低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
リンデルは神殿の治療室へ運ばれた。
命に別状はない。
だが頭を強く打たれており、すぐに詳しい話を聞ける状態ではなかった。
年配の神官は、倒れた学者を見送りながら険しい顔をしている。
「神殿の中に内通者がいる……か」
「リンデルさんは、そう言いました」
「聞き間違いではないのだな」
「ええ」
ロックは首飾りを包んだ青い布へ手を添えた。
男爵が命を懸けて残した証拠。
狙われているのは、この首飾りだけではない。
手紙。
名簿。
記録。
それらを繋ぎ合わせ、誰かに読ませること。
敵は、それを恐れている。
「この首飾りは、神殿へ預けない方がいいです」
ロックが言うと、神官の眉が動いた。
「我々を信用できないと?」
「神殿そのものは信用しています」
「では何が問題だ」
「誰が敵か分からないことです」
神官は返す言葉を失った。
リンデルの住居が荒らされ、本人まで襲われた。
しかも犯人は、神殿内部の事情を知っている。
ここへ届ければ安全になる。
そう単純には考えられなかった。
「神殿内の者を調べる」
「その間、首飾りは僕が持ちます」
「君一人で守れるのか」
「一人では守りません」
「仲間は行方不明なのだろう」
「だから探しに行きます」
神官がロックを見る。
「君はまだ若い」
「知っています」
「敵は人を殺している」
「それも知っています」
「それでも行くのか」
「僕の仲間と、手紙を持った少年が来ていません」
ロックは窓の外へ目を向けた。
北市場から神殿までは、道を選んでもそれほど遠くない。
ヨアヒムが盗賊ギルドの隠れ家へ寄ったとしても、到着が遅すぎる。
何かが起きている。
「神殿の衛士を貸そう」
「いいえ」
「なぜだ」
「どの衛士が安全か分からないからです」
神官の表情がさらに険しくなる。
「疑いすぎではないか」
「リンデルさんが襲われた後です」
「……否定はできんな」
ロックは少し考えた。
「代わりに、神殿の裏口を教えてください」
「裏口?」
「ヨアヒムさんが正門へ来ていないなら、裏から接触しようとした可能性があります」
「関係者しか使わない」
「裏口には誰がいますか」
「日中は門番が一人。夜は施錠される」
「今は?」
「日が沈む前だ。まだ開いているはずだ」
「案内してください」
◇
知識神ラーダの神殿は、正面から見れば整然とした建物だった。
高い石柱。
均等に並ぶ窓。
静かに出入りする神官と学者。
だが裏へ回ると、様子が変わる。
書物を運ぶ荷車。
炭や薪の置き場。
厨房の勝手口。
壊れた机や椅子を積んだ物置。
神殿も人が働く場所だった。
裏門は、石壁の一部へ埋め込まれるように作られている。
馬車一台が通れるほどの幅。
脇には小さな詰所があった。
「門番がいませんね」
ロックが言う。
年配の神官が詰所を覗く。
「おかしい」
「持ち場を離れることは?」
「食事や用足しで短時間ならある。だが門を開けたままにはしない」
裏門は半分ほど開いていた。
鍵も掛かっていない。
ロックは地面を見る。
荷車の轍。
靴跡。
土と石粉。
人の出入りが多く、足跡は入り乱れている。
これでは特定の人物を追うのは難しい。
だが。
門の内側に、小さな血痕が落ちていた。
「血です」
神官が身を屈める。
「まだ乾き切っていない」
ロックは血痕の先を追う。
一滴。
少し離れて、もう一滴。
神殿の外へ続いている。
「誰かが怪我をしたまま出ています」
「門番かもしれん」
「それだけではありません」
詰所の椅子が倒れている。
机の下には、割れた杯。
争った跡だ。
「門番が襲われた?」
「おそらく」
「遺体はない」
「連れ去られたか、自分で逃げたか」
ロックは門の外を見る。
細い路地が二方向へ分かれている。
片方は住宅街。
もう片方は倉庫と工房が並ぶ裏通り。
血痕は裏通りへ向かっていた。
「行きます」
「待て」
神官がロックの肩を掴む。
「一人で追わせるわけにはいかない」
「衛士は信用できないと言いました」
「なら私が行く」
「神官様が?」
「私は三十年ここにいる」
「戦えますか」
「神官を何だと思っている」
神官は法衣の裾を持ち上げる。
腰に短い棍棒があった。
「本を読むだけがラーダの神官ではない」
「意外です」
「失礼な少年だな」
神官は別の若い神官へ指示を出す。
「治療室から動くな。リンデル殿を守れ。誰も一人で入れるな」
「はい」
「何かあれば正面の鐘を鳴らせ」
若い神官が頷く。
ロックと年配の神官は、血痕を追って裏門を出た。
◇
血の跡は長く続いていなかった。
数十歩ほど進んだところで、ぷつりと消えている。
「止血したのか」
神官が周囲を見回す。
「それとも、ここで運ばれたか」
ロックは壁際にしゃがんだ。
地面へ細い筋が残っている。
踵を引きずったような跡。
さらに、その横には重い足跡が二人分。
「運ばれています」
「門番を?」
「分かりません。でも一人を二人で引きずっています」
路地の奥には、使われていない倉庫が並んでいる。
大通りからは見えない。
人を連れ込むには都合がいい。
ロックは歩みを止めた。
「何か聞こえませんか」
神官も耳を澄ませる。
遠くから。
ごく小さな音。
木を叩くような音だった。
コン。
間を置いて。
コン、コン。
「合図?」
「助けを求めているのかもしれません」
二人は音の方へ進む。
路地の突き当たりに、古い紙問屋の倉庫があった。
扉は閉まっている。
だが、隙間から灯りが漏れていた。
ロックは神官へ手で止まるように示す。
壁に身を寄せ、扉の近くへ進む。
中から声が聞こえた。
「手紙はどこだ」
男の声。
続いて、何かが倒れる音。
「知らねえと言ってるだろ」
ヨアヒムだった。
ロックは息を呑む。
「少年が持っていた」
「どこへ隠した」
「さあな」
「ここへ来る途中で渡したのか」
「お前たちは、俺を買い被りすぎだ」
ヨアヒムの声には余裕がある。
だが、痛みを隠していることは分かった。
「盗賊ギルドを敵に回して、ただで済むと思うなよ」
「その盗賊ギルドが助けに来ないから、ここにいるんだろう」
別の男が笑う。
ロックは扉の下を見る。
影が三つ。
少なくとも三人いる。
ヨアヒムを含めれば四人。
カイの姿は見えない。
ラウルもいない。
状況が分からないまま飛び込むのは危険だった。
「どうする」
神官が小声で尋ねる。
「裏口を探します」
「あるのか」
「倉庫なら荷物を出し入れする口があります」
二人は建物の脇へ回った。
狭い通路。
積まれた木箱。
奥には小さな搬入口があった。
扉は内側から閂が掛けられている。
「開かないぞ」
「静かに開けます」
ロックは扉の隙間へ薄い金具を差し込む。
内側の閂を探る。
普通の錠前なら手順がある。
だが木の閂は重い。
しかも位置が見えない。
「時間が掛かります」
「正面から入るか」
「人数が分かりません」
中から、また鈍い音がした。
「ぐっ……」
ヨアヒムの声。
神官の顔が険しくなる。
「急げ」
「分かっています」
ロックは金具の角度を変える。
閂へ触れた。
少し持ち上げる。
重い。
もう少し。
木が擦れる音がする。
中の男たちは尋問に夢中なのか、気づかない。
閂が外れた。
ロックはゆっくり扉を開く。
◇
倉庫の中には、古い紙束と木箱が積まれていた。
中央に椅子。
ヨアヒムが縛られている。
顔の片側が腫れ、口元から血が流れていた。
周囲には三人。
一人はヨアヒムの前。
もう二人は入口近く。
カイとラウルはいない。
ロックは物陰へ身を隠し、神官へ囁く。
「僕が注意を引きます」
「どうする気だ」
「正面へ回ってください」
「君一人で?」
「戦う必要はありません。扉を開けて、中へ怒鳴ってください」
「何と」
「神殿の衛士が来たと」
「来ていないぞ」
「来ていると思わせればいいんです」
神官は少し考え、頷いた。
「合図は」
「僕が灯りを消します」
神官は静かに戻っていく。
ロックは倉庫の中を見回した。
灯りは油灯が二つ。
一つは中央の柱。
もう一つは入口近くの棚。
両方を消せば、室内はほぼ暗闇になる。
窓は板で塞がれている。
外はすでに夕暮れ。
ヨアヒムなら、暗闇でもある程度動けるはずだ。
問題は縄だった。
ロックはヨアヒムの背後へ回る道を探す。
木箱の陰を這う。
男たちの会話が聞こえる。
「少年はどこだ」
「知らねえ」
「ラウル・ケスラーは?」
「さあな」
「お前が逃がした」
「だったら何だ」
「手紙を持っているのは少年だ」
「そう思うなら、俺を殴ってる暇はないだろ」
ヨアヒムが笑う。
男は腹を蹴った。
椅子ごと倒れそうになる。
「強がるな」
「もっと強い奴を連れてこい」
時間はなかった。
ロックは一つ目の油灯へ近づく。
足元に小石。
拾う。
離れた棚へ投げた。
カラン。
三人の視線が動く。
「何だ」
一人が音の方へ向かう。
その隙に。
ロックは柱の油灯を吹き消した。
「誰だ!」
もう一つの灯りへ走る。
男が振り返る。
「そこにいるぞ!」
ロックは棚へ飛びつき、油灯を床へ落とさないよう手で覆う。
息を吹く。
暗闇になった。
同時に。
正面の扉が激しく叩かれた。
「知識神ラーダの神殿だ!」
神官の声が響く。
「中にいる者は武器を捨てろ! 衛士が包囲している!」
「ちっ!」
「裏口だ!」
「逃げろ!」
男たちは混乱した。
一人が正面へ。
一人が搬入口へ。
残る一人はヨアヒムを人質にしようとする。
「動くな!」
暗闇の中で手が伸びる。
だが、椅子にはもうヨアヒムがいなかった。
ロックが油灯を消した直後、ヨアヒムは自分で椅子ごと身体を倒していた。
男の手が空を切る。
「どこだ!」
「ここだよ」
低い声。
続いて、鈍い衝撃音。
ヨアヒムが縛られたまま、頭突きを叩き込んだ。
「ぐあっ!」
男がよろめく。
ロックは音を頼りに近づき、男の足を払う。
身体が床へ倒れる。
「ロックか」
「遅くなりました」
「本当に遅い」
ロックは短剣で縄を切る。
ヨアヒムが腕を自由にする。
「カイは?」
「逃がした」
「ラウルは?」
「逃げた」
「どちらも?」
「ああ」
正面で扉が開く音。
神官が中へ入ってきた。
灯りを持っている。
「逃げたぞ!」
「追わないでください!」
ロックが叫ぶ。
「外に仲間がいるかもしれません」
神官は足を止めた。
倉庫の中へ灯りを向ける。
一人は床に倒れている。
残る二人は逃げた。
「衛士はいないのか」
ヨアヒムが聞く。
「いない」
「はったりか」
「効いたでしょう」
「まあな」
ヨアヒムは口元の血を拭った。
「助かった」
◇
倒れた男を縛る。
腰には短剣。
懐には黒い石の小さな徽章があった。
鳥の形。
《夜鴉》の印だった。
「こいつは神殿の人間ではない」
神官が言う。
「ですが、神殿の裏門を使いました」
「門番はどこだ」
「別の場所に捨てられているかもしれません」
ロックはヨアヒムへ向き直る。
「何があったんです」
「隠れ家へ向かう途中で襲われた」
「待ち伏せ?」
「ああ。俺たちの行き先を知っていた」
「盗賊ギルドの隠れ家を?」
「そこまでは知られていない。だが神殿へ向かう道は読まれていた」
「カイはどうやって逃がしたんです」
ヨアヒムは少し笑う。
「俺が捕まったふりをした」
「本当に捕まっていますけど」
「途中まではふりだった」
「途中から本当になった?」
「そういうことだ」
ロックは呆れた顔をした。
「ラウルは?」
「最初に逃げた」
「縄は」
「俺が緩めた」
「なぜ」
「敵が来た時、足手まといになると思った」
「逃げるに決まっているでしょう」
「予想どおりだった」
「威張ることですか」
ヨアヒムは肩をすくめる。
「だが、そのおかげで敵が一人ラウルを追った」
「人数を減らしたんですね」
「ああ。カイはその隙に別の路地へ逃がした」
「手紙を持ったまま?」
「持ったままだ」
「どこへ向かわせました」
ヨアヒムは倉庫の床へ目を落とす。
「ラーダ神殿ではない」
「なぜです」
「神殿へ内通者がいる可能性があったからだ」
「正解でした」
「やっぱりか」
「リンデルさんが襲われました」
ヨアヒムの顔から笑みが消えた。
「生きているのか」
「ええ。でも名簿の写しを奪われています」
「では、手紙が最後の証拠か」
「首飾りもあります」
ロックは青い布包みを見せた。
「回収したのか」
「はい」
「一人で?」
「ええ」
「ヴァルデンは」
「いました」
「よく生きて戻ったな」
「逃げましたから」
ヨアヒムは少し考えた。
「カイを向かわせたのは《古代王国の扉》亭だ」
ロックは目を見開く。
「僕の宿へ?」
「お前が拠点にしている場所なら、少なくとも敵には読まれにくい」
「どうして知っているんです」
「盗賊ギルドを何だと思っている」
「人の生活を勝手に調べる組織」
「だいたい合っている」
ロックは頭を抱えたくなった。
「カイ一人で辿り着けますか」
「途中まで部下をつけた」
「途中まで?」
「部下も追手を引きつけるために別れた」
「無事かどうか分からないんですね」
「ああ」
ロックはすぐ立ち上がった。
「宿へ戻ります」
「待て。俺も行く」
「怪我は?」
「歩ける」
「顔が腫れています」
「顔で歩くわけじゃない」
神官が割って入る。
「捕らえた男はどうする」
「神殿で拘束してください」
「内通者がいる」
「では、この倉庫へ置いた方が安全ですか」
神官は黙る。
「信用できる人だけで見張ってください」
「誰が信用できるか分からない」
「あなた自身は?」
「私はラーダへ誓って裏切っていない」
「なら、あなたが見張ってください」
「簡単に言うな」
「簡単ではありません。でも、今はそれしかない」
神官は倒れた男を見る。
やがて深く息を吐いた。
「分かった」
「それと、リンデルさんのことは外へ漏らさないでください」
「襲われたことをか」
「死んだことにしてもいいくらいです」
「縁起でもない」
「敵が生きていると知れば、もう一度狙います」
神官は不満そうだった。
だが理屈は理解したらしい。
「治療室の者へ伝える」
「お願いします」
◇
ロックとヨアヒムは倉庫を出た。
空はすでに暗い。
王都の通りには灯りが点り始めている。
「宿まで走れますか」
「お前より速い」
「怪我人は皆そう言います」
「盗賊は弱みを見せない」
「今の顔で説得力がありますか」
「口の減らない小僧だな」
二人は大通りへ出る。
ロックは人の流れを見ながら、最短の道を選ぶ。
だがヨアヒムが腕を掴んだ。
「そっちは駄目だ」
「なぜ」
「見られている」
向かいの屋根。
煙突の脇に人影があった。
一瞬で消える。
「また狙撃手?」
「違う。見張りだ」
「僕たちが宿へ向かうのを追うつもりですね」
「案内してやる必要はない」
「回り道を」
「いや」
ヨアヒムは路地の奥を指す。
「盗賊の道を使う」
◇
裏路地を二本。
酒場の厨房を抜ける。
樽置き場の床板を開け、狭い地下通路へ入る。
そこから共同井戸の裏へ出る。
ロックが知らない王都の道だった。
「こんな経路がいくつあるんです」
「知りたいか」
「少し」
「ギルドへ入れ」
「考えておきます」
「その言い方は断る奴の言い方だ」
地下通路を抜けると、《古代王国の扉》亭の近くへ出た。
表通りからではない。
裏の食料庫に繋がる細道だった。
「ここまで近づけるんですか」
「宿の主人に話を通してある」
「いつの間に」
「昔からだ」
ロックは裏口へ近づく。
静かだった。
静かすぎる。
普段なら厨房から皿の音や話し声が聞こえる時間だ。
だが今夜は何も聞こえない。
「何か変です」
「ああ」
ヨアヒムも短剣へ手を伸ばす。
裏口は閉まっている。
だが鍵は掛かっていない。
ロックがゆっくり押す。
厨房は無人。
火は消されていない。
鍋も温かい。
人だけがいない。
「店主さん?」
返事はない。
二人は食堂へ向かう。
椅子と机は整ったまま。
酒の入った杯が一つ、卓上に残されている。
床には割れた皿。
その近くへ、一本の杖が落ちていた。
カイの杖だった。
ロックは拾い上げる。
先端に新しい血が付いている。
「間に合わなかったか」
ヨアヒムが低く言う。
「まだです」
ロックは食堂を見回した。
争った跡は少ない。
大勢が襲撃したわけではない。
そして宿の者が全員消えている。
殺されたなら血が残る。
連れ去られたのなら、もっと激しく抵抗したはずだ。
「店主たちは避難しています」
「なぜ分かる」
「厨房の火を消していない。でも裏口の鍵は開けてあった」
「逃げる時に忘れたのかもしれない」
「いいえ」
ロックは床を見る。
薄く小麦粉が撒かれている。
厨房から食堂へ。
足跡が一つだけ続いていた。
小さな靴跡。
カイだ。
足跡は階段へ向かっている。
「二階です」
二人は階段を上る。
ロックの部屋の前で、足跡は止まっていた。
扉は閉まっている。
「カイ?」
返事はない。
ロックは扉へ耳を当てる。
中から微かな呼吸音。
それから。
「合言葉」
カイの声だった。
「合言葉?」
「ヨアヒムが言ってた。知らない奴を入れるなって」
ヨアヒムが小さく笑う。
「ちゃんと守ってるな」
「何と教えたんです」
「灰鼠は猫よりしぶとい」
ロックが扉へ向かって言う。
「灰鼠は猫よりしぶとい」
「続き」
ロックはヨアヒムを見る。
「続きがあるんですか」
「鴉より性格が悪い」
ロックは言い直す。
「灰鼠は猫よりしぶとく、鴉より性格が悪い」
扉の向こうで閂が外れる。
わずかに開いた隙間から、カイが顔を出した。
「遅い」
「すみません」
カイは杖を持っていないため、壁へ寄り掛かっている。
肩には新しい包帯。
だが生きていた。
「手紙は?」
「ある」
胸元から、油紙に包まれた封書を取り出す。
「誰にも渡してない」
「よく守りました」
「首飾りは?」
ロックは青い包みを見せる。
カイの表情が緩む。
「本当に取ってきた」
「約束しましたから」
「壊してない?」
「壊していません」
「見せろ」
ロックは布を少し開く。
銀の鎖。
深い青色の宝石。
カイは確かめると、ようやく息を吐いた。
「これで届けられる」
「ええ」
ヨアヒムが部屋の中を見る。
「宿の連中は?」
「店主が地下室へ逃がした」
「敵は来たのか」
「一人だけ」
「一人?」
「客のふりをして入ってきた」
カイは唇を噛む。
「俺を見つけて、杖を蹴った。でも店主が鍋を投げてくれた」
「それで逃げた?」
「階段まで来た。でも、急に帰った」
「なぜ」
「分からない」
ロックは窓を見る。
閉まっている。
外の通りは静か。
敵が一人で侵入し、途中で退いた。
首飾りも手紙も回収せずに。
理由は一つしかない。
「ここが割れました」
「何?」
「敵は僕の宿を知った」
ヨアヒムの表情が険しくなる。
「ここへ戻るのを待っているのか」
「おそらく」
「罠だな」
「ええ」
ロックは首飾りと手紙を見比べる。
必要な物は揃った。
だが、ラーダ神殿は安全ではない。
リンデルは動けない。
宿も知られた。
ここで朝まで待てば、敵が態勢を整える。
「今夜のうちに終わらせます」
ヨアヒムが眉を上げる。
「何をする気だ」
「ヴァルデンを呼び出します」
「正気か」
「向こうも、首飾りと手紙を欲しがっています」
「餌にするのか」
「はい」
「場所は」
ロックは少し考えた。
衛兵。
神殿。
盗賊ギルド。
どれも完全には信用できない。
なら。
敵が知らず。
ロックだけが地形を把握し。
逃げ道も罠も用意できる場所。
一つしかなかった。
「地下水道です」
ヨアヒムの目が細くなる。
「お前の隠し事か」
「何のことでしょう」
「惚けるな」
「でも、使えます」
「相手を誘い込めるのか」
「首飾りと手紙を持っていくと知らせれば来ます」
「どうやって知らせる」
ロックは縛られていた男から回収した《夜鴉》の徽章を見る。
「向こうの連絡方法を借ります」
推理は終わった。
証拠も揃った。
後は。
敵が勝ったと思える場所へ誘い込み。
その足元を崩すだけだった。