メイクデビューは明日、今日は既に時刻は0時を回っている。
「明日はメイクデビューだってのにいくらなんでも忙しすぎだろ。友情トレーニングの研究もまだ全部終わったってわけじゃねえし、出走するウマ娘の分析だってある」
俺に能力がなきゃいくらあっても時間は足りなかっただろうな。
出走ウマ娘を一通り見たが、あいつに匹敵するような能力を持ったウマ娘は見当たらなかった。
友情トレーニングによってトレーニング効率が飛躍的に上がったことだし、メイクデビューはあいつなら難なく勝てる。
祝いの準備をしておかねぇとな。
当日、俺はいつものように観客席でレースの開始を待っていた。今日は賭けることはしない。担当バに賭けるのは禁止されてる。なにより夢がねぇ。
「私も彼女の実力は理解しているつもりだが、それにしても君は全く心配していないようだね?」
隣にいるタキオンが話しかけてくる。
「多少のミスがあったところでまず間違いなくスカイが勝つ。友情トレーニングのおかげで更に強くなったあいつは負けねぇさ。
なによりその過程でサイコパスマッドサイエンティストのモルモットになる羽目になったんだ。勝ってもらわなきゃ困る」
「私のモルモットになると言い出したのは君からだろう?」
「モルモットになるとは言ったが、毎日のように薬を飲んだり浴びせられるのはいくらなんでもおかしいだろ。お前に人の心はねぇのか?」
「お前らちょっとは静かにできねェのかよ?あァ?」
三人でそんなことをやっていればそろそろレースが始まる時間帯になった。
「少し緊張しているように見えるねぇ」
「メイクデビューはウマ娘にとって最初の名のあるレースだからな。それも仕方ねぇ。この先しなけりゃいい話だ」
『ゲートイン完了
出走の準備が整いました』
「少し出遅れちまったか?」
「まあそう心配すんなよシャカール。多少出遅れたが、別に追いつけなくなるほどのもんでもない。スカイは逃げだけじゃなくて先行策もいける。勝利には影響しねぇさ」
第二から第三コーナー、やがて最終直線へと向かう。
【内から来るか、外から来るか!
最後の局面です!】
『セイウンスカイ!まだ末脚が残っている!』
『先頭はセイウンスカイ!突き放す!』
「勝ったな」
『セイウンスカイ!
一着でゴールイン!』
『メイクデビューを制しました!
セイウンスカイの完勝でした!』
「ふゥン。より一層彼女に対して興味が湧いてきたよ」
声援が聞こえてくる。
ようやく観客はスカイの実力に気づいたらしい。
「んじゃ、主役を迎えに行くか」
「よくやったなスカイ。祝いの席を用意してあるから準備しとけよ」
「相変わらず用意がいいですね。選抜レースの時もそうでしたけどトレーナーさん、絶対勝つ前提で用意してますよね?」
「そりゃあそうだろ、お前が負けるなんて思ってねぇし」
「そう言われるとなんか照れますね…」
「何でもいいから早く準備してこいよ」
「はいはい、わかってますよ〜」
「乾杯だとなんだか負けるようで縁起が悪いので完勝にしましょう」
「なんだかどこかで聞いたような台詞だねぇ…」
「それでは、乾杯〜!」
「結局乾杯じゃないですか!」
「細けえことは気にすんなって」
「ていうか、毎回思うんですけど、トレーナーさん教え子の前でお酒飲むの教育者としてどうなんですか?」
「慶事で酒を飲まないなんてありえねぇだろ。飲まねぇと手が震えておかしくなりそうになるんだよ」
「典型的なアルコール依存症だねぇ」
「どうやってトレーナになったんだてめェは…」
「野菜を残すんじゃねぇタキオン!」
「それはできない相談だねぇ。食事は栄養補給のために行うものだ。私は十分必要な栄養を摂取している、よってこの野菜を食べる必要は全くない。だいたい、君だってこのキノコを残しているじゃないか。人に言うのであればまず自分からやってみせるべきだと思うが?」
「うるせぇ!菌類が食べ物なわけねぇだろイカれてんのか!」
「チッさっきからうるせェ。お前ら少しくらい静かにできねェのか?あァ?」
「なんだとクソガキ。かかってこいシャカール。ボコボコにしてやらァ!」
「完敗ですねトレーナーさん」
「前が見えねェ…」
「テメェもこうなりてェかタキオン?」
「わ、私が悪かったからその拳を収めてくれないかいシャカール君」
その後2時間ほど経って解散した。
(クソっ、選抜レースの時と違って人数が増えた分会計がバカ高けぇ。最近財布からも口座からも金が消えていきやがる。タキオンをどうにかしねぇとマジで破産しちまうぞこれ…)
辺りはすっかり暗くなっていた。
(あ?なんか今見えた気がするな)
そんな中で人影を見かけた。
ガサッ
今度は草が揺れる音がした。
「なんだぁ?」
音の方へ目を向けると、人影が見えた。
(好奇心は猫を殺す。だが俺は猫じゃねぇんでな。いくら好奇心旺盛だろうと構わねぇのさ)
人影の方に向かっていく。
「なんだよなんもいねぇじゃねぇか。幻覚でも見たか…?酒もそろそろ控えねぇといけねぇかもな」
シーンとした空間に、自分の声だけが響いた。
タッ……
タッ……
タッ……
「は?」
周囲を見渡しても何もいない。
(なんだ?わからねぇが何かやばい)
タッ……
タッ……
タッ……
何かが迫ってくる。
(やべぇ。やべぇやべぇやべぇ!)
冷や汗が出る。
(何がきてるのかもわからねぇが、とにかく走らなきゃやべぇ)
これまでにないほど全力で走る。
どれだけ走っても足音は離れない。むしろ近づいていくばかり。
「クソっ!どうなってやがんだよ!」
息遣いは聞こえてこない。にも関わらず何かが迫ってくる足音だけが聞こえる。
(夢か?夢だって言ってくれねぇかなぁ!?)
タッ……
タッ……
タッ……
一歩、また一歩、音が近づいてくる。
酔いは完全に覚めきっていた。だというのに、今起こっていることはあまりに非現実的な事だった。
(このままじゃ追いつかれる。なにかねぇのか?)
しかし、疲弊した身体では考えがまとまるはずもなかった。
タッ……
タッ……
タッ……
(なんで振り返っても何もいねぇんだよ!姿が見える分借金取りのほうがまだマシだ!)
足音がついに耳元まで迫ってきた。
「はっ、ゲームオーバーってやつか?全然笑えねぇ」
しかし、いつまで経っても何かが出てくる気配はない。
(どういうことだ…?俺の気の所為だったってのか?)
(いや、そんなはずはねぇ。確かに”何か”が向かってきてた)
「まあ、ひとまず助かったのか…?」
ようやく後ろを向くのをやめて前を見る。
暗闇の中に、猫を思わせる黄金色の瞳だけが浮かんでいた。
心臓が飛び跳ね、血の気が引く感覚がした。
「……あの……大丈夫……ですか……」
声が聞こえた方向を見れば、まるで同じ姿が2つ見えた。
(もう駄目だ…辞世の句でも詠んで潔く散るしかねぇ)
「死にともな 嗚呼死にともな 死にともな 」
名将が残した辞世の句を詠んだ。
「……?」
(なんだ?困惑してんのか?)
「お前、もしかして言葉が通じるのか?」
「?……えぇ……わかります……」
「なんだよ安心したぜ!いやぁなんか後ろから足音が聞こえきてよ。振り返ったら誰もいねぇんだよ。死ぬかと思ったぜ」
安堵からか思わず饒舌になる。
「それより、お前ら双子なのか?随分似た様相じゃねぇ、か…」
(黒い髪に猫のような黄金の瞳だと?もしやこいつ…)
「……見えるんですか……?」
「マンハッタンカフェ…」
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