魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
「蓮兄さんはなんで探索者になったの?」
線香花火の先で小さな玉ができていた。そこからちりちりと綺麗な細い火花が落ちている。淡いオレンジ色の点がいくつも散って、地面に着く前に消える。
俺は少し考えた。なぜ探索者になったのか。
ヴィヴィを手に入れる前、俺はいろいろなパーティで荷物持ちをしていた。最終的に高座のパーティに所属していたがそれは最後だ。
攻撃スキルを持たずインベントリだけを使っていた。だからどのパーティでも荷物持ちしかやっていない。そしてそれはあまり良い環境ではなかった。
活躍していないから報酬はほとんどなかったし、理不尽に減額されたこともあった。今と違って毎日、生活するだけでギリギリだったのだ。
そんな中でなぜおれはわざわざダンジョンを仕事に選んだのだろうか。金を稼ぐだけならコンビニのバイトでもよかったじゃないか。
配信では何度か問われたことがあった。なぜ探索者に、と。稼げるからです、と答えたような気がする。……でも。
ここでそれを言うのは、違う気がした。
「……たぶんダンジョンに関わりたかったんだと思う」
「ダンジョンに?」
「まぁ就職活動がうまくいかなかった、ってのもあるけど」
庭の向こうで、ヴィヴィが「次じゃ! 赤いのはないのか!」と叫んでいる。静江さんが「順番よー」と応じている。
「そう、ダンジョンに興味があったんだよ」
湊が線香花火を持ちながら俺に問う。
「それって……兄さんのお父さんたちのこと?」
そう、俺の両親のことだ。俺が高校一年のときに、二人ともダンジョンの中で死んだ。ダンジョン内で調査中にスタンピードが発生した。遺体は見つかっていない。
この家に引き取られたのは、その後だ。湊は当時まだ中学生で、それでも毎日俺に話しかけてくれた。
当時は両親を失ったショックからふさぎ込んでいた。けれどもあの時立ち直れたのは間違いなく湊のおかげだ。
「……わからないけど、たぶんそうだと思う」
これは正直な気持ちだ。
「父さんも母さんも、ずっとダンジョンを研究してた。どんなことを調べてたのか俺は聞いたことがなかったけど」
火花が少しずつ大きくなっている。
「おれは父さんや母さん、神崎先生や湊みたいに頭が賢くなかったからさ。自分なりにどうやってダンジョンに関われるか考えたんだ」
俺がダンジョンにこだわる理由。探索者になった理由。
「あの中に何があるのか。あの二人が何を見ようとしてたのか。それを自分で確かめたかった。確かめたいんだと思う。だから探索者になった」
「そうなんだ……」
こんなふうに言葉にしたのは初めてだ。ダンジョンに潜り始めてから二年、誰にも聞かれなかったし、自分でも考えないようにしていた。
湊はじっと自分の線香花火を見ていた。光がどんどん小さくなっている。
「……そっか、わかったよ。兄さん」
俺と湊の花火の玉が同時にぽとりと落ちた。
「じゃあさ」
湊は立ち上がり、何かを決心したように話す。
「決めた。私、蓮兄さんを手伝うの」
「うん?」
湊が腰に手をあてて胸を張るような仕草をした。燃え尽きた線香花火を持ったままなので、いまいち決まっていない。
「私は別にダンジョンを研究してないし、お父さんみたいにダンジョンに入るわけでもない。でも私、これでもダンジョン専門の弁護士のタマゴなんです」
「タマゴなのか」
「そうよぉ、タマゴだけど、タマゴなりに使えるよ。だから私が兄さんの探索者活動を手伝ってあげる、契約書とか、権利の話とか。兄さんそういうの苦手でしょ」
「……苦手だな」
実際、Aランクになって色々と協会から書類が送られてきている。五十鈴さんからは「かならずチェックしてくださいね!」と言われているが、実はまだ書類は封も開けていない。
「その顔……もしかしてまだ書類とか見てないでしょ」
「うっ」
「蓮兄さんももう全国でも有名な探索者の一人。もうすぐAランクになるんでしょ? ならダンジョンの法律や権利手続きもしっかりやっておかなくちゃ」
「頼もしいな」
そうだ、俺がAランクになったことを、まだ伝えていなかった。
「湊、一週間ほど前にAランクになったんだ。多分来週の協会広報で発表される。この前の解放型ダンジョンでの活躍が色々と評価されてさ」
「ええ! 本当に! それ大ニュースじゃん! お父さーん、お母さーん、兄さんAランクになったんだって!」
「なんと!」
「あらまぁ!」
この家はダンジョンに関しては普通の一般家庭よりは知識がある。だから神崎先生も静江さんもAランク探索者が、どんな存在なのかも知っている。
「ふふん、下僕はな! この前、えーらんくになったんじゃぞ! 写真も撮った! わしも写った!」
「なんでお前が威張るんだよ」
ヴィヴィが、えっへんと言いながら、仁王立ちで偉そうなポーズをとっている。
「兄さんがAランクだなんて鼻が高いなー」
「Aランクなんて国内の探索者でも上から数えた方が早いな」
「じゃあ今日のすき焼きは昇進祝いね!」
みんなでわちゃわちゃしている。俺のランクアップを素直に喜んでくれている。ここに、神崎家に戻ってくることができて本当に良かったと、そう感じた。
「ね~兄さん。ヴィヴィちゃん借りるね~」
湊はヴィヴィを捕まえて家に入っていった。
「ヴィヴィちゃん。ゲームしよっか!」
「お、ゲームか! いいぞ!」
ヴィヴィはあれだけ警戒していたのに、勝負事と聞いた瞬間に態度が変わり、湊に付いていく。仲良くできそうでよかった。
……十分後には、二人でコントローラーを握って怒鳴り合っていた。
「ずるいぞ! 今のはずるい!」
「ずるくないもん、ちゃんと練習してるだけだもん」
「もう一回じゃ!」
これはしばらくゲームから離れないな。ちょうどよかった、実は今日は神崎先生と話すことがある。二人にはあっちに行っててもらおう。
俺はリビングへ移った。
先生がソファに座って、コーヒーを二つ置いて待っていた。テーブルの上に封筒と丸めた紙の束が載っている。……これはおそらく依頼の件だろうと見当をつける。
「さて、蓮くん。まずは詫びからだ。今日は文珠川くんが来られなくてね」
「ああ、いえ。今日は彼女も来る予定だったんですか」
「一応呼んではいたんだ。本人は来る気満々だったんだが、解読作業が詰まっていてな。『狭間様に会いたいっす~』と騒いでいたよ」
文珠川さんが作業に追われる姿が目に浮かぶ。
「だから事前に段取りは決めておいた。彼女とは当日、空港で合流してくれ」
「わかりました」
先生が丸めた紙を広げる。そこには地図が書かれていた。
ダンジョンの見取り図のようだが地図と言っても白い部分が異様に多い。ほとんどが空白で、おおよその輪郭の線だけが引かれている。
これは、誰も奥まで行っていないということを示している地図だった。
「これは北海堂唯一のダンジョン。
大まかな内容の地図だが、その中央を先生が指で示す。地図の下の方、ちょうど逆三角形の地形が描かれていてそこに星のマークが描かれている。
「この星が入口だ。入り口に入ると流氷エリアになる。そしてそこから先はひたすら雪原だ。地平線まで何もないダンジョンなんだ」
「そうなんですか」
「陸全体は氷の台地に雪が積もっている見立てだ。目印がなく、方角も分からない。そして——」
先生が地図全体を指で丸を書くように囲んだ。
「ダンジョン全体に定期的に吹雪が来る。そうなると前が見えなくなるんだ」
……これは厄介だな。北海堂と聞いて寒いダンジョンを想定していたがその上とは。吹雪が定期的に来る、ということはその中を進む必要があるということだ。当たり前だが。
さらにそこにはモンスターが間違いなくいるだろう。通常ダンジョンではそのステージに応じたモンスターが出現する。
流氷なら流氷ならではのモンスター。雪原ならそこに生息するモンスター。
ダンジョン環境とモンスターの両方に対処しなくてはいけない。これまでのダンジョンとは大違いだ。
これがSランクダンジョン。