魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
朝、テレビの前でヴィヴィが叫んでいた。
「下僕! これじゃ! 今日はこれを食べるのじゃ!」
画面には鉄板が映っていた。緑色の何かが山盛りになった上に、生地らしきものが見える。
「ねぎ焼きだな」
「ねぎやきとな!」
「
「おおさか」
ヴィヴィが画面を指さした。
「これはこの前のあれと同じか? 丸くて茶色いヤツじゃ」
「お好み焼きか。似てるけど別物だな」
「どう違う」
「さぁ。食ったことないから分からん」
俺も大佐華へは行ったことないからな。というか関西地方は京斗のあれ以降行ってない。ヴィヴィがぴたりと動きを止めた。……なにか考えているな。
「……食べ比べじゃ」
「は?」
「食べ比べたい! テレビで見たのじゃ! 同じものを二つ並べて、どちらがうまいか決めるやつ!」
「あれは番組の企画であって」
「行くぞ下僕!」
「おいまだ何も言ってない」
今日は予定がない。北海堂まではまだ一週間と少しある。
そうだ、飛行機も新幹線もタダだからな。ここはひとつ……。
「……よし、旅行行くか」
「旅行か!!」
◇
東卿駅の改札で、俺は探索者証をかざした。
ピッ、と鳴って何事もなく通れた。切符も買っていない。Aランクすごいな。タッチ機能ついてるのか。
「なんじゃ今の」
「Aランクは交通費がタダなんだよ」
「タダなのか」
「そうだ」
なお、魔剣ヴィヴィアンはインベントリの中に入れている。人の多い所で武器なんか持って歩けん。
ちなみに他の探索者の武器は、大きさの都合で客室に持ち込めないものも多く、専用の貨物室がある。
ホームに新幹線が入ってきた。ヴィヴィが実体化して新幹線を見て固まった。
「……なんじゃこれは」
「新幹線だ」
「……長いな。どこまで続いておるのじゃ」
「向こうの、ホームの端っこまでだ」
「……あれが動くのか」
「めっちゃ速く動くぞ」
「どれくらいじゃ」
「シフトより速い」
実際は時速300キロくらいだっけか。ヴィヴィをつれてグリーン席に乗り込む。席に着いても、ヴィヴィは窓に貼りついたままだった。
新幹線が発車した。ホームが後ろへ流れて、市街地が流れて、そのうち景色が横に伸びて溶け始めた。
「ほほぉ~、はやいはやい」
「おい立つなよ、危ないぞ」
「はやい! はやいぞ下僕! 山が逃げていく!」
前の席の人が振り返って笑っていた。すみません。
十分ほどして、ヴィヴィが振り返った。
「下僕。腹が減った」
「早いな」
「動くと腹が減る」
「座ってるだけだろ」
とはいえ、こういうときのために売店で買ってある。俺はインベントリから箱を出した。
「なんじゃそれは」
「駅弁だ。電車の中で食う飯」
「電車の中で食ってよいのか」
「ここはいいんだ」
蓋を開けた。——ごはんの上に、茶色く煮た牛肉が敷き詰められていた。
甘辛い匂いが立ち上がる。冷めているのに、匂いはなくなっていない。むしろ冷めているぶん、脂と醤油が固まって濃くなっている。
「肉じゃ!」
ヴィヴィは箸で一口つまんで食べた。味の染みた牛肉。汁が米に落ちていて、そこだけ色が変わっている。その部分がいちばんうまい。
「なぜ冷たいのにうまいのじゃ!」
「そういうもんらしい」
「あたたかいほうがうまいはずじゃろう!」
「そのはずなんだけどな」
ヴィヴィが弁当箱を抱えて、猛烈な勢いで食べ始めた。
窓の外を山と建物が流れていく。大佐華まであと二時間ちょっとだった。
◇
大佐華に着いた。
駅を出た瞬間、人の密度が違った。歩く速度も違う。誰も止まらない。
「にぎやかじゃな」
「にぎやかだな」
看板が多い。それも大きい。動くやつもある。
ヴィヴィが一つずつ指さしては「あれは何じゃ」と聞いてくるので、俺はしばらく看板の説明をする男になっていた。
目当ての店は駅から少し歩いたところにあった。
◇
ねぎ焼専門店『ねぎ処
駅の近くのビルの一階にその店はあった。結構な人が並んでいたが、回転が速いのか二十分もしないうちに順番が回ってきた。
カウンターに座ると、目の前に鉄板がある。ヴィヴィと二人で並んで座る。
「ねぎ焼き、二つ。すじねぎで」
「はいよ」
出てきたボウルを見て、ヴィヴィが眉を寄せた。
「緑しかないのじゃが」
「そうだな」
刻んだ青ねぎが山になっていて、生地はその隙間にわずかに見えるだけだ。あとは牛すじとこんにゃくが混ざっている。
鉄板に落とされた。
じゅわ、と音がして、ねぎがいっせいに沈む。
「広げておる!」
「まぁこの辺は普通のと同じだな」
けれどもお好み焼きのように厚くならない。ずっと薄い。
そして焼けるにつれて、匂いが変わった。——ねぎが焦げる匂いだった。
ソースではない甘い匂いがする。ねぎそのものが火で甘くなっていく匂いだ。そこに牛すじの脂が混じって、鉄板の上でじりじり煮詰まっていく。
ヴィヴィが立ち上がった。
「座れ」
「無理じゃ!」
返された。焼き色が濃い。ねぎの端が黒くなっている部分もある。そして仕上げに、店主が刷毛でさっと塗った。
「ソースじゃないのじゃな」
「醤油だ」
「なぜじゃ」
「ねぎに合うんだろ」
四つに切り分けられて、皿に載った。
◇
一切れを口に入れた。——薄い。お好み焼きのふくらみがない。生地がほとんどないから噛むとすぐにねぎに当たる。
しかしねぎが甘い。生のねぎの辛さがどこにも残っていない。焼かれて水分が抜けて、そこへ牛すじの脂が絡んで、醤油の塩気が味を締める。
軽い。……いくらでも入るぞ、これ。
「……うま」
ヴィヴィが一切れを丸ごと口に入れて、しばらく動かなくなった。
それから、両手を上げた。
「——うっっっまいのじゃぁぁぁ!」
店主がニッコリ笑った。ヴィヴィは見た目が少女だからなか。うまいと言われるのが嬉しいのかもしれない。
「ねぎしかないのに! ねぎしかないのにうまいのはなぜじゃ!」
「それはねぎがうまいからだ」
「ねぎとはこんなにうまいものだったのか!」
「俺もそう思う」
「わしは今まで、ねぎを薬味だと思っておった」
ヴィヴィが二切れ目に手を伸ばした。それからぴたりと止まった。
「……下僕」
「なんだ」
「食べ比べじゃ」
そうだった。今日の目的はそれだった。
「この前の茶色いやつと、どちらがうまいか決める」
「じゃあ決めろ」
ヴィヴィが腕を組んで真剣な顔をしている。かなり長いこと考えていた。
「……分からん」
「おい」
「どちらもうまいのじゃ! 比べるのが間違っておる!」
「それじゃ食べ比べの意味がない」
「両方食えばよいのじゃ!」
結論としては正しいな。
◇
店を出て、俺はゲートを置くため
大佐華のギルドは東卿のそれより横に広くて、正面がやたら派手だった。外壁の目立たないところを選んで、両手をつく。
空間が薄くなる感覚があって、そこに青白い渦が生まれた。一応見えないようにカモフラージュしておく。
「これで帰りは一瞬じゃな」
「そうだな」
行きは足で帰りはゲート。これができるようになってから、遠出のハードルがだいぶ下がった。
受付に一応、ゲートの設置を言おうと思って中に入った。——入った瞬間、ギルドの中が静かになった。
「……短剣ニキ?」
「うそ、なんでおるん」
「本物?」
「本物やん」
しまった、と思ったがもう遅い。大土島の件が全国に流れてからこういった感じのざわつきが増えた。しかも今日はAランクの認定が公表された直後だ。
受付のお姉さんが完全に固まっている。俺は手続きの紙を出しながら、なるべく普通の顔をしようとした。
「あの……すみません……」
そこへ、後ろから声がかかった。
「おおおおお!」
振り返ると、でかい声で叫びながらこっちを指さしている男が立っていた。
派手なシャツにサングラス。二十代後半くらい。腰に細身の剣を提げている。
「おお、お前、お前は最近話題の短剣ニキやんけ!」
「え、あ、はい」
「うわホンモンや! うわーうわー!」
いきなり寄ってきた。距離が近い。
「くぅー、俺を差し置いてアニキなんて名前付いてめっちゃうらやましいわ! なんやねんそれ! ずるいわ!」
「いや、俺が付けたわけじゃ」
「俺は梅多ギルド所属のAランク、
自分で様を付けた。
「巷では閃光の諸星! って言われとる!」
「はあ」
「……誰も呼ばへんけどな」
自分で上げて落としている。自称のようだ。
「ああいうのは客が付けてナンボやねん。自分でつけるのとそら値打ちが違うわ」
その通りだった。まぁ俺もそこまで気に入っているわけではないが、短剣ニキ。
「で、なんで今日は大佐華に来たんや!」
ヴィヴィが割り込んだ。
「食べ比べじゃ!」
「食べ比べ!?」
「ねぎやきと、この前の茶色いやつを比べに来た!」
「ええやん! めっちゃええやん! なんやそれ、おれもやりたいわ!」
諸星が足をダンダンと踏み鳴らしている。ウマが合ってしまった。
「ほーかほーか、やったらうまい店教えたるで! 粉もんやったら他にも——」
そこから五分ほど、店の名前が続いた。俺は一つも覚えられなかった。ヴィヴィはウンウンと全部覚えている顔をしていた。
◇
「なあなあ、にいさん気になるやろ」
諸星さんが急に声を落とした。
「なにがですか」
「これや、これ」
腰の剣に手をかけた。
「見たいやろ。閃光の諸星の魔剣やで。ちょびっとだけやで。ちょびっとやからな」
抜いた。——白い光が走った。
刀身が発光している。蛍光灯ともLEDとも違う。目の奥に残るようなもっと硬い光だ。
「うわ」
「なんじゃそれは!」
「ホラおわりやー」
すぐ鞘に戻した。三秒もなかった。
「こら諸星! こんなとこで抜くな! まぶしいやろが!」
ざわざわと周りから声が飛んだ。
「すまんすまん、あんまり長い時間抜くとな、まぶしいからな」
本当にまぶしくて目が開けられなかった。光属性。そんな魔剣もあるのか。
「ホンマは店連れて行ってやりたいところやけど、今日は用事あるんや」
「はぁ」
「せや。ちょっと呼ばれとってな」
それ以上は言わなかった。
「かに極楽には行かんへんの!」
ヴィヴィが顔を上げた。
「かにじゃと」
「あー、今日は串カツ行こうと思ってて」
「せやか! 串カツもうまいからな! やったら今度またかに食いにいこか!」
ああ。最近よく誘われるなと俺は思った。
「ほなまたな!」
諸星さんは片手を上げて、そのままギルドの奥へと去っていった。ギルドの中がしんとした。
「……台風みたいな人だったな」
「下僕」
「なんだ」
「かにとはなんじゃ」
「……あとで説明する」
◇
夕方、串カツ屋に入った。 『串カツ
カウンターに座ると目の前に銀色の容器が置かれた。中に茶色い液体が入っている。
「これは何じゃ」
「ソースだ。ここに串を浸けて食う」
「みなで同じものに浸けるのか」
「だから二度漬け禁止な」
「にどづけきんし」
壁にでかい文字で貼ってあった。
揚がった串が出てきた。牛、えび、うずら、玉ねぎ、れんこん。衣が薄くて、細かい。
牛串をソースにくぐらせて、口に入れた。——さくっ、と軽い音がした。
衣が薄いから、噛んだ瞬間に肉に当たる。ソースがさらっとしていて全然重くない。
「うまいな」
「うまいのじゃ!」
ヴィヴィがえびの串を一口かじって、そのまま——
「おい」
「なんじゃ」
「今、漬けようとしたな」
「漬けておらん」
「漬けようとした」
「漬けようとしただけじゃ! 罪ではない!」
店主が笑っていた。
「キャベツ使いや。あれはソースすくってつけてええから」
本当はそれもだめな店があるそうだが、ヴィヴィが可愛くて特別に許してくれたらしい。すみません。
置いてあった生のキャベツを、ヴィヴィが器用にすくって使い始めた。ソースの補給ができると分かってからは大人しくなった。
うずら、紅生姜、餅、最後にもう一度牛。
軽いから止められない止まらない。気づいたら串が山になっていた。
◇
ゲートをくぐって家に帰ると、二十二時前だった。
日帰りで大佐華まで行って帰ってきた実感がまるでない。ゲートを出た先が自分の部屋というのは慣れるのに時間がかかる。
ヴィヴィが床に転がっている。
「動けん」
「食い過ぎだ」
「幸せじゃ……」
スマホを見ると通知が溜まっていた。……ねぎ焼きのショート動画の再生数が伸びているようだ。
>ねぎ焼!
>短剣ニキ大佐華きてたんか
>なぜ俺らを呼ばんのや
>ヴィヴィたんかわゆす
>初ヴィヴィ様、拝見しました@大佐華ギルド勢
>うらやま
コメントが相変わらずざわざわしている。
通知の中に一件だけ神崎先生からのメッセージがあった。
『蓮くん。調査の件で少し話をしたいのだが、今度の金曜日にうちに来られないだろうか』
『静江が張り切っている。腹を空かせてくるように、とのことだ』
床のヴィヴィが跳ね起きた。
「今、飯と言うたか」
「言ってない」
「言うたのじゃ! わしには分かる!」
なぜ分かるんだこいつは。
「金曜日、神崎先生の家に行く。飯が出る」
「静江のところか! 行くぞ!」
「今から行っても誰もいない」
「あと何回寝れば金曜日になるのじゃ!」
「小学生か」
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◇ 諸星武尊(もろほし たける)
年齢:28歳
身長:176cm
所属:探索者協会 梅多ギルド
ランク:Aランク
二つ名:閃光の諸星(※自称。誰も呼ばない)
外見:派手なシャツにサングラス。声がでかい
性格:お調子者。喋りだすと止まらない。人を驚かせるのが好き
魔剣:クラウ・ソラス(光属性)
ケルトに伝わる「光の剣」。抜くと刀身が発光する
技:【フラッシュ】刀身から閃光を放ち、相手の視界を焼く
配信:Dチューブで配信中。関西弁で視聴者を沸かせるのが好き
夢:「いつか俺の二つ名を、客のほうから付けてもらう」
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書いてて串カツ食べたくなってきました!