低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

14 / 14
第14話 書斎の違和感

 書斎の扉には衛兵が二人立っていた。

 

 現場保存のためか、誰も中へ入れていないらしい。

 

「盗品調査だ」

 

 案内役の衛兵が短く告げると、二人は不満そうな顔をしながら道を開けた。

 

 ロックは部屋へ足を踏み入れる。

 

 最初に感じたのは、血の臭いだった。

 

 男爵の遺体はすでに運び出されているが、石床へ染み込んだ血はまだ黒く残っている。

 

 部屋は思っていたほど荒れていない。

 

 本棚も机も倒れておらず、椅子も元の位置に近い。

 

 激しい争いがあったとは思えなかった。

 

「盗賊に襲われた部屋には見えませんね」

 

「何が言いたい」

 

 衛兵が眉をひそめる。

 

「盗みに入った人間が見つかって、咄嗟に殺したなら、もっと暴れた跡が残るはずです」

 

 男爵も貴族とはいえ成人男性。

 

 素手で押さえつけられる相手ではない。

 

 悲鳴を上げる。

 

 机を倒す。

 

 本棚へぶつかる。

 

 それくらいの抵抗はする。

 

 しかし、この部屋にはそれがない。

 

 ロックはしゃがみ込み、床の血痕を観察した。

 

 大きな血溜まりは机の横。

 

 そこから扉まで細い血の筋が伸びている。

 

「遺体を運んだ跡ですね」

 

「そうだ」

 

「最初に倒れていた場所は?」

 

「ここだ」

 

 衛兵が血溜まりを指差す。

 

 ロックは頷き、今度は机へ近付いた。

 

 羽ペン。

 

 インク壺。

 

 帳簿。

 

 封を切られていない手紙。

 

 そして……

 

「酒瓶が二つ?」

 

「来客と飲んでいたらしい」

 

 グラスも二脚分ある。

 

 片方は半分ほど酒が残り、もう片方は空。

 

「ラウル・ケスラーですね」

 

「そのはずだ」

 

「この酒は片付けていませんか」

 

「現場そのままだ」

 

 ロックは酒の匂いを嗅いだ。

 

 普通の葡萄酒。

 

 毒の臭いはしない。

 

 もっとも、臭いで分かる毒ばかりではないが。

 

 机の上を見渡し、ロックの視線が止まる。

 

「紙が一枚ありません」

 

「何?」

 

「インクが乾いていません」

 

 帳簿の最後の頁だけ、不自然に終わっている。

 

 書きかけではない。

 

 何かを書いた頁を破り取った跡だった。

 

「衛兵が持って行ったんじゃないのか」

 

 ヨアヒムが尋ねる。

 

「持って行くなら帳簿ごとです」

 

 ロックは紙の繊維を指でなぞった。

 

 破ったのは昨夜。

 

 まだ新しい。

 

「男爵は誰かへ何かを書いていた」

 

「遺書か?」

 

「分かりません」

 

 しかし重要なのは内容ではない。

 

 犯人が、その紙だけ持ち去ったことだ。

 

「盗賊なら帳簿の一頁だけ破って逃げません」

 

 衛兵が腕を組む。

 

「宝石を探していて、間違えて破っただけかもしれん」

 

「帳簿は引き出しの中に入っていました」

 

「……そうだったな」

 

「しかも一番最後の頁だけです」

 

 偶然とは考えにくい。

 

 ロックは机の引き出しを一つずつ開けた。

 

 鍵は開いている。

 

 中には印章。

 

 封蝋。

 

 金貨が十数枚。

 

 高価そうな万年筆。

 

 どれも残ったままだ。

 

「盗みに来たなら、金貨くらい持っていきます」

 

「……」

 

「少なくとも、この部屋を漁った形跡はありません」

 

 つまり。

 

 犯人の目的は盗みではない。

 

 最初から殺害だった。

 

          ◇

 

 部屋を一巡したロックは、窓際へ立った。

 

 問題の窓である。

 

 衛兵が言うには、リュンクスはここから侵入した。

 

 だが。

 

「鍵は内側ですね」

 

「閉まっていた」

 

「壊されてもいない」

 

 窓枠を指でなぞる。

 

 傷がない。

 

 外壁にも爪を掛けた跡はない。

 

 さらに。

 

「この高さ」

 

 窓は地面から二メートル以上ある。

 

 登れない高さではない。

 

 しかし雨上がりだ。

 

 壁は濡れている。

 

「壁を登れば泥が付きます」

 

 ロックは窓枠の内側を見た。

 

 乾いている。

 

 泥がない。

 

「誰もここから入っていません」

 

 衛兵の一人が顔をしかめた。

 

「だが足跡が」

 

「足跡だけです」

 

 ロックは窓の外へ出た。

 

 庭に残る三つの足跡。

 

 昨日と同じ場所。

 

「やっぱり」

 

 しゃがみ込み、指を土へ当てる。

 

「何だ」

 

「深さが全部同じです」

 

「それが?」

 

「歩けば違います」

 

 一歩目。

 

 二歩目。

 

 三歩目。

 

 人間は体重移動する。

 

 深さが同じにはならない。

 

 まして雨上がりの柔らかい土ならなおさら。

 

「これは靴を押し付けて作っています」

 

「……」

 

「しかも」

 

 ロックは周囲を指差した。

 

「草が寝ていません」

 

 人が歩けば草が倒れる。

 

 だが三つの足跡の周囲だけ、不自然に草が立ったままだった。

 

「つまり」

 

「誰かが現場を偽装しました」

 

          ◇

 

 衛兵は黙り込んでしまった。

 

 ロックはさらに庭を見回す。

 

「番犬はどこにいました」

 

「向こうの犬小屋だ」

 

 距離は二十メートルほど。

 

「この位置なら」

 

 犬は窓の下まで見える。

 

 知らない侵入者が来れば吠える。

 

 だが門番の証言は食い違っていた。

 

 一人は聞いていない。

 

 一人は一度だけ聞いた。

 

「一度だけ吠えた」

 

 ロックは呟く。

 

「それは侵入じゃない」

 

「何だというんだ」

 

「知っている人間が、知らない匂いを持って庭へ出た」

 

 例えば。

 

 女物の靴。

 

 盗賊の手袋。

 

 外套。

 

 犯人が偽装工作をするため、一度だけ庭へ出た。

 

 その時だけ犬が反応した。

 

 だから吠えた。

 

 しかし相手は屋敷の人間。

 

 すぐ吠えるのをやめた。

 

「……あり得る」

 

 ヨアヒムが低く呟く。

 

「まだ仮説です」

 

 ロックは立ち上がる。

 

「でも一つ確実になりました」

 

「何だ」

 

「衛兵の考えた事件は存在しません」

 

 盗賊が窓から侵入。

 

 男爵と鉢合わせ。

 

 咄嗟に殺害。

 

 窓から逃走。

 

 その物語は。

 

 現場が完全に否定している。

 

          ◇

 

 その時だった。

 

 一人の衛兵が慌てて庭へ走ってきた。

 

「隊長!」

 

「何だ」

 

「ラウル・ケスラーが屋敷へ来ています!」

 

 ロックとヨアヒムは顔を見合わせた。

 

「自分から?」

 

「ああ。事情聴取に協力すると」

 

 ヨアヒムが口元を吊り上げた。

 

「随分と都合がいい」

 

 ロックは静かに頷く。

 

「ええ」

 

「逃げない犯人ほど、よく喋ります」

 

 そして。

 

 よく嘘をつく。

 

 ロックは屋敷の玄関へ向かって歩き出した。

 

 事件当夜、男爵と最後に酒を酌み交わした男。

 

 リュンクスへ首飾りの情報を流した男。

 

 証言の食い違う来客。

 

 ラウル・ケスラー。

 

 この男への事情聴取が、事件を大きく動かすことになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す(作者:駄文亭)(原作:ソードワールド1.0)

「誰がヲタクだって? 僕程度がヲタクを名乗れるか!」▼そう言い張る八坂鷹、十八歳。▼その正体は、『ソード・ワールドRPG完全版』のルールやモンスターデータを記憶している、拗らせまくった重度のTRPGゲーマーだった。▼仲間とのセッションを終えた帰り道、鷹はダンプカーに轢かれて死亡。死後の世界で出会ったのは、フォーセリアの創造神を名乗る謎のハムスターだった。▼知…


総合評価:1144/評価:8.35/連載:24話/更新日時:2026年08月07日(金) 10:01 小説情報

最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜(作者:窮北の風)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ゲーム開始十年前。最強だった男は、最弱の見習い傭兵として戦場に立つ。▼かつて俺は、世界的人気ゲーム『Throne of Glory』で最強ギルドを率いるギルドマスターだった。▼しかしギルド任務の最中、操作していたキャラクターは強敵に倒されてしまう。▼……次に目を覚ました時、俺はそのゲーム世界に転生していた。▼しかも時代は、ゲーム開始の十年前。▼今の俺は、ただ…


総合評価:3426/評価:8.45/連載:87話/更新日時:2026年07月25日(土) 23:16 小説情報

オーバーロード シャルティアになった一般人、洗脳ルートだけは全力で回避する(作者:グロはNG)(原作:オーバーロード)

ナザリック地下大墳墓が新世界へ転移したその瞬間、ひとりの一般人は目を覚ました。▼しかもその身体は、第一〜第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。▼アニメ版の流れを知る主人公は、自分がいずれ世界級アイテムによって洗脳され、主であるアインズと殺し合う未来を思い出して絶望する。▼中身が一般人だとバレれば終わり。けれど、残虐な吸血鬼を自然に演じられるほど肝も…


総合評価:1178/評価:7.39/連載:7話/更新日時:2026年07月04日(土) 21:17 小説情報

原作を鑑賞しようとする室町時代の術師 vs 原作に干渉させてこようとする世界(作者:祝いの王)(原作:呪術廻戦)

室町時代の術師オリ主が原作時間軸に無理やり転生して原作を鑑賞しようとする話。▼なお原作キャラとはたくさんエンカウントするし、無自覚に干渉してしまう模様。


総合評価:1343/評価:7.56/連載:4話/更新日時:2026年05月04日(月) 00:56 小説情報

後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい(作者:トマトルテ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

偶々、公爵家の四男として生まれて、家が冤罪で取り潰されて、家族も全員処刑された後に、皇帝まで成り上がるだけなのに、何故?


総合評価:14011/評価:8.87/短編:4話/更新日時:2026年08月06日(木) 07:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>