春の祭典、ジュノグランプリ

八羽のチョコボが栄冠を求めて駆け抜ける!

Final Fantasy XI のチョコボレース

栄冠をつかむのは君のチョコボだッ!


※前日譚は別の短編集に収録しています、よかったらそちらもどうぞ

ウルミア編 ~音の木陰~

――群集歓呼の喧天、まだ見ぬ蹄音――


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旗が揺れる日。

鐘が鳴る日。

街中の、すべての視線が一つになる。
そんな、ヴァナ・ディールで一番賑やかな午後。


開幕!春の祭典、ジュノグランプリ

ジュノ競争場を満たしていたのは、歓声というにはあまりにも巨大な音だった。

 

サンドリアから届いた深紅の旗が高く翻り、その隣ではバストゥークの鋼鉄を思わせる紋章旗が風をはらむ。ウィンダスの一団が掲げる色鮮やかな飾り布には、星の大樹と天体を模した意匠が踊っていた。

 

三国の要人が並ぶ来賓席。

 

各地を巡ってきた冒険者たちが詰めかける一般観覧席。

 

セルビナやマウラの船乗り、ノーグから来た海賊、アトルガン皇国の護衛たち。遠くアルタユの名を冠した一羽をひと目見ようと、見慣れぬ装束の者まで観客の中に紛れている。

 

見渡す限り、人、人、人。

 

その間を縫って、売り子たちの声が飛び交う。

 

『焼き鳥串――じゃなかった、野兎の串焼きだよ!』

 

『間違えるな! 今のは絶対に間違えちゃいけないやつだろ!』

 

『投票券はこちら! 締め切りまで間もなくです!』

 

『マヤノに全部だ!』

 

『待て待て、今日はブライアンだろ!』

 

『大逃げが決まればセルビナスカイだってあるぞ!』

 

競争場を取り巻く何万もの期待が、巨大な渦となって中央の走路へ流れ込んでいた。

 

白砂を敷き詰めた走路は、朝から入念に整備されている。踏み固められた大地の上を風が渡り、舞い上がった細かな砂粒が陽光を受けてきらめいた。

 

その遥か先。

 

八つのゲートが並ぶ向こう側に、ジュノグランプリのゴール板が立っている。

 

「さあ、各国の要人、数多の冒険者、そして一般観客が詰めかけましたジュノ競争場!」

 

「三国はもちろん、セルビナ、マウラ、ノーグ、アトルガン、さらにはアルタユの名を背負う競争鳥まで集結しました。これほどの顔触れが一堂に会するレースは、そうそう見られません」

 

実況席から響いた声に、競争場全体がもう一段、大きく揺れた。

 

「まもなく、ジュノグランプリ出走鳥の入場です!」

 

「こちらで本日の出走鳥一覧をお配りしています。ご覧になりながらお待ちください」

 

【挿絵表示】

 

地鳴りのような歓声が、入場門へ殺到する。

 

重い扉が左右へ開いた。

 

最初に姿を現したのは、黒だった。

 

「最初に入ってきたのはサンデーサンドリア。全てを貫く、黒翼の大彗星!」

 

「今日も漆黒に輝く羽毛が王者の貫禄を告げています」

 

「母国の期待を一身に受けて、堂々の入場です」

 

漆黒の羽毛が、日差しを受けて青みを帯びる。

 

額から嘴へ流れる純白の羽模様。四肢を包む白い羽毛。それらが黒との鮮烈な対比を描き、細身で均整の取れた体躯をいっそう鋭く見せていた。

 

サリアは観客席を見ない。

 

歓声にも、旗にも、他の競争鳥の気配にも顔を向けず、ただ走路の先を見据えて歩く。

 

長い脚が白砂を踏むたび、軽い音が規則正しく続いた。

 

"貫く。前にいるものは、すべて"

 

『サリア――!』

 

『黒翼の大彗星! 今日こそ三国最強を証明してくれ!』

 

サンドリアの一団が剣を掲げる。金属の鳴る音が連なり、騎士たちの声が競争場を震わせた。

 

その直後。

 

入場門の奥から、まるで鍛冶場の槌音のような足音が響いてきた。

 

どん。

 

どん。

 

一歩ごとに砂が沈む。

 

「続いて入ってくるのは、大きな大きなチョコボです!」

 

「鍛え上げた筋肉が堂々たる存在感を見せつけます。力強い足音だ」

 

姿を現した巨体に、客席の前列からどよめきが走った。

 

厚い胸板。太く強靱な脚。赤銅色の羽毛の間には深い緑の羽が織り交ぜられ、陽光を浴びるたび、炎を映した鋼のような複雑な輝きが浮かび上がる。

 

「黒鉄の誇り、大地を駆ける赤銅色の輝き! 重戦車バストゥークグラス!」

 

グラスは首を大きく振ることもなく、落ち着いた歩調で進む。

 

しかし、静かなのは気性だけだった。

 

その一歩一歩は重い。

 

踏みしめられたはずの白砂が、足の形に深く沈んでいく。

 

"急ぐ必要はない。大地は逃げない"

 

『で、でかい……』

 

『あれ、本当に同じ距離を走る競争鳥か?』

 

『最後にあの巨体が飛んでくるんだぞ。見てろよ』

 

バストゥークの技師らしい男たちが、満足そうに腕を組む。

 

『重ければ遅いなんて理屈は、今日は通用しないぜ!』

 

続いて現れたのは、先ほどの二羽とはまるで異なる、研ぎ澄まされた白い姿だった。

 

「先ほどとは打って変わって、しなやかな身のこなしに知性と気品を感じます」

 

純白の羽毛を基調に、翼へ広がる鮮やかな紫。

 

歩みに合わせて羽が揺れるたび、その紫は雷光のようにきらめいた。

 

「その強みは冷静な判断力と高い集中力! どんな状況でも己の走りを見失うことはありません」

 

ウィンダスターオーは騒ぐ観客を一度だけ見渡した。

 

目は静かだった。

 

観客の数を見ているのではない。

 

風向き。砂の状態。前を歩く二羽との距離。競争場を包む熱気すら、己の走りを構成する情報として見定めているかのようだった。

 

「星降る一番星、誇りを纏う魔導の翼! ウィンダスターオー!」

 

"先に行く。乱されなければ、それでいい"

 

『メテオー!』

 

『今日は最初から飛ばすのか!?』

 

『ウィンダスの計算に狂いはないぞ!』

 

紫の衣を着た魔道士たちが、杖を掲げて声援を送る。

 

その歓声を塗り替えるように、入場門の向こうからさらに大きな轟音が押し寄せた。

 

一番人気。

 

その名が告げられる前から、観客は誰が来るのかを知っている。

 

黄金色の羽が入場門から見えた瞬間、競争場が爆発した。

 

「本日の一番人気を迎えます! 記憶に新しい二大飆脚の一騎打ち!」

 

黄金の羽毛に、赤みを帯びた華やかな翼と尾羽。

 

異国情緒あふれる装飾を揺らしながら、マヤノアトルガンは首を右へ左へ巡らせた。

 

正面だけを見るサリアとは違う。

 

マヤは観客席を眺め、旗を見て、売り子の籠を見て、実況席まで見上げる。次々に興味を移しながらも、軽やかな足取りには一切の乱れがない。

 

「天衣無縫の自由の翼、マヤノアトルガン!」

 

『マヤ――!』

 

『今日も飛んでくれ!』

 

『自由の翼を見せろー!』

 

マヤは歓声の大きな方角へ顔を向け、小さく翼を広げた。

 

それだけで、さらに歓声が跳ね上がる。

 

「大歓声ですねぇ」

 

「本人も分かっているのでしょうか。ずいぶん余裕のある表情です」

 

"今日は、どこから行こうかな"

 

だが、マヤへ向けられていた熱狂は、次に現れた一羽によって二つに割れた。

 

黒い羽毛。

 

胸元から腹部へかけて広がる白。

 

獰猛な海の狩人を思わせる体色と、獲物を射抜く鋭い青の瞳。

 

「こちらも大歓声、本日もマヤノアトルガンとの人気を二分しております」

 

マウラブライアンは歓声に反応しない。

 

視線は、先を行く黄金の背中へまっすぐ注がれていた。

 

「今日も見られるか、二大飆脚の一騎打ち! 今日こそ自由の翼を打ち落とす!」

 

首を低く沈める。

 

まだ入場の途中だというのに、その姿はすでに獲物を狙って海面下を進む狩人そのものだった。

 

「深海より現れし獰猛なる狩人、マウラブライアン!」

 

"見つけた"

 

マヤが振り返る。

 

二羽の視線が交わった。

 

一瞬。

 

それだけで観客席から悲鳴にも似た歓声が湧き起こる。

 

『見たか!?』

 

『もう始まってるぞ!』

 

『マヤとブランだ! 今日もこの二羽なのか!?』

 

マウラの船乗りたちが手すりを叩き、アトルガンの護衛たちが拳を突き上げる。

 

『行け、ブラン! 黄金の翼を沈めろ!』

 

『やらせるな、マヤ! 今日も置き去りにしてやれ!』

 

熱気の高まりきった競争場へ、ふわりと白い羽が舞い込んだ。

 

空気が変わった。

 

「雰囲気が変わりましたね。軽やかな雰囲気を纏った雲を思わせる逃げの名手」

 

芦毛を思わせる淡い灰色と白の羽毛。

 

細身の体躯。

 

セルビナスカイは、先ほどまでの熱狂などどこ吹く風とばかりに、眠たげな瞳で歩いてくる。

 

「またもや大逃げが炸裂するのか? 風を操る逃走劇が魅力です」

 

途中でふと足を止め、走路に舞い落ちた一枚の紙片を嘴でつついた。

 

係員が慌てて引こうとしても、動かない。

 

『出たぞ、ビーナスの寄り道だ!』

 

『今日も走る気あるのか!?』

 

『そう見せておいて、始まったら誰より速いんだよ!』

 

セルビナスカイはようやく紙片から顔を上げると、何事もなかったように歩き始めた。

 

「港の蒼雲を切り裂け! 疾風の逃げ鳥、セルビナスカイ!」

 

"風は悪くないね"

 

潮風を知る港の人々から、明るい声援が飛ぶ。

 

続く一羽が入場門を抜けたとき、歓声は一度、奇妙に小さくなった。

 

静かになったのではない。

 

誰もが、その姿を見ようと息を呑んだのだ。

 

「ノーグより初参戦! 厩舎の期待に応えて今年のダークバードとなれるのか?」

 

深い蒼。

 

光を受けるたびに青から碧へ色を変える羽毛。翼の表面には、水面を渡るさざ波のような淡い輝きが走っている。

 

ティルナノーグは、ほとんど足音を立てていなかった。

 

白砂の上を歩いているはずなのに、砂を踏む音がしない。

 

「神秘の入り江より舞い降りた幻想の水鳥、ティルナノーグ!」

 

観客たちは歓声を上げることすら忘れ、その姿を目で追った。

 

だが、少し視線を外すと、どこにいるのか見失いそうになる。

 

「このチョコボは情報が少ないですからね。今日の走りにとても期待がかかります」

 

"見られているうちは、まだ消えない"

 

『本当にチョコボなのか……?』

 

『足音が聞こえないぞ』

 

『ノーグは、いったいどこであんな競争鳥を育てたんだ』

 

ノーグから来たらしい一団だけが、意味ありげな笑みを浮かべている。

 

そして最後。

 

それまで正面だけを見ていたサリアが、初めて首を巡らせた。

 

深い青の瞳が、入場門から現れた白金の鳥影を鋭く睨みつける。

 

先に入った七羽とは異なる、荘厳な気配が入場門を満たした。

 

「さあ、トリを飾るのは四肢を彩る優雅な白い羽飾り」

 

黄金と純白。

 

天上から降り注いだ光をそのまま羽毛へ変えたかのような、一羽の競争鳥が姿を現す。

 

アルタユオペラオーは、騒がない。

 

見せつけようとも、威圧しようともしない。

 

ただ堂々と歩いてくる。

 

それだけで、周囲の空気が黄金の一羽を中心に整っていく。

 

「今年、他を寄せ付けない圧倒的な走りを見せてきました」

 

幾多の激戦を潜り抜けてきたはずの羽毛には、目立った傷一つない。

 

穏やかな瞳。

 

揺るぎない歩調。

 

「天晶の彼方より黄金の王者が参戦です。アルタユオペラオー!」

 

『ラオー!』

 

「おや、王者ですか? 出走一覧では『黄金の皇帝』とありますが……」

 

「おっと、そこを拾いますか! 実はここだけの話ですが、この紹介を見た“とあるお方”の周囲が、大騒ぎになったそうなんですよ」

 

「周囲が、ですか?」

 

「ご本人は『ほう、皇帝を名乗る者がいるのか』と、それだけだったとか」

 

「いや、それこそここで言っていいんですか!? みんな聞いていますよ!」

 

『そうだ!黄金の皇帝だ!』

 

『今年の走りを見れば、最後に立っているのはラオーだ!』

 

アルタユオペラオーは歓声の中で、一度だけ静かに目を閉じた。

 

"道は、最後に開く"

 

八羽が揃った。

 

三国の誇り。

 

港町の夢。

 

神秘の入り江から現れた幻影。

 

異国の自由な翼と、深海の狩人。

 

そして、天晶の彼方より来た黄金の王者。

 

そのすべてが今、同じ走路へ立っている。

 

やがて、競争場の中央に設けられた演奏席へ、白い法衣を纏った一団が進み出た。

 

「ここでファンファーレです」

 

「演奏を務めるのは、タブナジア聖歌隊」

 

観客席のあちこちで、戸惑ったようなざわめきが起こる。

 

『聖歌隊?』

 

『競争鳥のレースだよな?』

 

『ずいぶん本格的だな……』

 

指揮者が両腕を上げる。

 

競争場を埋めていた数万の声が、少しずつ鎮まっていく。

 

最後のざわめきが消えた。

 

そして。

 

澄み切った歌声が、天へ向かって放たれた。

 

それは、勇壮な行進曲ではなかった。

 

古い祈りを思わせる、重く、深く、妙に荘厳な響きだった。

 

高く伸びる声に低音が重なり、さらに金管の音が加わる。大聖堂の天井へ昇るはずの聖歌が、ジュノ競争場の空を満たしていく。

 

風に揺れていた旗が、ほんの一瞬、動きを止めたように見えた。

 

八羽の羽毛が震える。

 

サリアは正面を見たまま、白い尾羽をわずかに揺らす。

 

グラスは両脚で大地を踏みしめる。

 

メテオは紫の翼を小さく畳む。

 

マヤは初めて周囲を見るのをやめた。

 

ブランの青い目が細くなる。

 

ビーナスは眠たげだった瞳を開く。

 

ティルの輪郭が、歌声の中へ溶ける。

 

ラオーは静かに頭を上げた。

 

歌声が最高潮へ達する。

 

最後の一音が、空の彼方へ吸い込まれた。

 

しばしの静寂。

 

次の瞬間、競争場を揺るがす大歓声が爆発した。

 

係員たちが一斉に動き出す。

 

八羽が順番にゲートへ誘導されていく。

 

「いよいよゲートインです」

 

「各国、各地の誇りを背負う八羽。ここからは、わずかな仕草一つにも注目です」

 

最初にゲートへ収まったサンデーサンドリアは、騒がない。

 

狭い枠の中でも正面だけを見ている。

 

黒い翼は体へぴたりと沿い、長い首筋には余計な力が入っていない。

 

「サンドリア代表、サンデーサンドリア。勝負どころで見せる剣閃のような加速が最大の武器です」

 

「激しい気性で知られますが、今日は落ち着いています。視線はすでに、ゴールの先へ向いているのでしょうか」

 

その隣へ入ったグラスも動じない。

 

だが、足を踏み替えるたび、ゲートの下から重い音が響く。

 

どん。

 

鉄枠がかすかに震えた。

 

「バストゥーク代表、バストゥークグラス。大柄な体格から繰り出す、大きなストライドに注目です」

 

「序盤は脚を溜め、最後に大地ごと押し出す。後方にいても決して目を離せません」

 

メテオはゲートへ入る直前、後ろを振り返った。

 

他の競争鳥たちの脚。呼吸。羽の動き。

 

すべてを観察し終えると、最後に空を見上げる。

 

紫の翼に陽光が差し、雷光のような輝きが走った。

 

「ウィンダス代表、ウィンダスターオー。冷静な判断力と、最後まで崩れない美しい走りが持ち味です」

 

「先手を取れば非常に強い一羽。今日も前へ出るのでしょうか」

 

マヤはゲートへ入ってからも、左右を見ている。

 

前へも後ろへも、内へも外へも動ける。

 

力んでいない。

 

それでいて、どこから合図が飛んでも即座に応えられる柔軟さが全身に満ちていた。

 

「アトルガン代表、マヤノアトルガン。逃げ、先行、差し。展開に応じて自在に走りを変える万能型です」

 

「本日の一番人気。どの位置から勝負を仕掛けるのか、まったく読ませません」

 

ブランはゲートへ入るなり、首を低く沈めた。

 

前方のマヤから視線を外さない。

 

四肢を曲げ、最初から前へ出る気配を隠そうともしない。

 

「マウラ代表、マウラブライアン。狙った獲物は決して逃がさない、執念の追走を見せます」

 

「視線の先には、やはりマヤノアトルガン。すでに標的を定めています」

 

セルビナスカイは、ゲートが開く前から前脚を浮かせた。

 

一歩。

 

係員が抑える。

 

また一歩。

 

細い体が、風に引かれるように前へ出ようとする。

 

「セルビナ代表、セルビナスカイ。最大の武器は、誰にも捕まらない逃走劇!」

 

「ゲートが開くのを待ち切れない様子です。今日はどこまで後続を引き離すのでしょうか」

 

ティルは身じろぎしない。

 

音も立てない。

 

青い羽毛は確かにゲートの中にあるのに、意識を他へ向けると、その存在だけが薄くなっていく。

 

「ノーグ代表、ティルナノーグ。足音を消し、いつの間にか前へ進出する神出鬼没の一羽です」

 

「情報の少ない初参戦鳥。どのような走りを見せるのか、予想することさえ困難です」

 

最後にラオーがゲートへ入る。

 

黄金の王者は堂々としていた。

 

目を閉じ、観客の歓声にも、隣の競争鳥の息遣いにも動じない。

 

白い飾り羽だけが、微風を受けて静かに揺れている。

 

「アルタユ代表、アルタユオペラオー。幾多の激戦を無傷で駆け抜けてきた、無窮の覇鳥です」

 

「本日は大外枠。しかし最後には必ず道を見つける。それがこの王者の走りです」

 

八羽が収まった。

 

係員が走路から離れる。

 

風が止まる。

 

数万の観客が息を呑んだ。

 

セルビナスカイの脚が、さらに半歩前へ出る。

 

ブランの首が沈む。

 

サリアの瞳が鋭く細められる。

 

――ゲートが開いた。

 

一斉に、八羽が飛び出す。

 

「スタートしました!」

 

白砂が爆発する。

 

まず飛び出したのは芦毛の翼だった。

 

セルビナスカイが、他の七羽を置き去りにする勢いで前へ出る。

 

一歩目から軽い。

 

二歩目には風をつかみ、三歩目にはもう単独の先頭へ立っていた。

 

「セルビナスカイが行きます! 迷いなく先頭へ!」

 

「速い! 大逃げです! 最初から後続との差を広げにかかりました!」

 

ビーナスの細身の体が、白砂の上を滑る。

 

翼を大きく振らない。

 

首も揺れない。

 

足が地面へ触れる時間さえ、他の競争鳥より短く見える。

 

"先に風をもらうよ"

 

後続との差が一歩、二歩、三歩と開いていく。

 

『行った!』

 

『ビーナスだ! 今日も大逃げだぞ!』

 

『追うな! 追ったら最後までもたない!』

 

二番手には、メテオ。

 

ウィンダスターオーはセルビナスカイを無理に追わず、一定のリズムで前方を確保した。

 

紫の翼が規則正しく揺れる。

 

その後ろにマヤ。

 

周囲を見ながら、前の二羽へいつでも接近できる位置を取る。

 

四番手にはティル。

 

青い羽毛が砂煙の間を静かに滑っている。

 

そこからサリア。

 

ラオー。

 

首を低く構えたブラン。

 

最後尾はグラス。

 

「先頭はセルビナスカイ! 二番手にウィンダスターオー、その後ろにマヤノアトルガン!」

 

「四番手ティルナノーグ、続いてサンデーサンドリア、アルタユオペラオー、マウラブライアン! 最後方にバストゥークグラスです!」

 

「グラスは慌てません。自分の走りを貫いています」

 

最後尾のグラスは、離されているように見えた。

 

だが、その歩幅は大きい。

 

一歩ごとに確実に距離を稼ぎながら、先頭集団が作る砂煙の外側を進んでいる。

 

一方、ビーナスは後続との差を保つ。

 

速すぎるように見えて、その呼吸は乱れていない。

 

先頭を走ることで生まれる風を読み、向かい風が強くなれば首の角度を変える。地面が柔らかい場所では歩幅をわずかに縮め、硬い場所では一気に伸ばす。

 

"ここは重い。次は軽い"

 

その判断は、ほとんど本能に近かった。

 

セルビナスカイが作り出した速い流れの中で、八羽はそれぞれの間隔を保ったまま第一の区間を駆け抜けていく。

 

やがて、向こう正面。

 

観客席から最も遠い位置へ差しかかる。

 

「そろそろ中盤に差し掛かります、さあ誰から仕掛けるのか?」

 

その言葉を待っていたかのように。

 

メテオの紫の翼が、大きく開いた。

 

一歩。

 

踏み込みが深くなる。

 

次の一歩で、体が沈む。

 

「きたきたきたきた!一番星の星降り!!」

 

『せぇーのっ!』

 

そして三歩目。

 

雷が落ちた。

 

『『『いっけぇぇ!メテオスパートだぁぁぁぁぁ!!』』』

 

「これはウィンダスの子供たちでしょうか?ここまで大きな声が届いてきました。」

 

純白と紫の競争鳥が、白砂を蹴り上げて加速する。

 

一定だった脚の回転が一段階上がる。紫の翼から雷光がほとばしるかのように、メテオが前方のビーナスへ迫った。

 

"ここで先頭を取る"

 

冷静な瞳は、逃げ鳥の背中だけを捉えている。

 

「しかし、セルビナスカイも一歩も引きません!」

 

ビーナスも加速した。

 

芦毛の羽毛が風へ溶ける。

 

二羽の差が縮まり、また開く。

 

メテオが迫る。

 

ビーナスが逃げる。

 

『ウィンダスが動いた!』

 

『追いつくぞ!』

 

『逃げろ、ビーナス!』

 

メテオはなおも速度を上げる。

 

美しいフォームを崩さない。

 

首の角度も、翼の動きも、歩幅も、すべてが計算されたように整っている。

 

やがてセルビナスカイの横へ並びかけ――前へ出た。

 

先頭が入れ替わる。

 

だが、ビーナスは焦らない。

 

メテオが生み出した風の流れへ、すっと体を滑り込ませた。

 

正面から受けていた風圧が消える。

 

スリップストリーム。

 

新たな先頭の背後で、セルビナスカイは脚を休めることなく、負担だけを減らしていた。

 

"先に行ってくれるなら、借りるよ"

 

その後方。

 

ドンッ――!

 

大地を抉る音がした。

 

観客の視線が、音の発生した場所へ引き寄せられる。

 

サリアだった。

 

漆黒の競争鳥が、長い脚を深く地面へ突き立てている。

 

その直前。

 

サリアは一度だけ、後方へ視線を向けていた。

 

最後尾を走る赤銅色の巨体。

 

グラス。

 

視線が交わったかどうかさえ分からない、ほんの一瞬。

 

次の瞬間、サリアの白い脚が白砂を切り裂いた。

 

"キサマは後ろから見ているがいい!"

 

「サンデーサンドリアが動いた!」

 

黒い羽毛が細く伸びる。

 

無駄な動きが消える。

 

一歩ごとの間隔が広がり、それでいて脚の回転も落ちない。

 

剣を振り抜いた瞬間だけが残像になるような、鋭い加速。

 

貫く流星。

 

「これは速い! サリアが中央を一直線に貫いていく!」

 

前にいたティルの横を抜く。

 

「これがサンドリアの誇る聖剣の切れ味かッ!!」

 

マヤへ迫る。

 

黄金の羽毛の脇を漆黒の翼が通り抜ける。

 

さらにセルビナスカイへ近づき、先頭のメテオを射程へ収めた。

 

「三国の競争鳥が前へ集まってきました!」

 

「ウィンダスの一番星を、サンドリアの大彗星が追う!」

 

メテオがわずかに横目を向ける。

 

紫の瞳に、漆黒の影が映った。

 

"来たか"

 

サリアは答えない。

 

ただ一直線に、メテオの外側へ並びかける。

 

純白と紫。

 

漆黒と白。

 

二羽の羽毛が風の中で激しく揺れた。

 

メテオがリズムを崩さず押し返す。

 

サリアはさらに鋭い一歩を踏み込む。

 

『サンドリアだ!』

 

『いや、スターオーはまだ先頭だ!』

 

『三国対決だぞ! バストゥークはどうした!』

 

その叫びに応じるように、後方でグラスの走りが変わった。

 

巨体の重心が変わる。前に前にと動き出す。

 

分厚い脚が大地を叩く。

 

ズドォッ!

 

白砂が抉れた。

 

大地が弾んだ。

 

重い巨体が沈まない。

 

地面から返ってきた力が、そのまま赤銅色の巨体を前へ押し出した。

 

"大地は俺の相棒だ"

 

一歩。

 

さらに一歩。

 

グラスの大きな体が、今までとは別の速さで進み始める。

 

「最後方、バストゥークグラスも動いた!」

 

「大外です! 大きく外へ持ち出して重戦車が進軍を開始しました!」

 

大きなストライド。

 

赤銅と深緑の羽毛が、陽光の中をうねる。

 

グラスは前の競争鳥が残した荒れた砂を避けない。

 

踏み荒らされた場所へ真っ向から入り、その凹凸を力で押し潰していく。

 

その影。

 

巨体が作る死角を走るように、黒い競争鳥が上がっていた。

 

ブラン。

 

首を低く沈め、グラスが巻き上げる砂煙の内側を進む。

 

"まだだ。獲物は、もっと前にいる"

 

観客席からは、グラスの脚と脚の間に黒い影が見え隠れするだけだった。

 

「グラスの後ろからマウラブライアン! こちらも順位を上げていきます!」

 

「前方ではウィンダスとサンドリア! 外からバストゥーク! 三国の誇りが中盤で激突します!」

 

先頭のメテオ。

 

その背後で風を借りるビーナス。

 

自在に位置を調整するマヤ。

 

漆黒の切れ味で迫るサリア。

 

大外から大地を揺らすグラス。

 

そして、その影を泳ぐブラン。

 

各々の走りが、一本の走路の上でぶつかり始めた。

 

中盤を越える。

 

先頭集団が、緩やかな曲線へ入った。

 

ここでマヤが動いた。

 

前にメテオ。

 

内にビーナス。

 

外からサリア。

 

後ろからグラスとブラン。

 

囲まれるより早く、黄金の翼が空いた場所へ滑り込む。

 

一歩ごとに進路を変えながら、それでも速度は落ちない。

 

逃げでも、先行でも、差しでもない。

 

その瞬間に最も速く走れる場所を選ぶ、自由の翼。

 

"ここなら行ける"

 

曲線の出口。

 

マヤが先頭へ立った。

 

その直後だった。

 

黒い影が、地面すれすれを飛ぶ。

 

グラスの後ろから姿を現したブランが、前方へ狙いを定めた。

 

獲物は一羽。

 

黄金の背中。

 

ブランの青い瞳が鋭く光る。

 

首は低い。

 

体はさらに低い。

 

白砂の上を駆けているというより、海面下から獲物へ迫っているかのようだった。

 

一羽を抜く。

 

さらに一羽。

 

サリアとグラスが作るわずかな間隙を、黒い体が一直線に通り抜ける。

 

マヤが前へ出た。

 

ブランが追う。

 

差が縮む。

 

三歩。

 

二歩。

 

一歩。

 

そして、並んだ。

 

終盤。

 

先頭はマヤノアトルガン。

 

その横へマウラブライアンが一気に追いつき、二羽がほとんど並んだ状態で直線へ入った。

 

『マヤだ!』

 

『ブランが来た!』

 

『やっぱりマヤが強い!』

 

『ブランが強い! 行け、行け!』

 

アトルガンの護衛たちが立ち上がる。

 

マウラから来た船乗りたちも、互いの肩を叩きながら飛び跳ねた。

 

『またこの二羽だ!』

 

『二大飆脚の一騎打ちだぞ!』

 

それも、つかの間だった。

 

一人の護衛が、笑顔を消す。

 

『マヤとブランが引き離せない……』

 

別の男が、後方へ目を向ける。

 

『今年はいったいどうなっている』

 

後続が離れない。

 

セルビナスカイが、メテオの後ろで温存した脚を使いながら三番手を守っている。

 

その後ろ。

 

メテオ。

 

サリア。

 

そしてグラス。

 

三国の競争鳥が横へ広がり、じりじりと先頭二羽へ迫っていた。

 

メテオのフォームは崩れない。

 

中盤で先頭へ立った負担を抱えながら、それでも紫の翼は一定の間隔で風を切る。

 

サリアは一瞬の加速で使った力を、自らのリズムの中へ戻している。

 

剣先のような嘴が、マヤとブランの背中を捉えたまま離れない。

 

グラスは大外。

 

走路の荒れも、距離の損失も、巨体を止める理由にはならない。

 

一歩ごとに地面を押し、赤銅色の体を前へ運ぶ。

 

三国の距離が詰まる。

 

一歩。

 

また一歩。

 

さらに後方でラオーが進路を探す。

 

黄金の王者の前には、競争鳥たちの背中が壁のように連なっていた。

 

ティルは最後方へ下がっている。

 

少なくとも、そう見えた。

 

「マヤノアトルガンとマウラブライアン! 二羽が並んで直線へ!」

 

「しかし後続も離れない! セルビナスカイ、ウィンダスターオー、サンデーサンドリア、そして大外バストゥークグラス!」

 

「三国の競争鳥が迫ります!」

 

実況の声が、一段ずつ高くなる。

 

観客席から誰も座っている者がいなくなる。

 

八羽が最後の直線へ入った。

 

残り三百メートル。

 

「マヤノアトルガン先頭! マヤノ先頭! マヤノ先頭だッ!!」

 

「ブライアンも迫ってくる! 迫ってくる!」

 

ブランの嘴が、マヤよりわずかに前へ出る。

 

「鋭い矢が翼を掠めたッ! ブランがかわしたか?! このまま自由を撃ち落とせるのか?!」

 

「いや、マヤノアトルガン! 一歩も引かないッ!」

 

マヤが押し返す。

 

黄金と黒。

 

二羽の翼が触れ合いそうな距離で、互いに先頭を譲らない。

 

"まだ行ける!"

 

"逃がさない"

 

「外から大きな足音、バストゥークグラスだ!! グラスもきたッ! 大外から跳んできたッ!!」

 

ズシッ。

 

ズシッ。

 

ズシッ。

 

大地が悲鳴を上げる。

 

赤銅色の巨体が、一歩ごとに先頭へ近づく。

 

大きい。

 

前方の競争鳥を、一羽ずつ飲み込むように進んでくる。

 

「スターオーまだ伸びる!!」

 

紫の翼が再び光る。

 

メテオは苦しいはずだった。

 

それでも首は上がらない。子供たちの声が聞こえる。

 

『『『メテオ!がんばれぇぇ!!』』』

 

脚の運びも乱れない。

 

一番星は落ちない。

 

「サンデーサンドリア負けじと食い下がる!!」

 

漆黒の翼が、メテオの外から伸びる。

 

サリアの純白の脚が白砂を切り、再び鋭さを増していく。

 

「一瞬たりとも気が抜けない好勝負!!」

 

先頭の二羽。

 

追うビーナス。

 

横一線へ近づくメテオ、サリア、グラス。

 

その後ろのラオー。

 

さらに後方のティル。

 

八羽の差が、直線の上で急速に圧縮されていく。

 

「アルタユオペラオーはまだ後ろ! まだ後ろだ! 進路がない!」

 

ラオーの前には、三国の競争鳥が作る壁。

 

内へ入ればビーナス。

 

外へ出せばグラス。

 

前にはサリアとメテオ。

 

「アルタユはこないのか!? アルタユはどうする?」

 

黄金の王者は慌てない。

 

首を振らず、無理に割り込まず、ただ前方の動きを見ている。

 

「もう残り三百メートルしかありません!!」

 

"道はある"

 

観客の絶叫が重なる。

 

『マヤ!』

『ブラン!』

『グラス、押し切れ!』

『メテオ、落ちるな!』

『サリア、貫け!』

『ビーナス、もう一度逃げろ!』

 

「ティルナノーグもまだうし……いないッ、消えたッ! どこいったぁ!?」

 

実況席の声が裏返った。

 

最後方にいたはずの青い競争鳥が、いない。

 

砂煙だけが残っている。

 

『消えた!?』

『どこだ!』

『走路から出たのか!?』

 

後方へ目を向ける観客。

 

外側を探す観客。

 

一斉に首が動く。

 

だが、どこにもいない。

 

音もない。

 

羽ばたきもない。

 

足跡さえ、先頭集団が巻き上げる砂の中へ消えている。

 

次の瞬間。

 

マヤのさらに内側。

 

走路の最も狭い場所へ、霧が集まった。

 

最初は青い光だった。

 

水面へ空が映ったような、淡い青。

 

それが一枚の羽となり、翼となり、競争鳥の形を作る。

 

――ティルナノーグ。

 

蒼い幻影が、先頭のすぐ内側に姿を現した。

 

足音はない。

 

激走する七羽の中で、その一羽の周囲だけが不自然なほど静かだった。

 

『あのチョコボ!?……忍鳥上がりかッ!』

 

来賓席で立ちあがった男から驚愕の声が飛ぶ。

 

「内だ! 内側からティルナノーグ! マヤノアトルガンのさらに内側から伸びてくる!」

 

「いったいどこから抜けてきた!?」

 

ティルが伸びる。

 

水面を滑る幻影のように、マヤの内側へ並びかける。

 

マヤが気づいた。

 

内から蒼い気配が迫る。

 

黄金の体が、ほんのわずかに外へ動く。

 

それに合わせて、ブランも外へ寄った。

 

二羽が外へ動いたことで、競争鳥の密集した中央に一瞬だけ隙間が生まれる。

 

蒼い残像が走った。

 

その跡だけが、不思議なほど静かに開いていた。

 

ラオーの瞳が開く。

 

前方。

 

今まで壁に塞がれていた鳥群の中に、一本の道が見えた。

 

残り百メートル。

 

『いけ……』

 

アルタユ厩舎の装束を纏った人物が、手すりをつかむ。

 

『いけッ、ラオーッ!!』

 

黄金の王者の走りが変わった。

 

堂々と上げていた首を落とす。

 

体が沈み込む。

 

前傾姿勢。

 

だが、それはブランの低空姿勢とは異なる。

 

跳ぶ前の竜が、大地へ力を溜めるような沈み込み。

 

純白の飾り羽が後方へ流れる。

 

ラオーの脚が大地へ触れた。

 

たった一度。

 

その一踏みが、レースのすべてを飲み込んだ。

 

グォン――!

 

白砂が円形に弾け飛ぶ。

 

黄金の体が、光となって前へ出た。

 

ビーナスも動く。

 

「ここでセルビナスカイ! ……スカイがきたッ、ここにきて再加速だッ! スリップストリームから抜け出した! まだ諦めていないぞぉ!」

 

メテオの後ろで借り続けた風から飛び出し、芦毛の体が再び加速する。

 

内からティル。

 

中央にマヤとブラン。

 

その後ろからビーナス。

 

三国のメテオ、サリア、グラス。

 

そして、そのすべてを縫うように黄金の光が迫る。

 

「アルタユきたッ!」「届くのかッ?!」 一羽を抜く。

「アルタユきたッ!」「ここからッ?!」 さらに一羽。

「アルタユきたッ!」「本当にッッ?!」 実況席の二人が、同時に立ち上がった。

 

ラオーの一歩は大きく、力強く、それでいて無理がない。

開いた道へ正確に脚を運び、前にいる競争鳥との距離を一歩ごとに消していく。

 

「「あの位置から届くのかぁぁぁぁ!!」」

 

それでも。マヤとブランが先頭を譲らない。

 

自由の翼が伸びる。

 

深海の狩人が食らいつく。

 

内から蒼い幻影。

 

外から赤銅の重戦車。

 

紫の一番星。

 

漆黒の大彗星。

 

再び風をつかんだ逃げ鳥。

 

その中央を、黄金の王者が突き抜けようとしている。

 

ゴール板が迫る。

 

「譲らない! 譲らない! マヤノとブライアンがまったく譲らない!!」

「誰が抜ける! 誰が抜ける! 誰が抜けるんだッ!!」

 

十メートル。

 

「マヤが逃げ切るか?! ブランが差し切るか?!」

 

五メートル。

 

「アルタユきたッ!グラスも伸びてくるッ!一塊で突っ込んできたぁぁぁぁぁ!!」

 

嘴が並ぶ。

翼が重なる。

脚が白砂を蹴り上げる。

 

 

八羽が、ほとんど一つの塊になる。

 

 

"戴くは我が旗よ、キサマらの出番は無いぞ!"

"大地の合力は無限だッ! 俺は止まらんぞ!"

"まだだ、まだ一番星は落ちていない! 振り絞れッ!!"

"まだ飛べる! フィナーレを飾るのはこの僕だ!"

"撃ち落とす! 今ここでッ!!"

"風は止まらないんだ! 今日も吹き抜ける!"

"今! ……御首、頂戴いたします!"

"路は開いた。ワタシの勝ちだ"

 

 

「大接戦だぁぁぁぁぁ―――」

 ―――ドゴォォォォーン!!

 

実況が一瞬、言葉を失う。

 

爆発音。

 

競争場の上空で。

 

ゴール板の真上で巨大な爆発音が鳴り響いた。

 

「……気の早い祝砲が鳴り響いたぁぁぁ!」

 

赤。

 

青。

 

緑。

 

黄金。

 

何発もの花火が、ゴール板の上に咲く。

 

『もう上げたのか!?』

 

『誰が勝ったんだ!』

 

『見えなかったぞ!』

 

『今の花火で余計に分からない!』

 

八羽がゴール板を駆け抜けた。

 

ほとんど同時。

 

マヤが前だったようにも見える。

 

ブランの嘴が出ていたようにも見える。

 

内からティルが届いたようにも。

 

外からラオーがすべてを飲み込んだようにも。

 

グラス、メテオ、サリア、ビーナスも、わずかな差で雪崩れ込んでいる。

 

観客席全体が揺れた。

 

勝ったと叫ぶ者。

 

負けていないと叫ぶ者。

 

投票券を空へ投げる者。

 

慌てて拾い直す者。

 

隣の見知らぬ者と肩を組み、何が起きたのか分からないまま歓声を上げる者。

 

『マヤだ! マヤが残した!』

 

『違う、ブランが差した!』

 

『ラオーだ! 最後に黄金が前へ出た!』

 

『内を見ろ、ティルがいるぞ!』

 

『グラスも並んでいた!』

 

『誰でもいい、判定を早くしてくれ!』

 

「写真判定です! まだ勝者は分かりません! 皆さん、落ち着いて投票券はまだ捨てないでください!」

 

その注意が遅かったのか、観客席のあちこちで、空へ舞った紙片を追いかける者たちが一斉に屈み込む。

 

『俺の券!』

 

『それは私のだ!』

 

『番号を見ろ、番号を!』

 

『踏むな! 頼むから踏むな!』

 

走路の先では、八羽が少しずつ速度を落としていく。

 

激しく上下していた体が、長い直線の向こうでようやく歩調を緩めた。

 

実況席にも、遅れて静けさが戻ってくる。

 

 

―――

 

 

「現在、写真判定が行われています」

 

「いやぁー、すごいレースでしたね。これぞまさに!といった感じでしょうか。」

 

「では、改めてレースを、今年のジュノグランプリを振り返りましょう!」

 

「序盤はセルビナスカイが大逃げ。後続を大きく引き離しました」

 

競争場の巨大な表示板には、ゴールの瞬間を捉えた画像がまだ映らない。

 

代わりに、各所で係員たちが慌ただしく走っている。

 

「中盤にはいったところで、ウィンダスターオーが一気に加速『『『メテオスパートッ!』』』…で先頭へ」

 

「ええ、今も子供たちから大きな声で、そうメテオスパートと声がありましたね!」

 

「セルビナスカイはウィンダスターオーの背後へ入り、風を利用しました。さすがに風を読むのがうまいですねー」

 

「そこへサンデーサンドリアが鋭い加速。さらに大外からバストゥークグラスが進出。三国の競争鳥が一斉に動く展開」

 

三国の来賓席では、誰も座ろうとしない。

 

サンドリアの騎士たちは腕を組み、表示板を見据える。

 

バストゥークの技師たちは、空中へ指で線を引きながら何かを計算している。

 

ウィンダスの魔道士たちは、目測だけでは判定不能だと議論を始めていた。

 

「終盤ではマヤノアトルガンとマウラブライアンが先頭へ。二大飆脚の一騎打ちとなりました」

 

「しかし、今年は二羽だけでは終わりませんでしたね」

 

セルビナの人々が祈るように手を組む。

 

マウラの船乗りたちは、声を枯らしてブランの名を叫び続ける。

 

ノーグの一団は、内側から現れた蒼い幻影の走りを思い返し、互いに不敵な笑みを交わす。

 

アトルガンの護衛たちは、マヤが残したと主張する者と、ラオーの勢いが勝ったと主張する者に分かれていた。

 

「残り三百メートル」

 

「ここで一気に展開が加速しましたね。先頭から最後方までの差が一気に縮まりました」

 

「そしてティルナノーグが姿を消し、マヤノアトルガンのさらに内側から出現」

 

「ここは本当に驚きましたね!」

 

「その動きによって鳥群の中央に、わずかに生まれた隙間を見逃しませんでした」

 

「アルタユオペラオーですね」

 

「残り百メートル手前からの追い上げは圧巻でした」

 

「まさかあの位置から届くなんて誰も思いませんよ!」

 

実況の声が落ち着くほど、観客の緊張は高まっていく。

 

誰もが表示板を見ている。

 

何万もの視線が、たった一か所へ集まっている。

 

やがて。

 

表示板の端に、白い文字が浮かんだ。

 

――写真判定中。

 

それだけだった。

 

勝者の名は、まだない。

 

競争場を覆う声が、少しずつ小さくなる。

 

八羽が駆け抜けた余韻だけが、白砂の上に漂っている。

 

舞い上がった砂。

 

遠ざかる祝砲の煙。

 

握り締められた投票券。

 

そして、誰のものとも決まらない勝利を待つ、何万もの息遣い。

 

「判定が出るまで、もうしばらくお待ちください」

 

表示板の文字は変わらない。

 

春の祭典、ジュノグランプリ。

 

その勝者は、まだ誰にも分からなかった。

 

 




(=゚ω゚)ノ
白熱の大接戦!勝負の結果や、いかに!?
皆さんの推し鳥の活躍はどうでしたか?



―――何処かの部屋で交わされてた会話―――

厚い絨毯が足音を吸い、壁際には精緻な装飾を施された調度品が並んでいる。

大きな窓から差し込む光を受け、磨き上げられた卓上の銀器が静かに輝いていた。

どう見ても、並の者が寛ぐための部屋ではない。

「まぁそれなりに面白いレースだったかな。そこは褒めてあげるよ。でもどの子も僕ん家の子には勝てないよ」

「ハッハッハ、なかなかに手厳しいですな」

「いやいや。若君、アレを出してくるのは反則ですぞ。それこそ始皇帝でも持ってこねば勝負にならんでしょう」

「フン、暴君だろうが、始皇帝だろうが、どいつが来ても関係ないよ。飛ぶように翔ける黒鳥に敵うやつはいない。勝つのは僕の英雄だ」

少年が振り返る。

「……ねぇ、君もそう思うだろう?」


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