思ったより重かった。
「おめでとう」
「……ありがとうございます」
「では写真を。そちらへお願いします」
紋章の前に立たされる。職員がカメラを構えた。
「わしも映るのじゃ!」
「おい」
ヴィヴィが俺の前に割り込んで胸を張った。職員が困った顔でこっちを見る。
「……いいですか?」
「かまいませんよ。ええ、むしろ」
男性がなぜか笑っていた。
カシャ。
それで終わりだった。所要時間、たぶん四分。短い……。
男性は「では」とだけ言って、さっさと部屋を出ていってしまった。本当にこれだけなのか……ちょっと不安になってきた。
◇
「お待たせしました!
別室に移されて座っていると、ものすごく元気な人が入ってきた。声が大きいな。
黒のチェックのラインが入ったスーツ。ショートカットの女性で、年齢は俺と同じくらいだろうか。名刺を両手で差し出してくる。
——協会本部 探索者支援課
いすずみすず。
……噛みそうだな。
「五十鈴三鈴です! 本日はAランクの制度についてご説明いたします!」
「よろしくお願いします」
「本人は言いやすいので大丈夫です!」
「何も言ってませんが」
「みなさん一回止まるので!」
止まったのがバレていたのか。
「あれ? 魔剣の方はどこへ?」
「……今は疲れたみたいで剣に戻っています」
ヴィヴィは剣に戻って腰にいる。説明が始まった瞬間に興味を失ったらしい。
『下僕、この女うるさいのう』
『静かにしてろ』
最近、ヴィヴィと念話で話せるようになった。
「あの、五十鈴さん。一つ聞いていいですか」
「はい! なんでも!」
「さっきの認定式って、意味あるんですか」
正直な感想である。証書を渡されて写真を撮られただけで、所要時間が四分だ。あれのために電車に乗ってスーツを着てきた。どういう意味があったのか知りたい。
「もちろん! ありますよ!」
五十鈴さんがキリっとした顔になり、姿勢を正してハキハキと答えてくれた。
「Aランクは国が認めた探索者です。全国で二十名。狭間さんで二十一人目です。Sと特Sを除けば、国内のどのダンジョンでも踏破できる実力の証明になります」
「はあ」
「過去に発生したダンジョンスタンピードを食い止めてきたのは、いずれもAランク以上の探索者です。つまりAランクの認定は、この国の防衛が探索者によって担われているという事実の、公的な証明なんです」
国の防衛ときましたか。急に話が大きくなった。
「なので認定は必ず公表します。さっきのお写真も使わせていただきます」
「あ、あれ使うんですか」
しまったな。ヴィヴィが映ってしまっている。
「使います! 国民に示すことが目的ですので」
魔剣少女が真ん中で胸を張っている写真が国民に示されるらしい。まあ、ピースとかしてないから……いいだろう。
「ただし義務も発生します。Aランク以上は、協会が指揮する災害対応への招集を断れません」
「あれ……招集への参加は任意ではありませんでした?」
「Bランクまでは任意です。行かない方もいます。ですがAからは違います」
そういえば大土島のとき、Sランク五人が全員国外にいたと言っていたな。あれは行きたくて行っていたわけじゃなかったのか。
「かわりに恩恵も大きいですよ!」
五十鈴さんがニッコリ笑って指を三本立てた。
「一つ、協会の機密情報にアクセスできます。魔剣の入手情報などですね。二つ、国内のほぼ全てのダンジョンに優先入場できます。三つ、公共交通機関と公共施設の利用が、全て無料になります」
「……無料?」
「無料です!」
「Bランクのときは、優遇と減免って聞きましたけど」
「そこが大きな違いなんです! Aランクは特一等戦力として計上されますので。飛行機も新幹線も特急も、全部タダです」
飛行機までもか。
「……あの、今日、電車賃払ってきたんですけど」
「あら! もったいない!」
もったいなかったらしい。
「あとは探索者証を担保に多額の融資が受けられますし、政府や企業から高額の指名依頼も来るようになります。このあたりは追って書面でお送りしますね」
「はい」
「……あの、狭間さん」
「はい」
「もう少し喜んでいただいても」
「ふーん、って感じで」
「ふーん、って感じなんですか!?」
五十鈴さんがガビーンって顔をしている。表情がコロコロと変わる人だ。
——正直な話、金の使い道がない。稼いだところで飯に消えるだけだ。ただ飛行機がタダなのは少し嬉しいな。今度の依頼の北海堂まで飛べる。
『下僕。今のは聞き捨てならん』
『なんだよ』
『飯屋もタダになるのか』
『ならん』
『使えん制度じゃな!』
こいつの評価基準は一貫しているな。
◇
「失礼するよ」
ドアが開いて、さっきのでかい男性が入ってきた。五十鈴さんが跳ねるように立ち上がる。
「部長!」
部長?
「さっきはすぐに帰ってしまってすまなかったね。次の会議が入っていたものでな」
部長さんが向かいに腰を下ろした。椅子が小さく見える。
「五十鈴くん、少し借りるよ」
「はい! ではわたしはこれで。狭間さん、書類は追ってお送りしますね!」
五十鈴さんが元気に出ていった。部屋が急に静かになる。
「
……地動。
その名前は聞いたことがあった。というか探索者なら誰でも聞いたことがある。
「豪剣士の、地動さんですか」
「昔の話だよ」
「Sランクの」
「元、だ。とうに引退した身でな」
引退していようがSランクはSランクだ。俺は少し背筋を伸ばした。目の前にいるのが、俺と同じ側の人間じゃないのは分かる。この人が本気で腕を振ったら、たぶん建物が吹き飛ぶ。
「そう固くならんでくれ。今日は礼を言いたかっただけだ」
「礼ですか」
「大土島の件だ」
地動さんが軽く頭を下げた。大きな図体が折れると圧がすごいな。
「よくやってくれた。島民八千二百十四名、死者ゼロ。協会が何十年やっても、あの状況であの結果は出せん。もちろん私でもだ」
「……いえ、俺だけの功績じゃないです」
「知っている。壬生からも鬼頭からも報告は上がっている」
鬼頭さんは何を報告したんだろうか。ろくなことを書いていない気がする。くさやとか。
「それでも、君がいなければ島は沈んでいた。協会を代表して礼を言う」
「……はい」
なんと返せばいいのか分からなかったので、それだけ言った。
◇
「さて、本題だ」
地動さんが姿勢を戻した。
「君が八皇子の古館から、東本州の魔剣の情報を受け取ったのはいつだったかね」
「……え」
なんでそれを……? あれは古館さんが特例で開示してくれた話だ。Bランクの俺には本来降りてこない機密で、口止めを条件に見せてもらった。
「知っているのは当然だよ。古館にそれを頼んだのが私だからな」
「……は?」
「君に接触して口止めをする必要があった。だが上から命じてもへそを曲げるだろう。だから君が信を置いている人間に頼んだ。相応の見返りを用意した上で、な」
思い出した。あのとき古館さんは何か言いかけて、やめた。
『——それだけあなたの実力が異常ということです』
濁されたと思っていた、本当に濁されていたのか。
「怒ったかね」
「いや。……むしろ助かったので」
「そう言ってもらえると助かる。協会は君を長いこと持て余していてね」
「持て余す」
「登録して間もない期間に色違いボスを一撃で消す男が、ダンジョンで飯を食っている。どう扱えばいいのか誰にも分からんかった」
言われてみればそうかもしれない。
「今は違うんですか」
「今は分かる。君は放っておいても人を助ける。それだけ分かれば十分だ」
地動さんが一枚のカードを机に置いた。
「これがAランクの認定証だ。Aランクになった以上、機密は全て開く。管轄も関係ない。全国どこの魔剣情報でも、申請すれば君に渡す」
認定証、金色のカードだ。これで東本州だけじゃなく、全国の魔剣情報が手に入る。
つまり古館さんが「他の地域はまた別途交渉が必要です」と言っていた壁が、丸ごと消えたということだ。
「一つ、教えておこう」
地動さんが少し前に出た。
「北に、一本ある」
「……北」
「北海堂の
北海堂の禰室。Sランクダンジョン。
——神崎先生の研究室、文珠川さんから受けている調査の行き先と、同じだ。
もともと二週間後には行くことになっていた。遺物の調査を頼まれていて、準備に一ヶ月かかると言われて待っている最中だ。
その同じ場所に魔剣がある。これは好都合だ。
「行くかね」
「……行きます」
即答してしまった。地動さんが小さく笑った。
「早いな」
「いえ、実はもともと行く予定だったので」
「そうか。ならちょうどいい」
地動さんが立ち上がった。ドアの前で一度だけ振り返る。
「狭間くん。飛行機はタダだ。使いなさい」
「……はい」
魔剣情報の礼を言うタイミングを逃したまま、その背中を見送った。
◇
外に出ると夕方だった。ビルの谷間で風が冷たい。ネクタイを緩めながら駅のほうへ歩く。
ボンっ。
「下僕。腹が減った」
「知ってた」
「あの女の話は長かった」
「お前は聞いてなかっただろ」
「聞いておらんから長かったのじゃ」
「なんだそれ」
理屈が通っているようで通っていない。
「で、なんか食いたいものあるか」
「熱いやつじゃ」
「熱いやつか」
「ジュージューいうやつじゃ!」
要求が擬音になっている。とはいえ心当たりはあった。ここへ来る途中、路地に一軒あったのだ。
◇
鉄板割烹
明らかに高級そうな暖簾をくぐると、店の真ん中に鉄板があった。
カウンター席に座らされて、店の雰囲気にのまれているといつの間にかヴィヴィが注文し終わっていた。目の前で店主がキラリと光るヘラを構えていた。
ボウルの中で生地とキャベツが混ぜられ、鉄板の上へ落とされる。
ジュゥゥ——。
一気に湯気が上がった。生地が丸く広がって、ふちが少しずつ固まっていく。上に高級黒豚バラが三枚並べられた。脂が透けて縮んでいく。
「なんじゃこれは。なんじゃこれは!」
「まだ焼けてないぞ」
「音がうまい!」
「音は食えないぞ」
店主がヘラを二本差し込んで、一息にひっくり返した。
ジュワッ。
焼けた面が上に来た。こんがりと茶色くて、ところどころ豚の脂が染みて黒くなっている。そこへ刷毛でソースが塗られた。
——甘い匂いが立った。
ソースが鉄板に垂れて焦げる匂いが、それと混ざって鼻の奥まで来る。ヴィヴィが椅子の上で立ち上がった。
「おい、座れよヴィヴィ」
「無理じゃ!」
マヨネーズが細く掛かり、その上に店主が高級そうな何かの削りを振りかける。最後に鰹節をひとつまみ。
熱で鰹節が踊りだした。
「動いておる!」
「鰹節だ」
「食い物が動いておるぞ! 生きておるのか!?」
「生きてはいないな」
ヘラで切り分けられた一切れが皿に載せられた。
熱い。持ち上げるとふちが少したわむ。
口に入れると——外は薄く焦げていて、中はまだ生地の水分が残っていた。
キャベツが甘い。火が通って角が取れて、噛むと汁が出る。そこへ豚の脂とソースの塩気がまとめて押し寄せてきて、最後に鰹節の香りが鼻に抜けた。
「……うま」
ヴィヴィが両手で持って、そのまま噛みついた。
はふっ。はふはふ。
「あっつ! あっつい!」
「言っただろ」
「じゃが……じゃがのう……!」
目を白黒させながら、それでも口から出さない。飲み込んで、それから深く息を吐いた。
「——うっっっまいのじゃぁぁぁ!」
店主がニヤリと笑った気がした。
「ふわふわなのに、じゅわっとしておる! 甘いのに、しょっぱいのじゃ! どっちなのじゃ!」
「どっちもだ」
「なんじゃこの茶色いのは! これが全部を支配しておる!」
「ソースだ」
「ソース……! 覚えたぞ!」
もう一切れ。ヴィヴィがヘラを奪おうとして店主に止められている。
俺は出されている麦茶を飲んだ。
証書が鞄の中に入っている。全国で二十一人。国の防衛を担う。災害があれば断れない。飛行機はタダ。
そして北に魔剣が一本ある。北海堂の禰室ダンジョン。二週間後だ。
「下僕! おかわりじゃ!」
「おう、食え食え」
「うむ、Aランクとやらも悪くないのう!」
「そこは関係ない」
ヴィヴィはその後五人前をしっかり食べた。会計は締めて九万二千円。
——Aランクになって最初に使った金が、お好み焼き代の九万二千円だった。やはり高級店だったか……。
=========================
Aランクになりました!
カクヨム側の近況ノートにてヴィヴィのイラストを公開しています。
お暇な方はどうぞ。
https://kakuyomu.jp/users/huntman/news/11054822662317138438