低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第102話 倒したものの行方

 札を窪みへ収めると、扉の奥で錠が外れた。

 

 ロックは札を抜き、身体を横へ寄せて取っ手を引いた。

 

 重い。

 

 少しずつ開いた隙間から、湿った空気が流れ出してきた。

 

 灯りを差し入れる。

 

 扉の先には、低い石壁で囲まれた足場があった。その向こうが、一段深い槽になっている。

 

 ロックは床を棒で確かめ、扉を開けたまま中へ入った。

 

 壁の向こうを覗く前に、足場の端と、戻る道を見る。

 

 どちらも乾いていた。

 

     ◇

 

 いた。

 

 槽の底へ、屑を抱えた身体が横たわっている。

 

 ロックは灯りを高く掲げた。

 

 排出弁のところで見た時より、ずっと大きく見えた。あの時は身体の一部が輪の向こうへ隠れていたが、今は長く延びた全体が見えている。

 

 中央には、深い裂け目があった。

 

 そこから後ろは、ほとんど千切れている。

 

 流れに押された際、弁に挟まれていたところが引き裂かれたのだろうか。

 

 ロックは、濡れた前端へ目を移した。

 

 口の周りにあった突起は、内側へ縮んでいた。

 

 透明だった縁も、今は白く濁っている。

 

 身体の下を液体が流れていたが、それに逆らう動きはなかった。

 

     ◇

 

 ロックは、すぐには道具を伸ばさなかった。

 

 槽の縁に沿って歩き、別の角度から見る。

 

 傷口の内側まで、形が崩れていた。

 

 前に棒で押した時には、触れたところだけが凹み、また戻っていた。今は落ちてきた屑が載っても、そのまま沈み込んでいる。

 

 生きた小さなものが二匹、裂け目の近くにいた。

 

 片方が、身体へ被さる。

 

 大きな方は動かない。

 

 ロックは長い棒を伸ばし、前端の横へ触れさせた。

 

 押す。

 

 身体がずれた。

 

 棒を戻す。

 

 突起は伸びてこなかった。

 

 しばらく待ち、もう一度確かめる。

 

 それでも、反応はなかった。

 

 ロックは棒を引き、石壁から離れた。

 

「……倒したんだな」

 

 ようやく、言葉にできた。

 

     ◇

 

 身体の中には、様々なものが混じっていた。

 

 細い木片。

 

 絡み合った繊維。

 

 形の分からない黒い塊。

 

 食べたものなのか、外側へ貼りついたものなのか、ロックには見分けられない。

 

 だが、屑の間には金属も見えた。

 

 排出弁から拾った札と同じように、溶けずに残った物がある。

 

 ロックは槽の造りを調べた。

 

 底は、奥へ向かって僅かに傾いている。液体だけを抜く隙間があり、大きな物はそこを通れない。

 

 頭上の口から流れ落ちた物を、ここで受け止めるのだろう。

 

 足場の端には、長い道具を立てる受けが並んでいた。器材庫から持ってきたものと似た道具が、一本だけ残っている。

 

 柄は折れていた。

 

 ロックはそれを使わず、自分の道具を石壁の切り欠きへ載せた。

 

 下へ降りる必要はない。

 

 手が届かない物は、今日は諦める。

 

     ◇

 

 最初に動かしたのは、死骸から離れた場所にある金属片だった。

 

 先端で引き寄せる。

 

 泥の下から、丸い輪が現れた。

 

 留め金の一部らしい。

 

 次に、薄い板。

 

 こちらは穴が幾つも開いている。

 

 どちらも、すぐに金になるような品には見えなかった。

 

 それでも、形を確かめてから、槽の端へ寄せる。

 

 ロックは同じ場所を何度も掻き回さなかった。

 

 小さな生き物が寄ってくれば手を止め、離れるのを待つ。無理に追い払って、道具へ張りつかれても困る。

 

 やがて、死骸の横から細い鎖が出てきた。

 

 引くと、先に何かがついている。

 

 ロックは柄を持ち替えた。

 

 引っ掛けていた先端を外さないよう、少しずつ寄せる。

 

 屑が崩れ、その下から金属の筒が転がり出た。

 

     ◇

 

 前腕ほどの長さがある。

 

 片端には蓋。

 

 もう片端には、鎖を留める環がついていた。

 

 筒は汚れていたが、潰れてはいない。蓋と胴を合わせた部分にも、大きな隙間は見えなかった。

 

 ロックは、しばらくそれを眺めた。

 

 中に何が入っているのか。

 

 薬品かもしれない。

 

 何かの器具かもしれない。

 

 持ち上げようとした時、中で小さく音がした。

 

 液体の動く音ではない。

 

 硬い物が、内側へ当たったようだった。

 

 ロックは筒を槽の端へ寄せ、持参した厚布を浅い皿へ敷いた。

 

 そこへ道具の先で転がし込む。

 

 手袋で直接抱えず、まず表面の汚れを取り除いた。

 

 拭いた布は、筒と分けて置いた。

 

     ◇

 

 筒の側面に、文字があった。

 

 ロックは灯りを寄せた。

 

 搬送。

 

 その下に、番号らしい刻み。

 

 さらに小さな文字が続いている。

 

 読み切れたのは、試料という語だった。

 

 ロックは皿へ載った筒を見た。

 

 屑を処分する場所へ、試料を運ぶ容器が流れ着いている。

 

 中身を調べるために持ち込まれたのか。

 

 捨てられたのか。

 

 それとも、運んでいた者ごと、ここへ落ちたのか。

 

 筒の鎖を辿った。

 

 端には、小さな留め具が残っている。何かへ繋いで携行していたらしかったが、そこから先はなかった。

 

 ロックは、その形も手帳へ描いた。

 

     ◇

 

 蓋は、その場では開けなかった。

 

 筒を包み、容器の口が上を向くように固定する。

 

 無限のバッグへ入れる前に、外へ残った汚れも確かめた。

 

 拾った金属を、片端から鞄へ放り込むことはできる。

 

 しかし、何が付着しているか分からない物を、大事な食料や水と一緒に運ぶ気にはなれなかった。

 

 今日は筒を優先する。

 

 ロックはほかに、文字の刻まれた小さな板を一枚だけ選んだ。こちらは縁が割れていたが、片面に魔法陣の一部らしい線が残っている。

 

 それも別に包む。

 

 拾った場所と、近くにあった物を書き留めてから、道具を引き上げた。

 

     ◇

 

 帰る前に、死骸をもう一度見た。

 

 小さなものが、さっきより奥へ潜り込んでいる。

 

 大きな身体は動かなかった。

 

 ここへ死骸を残せば、やがて食べられるのだろうか。

 

 それとも、設備の次の動きで、別の場所へ送られるのか。

 

 槽の周りには、そのためらしい金具や溝があった。

 

 ただし、ロックは触れなかった。

 

 弁を塞いでいたものは取り除いた。

 

 その先の設備まで、使い方を知らずに動かすつもりはない。

 

 扉へ戻り、札で開閉できることを確かめた。

 

 ここに死骸があると分かっていれば、次に調べる時にも備えられる。

 

 ロックは扉を閉め、取っ手を引いた。

 

 開かない。

 

 札をしまってから、回収区画を後にした。

 

     ◇

 

 宿へ戻る前に、ロックは薬品を扱う店へ寄った。

 

 買い足す物を告げ、使った道具の表面を見てもらう。

 

 塗剤が剥がれていたのは、石へ擦った部分だった。

 

 そこだけ、金属の色が変わっている。

 

「力を掛けりゃ、剥がれるところも出る。塗り直す前に、残った汚れを落とせよ」

 

「はい。今日は、中身の分からない容器も拾ったんですけど、外側だけ確かめてもらえますか?」

 

 店主は、ロックの肩から下がる鞄を見た。

 

「ここで開けるなよ」

 

「まだ開けていません」

 

「なら、そのままにしておけ。置くなら、そっちだ」

 

 示された台へ、ロックは包みを置いた。

 

 店主は容器の外側を調べ、拭き残しのある場所を指した。

 

 蓋へ手を掛けることはなかった。

 

     ◇

 

 部屋へ戻る頃には、昼を過ぎていた。

 

 ロックは窓を開け、机から食器を退けた。

 

 その上へ、きれいな布を広げる。

 

 筒を載せ、蓋の周囲を調べた。

 

 鍵穴はない。

 

 小さな留め金が、左右に一つずつある。

 

 蓋と胴の境には、薄い蝋のようなものが残っていた。

 

 封じられている。

 

 ロックは窓の光へ筒を向けた。

 

 割れた封じ目の下に、刻印があった。

 

 十の小さな印が、円を描いて並んでいる。

 

 見覚えがあった。

 

 人工始原の巨人の施設で、何度か見た印だ。

 

 ロックは棚から、これまでの写しを出した。

 

 机へ並べ、照らし合わせる。

 

 同じだった。

 

     ◇

 

 ロックは椅子へ座り、しばらく筒を見ていた。

 

 金属の屑なら、素材として売れる。

 

 魔法の品なら、調べて使い方を確かめたい。

 

 だが、これは少し違う。

 

 外側に残る封じ目と、搬送の文字。十の印が、何を運んでいたかに関わっている。

 

 その意味を知るためには、中を見なければならない。

 

 ロックは道具を揃え、留め金を外した。

 

 窓を背にせず、横へ座る。

 

 細い道具を蓋の縁へ当て、固まった封じ目を少しずつ剥がした。

 

 最後の部分が外れる。

 

 蓋を、僅かに持ち上げた。

 

 何も噴き出さなかった。

 

 しばらく待ち、それから中を覗く。

 

 入っていたのは、薄い板を重ねた束だった。

 

     ◇

 

 ロックは一番上の板を取り出した。

 

 表には、細かな魔法文字が刻まれている。

 

 裏返すと、図があった。

 

 人の形。

 

 その胸から腹へかけて、幾つもの区画が描き込まれている。

 

 ロックは手帳を開いた。

 

 これまで歩いた場所の図を、隣へ置く。

 

 巨大な口。

 下る道。

 液体を溜める部屋。

 排液口と、その先にある回収区画。

 

 形も、繋がりも、似ていた。

 

 ロックは板の上端へ目を戻した。

 

 文字を一つずつ拾っていく。

 

 人工始原の巨人。

 

 その下の長い文は、まだ読めなかった。

 

 ただ、図の腹に当たる部分には、今いる消化器系の先へ続く線がある。

 

 ロックは次の板を取り出した。

 

 今日持ち帰ったものは、売り物を入れた筒ではなかった。

 

 この施設を造った者たちが、何を動かそうとしていたのか。

 

 それを知るための記録だった。

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