開幕!春の祭典、ジュノグランプリ   作:金髪ヒュムさん

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長い長い写真判定の先にあった、ひとつの結末。

赤銅の重戦車は、迷わず大地を踏み抜く。

大地を相棒とする競争鳥の、仲間たちと掴んだ勝利のお話



決着編その弐 バストゥークの祝砲

 水面へ空が映ったような、淡い青。

 

 それが一枚の羽となり、翼となり、競争鳥の形を作る。

 

 ――ティルナノーグ。

 

 蒼い幻影が、先頭のすぐ内側に姿を現した。

 

 足音はない。

 

 激走する七羽の中で、その一羽の周囲だけが不自然なほど静かだった。

 

『あのチョコボ!?……忍鳥上がりかッ!』

 

 来賓席で立ちあがった男から驚愕の声が飛ぶ。

 

「内だ! 内側からティルナノーグ! マヤノアトルガンのさらに内側から伸びてくる!」

「いったいどこから抜けてきた!?」

 

 ティルが伸びる。

 

 水面を滑る幻影のように、マヤの内側へ並びかける。

 

 マヤが気づいた。

 

 内から蒼い気配が迫る。

 

 黄金の体が、ほんのわずかに外へ動く。

 

 それに合わせて、ブランも外へ寄った。

 

 その動きを、グラスも捉えていた。

 

 大外を走る赤銅色の巨体。その分厚い前脚は、すでに次の一歩へ踏み出されている。

 

 内からティル。

 

 外へ動くマヤ。

 

 その動きを追うブラン。

 

 密集した鳥群の圧力が、わずかに外側へ膨らんでくる。

 

 脚の置き場を変えれば避けられる。

 

 歩幅を縮めれば、動いた二羽へ合わせることもできる。

 

 だが、踏み込む位置を変えれば、力は散る。

 

 大地へ預けるはずだった重さが、わずかに逃げる。

 

 グラスはすべてに気づいていた。

 

 気づいたうえで、切り捨てた。

 

 マヤが動こうが。

 

 ブランが寄ろうが。

 

 蒼い幻影が内を走ろうが。

 

 足元の大地は、どこへも逃げない。

 

 ――"関係ない!"

 

『そのまま行け、グラス!』

 

『迷うな! 踏み抜けぇぇぇッ!』

 

 二羽が外へ動いたことで、競争鳥の密集した中央に一瞬だけ隙間が生まれる。

 

 蒼い残像が走った。

 

 その跡だけが、不思議なほど静かに開いていた。

 

 ラオーの瞳が開く。

 

 前方。

 

 今まで壁に塞がれていた鳥群の中に、一本の道が見えた。

 

 残り百ヤルム。

 

『いけ……』

 

 アルタユ厩舎の装束を纏った人物が、手すりをつかむ。

 

『いけッ、ラオーッ!!』

 

 黄金の王者の走りが変わった。

 

 堂々と上げていた首を落とす。

 

 体が沈み込む。

 

 前傾姿勢。

 

 だが、それはブランの低空姿勢とは異なる。

 

 跳ぶ前の竜が、大地へ力を溜めるような沈み込み。

 

 純白の飾り羽が後方へ流れる。

 

 ラオーの脚が大地へ触れた。

 

 たった一度。

 

 その一踏みが、レースのすべてを飲み込んだ。

 

 グォン――!

 

 白砂が円形に弾け飛ぶ。

 

 黄金の体が、光となって前へ出た。

 

 ビーナスも動く。

 

「ここでセルビナスカイ! ……スカイがきたッ、ここにきて再加速だッ! スリップストリームから抜け出した! まだ諦めていないぞぉ!」

 

 メテオの後ろで借り続けた風から飛び出し、芦毛の体が再び加速する。

 

 内からティル。

 

 中央にマヤとブラン。

 

 その後ろからビーナス。

 

 三国のメテオ、サリア、グラス。

 

 グラスの視界の先で、紫の翼が揺れる。

 

 一番星は、まだ落ちていない。

 

 その外では、漆黒の輪郭が細く鋭く研ぎ澄まされていく。

 

 黒翼の大彗星も、退くつもりはない。

 

 ウィンダス。

 サンドリア。

 三国の旗を背負う二羽が、同じ栄冠へ脚を伸ばしている。

 

 ならば。

 

 バストゥークだけが退く理由など、どこにもなかった。

 

 グラスの前脚が、白砂へ触れた。

 太い指が砂を噛む。

 厚い胸板が沈む。

 肩から背へ連なる筋肉が収縮し、腿を包む羽毛の下で、幾本もの太い筋が浮かび上がる。

 

 速さだけを求めた、軽い踏み込みではない。

 

 グラスという一羽を形作る、すべてを乗せた一歩。

 

 巨体の重さ。

 ここまで残してきた脚。

 焼ける肺。

 勝利を求める意志。

 

 その一つひとつを、足元へ集めていく。

 

 白砂が深く沈む。

 

 爪が砂の下の固い地面を捉える。

 

 グラスは姿勢を直さない。

 

 周囲へ合わせようともしない。

 

 最初に定めた場所へ、最初に決めた歩幅のまま、全重量を預けた。

 相棒なら受け止める。

 相棒なら返してくれる。

 

 そこに迷いはなかった。

 

 グラスの巨体が、さらに深く沈む。

 

 押し潰された白砂が脚の周囲へ盛り上がる。

 

 地の底で、何かが軋んだ。

 

 周囲を満たしていた八羽の足音と歓声が、その一瞬だけ遠ざかる。

 

 大地が、グラスのすべてを受け止めた。

 

 ――そして。

 

 踏み抜かれた大地が応える!

 

 装薬のごとく爆ぜ返す。

 

 ズドォッ!!

 

 猛き咆哮が、グラスの巨躯を砲弾へと変える。

 

 白砂が爆ぜた。

 

 赤銅色の巨体が、大地から撃ち出される。

 

『来たッ!』

『大地が弾けたぞ!』

『撃てぇぇぇ! 重戦車ァァァッ!』

 

 そして、そのすべてを縫うように黄金の光が迫る。

 

「アルタユきたッ!」「届くのかッ?!」 一羽を抜く。

「アルタユきたッ!」「ここからッ?!」 さらに一羽。

「アルタユきたッ!」「本当にッッ?!」 実況席の二人が、同時に立ち上がった。

 

 ラオーの一歩は大きく、力強く、それでいて無理がない。

 開いた道へ正確に脚を運び、前にいる競争鳥との距離を一歩ごとに消していく。

 

「「あの位置から届くのかぁぁぁぁ!!」」

 

 それでも。マヤとブランが先頭を譲らない。

 

 自由の翼が伸びる。

 深海の狩人が食らいつく。

 内から蒼い幻影。

 外から赤銅の重戦車。

 紫の一番星。

 漆黒の大彗星。

 再び風をつかんだ逃げ鳥。

 

 その中央を、黄金の王者が突き抜けようとしている。

 

 ゴール板が迫る。

 

「譲らない! 譲らない! マヤノとブライアンがまったく譲らない!!」

「誰が抜ける! 誰が抜ける! 誰が抜けるんだッ!!」

 

 十ヤルム。

 

「マヤが逃げ切るか?! ブランが差し切るか?!」

 

 五ヤルム。

 

「アルタユきたッ!グラスも伸びてくるッ!一塊で突っ込んできたぁぁぁぁぁ!!」

 

 嘴が並ぶ。 翼が重なる。 脚が白砂を蹴り上げる。

 

 八羽が、ほとんど一つの塊になる。

 

 

 ――"大地の合力は無限だッ! 俺は止まらんぞ!"――

 

 

 八つの意志が、同時にゴールへ伸びる。

 

 グラスは最後の一歩を踏み込んだ。

 

 ティルが現れた瞬間にも変えなかった、その歩幅。

 

 マヤとブランが動いてもずらさなかった、その軌道。

 

 最初に定めた位置へ、最後まで寸分違わず太い脚を叩き込む。

 

 力は散っていない。

 

 ひとかけらも逃げていない。

 

 預けたすべてが、大地から返ってくる。

 

 白砂が爆ぜた。

 

 赤銅色の胸が、ほんのわずか前へ出る。

 

 羽根一枚にも満たない差。

 

 それでも確かに、大地から撃ち出された砲弾が、七羽の壁を押し抜いた。

 

「大接戦だぁぁぁぁぁ―――」

 ―――ドゴォォォォーン!!

 

 実況が一瞬、言葉を失う。

 

 爆発音。

 

 競争場の上空で。

 

 ゴール板の真上で巨大な爆発音が鳴り響いた。

 

「……気の早い祝砲が鳴り響いたぁぁぁ!」

 

 赤。

 

 青。

 

 緑。

 

 黄金。

 

 何発もの花火が、ゴール板の上に咲く。

 

『もう上げたのか!?』

『誰が勝ったんだ!』

『見えなかったぞ!』

『今の花火で余計に分からない!』

 

 八羽がゴール板を駆け抜けた。

 

 ほとんど同時。

 

 マヤが前だったようにも見える。

 

 ブランの嘴が出ていたようにも見える。

 

 内からティルが届いたようにも。

 

 外からラオーがすべてを飲み込んだようにも。

 

 グラス、メテオ、サリア、ビーナスも、わずかな差で雪崩れ込んでいる。

 

 観客席全体が揺れた。

 

 勝ったと叫ぶ者。

 

 負けていないと叫ぶ者。

 

 投票券を空へ投げる者。

 

 慌てて拾い直す者。

 

 隣の見知らぬ者と肩を組み、何が起きたのか分からないまま歓声を上げる者。

 

『マヤだ! マヤが残した!』

『違う、ブランが差した!』

『ラオーだ! 最後に黄金が前へ出た!』

『内を見ろ、ティルがいるぞ!』

『グラスも並んでいた!』

『誰でもいい、判定を早くしてくれ!』

 

 グラスを追っていた観客たちは、花火の煙の向こうを凝視していた。

 

『外だ! 最後の一歩を見たか!?』

『赤銅が出た!』

『大地が押したんだ! グラスが前だ!』

『まだ分からん! だが、届いている!』

 

「写真判定です! まだ勝者は分かりません! 皆さん、落ち着いて投票券はまだ捨てないでください!」

 

 その注意が遅かったのか、観客席のあちこちで、空へ舞った紙片を追いかける者たちが一斉に屈み込む。

 

『俺の券!』

『それは私のだ!』

『番号を見ろ、番号を!』

『踏むな! 頼むから踏むな!』

 

 走路の先では、八羽が少しずつ速度を落としていく。

 

 激しく上下していた体が、長い直線の向こうでようやく歩調を緩めた。

 

 グラスもまた、荒い呼吸を繰り返していた。

 

 厚い胸板が大きく上下する。

 

 最後の一歩まで力を預け切った脚には、重い疲労が残っている。

 

 グラスは一度だけ、足元へ視線を落とした。

 

 踏み荒らされた白砂。

 

 八羽が刻んだ無数の足跡。

 

 その下に、変わらず大地がある。

 

 "相棒はすべてに応えてくれた、俺もすべてを出し尽くした。後悔はない"

 

 

 巨大な表示板へ、白い文字が浮かぶ。

 

 ――写真判定中。

 

 バストゥークのスタッフたちは、誰一人として座ろうとしなかった。

 

 調教師は腕を組んだまま、表示板を睨んでいる。

 

 厩務員たちは、ゴール板とグラスが残した深い足跡を何度も見比べていた。

 

『最後の一歩だ』

『うむ』

『あれだけは、誰にも負けていなかった』

『信じろ。グラスと大地を』

 

 やがて、実況がレースを振り返る。

 

 誰もが声を抑え、判定の時を待ち続ける。

 

 

 ――表示板の文字が消えた。――

 

 

 観客のざわめきが、競争場の奥から奥へと引いていく。

 

 実況席から、息を吸い込む音が響いた。

 

「判定が出ました! 一着、バストゥークグラス! 二着――」

 

『『『ウォォォォォォォォッ!!!』』』

 

 二着の名は、聞こえなかった。

 

 バストゥークの歓声が、実況も、周囲の声も、花火の残響さえも呑み込んだ。

 

『グラスだ!』

『重戦車が押し切ったぞ!』

『見たか! これがバストゥークの力だ!』

『大地ごとゴールへ持っていきやがった!』

 

 握り締めていた拳が空へ上がる。

 互いの肩や背を叩く音が響く。

 厩務員たちは柵際へ駆け寄り、調教師も固く結んでいた腕を解いた。

 

 グラスは、歓声へ顔を上げる。

 

 今日まで羽身を仕上げてきた者たち。

 

 脚の状態を確かめ続けた者たち。

 

 食事を整え、眠りを見守り、この走路へ送り出した者たち。

 

 皆が、自分の勝利のように笑っている。

 

 グラスは、その一人ひとりを見た。

 

 誰か一人へ向けるのではない。

 ここまで支えてくれた、すべての者へ。

 そして最後に、もう一度だけ足元へ視線を戻す。

 

 大地は何も言わない。

 

 勝利を誇ることもない。

 

 見返りを求めることもない。

 

 ただ、預けたすべてを受け止め、最後まで返してくれた相棒がいる。

 

 グラスは、白砂を静かに踏みしめた。

 

 その感触を確かめる。

 

 スタッフたちの歓声を聞きながら。

 

 大地へ向けて。

 

 そして、自分をここまで支えた全員へ向けて、言葉を置いた。

 

 ―― "俺達ならどこまでもいけるさ、なぁ相棒" ――

 

 




(=゚ω゚)ノ お待たせしました。グラス推しの方、おめでとうございます!

 おみごと! バストゥークグラスの祝砲が上がりました!

 静かに、相棒へ勝利を伝えるグラス。
 
 大地と仲間たちと掴んだ、彼らしい決着になったと思います。

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