低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
人工始原の巨人へ入るなら、口から入る必要はない。
口に当たる正面入口には、魔法の武器と鎧を与えられたドラゴントゥース・ウォリアーが並んでいる。
わざわざ、そこを突破する理由はなかった。
ロックが選んだのは、鼻に当たる横穴だった。
岩肌を登り、人ひとりがようやく通れる暗い穴へ身体を滑り込ませる。
内部へ入った途端、生温い風が頬を撫でた。
奥へ引き込まれたかと思えば、しばらくして外側へ押し戻される。
同じ間隔で。
何度も。
巨人そのものが息をしているようだった。
ロックは壁際へ寄り、慎重に進んだ。
通路は赤黒い。
石造りに見えるが、表面には薄い膜のようなものが張られている。
メイジスタッフの先で触れると、僅かにへこんだ。
離せば、ゆっくりと元へ戻る。
古代王国の魔術師が何を使って造ったものか。
考えたところで答えは出ない。
床には粘つく液体が溜まっていた。
足を取られないよう、少し高くなった場所を選んで歩く。
やがて。
奥から乾いた音が聞こえてきた。
硬い物が床を叩く音。
一つではない。
ロックは通路脇の窪みへ身を滑り込ませた。
三体のボーン・サーバントが現れる。
一体は鉤を持ち。
一体は長い箆を持ち。
最後の一体は、蓋つきの壺を抱えていた。
三体は壁へこびりついた黒い塊の前で止まった。
鉤が突き刺さる。
黒い塊が壁から剥がされ、床へ落ちた。
それは虫のように身をくねらせた。
箆が振り下ろされる。
一度。
二度。
動かなくなった塊を、壺を持った個体が拾い上げる。
蓋が閉じられた。
三体は、そのまま歩き去っていく。
ロックは足音が消えるまで待った。
壁に残った黒い染みを、杖の先で軽く突く。
反応はない。
「掃除役か」
骨の姿をしているからといって、すべてが番兵とは限らない。
施設を維持するために作られたものもいる。
少なくとも、今の三体はそうだった。
◇
さらに奥へ進むと、今度は壺を抱えた一体だけが向かってきた。
ロックは隠れなかった。
通路の端へ寄る。
進路を塞がない。
ボーン・サーバントは、僅かに顔を向けた。
それだけだった。
歩調を緩めることもなく、横を通り過ぎていく。
こちらが見えていないわけではない。
見た上で。
自分の役目とは関係がないと判断したらしい。
ロックはその背を追わなかった。
余計なことをして、判断を変えられる必要もない。
風の流れ。
通路の傾き。
壁へ残した印。
それらを確認しながら進む。
やがて前方から、赤い光が差し込んできた。
◇
通路の先には、巨大な空洞が広がっていた。
天井は暗闇に沈み。
底も見えない。
空洞の壁から壁へ。
何本もの細い橋が架けられている。
その上を、無数の人影が歩いていた。
オークだった。
もっとも、生きた人間や妖魔ではない。
太い木材を人の形へ削り。
木の腕。
木の脚。
木の胴体を組み合わせた魔法生物。
顔もまた木で作られ、簡素な目と口だけが刻まれている。
木人のオーク。
古代王国の魔術師たちが、労働のために造った魔法生物だった。
オークたちは背中へ赤い容器を負っている。
橋の向こうへ荷を運び。
空になった容器を背負って戻ってくる。
一体も喋らない。
互いに合図を送ることもない。
ただ決められた道を。
決められた歩調で進み続けている。
橋の表面には幾つもの溝が刻まれていた。
荷を運ぶ列。
空の容器を戻す列。
それぞれが別の溝に沿って歩き。
交差する場所でも、決してぶつからない。
ロックはしばらく観察した。
動きは単純だ。
だが正確だった。
進路へ割り込まなければ、こちらへ反応する様子もない。
ロックは空の容器を運ぶ列の後ろへ入り、同じ速度で橋を渡り始めた。
前を歩くオークが、ぎこちなく首を回した。
木で作られた目がロックへ向く。
すぐに正面へ戻った。
敵と判断されてはいない。
それだけ分かれば十分だった。
反対側から、赤い容器を背負ったオークたちが来る。
容器の表面は僅かに脈打ち。
隙間から、生暖かい空気が漏れていた。
中身が何であるかは分からない。
血に似た液体かもしれない。
魔力を蓄えた何かかもしれない。
確かめるつもりはなかった。
施設の中で働いているものへ、理由もなく手を出す必要はない。
橋の半ばまで進んだ時。
甲高い鐘の音が響いた。
一度。
二度。
三度。
すべてのオークが同時に止まった。
背負っていた容器を下ろし。
橋の端へ並べる。
ロックも足を止めた。
空洞の壁面。
赤く光っていた筋の一部が黒ずんでいる。
その中心が大きく膨れ上がった。
壁の表面が破れる。
中から現れたのは、黒褐色の肉塊だった。
太い蔓のようなものを何本も伸ばし。
壁の赤い部分へ張りついている。
蔓の先が割れた。
内側には、細かな歯が並んでいた。
それが赤く光る壁へ食らいつく。
橋の向こうから、金属の擦れる音が近づいてきた。
スケルトン・ウォリアーが三体。
その後ろに。
鉤と壺を持ったボーン・サーバントが続いている。
スケルトン・ウォリアーたちは黒い肉塊へ向かって進んだ。
一体が盾を前へ出す。
左右の二体が剣を振るう。
伸びてきた蔓が切断された。
切り口から黒い液体が噴き出す。
盾へ付着した部分が煙を上げた。
それでも、スケルトン・ウォリアーは退かない。
蔓を切り。
前へ進み。
壁へ張りついた本体へ近づこうとする。
だが。
肉塊の本体は、橋から離れた場所にあった。
剣が届かない。
切り落とされた蔓の根元から、また新しい芽が伸び始めている。
このままでは、いつまでも本体へ近づけない。
ロックは橋の縁から下を覗いた。
肉塊はいくつもの蔓を伸ばしている。
だが、巨体を支えている部分は一か所だけだった。
壁へ食らいついた口の上。
黒い肉の根元が、細く括れている。
そこを崩せば、身体を支えられない。
ロックはスタッフスリングへ鉛弾を収めた。
爆発する弾を使う場所ではない。
敵だけでなく、施設まで壊してしまう。
狙うのは肉塊ではなく。
肉塊を壁へ繋ぎ止めている部分。
蔓が振り回される。
スケルトン・ウォリアーの盾が、それを受け止めた。
ロックは一度だけスタッフスリングを振り。
放った。
鉛弾が括れた根元へ命中する。
肉塊の身体が大きく揺れた。
壁へ食い込んでいた口が外れる。
蔓が橋へ伸びた。
スケルトン・ウォリアーの剣が、それを断ち切る。
支えを失った肉塊は。
空洞の底へ落ちていった。
しばらく待ったが。
落下音は聞こえなかった。
スケルトン・ウォリアーたちは橋の縁に立ち、暗闇を見下ろしている。
やがて剣を収めた。
ボーン・サーバントが壁へ近づく。
残された黒い破片を鉤で剥がし。
箆で押さえ。
壺へ放り込んでいく。
鐘の音が止まった。
オークたちが一斉に動き始める。
赤い容器を背負い直し。
同じ列へ戻り。
何事もなかったように運搬を再開した。
礼を言う者はいない。
そもそも、礼を言うために作られたものではない。
スケルトン・ウォリアーの一体がロックへ顔を向ける。
剣へ手をかけない。
近づいてもこない。
助けたことを理解しているのか。
ただ排除する必要がないと判断したのか。
それは分からなかった。
ただ。
巨人の内側には。
今も役目を果たし続ける者たちがいる。
その働きを邪魔しない限り。
ロックは、まだ侵入者ではなかった。