魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった   作:竜刃丸

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第51飯 「そちらの方のお連れですの?」

 

「今日は飛行機に乗るか」

 

寝起きのヴィヴィにそう伝える。

 

「ひこうきとはなんじゃ」

「空を飛ぶ乗り物だ」

 

「わしらは飛べるじゃろ」

「そうだがな、ずっとは飛べない。遠くに行くためには必要なんだ」

「意味が分からんぞ、下僕よ。どこに行くつもりじゃ」

 

沖那和(おきなわ)だ。シフトで行くにはさすがに遠すぎる。それに俺も飛行機には乗ったことないんだよ」

「なんじゃ、お主も初めてか」

 

「ああ」

「ふうん」

 

ヴィヴィが少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

 

 ◇

 

 

昨日作ったゲートに入り梅多に着く。朝の大佐華(おおさか)は通勤や通学の人たちで昨日より賑やかだ。

 

「なんじゃ、またここなのか」

「いや、ただの空港までの通り道だ」

 

伊田見(いたみ)空港へ移動した。ヴィヴィを連れてカウンターに並んで、探索者証を出した。なんと無料である。Aランク探索者証が黄金に輝いて見える。

 

「探索者の狭間蓮です。あと、この子の席も頼みます」

「Aランクの探索者様ですね。かしこまりました」

 

ヴィヴィに搭乗券が手渡された。「ふふん」と笑い胸を張って、それを大事そうに持ち歩き始めた。

 

手荷物検査を受け機内に乗り込む。ちなみに俺は手ぶらだ。魔剣ヴィヴィアンを含めすべてインベントリに入れてある。

 

機内の座席はビジネスクラスを取ったため思ったより広かった。ヴィヴィが新幹線と同じように窓側に陣取って外を見ている。

 

機体が動き出した。ゆっくり進んで、滑走路の端で一度止まる。さぁくるぞ。——エンジンに火がつき音が変わった。

 

背中が座席に押しつけられる。窓の外の景色が横に流れて、加速して地面が斜めになり——浮いた。

 

「ぬおっ」

「おお」

 

俺も少し声が出た。乗り物にのって飛ぶ感覚。自分で飛ぶのとは違い、体全体がグイッと押し上げられている。

 

「下僕、下僕! 雲の中に入っておる!」

 

雲を抜けた。上は晴れていた。白い層が地平線まで続いていて、その上に何もない青がある。

 

ヴィヴィが黙った。しばらく何も言わずに外を見ていた。

 

「……下僕」

「なんだ」

「わしは五百年、剣の中におった」

「……」

「その間、外はこうなっておったのか」

「たぶん、途中からだな」

 

ヴィヴィがまた黙った。俺は何も言わずに飲み物を頼んだ。

 

 

 ◇

 

 

那葉(なは)に着いた。

 

外に出た瞬間の空気が違った。熱い、そして湿っている。日差しが真上から刺さってくる感覚が本州とは違う。看板の文字が違う。木も違う。少し同じ国とは思えない。

 

「あつい!」

「暑いな」

「東卿より暑いぞ!」

「南だからな」

 

昼をだいぶ過ぎていたので、まず飯にした。市内に出て、すぐ目についた沖那和そばの店に入った。

 

「ソーキそばと、三枚肉そば」

「はいさい」

 

出てきた丼を見て、ヴィヴィが首をかしげた。麺が太くて、白くて、うどんに近い。汁は透き通っている。

 

「そばと言うたが?」

「そうだな」

 

「これはそばではない! うどんじゃ!」

「そういう名前なんだよ」

「なぜじゃ」

「知らん」

 

まず汁を飲んだ。——澄んでいるのに、濃い。

 

豚と鰹だ。二つが喧嘩していない。塩気は控えめで、後から旨味だけが残る。麺はもちもちしている。噛みごたえがあるのに汁をよく吸っている。

 

骨付きの豚あばらを甘辛く煮たソーキが乗っていた。箸で押すと、肉が骨から離れた。

 

口に入れる。——肉が柔らかくほぐれた。

 

「うっっっまいのじゃぁぁぁ!」

 

隣でヴィヴィが叫んだ。三枚肉のほうを食べている。

 

「こっちは平べったいぞ!」

「三枚肉だ」

 

「脂がとけておる! 汁に溶けて、汁がもっとうまくなっておる!」

「それが狙いだろうな」

 

「下僕、交換じゃ!」

「いいぞ」

 

丼を交換した。ソーキは骨から食う楽しさがあって、三枚肉は脂が汁に溶ける。どちらも正解だった。

 

「両方頼むのが正しいのじゃな」

「そうだな」

 

昨日、食べ比べの結論として「両方食えばよい」と言った魔剣様。二日目にして完全に定着していた。

 

 

 ◇

 

 

「今日は泊まるか」

 

ゲートで帰れば一瞬だがそれだと味気ない。せっかく沖那和まで来たのに、日が沈む前に東卿の自分の部屋にいるのは、なんというかもったいない気がした。

 

「泊まる? どこにじゃ?」

「宿に泊まる。そうだな……海の近くのやつがいいな」

「海か!」

 

ヴィヴィがピョンピョンと飛び跳ねる。海を見たことがないわけではないはずだが、たぶん記憶が五百年前だ。

 

スマホで調べて、いちばん海に近そうなホテルを取った。

 

探索者証を出したら、フロントの人が姿勢を正した。

 

「Aランクの方ですね。割引が適用されます」

「どのくらいですか」

「半額です」

 

せっかくなのでスイートにした。二人で合わせて一泊七万円。半額だということは、元は十四万円だったということになる。

 

——鬼頭さんが三十四万払ったのを見た後だと、感覚が壊れるな。次は天ぷらを奢ってもらおう。

 

「よろこべヴィヴィ。夕飯が付いてる。食べ放題、バイキングらしいぞ」

 

「……たべ、ほうだい……だと?」

「食べ放題だ」

 

ヴィヴィが震えている。いや愕然としている。

 

「げ、下僕よ。それは……いくら食ってもよいということか?」

「そうだぞ」

 

「金を払わずに?」

「もう払ってるぞ」

 

ヴィヴィは両手で顔をふさぎ、天を仰いでいる。

 

「この国は狂っておる。狂気じゃ。恐るべしバイキング」

 

コテージ部屋に荷物を置いて、俺は窓際の壁に両手をついてゲートを張る。ふふふ、これで帰りは一瞬だ。

 

こんな機会はめったにないだろう。そうだ、今度神崎先生たちも一緒に来てみようか。

 

ちなみに八皇子ギルドのゲートはすでに解除してある。自宅からそんなに離れていないし、今は家と梅多とここだ。

 

ヴィヴィのベッドはせっかくだから眺めのいい窓際がいいだろう。そう声をかけようと思って振り返ると、ヴィヴィがいなかった。

 

「……おい」

 

窓の外を見た。砂浜を全速力で走っていた。

 

「おいーーーーーヴィヴィーー!」

 

シュダっと、追いかけて外に出た。

 

宿の敷地から続く浜で、白い砂が奥まで伸びている。人はほとんどいない。プライベートビーチだから宿泊客だけが入れる。

 

「波が来おったぞ!」

 

ヴィヴィは波打ち際で、寄せてくる波と戦っていた。

 

「また来た!」

 

……しばらく好きにさせておこう。そのうちヴィヴィが浜の奥のほうへ走っていった。岩場を回り込んだ先だ。

 

「そっちは行くなよ」

「なぜじゃ」

「たぶん区画が違う気がする」

 

言い終わる前に、ヴィヴィは岩を越えていた。せわしないやつだな。そう思いながら追いかけて回り込んだ先に、先客が二人いた。

 

 

 ◇

 

 

まずでかい男が目に入った。

 

俺より頭一つどころではない。二メートル近い。黒いスーツを着て、真夏の浜辺で汗ひとつかいていない。人が四、五人入りそうな大きなパラソルの下でじっと立っている。

 

その傘の下に、女性がビーチチェアで寝転んでいた。

 

金髪。縦に巻いた髪が、両側で螺旋を描いている。背が高い。パレオがついた青いドレスのような水着。そこにいるだけで豪奢な雰囲気を感じさせる。

 

そして——鍛えている。それが一目でわかるくらいドレスの袖から出ている二の腕が、明らかに鍛えられていた。上品な服の中にそこだけ違和感が激しい。

 

ヴィヴィがその足元まで走り込んで、急停止した。

 

「おお、なんじゃお主ら」

 

女性が手にもつ扇子でサングラスを上げてヴィヴィを見る。

 

「あら。かわいらしい」

 

そして俺を見た。

 

「そちらの方のお連れですの?」

「あ、すみません。うちのが勝手に」

 

「かまいませんわ。ここは静かすぎて退屈しておりましたの」

 

女性の声は大きい。はっきりと上品で、よく通る。

 

「わたくし、貴方院亜里沙(きほういんありさ)と申します」

 

後ろのでかい男が、静かに頭を下げた。

 

「東堂です」

「東堂はわたくしの付き人ですの。気になさらないで」

 

気にするなと言われても、二メートルの男が無言で立っていたら気になる。

 

「どうも、俺は狭間蓮です。こいつはヴィヴィ」

「ええ、どうぞよろしく」

 

「お二人は、旅行ですか」

「バカンスですわ」

 

貴方院さんが扇子を閉じた。

 

「本当はね、こんなところにいる予定ではありませんでしたのよ」

 

聞いていないのに始まった。

 

「大土島。ご存じ? 解放型ダンジョンが出たでしょう」

「……はい」

 

「わたくし、あのとき欧州におりましたの。報せを聞いて、すぐに切り上げて帰国いたしましたわ。ええ、飛んで帰りましたとも」

「はあ」

「そうしたら」

 

扇子で自分の肩を叩いた。

 

「終わっておりましたの」

「……」

 

「どこかの空間魔法使いが、全部片付けてしまったそうですわ。島民の避難まで済ませて。わたくしが着いたときには、後始末しか残っておりませんでした」

「それは……お疲れさまです」

 

「疲れましたわ!」

 

大きい声だった。

 

「三日ですのよ。三日かけて帰ってきて、やることがなかった。だからもう、いいですわと。バカンスにいたしましたの」

 

溜息が深い。相当疲れた様子だ。

 

「その空間魔法使いとやらも、まあ、それなりの腕なのでしょうけれど。顔も知りませんし」

 

ここにいる。しかし俺は黙っていた。隣でヴィヴィが俺を見上げている。何か言いたそうだったので目で何も言うなと止めた。

 

そのとき、東堂さんが屈んで貴方院さんの耳元で何かを言った。

 

「……あら」

 

貴方院さんの視線が俺に向く。

 

「では、あなたが」

「……はい」

「まあ」

 

扇子を開いた。不思議なタイミングと空気感を持つ人だ。

 

「なるほど。それは失礼いたしましたわ」

 

全然謝っているように感じなかった。悪びれてもいなかった。ただ、事実を確認した人の顔をしていた。

 

「東堂。なぜ早く言いませんの」

「申し上げるタイミングを計っておりました」

「計りすぎですわ」

 

初めて東堂さんが少し困った顔をした。

 

「改めて、わたくしはSランク探索者、貴方院亜里沙といいます。どうぞよしなに。そしてこっちはAランクの東堂ですわ」

 

SランクとAランク……。嘘だろ、なんでこんなところに。……バカンスって言ってたな。

 

「そうそう。Aランクになられたそうですわね。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「大変ですわよ。あそこから上は」

 

貴方院さんが海のほうを向いた。深い……深い溜息をつく。

 

「わたくし、一週間後には米国ですの」

「……」

「向こうで一カ月。戻るのは来月ですわ」

 

ずいぶん先だな。

 

「Sランクは国籍フリーですから国境がありませんの。便利でしょう? もちろん、協会にとって。どこで何が起きても呼ばれますわ」

 

大土島のとき、Sランク五人が全員国外にいた。あれは偶然ではなく、常態だったということか。

 

「一つの場所に落ち着く暇もない。因果な職業ですわ」

 

やはり不満がありそうだ。Sランクは国の特級戦力。なんともコメントし難い話だ。

 

「Sランクはほとんど休みなしですのよ。おーっほっほ」

 

高笑いが浜に響いた。これは自虐なのか。ヴィヴィが首をかしげた。

 

「でもバカンス中じゃろ?」

 

笑い声が止まる。

 

「……バカンスも仕事のうちですわ」

「そんなわけあるか」

「ありますの!」

 

東堂さんが、わずかに口の端を上げた気がした。

 

「ではごきげんよう。今日は日が高くて敵いませんわ」

 

貴方院さんが踵を返した。東堂さんが携帯の日傘をさし貴方院さんに追従している。とてもよく訓練されている。

 

二人は岩場の向こうへ消えた。浜が静かになり波の音だけが戻ってくる。なんだろうこの釈然としない感じは。

 

「騒がしかったな」

「うむ」

 

ヴィヴィが砂を蹴った。

 

「あの女、強いのか」

「たぶん」

 

「どのくらいじゃ」

「分からん」

 

分からなかった。しかし鍛えられている。

 

 

 

 

夕方、ホテルの食堂に降りた。長いテーブルが部屋の端から端まで続いていた。その上、全部が料理だった。

 

肉が並んでいる。魚が並んでいる。揚げ物の山があって、その奥に湯気の立つ鍋がいくつも据えてある。

 

中華の麺がある。刺身の氷の台がある。沖那和の郷土料理の一角があって、名前の分からないものが十種類くらい光っている。

 

そして奥の壁一面が、デザートだった。ヴィヴィが一歩も動かなくなった。

 

「これは、罠か」

「罠じゃないな」

 

「全部食ってよいのか」

「いいぞ」

 

「何度でも取ってよいのか」

「何度でも取っていいぞ」

 

「本当か」

「本当だ」

 

ヴィヴィが若干涙ぐんでいる。おもむろに皿を取り——そこからは早かった。

 

 

 ◇

 

 

一枚目の皿が、山になって戻ってきた。肉と揚げ物と刺身と煮物が同じ皿の上で混ざっている。取り合わせが完全に崩壊していた。

 

「順番とか考えないのか」

「考えておる」

 

「どこがだ」

「うまいものから取った」

「……」

 

食べる。二枚目に行く。今度は違うものを取ってくる。三枚目。四枚目。

 

そのうち、ヴィヴィは同じものを二度取らなくなった。全種類を一周する気だ。

 

俺も食べた。豚の角煮が異様にうまくて、それだけ三回取りに行った。ヴィヴィに気づかれて笑われた。

 

「同じものばかり取っておるぞ」

「うるさい」

「一周せんか」

「胃が有限なんだよ」

 

デザートの壁の前で、ヴィヴィは十分ほど動かなかった。

 

「決められん」

「全部取ってもいいぞ」

「よいのか」

「食べ放題だ」

 

デザートは七皿目にしてようやく手が止まった。

 

 

 

 

部屋に戻ると、ヴィヴィはベッドの上で大の字になった。

 

「動けん」

「食い過ぎだ」

「幸せじゃ……ここは天国じゃ」

 

窓の外で波の音がしている。ここは沖那和で、俺は今日、飛行機に乗って、Sランクに会って、食べ放題を食った。長い一日だった。

 

「下僕、次はどこへ行くのじゃ」

「金曜日までは予定がないから少しダンジョンに回る。金曜は神崎先生の家だ」

 

「そうか……」

 

ヴィヴィが目を閉じた。

 

「……ならよし」

 

三秒で寝息が聞こえた。

 

夕方に見た貴方院さんたちを思い出す。Sランクか……。何とも雰囲気のある人たちだった。他のSランクはどんな人たちなんだろうか。古館さんに今度聞いてみよう。

 

——あ、土産買っていかないとな。

 

 

----------------------

◇ 貴方院亜里沙(きほういん ありさ)

年齢:26歳

身長:175cm

所属:探索者協会 関東ギルド本部

ランク:Sランク

出自:貴方院財閥の令嬢

外見:金髪の縦ロール。青と金のドレスのような水着。日傘の下でも姿勢を崩さない

   二の腕だけが、明らかに鍛えられている

性格:堂々としている。声が大きい。人の話を聞く前に自分の話を始める

   思い込みが激しく、たまに大きく間違える

魔剣:雷属性

親族:フルーツバスケットの桃瀬聖は従妹

口癖:「おーっほっほ」

 

◇ 東堂修二(とうどう しゅうじ)

年齢:34歳

身長:195cm

所属:探索者協会 関東ギルド本部

ランク:Aランク(上位)

役職:貴方院亜里沙の付き人

外見:黒の三つ揃いに白手袋。長身痩躯。真夏の浜辺でも汗をかかない

性格:無口。必要なことしか言わない

   日傘の位置を寸分違わず追従させる技術を持つ

魔剣:水属性

特技:主の間違いを、頃合いを見て耳打ちすること

   ※頃合いを計りすぎることがある

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