開幕!春の祭典、ジュノグランプリ   作:金髪ヒュムさん

2 / 2
長い長い写真判定の先にあった、ひとつの結末。

漆黒の大彗星は、ついに真の聖剣を抜く。

王国に仕える騎士の、主君へ届ける戦果報告のお話


決着編その壱 サンドリアの輝き

 残り百メートル。

 

『いけ……』

 

 アルタユ厩舎の装束を纏った人物が、手すりをつかむ。

 

『いけッ、ラオーッ!!』

 

 黄金の王者の走りが変わった。

 

 堂々と上げていた首を落とす。

 

 体が沈み込む。 前傾姿勢。 跳ぶ前の竜が、大地へ力を溜めるような沈み込み。

 

 だが、それはブランの低空姿勢とは異なる。

 

 純白の飾り羽が後方へ流れ、ラオーの脚が大地へ触れた。

 

 たった一度。

 

 その一踏みが、レースのすべてを飲み込んだ。

 

 グォン――!

 

 白砂が円形に弾け飛ぶ。 黄金の体が、光となって前へ出た。

 

 その轟音を、サリアは背中で聞いた。

 

 振り返りはしない。

 

 前にはメテオ。

 

 その先ではマヤとブランが互いに譲らず、内側から現れたティルが先頭へ迫っている。

 

 外からは、重く大きな足音。

 

 グラス。

 

 一歩ごとに大地を押し退けながら、赤銅色の巨体が距離を詰めてくる。

 

 さらに後ろから、黄金の王者。

 

 七羽すべての圧力が、漆黒の翼へ押し寄せていた。

 

 だが、純白の四肢には、まだ力が残っている。

 

 ビーナスも動く。

 

「ここでセルビナスカイ! ……スカイがきたッ、ここにきて再加速だッ! スリップストリームから抜け出した! まだ諦めていないぞぉ!」

 

 メテオの後ろで借り続けた風から飛び出し、芦毛の体が再び加速する。

 

 ――中盤の光景が過った。

 

 ――最後尾を走るグラスへ、一度だけ視線を向けた。

 

 ――三国の競争鳥には負けられない。

 

 ――その意思を示すように、白砂を切り裂き、一直線に前へ出た。

 

 観客は、あれを聖剣の切れ味と呼んだ。

 

 だが、あのとき。

 

 サリアは、刃のすべてを抜いてはいなかった。

 

 真の刃まで、あの場で晒す必要はなかった。

 

 グラスを後ろへ置き、メテオを射程へ収めたところで、わずかに力を抑えた。

 

 漆黒の翼が、身体へ沿う。

 首が沈む。

 白砂を踏む純白の脚へ、さらに深く力を込める。

 

 筋肉が、即座に応えた。

 

 鈍りはない。

 

 迷いもない。

 

 抑えた判断は、正しかった。 サリアの青い瞳が細くなる。

 

 ――"見せ札は、鞘鳴りで十分であったな"

 

 内からティル。

 

 中央にマヤとブラン。

 

 その後ろからビーナス。

 

 三国のメテオ、サリア、グラス。

 

 そして、そのすべてを縫うように黄金の光が迫る。

 

 八羽が、それぞれの勝利を携えてゴールへ殺到する。

 

 マヤの自由な進路。

 

 それを捉えて離さないブラン。

 

 音もなく内を滑るティル。

 

 再び風をつかんだビーナス。

 

 乱れぬ歩調で踏み続けるメテオ。

 

 大地を弾ませて迫るグラス。

 

 開いた道を呑み込むラオー。

 

 いずれも、最後まで折れてはいない。

 

 だからこそ。

 

 サリアは前だけを見た。

 

 ここで抜く剣に、曇りは許されない。

 

 サリアの白い脚が、鋭く白砂へ突き立った。

 

 トッ――

 

 砂が静かに舞う。

 

 漆黒の体から、余分な揺れが消えた。

 

 中盤で見せた鋭い加速。

 

 あれが鞘鳴りならば、今度こそ抜剣。

 

 長い脚が剣閃を描く。

 

 一歩ごとに鋭さを増していく。

 

 脚の回転は落ちない。

 

 黒い翼はさらに細く、鋭く。

 

 七羽を大きく突き放すためではない。

 

 ただ、ゴール板へ続く最後の一点を貫くために。

 

「アルタユきたッ!」「届くのかッ?!」 一羽を抜く。

「アルタユきたッ!」「ここからッ?!」 さらに一羽。

「アルタユきたッ!」「本当にッッ?!」 実況席の二人が、同時に立ち上がった。

 

 ラオーの一歩は大きく、力強く、それでいて無理がない。

 開いた道へ正確に脚を運び、前にいる競争鳥との距離を一歩ごとに消していく。

 

「「あの位置から届くのかぁぁぁぁ!!」」

 

 黄金の光が迫る。

 

 大外からは、グラスの巨体。

 

 すぐ横では、メテオの紫の翼が乱れながらも前へ伸びる。

 

 風圧がぶつかる。

 

 白砂が視界を叩く。

 

 八羽の足音が重なり、どの一羽のものとも分からない巨大な轟音となる。

 

 それでも、サリアの走りは乱れない。

 

 剣は、振るう瞬間にこそ静かでなければならない。

 

 無駄に力を散らさず。

 

 狙った一点だけを。

 

 最短の軌道で貫く。

 

 それでも、マヤとブランが先頭を譲らない。

 

 自由の翼が伸びる。

 深海の狩人が食らいつく。

 内から蒼い幻影。

 外から赤銅の重戦車。

 紫の一番星。

 漆黒の大彗星。

 再び風をつかんだ逃げ鳥。

 

 その中央を、黄金の王者が突き抜けようとしている。

 

 ゴール板が迫る。

 

「譲らない! 譲らない! マヤノとブライアンがまったく譲らない!!」

「誰が抜ける! 誰が抜ける! 誰が抜けるんだッ!!」

 

 十メートル。

 

「マヤが逃げ切るか?! ブランが差し切るか?!」

 

 五メートル。

 

「アルタユきたッ! グラスも伸びてくるッ! 一塊で突っ込んできたぁぁぁぁぁ!!」

 

 嘴が並ぶ。 翼が重なる。 脚が白砂を蹴り上げる。

 

 八羽が、ほとんど一つの塊になる。

 

 サリアの視界から、七羽の姿が消えた。

 

 残ったのは、正面のゴール板だけ。

 

 純白の脚を伸ばす。 漆黒の胸を沈める。

 

 最後の一完歩へ、残していた力のすべてを注ぎ込む。

 

 

 ―― "戴くは我が旗よ、キサマらの出番は無いぞ!" ――

 

 

 七羽の脚が伸びる。

 

 七羽の嘴がゴールへ迫る。

 

 その間を、漆黒の刃が貫いた。

 

 ほんのわずか。 羽根一枚にも満たない差。漆黒の大彗星が今――

 

「大接戦だぁぁぁぁぁ―――」

 ―――ドゴォォォォーン!!

 

 実況が一瞬、言葉を失う。

 

 爆発音。

 

 競争場の上空で。

 

 ゴール板の真上で巨大な爆発音が鳴り響いた。

 

「……気の早い祝砲が鳴り響いたぁぁぁ!」

 

 赤。

 

 青。

 

 緑。

 

 黄金。

 

 何発もの花火が、ゴール板の上に咲く。

 

『もう上げたのか!?』

『誰が勝ったんだ!』

『見えなかったぞ!』

『今の花火で余計に分からない!』

 

 八羽がゴール板を駆け抜けた。 ほとんど同時。

 

 マヤが前だったようにも見える。

 

 ブランの嘴が出ていたようにも見える。

 

 内からティルが届いたようにも。

 

 外からラオーがすべてを飲み込んだようにも。

 

 グラス、メテオ、サリア、ビーナスも、わずかな差で雪崩れ込んでいる。

 

 花火の煙と巻き上がった白砂が、八羽の姿を覆った。

 

 その向こうを凝視していたサンドリア騎士の一人が、手すりへ身を乗り出す。

 

『サリアだ!』

 

 隣の騎士が表示板と走路を交互に見る。

 

『見えたのか!?』

『最後だ! 最後に黒が出た!』

 

 騎士たちの剣が、勢いよく空へ突き上げられた。

 

『聖剣が貫いたァァァッ!』

 

 その声を起点に、サンドリアの来賓席が沸き立つ。

 

『サリア!』

『サンデーサンドリアだ!』

『我らの聖剣が届いたぞ!』

 

 だが、巨大表示板に浮かんでいる文字は、ただ一つ。

 

 ――写真判定中。

 

 騎士たちは剣を納め腕を組み直し、表示板を睨みつける。

 

 誰一人として座ろうとはしない。

 

『サリアが出ていた』

『うむ』

『間違いない』

『だが、判定が出るまでは騒ぐな』

 

 そう言った騎士自身の手が、剣の柄を強く握り締めている。

 

 走路の先では、八羽が少しずつ速度を落としていた。

 

 サリアも長い首を上げ、荒い呼吸を繰り返す。

 

 胸が大きく上下する。

 

 四肢には、最後の一歩まで力を使い切った重さが残っていた。

 

 それでも、姿勢は崩さない。

 

 ゴールを振り返ろうともせず、静かに呼吸を整える。

 

 やがて、実況がレースを振り返る。

 

 静かに、心を落ち着けながらその時を待ちつづける。

 

 

 

 ―― 表示板の文字が消えた。――

 

 

 

 観客のざわめきが、競争場の奥から奥へと引いていく。

 

 実況席から、息を吸い込む音が響いた。

 

「判定が出ました! 一着、サンデーサンドリア! 二着――」

『『『ウォォォォォォォッ!!!』』』

 

 二着の名は、聞こえなかった。

 

 サンドリア騎士たちの絶叫が、実況も、周囲の歓声も、すべて呑み込んだ。

 

 掲げられた拳。

 空へ突き上げられる剣。

 互いの肩や背を叩く音。

 

 規律を重んじるはずの騎士たちが、今だけは整列も体面も忘れ、勝利を叫び合う。

 

『見たか、これがサンドリアの聖剣よ!』

『三国最強は我らだ!』

『サリア! よくやった!』

『黒翼の大彗星が、ジュノを貫いたぞ!』

 

 熱狂は、走路へまで届いていた。

 

 サリアは騎士たちの声を聞く。

 

 だが、翼を広げて誇示することも、勝鬨を上げることもなかった。

 

 静かに顔を上げる。

 

 観客席を見渡す青い瞳が、来賓席の一角で止まった。

 

 そこに、トリオンが立っている。

 

 サンドリアの騎士たちとは異なり、声を荒らげてはいない。

 

 ただ、勝者を真っ直ぐに見つめていた。

 

 その表情にある誇りを、隠そうともしていない。

 

 サリアもまた、主君を正面から見返す。

 

 やがて、漆黒の翼を身体へ沿わせた。

 

 長い首を静かに垂れる。

 

 それは観客へ向けた礼ではない。

 

 勝者としての誇示でもない。

 

 一羽の騎士が、主君へ戦果を報告するための黙礼。

 

 騎士たちの歓声が響く。

 

 何本もの剣が空で光を弾く。

 

 その熱狂の中央で。

 

 サリアだけが、静かに言葉を置いた。

 

 

 ―― "栄冠は常に一つ、我が剣に一点の曇りなし" ――

 

 




(=゚ω゚)ノ お待たせしました。サリア推しの方、おめでとうございます!

 おみごと! サンデーサンドリアの大勝利!

 浮かれずに、騎士の礼を尽くすサリアもいいですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。