魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
「今日は飛行機に乗るか」
寝起きのヴィヴィにそう伝える。
「ひこうきとはなんじゃ」
「空を飛ぶ乗り物だ」
「わしらは飛べるじゃろ」
「そうだがな、ずっとは飛べない。遠くに行くためには必要なんだ」
「意味が分からんぞ、下僕よ。どこに行くつもりじゃ」
「
「なんじゃ、お主も初めてか」
「ああ」
「ふうん」
ヴィヴィが少しだけ嬉しそうな顔をした。
◇
昨日作ったゲートに入り梅多に着く。朝の
「なんじゃ、またここなのか」
「いや、ただの空港までの通り道だ」
「探索者の狭間蓮です。あと、この子の席も頼みます」
「Aランクの探索者様ですね。かしこまりました」
ヴィヴィに搭乗券が手渡された。「ふふん」と笑い胸を張って、それを大事そうに持ち歩き始めた。
手荷物検査を受け機内に乗り込む。ちなみに俺は手ぶらだ。魔剣ヴィヴィアンを含めすべてインベントリに入れてある。
機内の座席はビジネスクラスを取ったため思ったより広かった。ヴィヴィが新幹線と同じように窓側に陣取って外を見ている。
機体が動き出した。ゆっくり進んで、滑走路の端で一度止まる。さぁくるぞ。——エンジンに火がつき音が変わった。
背中が座席に押しつけられる。窓の外の景色が横に流れて、加速して地面が斜めになり——浮いた。
「ぬおっ」
「おお」
俺も少し声が出た。乗り物にのって飛ぶ感覚。自分で飛ぶのとは違い、体全体がグイッと押し上げられている。
「下僕、下僕! 雲の中に入っておる!」
雲を抜けた。上は晴れていた。白い層が地平線まで続いていて、その上に何もない青がある。
ヴィヴィが黙った。しばらく何も言わずに外を見ていた。
「……下僕」
「なんだ」
「わしは五百年、剣の中におった」
「……」
「その間、外はこうなっておったのか」
「たぶん、途中からだな」
ヴィヴィがまた黙った。俺は何も言わずに飲み物を頼んだ。
◇
外に出た瞬間の空気が違った。熱い、そして湿っている。日差しが真上から刺さってくる感覚が本州とは違う。看板の文字が違う。木も違う。少し同じ国とは思えない。
「あつい!」
「暑いな」
「東卿より暑いぞ!」
「南だからな」
昼をだいぶ過ぎていたので、まず飯にした。市内に出て、すぐ目についた沖那和そばの店に入った。
「ソーキそばと、三枚肉そば」
「はいさい」
出てきた丼を見て、ヴィヴィが首をかしげた。麺が太くて、白くて、うどんに近い。汁は透き通っている。
「そばと言うたが?」
「そうだな」
「これはそばではない! うどんじゃ!」
「そういう名前なんだよ」
「なぜじゃ」
「知らん」
まず汁を飲んだ。——澄んでいるのに、濃い。
豚と鰹だ。二つが喧嘩していない。塩気は控えめで、後から旨味だけが残る。麺はもちもちしている。噛みごたえがあるのに汁をよく吸っている。
骨付きの豚あばらを甘辛く煮たソーキが乗っていた。箸で押すと、肉が骨から離れた。
口に入れる。——肉が柔らかくほぐれた。
「うっっっまいのじゃぁぁぁ!」
隣でヴィヴィが叫んだ。三枚肉のほうを食べている。
「こっちは平べったいぞ!」
「三枚肉だ」
「脂がとけておる! 汁に溶けて、汁がもっとうまくなっておる!」
「それが狙いだろうな」
「下僕、交換じゃ!」
「いいぞ」
丼を交換した。ソーキは骨から食う楽しさがあって、三枚肉は脂が汁に溶ける。どちらも正解だった。
「両方頼むのが正しいのじゃな」
「そうだな」
昨日、食べ比べの結論として「両方食えばよい」と言った魔剣様。二日目にして完全に定着していた。
◇
「今日は泊まるか」
ゲートで帰れば一瞬だがそれだと味気ない。せっかく沖那和まで来たのに、日が沈む前に東卿の自分の部屋にいるのは、なんというかもったいない気がした。
「泊まる? どこにじゃ?」
「宿に泊まる。そうだな……海の近くのやつがいいな」
「海か!」
ヴィヴィがピョンピョンと飛び跳ねる。海を見たことがないわけではないはずだが、たぶん記憶が五百年前だ。
スマホで調べて、いちばん海に近そうなホテルを取った。
探索者証を出したら、フロントの人が姿勢を正した。
「Aランクの方ですね。割引が適用されます」
「どのくらいですか」
「半額です」
せっかくなのでスイートにした。二人で合わせて一泊七万円。半額だということは、元は十四万円だったということになる。
——鬼頭さんが三十四万払ったのを見た後だと、感覚が壊れるな。次は天ぷらを奢ってもらおう。
「よろこべヴィヴィ。夕飯が付いてる。食べ放題、バイキングらしいぞ」
「……たべ、ほうだい……だと?」
「食べ放題だ」
ヴィヴィが震えている。いや愕然としている。
「げ、下僕よ。それは……いくら食ってもよいということか?」
「そうだぞ」
「金を払わずに?」
「もう払ってるぞ」
ヴィヴィは両手で顔をふさぎ、天を仰いでいる。
「この国は狂っておる。狂気じゃ。恐るべしバイキング」
コテージ部屋に荷物を置いて、俺は窓際の壁に両手をついてゲートを張る。ふふふ、これで帰りは一瞬だ。
こんな機会はめったにないだろう。そうだ、今度神崎先生たちも一緒に来てみようか。
ちなみに八皇子ギルドのゲートはすでに解除してある。自宅からそんなに離れていないし、今は家と梅多とここだ。
ヴィヴィのベッドはせっかくだから眺めのいい窓際がいいだろう。そう声をかけようと思って振り返ると、ヴィヴィがいなかった。
「……おい」
窓の外を見た。砂浜を全速力で走っていた。
「おいーーーーーヴィヴィーー!」
シュダっと、追いかけて外に出た。
宿の敷地から続く浜で、白い砂が奥まで伸びている。人はほとんどいない。プライベートビーチだから宿泊客だけが入れる。
「波が来おったぞ!」
ヴィヴィは波打ち際で、寄せてくる波と戦っていた。
「また来た!」
……しばらく好きにさせておこう。そのうちヴィヴィが浜の奥のほうへ走っていった。岩場を回り込んだ先だ。
「そっちは行くなよ」
「なぜじゃ」
「たぶん区画が違う気がする」
言い終わる前に、ヴィヴィは岩を越えていた。せわしないやつだな。そう思いながら追いかけて回り込んだ先に、先客が二人いた。
◇
まずでかい男が目に入った。
俺より頭一つどころではない。二メートル近い。黒いスーツを着て、真夏の浜辺で汗ひとつかいていない。人が四、五人入りそうな大きなパラソルの下でじっと立っている。
その傘の下に、女性がビーチチェアで寝転んでいた。
金髪。縦に巻いた髪が、両側で螺旋を描いている。背が高い。パレオがついた青いドレスのような水着。そこにいるだけで豪奢な雰囲気を感じさせる。
そして——鍛えている。それが一目でわかるくらいドレスの袖から出ている二の腕が、明らかに鍛えられていた。上品な服の中にそこだけ違和感が激しい。
ヴィヴィがその足元まで走り込んで、急停止した。
「おお、なんじゃお主ら」
女性が手にもつ扇子でサングラスを上げてヴィヴィを見る。
「あら。かわいらしい」
そして俺を見た。
「そちらの方のお連れですの?」
「あ、すみません。うちのが勝手に」
「かまいませんわ。ここは静かすぎて退屈しておりましたの」
女性の声は大きい。はっきりと上品で、よく通る。
「わたくし、
後ろのでかい男が、静かに頭を下げた。
「東堂です」
「東堂はわたくしの付き人ですの。気になさらないで」
気にするなと言われても、二メートルの男が無言で立っていたら気になる。
「どうも、俺は狭間蓮です。こいつはヴィヴィ」
「ええ、どうぞよろしく」
「お二人は、旅行ですか」
「バカンスですわ」
貴方院さんが扇子を閉じた。
「本当はね、こんなところにいる予定ではありませんでしたのよ」
聞いていないのに始まった。
「大土島。ご存じ? 解放型ダンジョンが出たでしょう」
「……はい」
「わたくし、あのとき欧州におりましたの。報せを聞いて、すぐに切り上げて帰国いたしましたわ。ええ、飛んで帰りましたとも」
「はあ」
「そうしたら」
扇子で自分の肩を叩いた。
「終わっておりましたの」
「……」
「どこかの空間魔法使いが、全部片付けてしまったそうですわ。島民の避難まで済ませて。わたくしが着いたときには、後始末しか残っておりませんでした」
「それは……お疲れさまです」
「疲れましたわ!」
大きい声だった。
「三日ですのよ。三日かけて帰ってきて、やることがなかった。だからもう、いいですわと。バカンスにいたしましたの」
溜息が深い。相当疲れた様子だ。
「その空間魔法使いとやらも、まあ、それなりの腕なのでしょうけれど。顔も知りませんし」
ここにいる。しかし俺は黙っていた。隣でヴィヴィが俺を見上げている。何か言いたそうだったので目で何も言うなと止めた。
そのとき、東堂さんが屈んで貴方院さんの耳元で何かを言った。
「……あら」
貴方院さんの視線が俺に向く。
「では、あなたが」
「……はい」
「まあ」
扇子を開いた。不思議なタイミングと空気感を持つ人だ。
「なるほど。それは失礼いたしましたわ」
全然謝っているように感じなかった。悪びれてもいなかった。ただ、事実を確認した人の顔をしていた。
「東堂。なぜ早く言いませんの」
「申し上げるタイミングを計っておりました」
「計りすぎですわ」
初めて東堂さんが少し困った顔をした。
「改めて、わたくしはSランク探索者、貴方院亜里沙といいます。どうぞよしなに。そしてこっちはAランクの東堂ですわ」
SランクとAランク……。嘘だろ、なんでこんなところに。……バカンスって言ってたな。
「そうそう。Aランクになられたそうですわね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「大変ですわよ。あそこから上は」
貴方院さんが海のほうを向いた。深い……深い溜息をつく。
「わたくし、一週間後には米国ですの」
「……」
「向こうで一カ月。戻るのは来月ですわ」
ずいぶん先だな。
「Sランクは国籍フリーですから国境がありませんの。便利でしょう? もちろん、協会にとって。どこで何が起きても呼ばれますわ」
大土島のとき、Sランク五人が全員国外にいた。あれは偶然ではなく、常態だったということか。
「一つの場所に落ち着く暇もない。因果な職業ですわ」
やはり不満がありそうだ。Sランクは国の特級戦力。なんともコメントし難い話だ。
「Sランクはほとんど休みなしですのよ。おーっほっほ」
高笑いが浜に響いた。これは自虐なのか。ヴィヴィが首をかしげた。
「でもバカンス中じゃろ?」
笑い声が止まる。
「……バカンスも仕事のうちですわ」
「そんなわけあるか」
「ありますの!」
東堂さんが、わずかに口の端を上げた気がした。
「ではごきげんよう。今日は日が高くて敵いませんわ」
貴方院さんが踵を返した。東堂さんが携帯の日傘をさし貴方院さんに追従している。とてもよく訓練されている。
二人は岩場の向こうへ消えた。浜が静かになり波の音だけが戻ってくる。なんだろうこの釈然としない感じは。
「騒がしかったな」
「うむ」
ヴィヴィが砂を蹴った。
「あの女、強いのか」
「たぶん」
「どのくらいじゃ」
「分からん」
分からなかった。しかし鍛えられている。
◇
夕方、ホテルの食堂に降りた。長いテーブルが部屋の端から端まで続いていた。その上、全部が料理だった。
肉が並んでいる。魚が並んでいる。揚げ物の山があって、その奥に湯気の立つ鍋がいくつも据えてある。
中華の麺がある。刺身の氷の台がある。沖那和の郷土料理の一角があって、名前の分からないものが十種類くらい光っている。
そして奥の壁一面が、デザートだった。ヴィヴィが一歩も動かなくなった。
「これは、罠か」
「罠じゃないな」
「全部食ってよいのか」
「いいぞ」
「何度でも取ってよいのか」
「何度でも取っていいぞ」
「本当か」
「本当だ」
ヴィヴィが若干涙ぐんでいる。おもむろに皿を取り——そこからは早かった。
◇
一枚目の皿が、山になって戻ってきた。肉と揚げ物と刺身と煮物が同じ皿の上で混ざっている。取り合わせが完全に崩壊していた。
「順番とか考えないのか」
「考えておる」
「どこがだ」
「うまいものから取った」
「……」
食べる。二枚目に行く。今度は違うものを取ってくる。三枚目。四枚目。
そのうち、ヴィヴィは同じものを二度取らなくなった。全種類を一周する気だ。
俺も食べた。豚の角煮が異様にうまくて、それだけ三回取りに行った。ヴィヴィに気づかれて笑われた。
「同じものばかり取っておるぞ」
「うるさい」
「一周せんか」
「胃が有限なんだよ」
デザートの壁の前で、ヴィヴィは十分ほど動かなかった。
「決められん」
「全部取ってもいいぞ」
「よいのか」
「食べ放題だ」
デザートは七皿目にしてようやく手が止まった。
◇
部屋に戻ると、ヴィヴィはベッドの上で大の字になった。
「動けん」
「食い過ぎだ」
「幸せじゃ……ここは天国じゃ」
窓の外で波の音がしている。ここは沖那和で、俺は今日、飛行機に乗って、Sランクに会って、食べ放題を食った。長い一日だった。
「下僕、次はどこへ行くのじゃ」
「金曜日までは予定がないから少しダンジョンに回る。金曜は神崎先生の家だ」
「そうか……」
ヴィヴィが目を閉じた。
「……ならよし」
三秒で寝息が聞こえた。
夕方に見た貴方院さんたちを思い出す。Sランクか……。何とも雰囲気のある人たちだった。他のSランクはどんな人たちなんだろうか。古館さんに今度聞いてみよう。
——あ、土産買っていかないとな。
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◇ 貴方院亜里沙(きほういん ありさ)
年齢:26歳
身長:175cm
所属:探索者協会 関東ギルド本部
ランク:Sランク
出自:貴方院財閥の令嬢
外見:金髪の縦ロール。青と金のドレスのような水着。日傘の下でも姿勢を崩さない
二の腕だけが、明らかに鍛えられている
性格:堂々としている。声が大きい。人の話を聞く前に自分の話を始める
思い込みが激しく、たまに大きく間違える
魔剣:雷属性
親族:フルーツバスケットの桃瀬聖は従妹
口癖:「おーっほっほ」
◇ 東堂修二(とうどう しゅうじ)
年齢:34歳
身長:195cm
所属:探索者協会 関東ギルド本部
ランク:Aランク(上位)
役職:貴方院亜里沙の付き人
外見:黒の三つ揃いに白手袋。長身痩躯。真夏の浜辺でも汗をかかない
性格:無口。必要なことしか言わない
日傘の位置を寸分違わず追従させる技術を持つ
魔剣:水属性
特技:主の間違いを、頃合いを見て耳打ちすること
※頃合いを計りすぎることがある