TS死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい 作:銀髪幼女
「わぁ……! すごい、レナちゃん! これ、本当に全部試食していいの!?」
午前十時。陽光が優しく降り注ぐ王都の中央広場近く、色鮮やかな露店が立ち並ぶメインストリートで、私は思わず素の歓声を上げていた。
私の目の前に広がるのは、王都でも評判の高級洋菓子店、レーヴの店頭に並べられた、色とりどりのタルトやクッキーの山だ。
普段は聖女としての威厳を守り、火炙りを回避するため。そして何よりあの屍たちの異常行動を監視し、夜な夜な死体メンテナンスをするためにほとんどの時間を割いている私にとって、こんな可愛い女の子とお出かけすること自体が夢のような話であった。
「はい! ここのお店、父様の推薦状があると、新作タルトが一口サイズで試食できるんです。聖女様、甘いものお好きですか?」
「もちろん!」
私は目を輝かせながら、小さなフォークでいちごのタルトを口に運んだ。
カスタードの濃厚な甘みと、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
なんて幸せなのだろう。生きててよかった。
毎日毎日、
「ふふ、聖女様って、普段はおごそかで完璧な方なのに、こうして見ると普通の女の子なんですね」
私の幸せに満ちあふれた顔を見て、レナも嬉しそうに目を細める。
「もう、聖女様だなんて余所余所しい呼び方はやめて、レノって呼んで? 今日はただの友達として遊んでほしいの」
「えっ……! じ、じゃあ……レノちゃん、とお呼びしてもいいですか……?」
「ええ、勿論よレナちゃん!」
二人で顔を見合わせ、キャッキャと楽しそうに笑い合う。
まさに絵に描いたような、平和でほのぼのとした少女たちの休日――のはずであった。
*
「……見たか、ガーランド、ルナ。聖女様がうまいと呟いた瞬間のあの無防備な顔を」
建物の陰から顔半分だけを覗かせ、爽やかな笑顔のまま狂気的な眼光を輝かせているのは、勇者レイモンドであった。
「……ああ、レイモンド。あの洋菓子店の店員、聖女様にタルトを差し出す際、一瞬だけ手が触れそうになった。間違いねぇ、あれは狩人の眼だ」
ガーランドが大斧の柄をギチギチと握りしめる。隠れる気がないのか、巨大な大斧の先が路地から丸見えであった。
「二人とも落ち着いて。ここは街中なんだから、大斧なんて振り回したら聖女様の休日が台無しになっちゃう。警戒なら、私の魔法で完璧だから」
ルナがため息交じりに呟く。
ギルドの全依頼をこなしてなお体力が有り余っている彼ら死体にとって、聖女レノの護衛は、まさに最高の娯楽であり任務だった。
「……よし、店員に不審な動きはない。だが、聖女様が店を出られた後のルート上に路上パフォーマンスの曲芸師がいる。ガーランド、もしナイフのお手玉に失敗して刃物が聖女様の方へ飛んでいったらどうする?」
「……その前に芸師の腕を切り落とし、不敬罪で処刑だ」
「完璧だ。二人とも、影からの護衛を継続するぞ。聖女様の笑顔は、俺たちが死んでも守る!」
そんな三人による狂気の裏作戦会議など露知らず、レノは試食のタルトに舌鼓を打ちながら、レナと楽しそうに笑い合っていた。
「レナちゃん、次はどこへ行くの?」
「あ、次はすぐそこにあるお洋服屋さんのシルフィです! レノちゃんに絶対似合う可愛らしいドレスがあるんですよ!」
「本当!? 行きましょう!」
レナに手を引かれて歩くレノ。その十メートル後方では、建物の影や屋根の上を人間離れした動きで跳躍しながら追走する三つの屍の姿があった。
*
レナに連れられてやってきたのは、白を基調とした清潔感あふれるお洒落なブティック、シルフィ
だった。
普段は聖女の白い法衣ばかり着ている私にとって、色とりどりの服を見るだけでも心が躍る。
「レノちゃん、これなんてどうですか? 淡いピンクのパフスリーブワンピースなんですけど、レノちゃんの雰囲気にぴったりだと思います!」
「可愛い! 試着してみてもいいかしら?」
私はウキウキした足取りで試着室へ入り、ピンクのワンピースに着替えた。
姿鏡に映った自分は、どこからどう見ても、普通の可愛い女の子そのものだ。
こういう服をずっと着てみたかった。だが、着れなかった。何故か。壊滅的に似合わないからである。
私は満足げに試着室のカーテンを開けると、外で待っていたレナちゃんに向かって声をかけた。
「レナちゃん、着替えてみたわ! どうかしら……?」
「わぁ……! すごいです、レノちゃん! すっごく可愛いです! まるで妖精さんみたい……!」
レナちゃんが両手を叩いて歓声を上げてくれる。
「本当? ふふ、レナちゃんにそう言ってもらえると嬉し——」
私が微笑んだ、その時だった。
ふと、頭上から妙な気配と視線を感じ、何気なく天井を見上げた。
この店舗は開放感を出すためか、天井の中央部分が採光用の美しい吹き抜けのガラス張りになっているのだが——
「……っ!?」
そこに、何かがいた。
ガラス張りの天井の外側に、四つん這いになり指を突っ張らせて、べったりと張り付いている男。
勇者レイモンド。
彼は血走った目をカッと見開き、ガラスに顔を押し付けながら、狂気的な眼光でこちらをジッと見下ろしていた。
さらにその横には、涙を流しながら拝んでいるガーランドと、ルナの姿まで見えた。
何やってんだこいつら。
「レノちゃん……? どうしたんですか、上なんて見上げて……?」
私の表情が凍りついているのを見て、レナが不思議そうに首をかしげる。
「な、なんでもないの何でもないのよレナちゃん!!」
私は大慌てでレナちゃんの視線の先に立ち塞がると、猛スピードで試着室のカーテンを閉め、元の法衣へと着替えた。
「さ、さあレナちゃん! ここはもう十分堪能したから、次のお店へ行きましょう! 急いで!」
「え? あ、はい……!」
私は引きつりそうな顔を必死に隠しながら、困惑するレナの手を引っ張って、逃げるように服飾店を後にした。
*
服飾店を全速力で逃げ出した私たちは、王都の西側に位置する静かな公園へとやってきていた。
大きな噴水の前のベンチに腰掛け、冷たい果実水を飲みながら一息つく。
「ごめんなさいねレナちゃん、急に慌ただしくしちゃって」
「ううん、ううん! 私の方こそ、連れ回しちゃってごめんなさい。でも……聖女様――ううん、レノちゃんとこうしてお話しできて、私、本当に嬉しいんです」
レナちゃんは果実水のコップをぎゅっと握りしめ、少し照れくさそうに微笑んだ。
「お父様がいつも言っているんです。聖女様は、ご自身の命を削ってまで傷ついた冒険者たちを救っていらっしゃる、まさに聖女の鑑のようなお方だって。でも……祝勝会の時も、今朝の依頼の時も、レノちゃんはいつだって自分のことより周りの人を優先して……なんだか、見ていて少し心配になっちゃって」
「レナちゃん……」
「だから今日、レノちゃんが普通の女の子みたいに笑ってくれて、甘いものを食べて喜んでくれて。私、すごく嬉しかったんです。レノちゃんには、もっとたくさん幸せになってほしいから」
レナの真っ直ぐで温かい言葉が、私の心にじんわりと染み渡っていく。
私は本当の聖女なんかじゃない。死体を魔法で動かして誤魔化してるだけの、偽物で紛い物だ。
罪悪感が胸を刺す。けれど、レナが私に向けてくれている優しさと好意だけは、間違いなく本物だった。
「ありがとう、レナちゃん。……私ね、今日レナちゃんと過ごせて、本当に楽しかったわ。こんなに心が軽くなったの、何年ぶ――」
私が心からの笑顔で感謝を伝え、互いに微笑み合っていた――その時だった。
ドゴォォォォンッ!!
「……え?」
突如、公園の遠方、恐らく八百屋のワゴン車か何かから弾け飛んだのであろう、青々とした緑の塊――キャベツが、空気を切り裂く爆音とともに私の顔面を目がけて一直線に飛来してきた。
砲弾並みの速度のキャベツ。避ける余裕すらない――あ、死んだ。半ばそう確信し、目を瞑りかけた瞬間。
シューーージッ!!
「身体強化——超加速ッ!!」
突風が吹き荒れ、私の目前に一人の男が割り込んできた。勇者レイモンドだ。
彼は私に背を向け、肉壁となって爆速キャベツをその顔面で受け止め、
ブチィッ!!
凄まじい衝撃音が響く。
そして、あまりの衝撃により、彼の首が、みちみちと音を立ててグルリと180度回転した。
私には背中が見えているはずなのだが、顔だけが真後ろ、つまり、私の正面を向いている。
「き、きゃああああああああああっ!!? 首! 首がああぁぁっ!!?」
目の前で起きた怪奇現象に、隣にいたレナちゃんが喉が引き裂かれんばかりの悲鳴を上げて腰を抜かした。
いやそりゃ悲鳴上げるわ。身体が逆を向いた状態で首だけ180度回って目が合ってるんだもの。
ホラー以外の何物でもない。
「……安心してください聖女様。貴方の休日は、俺が守ります」
キリッとした表情で決め台詞を言い放つレイモンド。
しかし、彼が格好をつけたまさにその瞬間。
ドゴォッ!!
何故か再び飛んできた二つ目の爆速キャベツが、間髪入れずにレイモンドの顔面へ追撃としてぶち当たった。
メキョッ……グラッ。
「あ」
一発目のキャベツで180度回転し、限界まで脆くなっていた彼の首の骨が、二発目の衝撃で完全に折れた。
ガクン、と力なく首を折り曲げたレイモンドは、そのまま糸の切れた人形のように、どさりとその場に突っ伏して動かなくなった。
「レイモンドーーーーーッ!!?」
私はあまりの惨状に頭を抱えて叫んだ。
そこへ、ベンチ近くの茂みからガーランドとルナがガサガサと飛び出してきた。
「レイモンドーッ!? しっかりしろ! レイモンドーッ!!」
「首が、首が完全に折れて骨が飛び出しかけてる……! 聖女様のお願いします、早く回復魔法を……!」
「いや、聖女様の手は煩わせない! 俺が無理やりくっつけてやる! 待っていろレイモンド! 今くっ付けるからな!!」
悪気ゼロでレイモンドの首をワシワシと手で力任せに引っ張って戻そうとする二人の屍。
「あああもうやめて! 弄らないで! 治すから! 治すから一回黙ってて!!」
レナちゃんが「聖女様、一体、何が起きてるんですか……?」と今にも卒倒しそうになっているのを横目に、私は必死に死霊術と修復魔法を展開した。
*
「申し訳ございませんでした――!」
やっとの事で死体の修復を終えた私に、勇者レイモンドは土下座していた。隣にはレナが座り、レイモンドの後ろでは、ぺろぺろとアイスを舐めているルナと、ぶつかった衝撃で粉砕したキャベツの残骸を集めているガーランドが見える。
「私じゃなくて、レナちゃんに謝ってもらえる?」
「レナ殿、本当にすみませんでした!! なんと申したらいいのか、」
「え、えっと、その、首は大丈夫なんですか……?」
「ええ、首でしたら先ほど聖女様に直していただきましたので、この通りに」
レイモンドが綺麗に治っている自らの首筋をレナに誇らしげに見せる。
一体いつから彼は、私に対して敬語を使うようになったのだろうか。
「それは、良かったですね……」
「この通り、この通りに……!!」
と、みんなの憧れの勇者様が地面に頭をこすりつけている。なんてショッキングな映像なのだろうか。
このままじゃ私が、まるで勇者を下僕にしている悪徳聖女みたいじゃないか。
「わかったから顔を上げてください、レイモンド様。私は大丈夫ですから。けれど、国の勇者ともあろう方が白昼堂々とストーキングなんて、褒められたことではありませんよ」
私がそういうと、レイモンドが子犬のような顔をこちらに向けた。
分かったのか分かってないのか定かではないが、結局他二人を連れて先に帰ってもらった。
一日通して遊んでみて一つわかったことは、私には休日がない、という事だ。
彼ら三人が近くにいるときも、そうでないときも、常にあの死体三銃士の事が頭にある。
まるで、我が子を思うが故に気が気ではない母親のようだ。
そう考えると、子犬の様、というのは強ち間違いではないのかもしれない。
少なくとも、子犬並みに打たれ弱いわけだし。
全く、なんであれが勇者なんだ。
マジで、どういう方式で決められているのか不思議でならない。