最後の一日   作:マザーコンピュータ


オリジナルSF/文芸
タグ:R-15 男主人公 曇らせ セカイ系 シリアス
主人公は、世界を救うための燃料として選ばれた。 その最後の一日を、家族と過ごすのだった。

1 / 1
最後の一日

 世界を救うために、明日僕は死ぬ。

 落ちてくる巨大な隕石を壊すために、幸せな未来を燃料にする必要があるらしい。幸福の位置エネルギーだとか落差がどうだとか聞かされたけど、難しいことは関係ない。

 家族に20億の謝礼が入ると聞いて、決めた。今日のご飯のためにも、家族みんなでバイトをしていたから。

 選ばれたのは、お金持ちは志願しなかったかららしい。

 

 志願してから、僕は家でずっと過ごしていた。変なことが決して起きないようにって。

 ベッドには、僕一人。窓は閉められていて、何も見えない。手を伸ばして、開こうとする。足に力を込めても、体重をかけても、少しも動かない。ため息だけついて、手を離した。

 どうも、警察に守られているらしい。外のことは、ずっと見ていないけれど。

 

 今の空は、星が輝いているのかな。それとも曇っているのかな。雨音は聞こえないから、そこまで悪い天気じゃないんだろうけど。

 僕はただ天井を眺めるだけ。明日は空を見られるはず。

 曇りなら、嫌だな。人生最後の空が曇りだなんて、縁起が悪いとしか言いようがないし。

 

「ご飯よ。降りてらっしゃーい」

 

 母さんの声を受けて、部屋から出て階段を降りていく。そういえば、明日は言われないんだ。気づいた瞬間、足が止まった。

 もっとしっかり聞いておけば良かったかな。いや、いつ呼ばれるかなんて分からない。それだけ。

 

 軽く首だけ振って、残りの階段を降りていく。なんとなく、一段一段が長く感じた。

 

 リビングの扉に入ると、4人の姿が見えた。いつもより、ひとり多い。フライパンを洗っている母さんと、ご飯をよそっている姉さんと、席について待っている妹。それはいつもと同じ。

 もうひとりは、僕の彼女。お皿を並べながら、僕に微笑みかけてくる。

 

 笑顔で返そうとして、なんだか頬が引きつった。一度目を閉じて、深呼吸。そうしたら、今度は自然な笑顔にできたはず。

 彼女は、唇を引き結んでいた。姉さんは、静かに茶碗を置いていた。妹は、膝の上で拳を握り込んでいた。

 

 ただ無言で、僕は席につく。口を開こうとしても、喉がうまく動かなかった。誰とも目を合わせられない。目に焼き付けなくちゃいけないと、分かっているのに。

 

 大量の唐揚げに、とろとろのビーフシチューと、7種類の野菜が入ったシーザーサラダ。僕の大好物ばかり。とびっきりのごちそう。普段はもやしの炒め物とか、小麦粉を固めたものばかりで。

 なのに、お腹が鳴ることもない。それどころか、口の中が乾いてきた。絶対に美味しい。そんなの、食べなくても分かる。分かるんだ。

 

「準備できたよ。お腹いっぱい食べな」

 

 席につく母さんの声は、少しだけ震えていた。うん、食べないと。残したら、絶対に後悔する。

 

「今日は私も手伝ったんだ。半分は私の味だね。私を、味わって? なんて……」

 

 彼女は顔を赤くしながら、冗談めかしたことを。そのまま、僕の手を握る。そっと、でもしっかりと握りしめるように。

 

「なら、しっかり味わわないとね。いただきます」

 

 ゆっくりと、彼女の手が離れていく。彼女は手を握ったり閉じたりしていた。

 僕は手を合わせて、まずは唐揚げを口に運ぶ。サクリという音がして、良い揚げ具合。噛めば肉汁があふれてきて、まさにジューシー。

 ご飯も一緒に口に入れる。一口ずつ、ゆっくりと。前に食べた時は、箸が止まらなかったな。

 あの時と味は同じはずなのに、どこか重い。油ものが胃に来る年じゃないはずなんだけど。

 

 とりあえず、口直しにシーザーサラダを口に運ぶ。さっぱりしていて、比較的食べやすい。もう一度唐揚げを食べると、さっきよりは進みやすい気がした。

 だけど、飲み込むときに喉に引っかかる感じ。仕方ないから、ビーフシチューで流し込む。野菜が完全に溶かし込まれていて、スムーズに飲み込めた。それだけ。

 

「美味しいよ、お母さん。また、みんなに作ってあげて」

「……そう、だね。食材は、きっと用意できるだろうからね」

 

 みんな、箸を止めてしまった。余計なことを言っちゃったかな。ほんと、ダメだな。最後の最後まで、家族を笑顔にできない。

 

 いや、違う。今こそ、明るいことを話さないと。どうせ最後の会話なら、楽しいことを。

 

「おしゃれとか、いっぱいしてね。きっと、みんな綺麗だから」

「お兄ちゃんのくれたお金、絶対に無駄遣いなんてしないから……!」

 

 胸の前で、両手をギュッと握っている。取り分けられた唐揚げも、半分は残ったまま。この子も、好物だったはずなのに。

 僕は、ゆっくりと首を振った。

 

「良いんだよ。使い切っちゃいさえしなければ。楽しいことって、大事でしょ?」

「私の目の黒いうちは、半分は別の口座に移して使わせないわ」

 

 姉さんは、僕の目をじっと見ていた。少しも揺れることなく、まっすぐに。持たれた箸だけは、揺れ続けていたけれど。

 

「まあ、半分もあれば一生分には足りるか。変に我慢だけは、しないで」

「あはは、おやつのチョコくらいなら、毎日食べられる、かな……」

「ちゃんと使って、ちゃんと残すわ。贅沢で身を滅ぼすなんて、そんなバカなことはしないし、させない」

「そもそも、あたしは働き続けるよ」

「母さん……?」

 

 立ち上がった母さんは、僕の肩に手を置く。そして、ゆっくりと話し始める。

 

「あんたは立派さ。世界を救うために……」

「そんなことのためじゃ……」

「お兄ちゃん……。やっぱり、中止には……」

「無理よ……。明日だけじゃ、代わりを見つけるなんて……」

 

 妹は僕の裾をつかんで、姉さんは僕を後ろから抱きしめた。どこからも、震えが伝わる。

 他の貧乏な志願者は、家族に売られていたらしい。当然、未来の幸福なんてない。つまり、みんなは……。

 

 どこかに手を伸ばしそうになると、温かいものに包まれる。彼女が、僕の手を胸に抱きしめていた。

 

「それでも、私たちのために……。本当は、私も……」

「おにい、ちゃん……」

 

 妹の言葉を最後に、みんな黙り込んでしまう。僕は手を鳴らして、少し大きな声を出した。

 

「残りも、全部食べちゃおうか。残したら、もったいないよ」

 

 言葉もないまま、みんな食事を進めていく。カチャカチャという音だけが響き続けた。

 

「お風呂、沸かしてくるわ。あんたが先に入るのよ。良いわね」

 

 食器を雑に置いて、姉さんは風呂場に向かう。足音は、いつもより静かだった。

 僕は背中を眺めるだけ。いつもは、一番風呂は絶対に譲らないのに。肌の具合がどうとか、かなりうるさかったのに。先に入ろうとしたら、すごい目で睨まれたのに。

 

「お兄ちゃん、ゲームしよ? 今日も負けない、から……」

「あたしたちも行こうか。今は、ふたりにね」

「そうですね。今日だけは、私も……。後で、あなたとずっと……」

 

 母さんは彼女の肩に手を置いて、彼女は何度も振り向いて去っていった。姉さんも戻ってこない。僕たちは、ふたりですごろくの対戦ゲームをしていた。

 サイコロの運は悪かったけれど、駆け引きでは勝てた。最終的に、勝ったのは僕。

 

「あー、負けちゃった……。お兄ちゃん、強いね……」

 

 妹は、もう一回とは言わない。いつも、負けた時には勝つまで続けていたのに。それこそお母さんに怒られるくらいまで、ずっと。

 手を抜いたら、それはそれで怒っていた。理不尽だって思ったのなんて、何回やら。

 

 妹の方を見ようとすると、タイマーが鳴った。

 

「お兄ちゃん、入ってきて……」

 

 それだけ言い残して、妹は部屋に帰っていく。スカートの裾を、ずっと握りしめていた。

 

 僕はお風呂に向かって、まずはシャワーを浴びる。頭を濡らすと、なんだか地面に引っ張られるような感覚が。

 すぐにシャワーを切って、湯船に入る。天井を見ると、ものすごく狭く感じた。壁を見ても、まるで閉じ込められているみたい。

 

 湯船から飛び出て、すぐに頭と体を洗う。もう一度浸かろうともせず、風呂場から出る。

 とりあえず最低限だけ体を拭いて、すぐにパジャマに着替える。ドタドタと走って、寝室に向かった。

 

 布団に潜り込んで、目をつぶる。暗さが嫌になって、すぐに目を開いた。天井をながめていると、汚れが嫌に目につく。模様は睨んでいる顔みたいで、目をそらした。

 また布団をかぶって、また剥がす。今度は、座りながら壁を見ていた。心臓がうるさくて、叫びだしたくなる。壁に手を叩きつけてしまいたい。

 

 でも、できるはずがない。うるさいし、迷惑だし、何より家を壊してしまう。僕はもう一度、布団に潜り込んだ。

 目を閉じて、ただ数字を数える。いつまでも眠くならない自分に、舌打ちが出た。

 

 ノックの音が聞こえて、返事だけする。すぐに扉が開いた。

 布団を剥がすと、薄い下着だけの彼女が。モジモジしながら近寄ってくる。

 

「えっ……。どうしたの……?」

「そ、その……。君のしたいこと、全部……」

 

 顔は真っ赤で、声も震えている。そうだよね。ちょっと色っぽいシーンが流れただけで、声が上ずるような人なんだ。

 

「気を使っているのなら、気にしないで。僕は、大丈夫だから」

「違うの! 私が、してほしいだけ……! 君の、最後だけは……!」

 

 ギュッと、激しく抱きつかれる。勢いよく唇が触れた。そのまま、すべてを吸い尽くすよう。

 息ができなくて、背中を何度か叩く。ゆっくりと、彼女は離れていった。

 

「ご、ごめんね……。でも、これだけは譲れなくて……」

 

 謝りながら、息を荒くしている。これ以上、何も言わせられない。彼女の望みに、答えていく。

 赤らんだ顔でふわりと笑う姿が、目に焼き付く。僕はただ、溺れるだけ。彼女の足が、強く絡みつく。ふたりが思いつく全部を貰った。文字通りに、底も裏側も。知らないことは、何もなくなった。

 

 どこもかしこも汚れたまま、一緒にベッドに寝転ぶ。彼女は、穏やかな顔でお腹をさすっていた。

 

「子供、できるといいな……」

「……ごめん。僕は……」

「ううん、何も言わないで。私の、わがままだから……」

「分かったよ……。みんなと、仲良くしてね……」

「もちろんだよ。みんな、同じ気持ちだから……」

 

 しがみつくように僕に抱きついて、彼女は目を閉じる。すぐに、穏やかな息が聞こえてきた。

 同じように目を閉じても、僕は眠くならない。違う。眠いはずなのに、意識が落ちない。

 

 寝息を立てる彼女の顔を、じっと見る。とても、落ち着いた顔。反対を向こうとして、彼女の手が邪魔になった。引き剥がせるわけがなかった。

 

 結局、僕は一睡もできなかった。

 

 鳥の声が聞こえて、起き上がる。彼女の寝顔を見て、服を着替える。もう一度顔を見て、部屋から出ていく。

 朝ごはんは、確か食べちゃダメ。病院の検査みたいだ。気分じゃないから、別にいいけど。

 

 家族は、みんな起きているみたいだった。玄関前で、3人とも並んでいた。

 

「おにい、ちゃん……」

「ほら、泣かないの。笑顔で見送るって、決めたでしょ?」

「行ってきな。できれば、振り返らないでおくれ」

 

 みんなに見送られながら、扉を開けようとする。階段を駆け下りる音が、後ろから聞こえた。

 

「ずっと、大好きだから!」

 

 その言葉を背中に、扉を開く。手を離すと、ゆっくりと閉じていく。

 すすり泣く声が、いくつも聞こえた。足が止まって、腰が回りそうになる。頬を噛んで、上を見る。

 

 祝福するみたいに澄み切った青空。太陽の隣にある隕石だけが、邪魔なくらい。

 

 警察官がリムジンに乗せてくれる。みんな、深々と一礼をしていた。

 エンジン音が鳴って、外を見る。家が目に入って、そらす。ただ無言のまま、5分くらい経つ。貧乏ゆすりばかり、してしまった。

 窓の外を流れる景色は、明るい。僕は、運転手の頭ばかりを見ていた。

 

 リムジンから出て、建物に案内される。進んでいくと、カプセルが見えた。ただ無機質な、真っ白いもの。

 

 あそこに入ると、世界は救われる。

 

 カプセルが開いて、席が見える。一歩進もうとして、かかとしか持ち上がらなかった。太ももをつかんで、もう一度前を見る。

 足を引きずって、半歩だけ進む。すぐに、一歩下がった。でも、僕が帰れば……。

 

 目を閉じて、深呼吸をする。みんなの顔を、思い描いた。母さんが僕を叱る時の怖い顔。姉さんのアイスを食べちゃった時の鋭い目。妹がいたずらをする時の、半分だけ笑った顔。

 そして、彼女がお腹をさすっていた時の穏やかな顔。

 

 うん。もう、大丈夫。席に向けて、歩き出す。一歩一歩、確実に。

 

 座り込むと、カプセルが閉じる。痛いのは、嫌だな。そう思って、目をぎゅっと閉じる。

 少しだけ、息が軽い。今なら、唐揚げを美味しく食べられるかも――。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。