低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
人工始原の巨人には、明確な入口があった。
口だ。
だが、そこには魔法の武器と鎧を与えられたドラゴントゥース・ウォリアーが並んでいる。
正面から入る者を迎えるための門であり。
同時に、通してよい者を選別する関所なのだろう。
ロックは、そこへ近づかなかった。
巨人が人の形を模しているなら、外へ開かれた穴は口だけではない。
顔面を形作る白い外殻を登り、鼻孔に当たる裂け目へ身体を滑り込ませる。
内部から、生温い風が吹いてきた。
奥へ吸い込まれ。
しばらくすると、今度は外へ押し戻される。
風そのものは弱い。
だが、一定の間隔で繰り返されていた。
まるで息をしているようだった。
◇
鼻孔の先は、洞窟ではなかった。
天井を支える細い柱。
左右へ連なる尖頭形の梁。
床を縁取る石柵。
人の身体を模しているはずなのに、内部は神殿や城館の回廊に近い。
壁面を覆う赤黒い膜も、剥き出しの肉ではない。
半透明の幕を何重にも張り。
その向こうへ、赤い硝子管を巡らせたような造りだった。
管の中を、淡い光が流れていく。
人の身体をそのまま大きくしたのではない。
人の身体を象徴する建造物として造られている。
古代王国の魔術師たちは、人間を細かな肉の集まりとして見ていたのではない。
頭は思考する宮殿。
胸は生命を燃やす炉。
骨は力を支える柱。
血は命を運ぶ流れ。
そうした働きを、魔術と建築へ置き換えたのだろう。
ロックは回廊の奥を見た。
吹き込んだ風は、白い格子を幾つも抜けている。
格子には布のようなものが張られ。
埃や小さな虫が引っかかっていた。
その下では、細長い溝を薄い液体が流れている。
鼻毛。
粘液。
そんな言葉で説明する知識は、ロックにはない。
ただ、外から入った塵や異物をここで捕まえ、奥へ通さない仕組みだということは分かった。
「門番を置くまでもない、小さな侵入者のための門か」
人間一人を想定した設備ではない。
だからこそ、通れる。
その代わり、足場は悪かった。
床を横切る溝。
風に揺れる濾過布。
間隔を空けて閉じたり開いたりする石格子。
いずれも罠ではない。
施設が本来の役割を果たした結果として生じる危険だった。
ロックは風の周期を測り。
格子が開く瞬間に合わせて先へ進んだ。
◇
乾いた音が聞こえた。
木材同士がぶつかる音。
ロックは、回廊を支える柱の陰へ身を寄せる。
現れたのは三体のオークだった。
妖魔ではない。
太い木材を組み合わせ、腕と脚を取りつけた作業用の木人だ。
顔は簡素だった。
目に当たる黒い石。
口の代わりに刻まれた一本の溝。
胴体は樽のように太く、背中には籠を負っている。
一体は長い熊手。
一体は鋏に似た道具。
最後の一体は、蓋のついた木箱を持っていた。
三体は、格子に絡みついた黒い塊の前で止まった。
熊手が塊を引き剥がす。
床へ落ちたそれは、毛虫のように身をくねらせた。
鋏が閉じる。
黒い塊は二つに断たれた。
それでも動いている。
木人は何度も鋏を使い、細かく刻んでから木箱へ収めた。
誰も命令していない。
合図もない。
決められた手順を、決められた順番で繰り返している。
作業を終えた木人たちは、ロックへ顔を向けることなく去っていった。
ロックは黒い染みの残った格子を見た。
「異物を取り除く役か」
ボーン・サーバントばかりが清掃を行うわけではないらしい。
鼻に近い場所では、木人が大きな塵や寄生物を取り除く。
その先で、骨の作業体が細かな汚れを処理する。
人の身体を模している。
だが、使われているのは臓器ではない。
門。
水路。
清掃夫。
警備兵。
建物を維持するための仕組みが、人の身体の働きへ当てはめられている。
◇
回廊は次第に広くなった。
左右の壁が離れ。
天井は高くなり。
やがて、巨大な吹き抜けへ出る。
ロックはその手前で足を止めた。
空洞の中央を、何本もの橋が横切っている。
橋は肋骨を思わせる白い梁から吊られ。
その下には、赤い光の川が流れていた。
川といっても水ではない。
細い硝子管を束ねたような水路だ。
管の中を、赤い光と濁った液体が同じ方向へ流れている。
橋の上では、大勢のオークが働いていた。
背中へ赤い壺を負い。
列を作り。
奥の塔へ運んでいる。
塔は、吹き抜けの中央に立っていた。
太い柱を束ねたような形をしている。
側面には幾つもの扉があり。
上部には鐘楼。
下部には巨大な水車。
一定の間隔で、塔の奥から重い音が響く。
どん。
少し間を空けて。
どん。
音に合わせて、赤い水路の光が強くなる。
塔全体が脈打っているようだった。
心の臓。
そう呼ばれるものを、古代王国の魔術師たちは、この塔として造ったのかもしれない。
血を押し出す肉の袋ではない。
命と魔力を受け取り。
各所へ送り出す中央炉。
その象徴だ。
ロックは橋の流れを観察した。
赤い壺を運ぶ列。
空の壺を持ち帰る列。
修理用の材木を運ぶ列。
床に刻まれた溝に沿い、互いにぶつかることなく進んでいる。
木人に判断力はない。
だが、建物そのものが進路を指定していた。
橋の分岐には低い柵があり。
列が近づくと、その一部が開く。
通過すると閉じる。
どの木人も、同じ仕事を繰り返すだけで目的地へ到着できる。
「人形が賢いんじゃない。道の方が迷わせないようにできている」
ならば。
その道へ従えば、ロックも奥へ進める。
◇
ロックは空の壺を持ち帰る列の後ろへ入った。
木人は振り返らない。
こちらを調べもしない。
床の溝へ足を合わせ、同じ速度で進む。
橋の途中には、肋骨を模した白い門があった。
木人が近づくと、門の上へ刻まれた文字が淡く光る。
壺。
木人。
床の溝。
三つを順に照らし。
問題がなければ、格子が上がる。
ロックの番が来た。
格子は下りたままだった。
当然だ。
ロックには壺がない。
木人でもない。
無理に越えれば、どこかの警備機構が反応するだろう。
ロックは列を乱す前に横へ退いた。
門の横には、狭い足場がある。
整備を行う者が立つための場所だろう。
そこから、しばらく観察する。
赤い壺を運ぶ木人が来る。
格子が上がる。
空の壺を背負った木人が来る。
やはり上がる。
材木を運ぶ木人。
清掃道具を持った木人。
どちらも通る。
だが、何も持っていない木人が一体だけ来た時。
格子は上がらなかった。
木人は止まる。
しばらく待ち。
やがて床の溝が横へ動き、別の通路へ運ばれていった。
門が見ているのは、木人の姿ではない。
荷と役目だ。
ロックは門の側面へ目を凝らした。
幾つかの印が刻まれている。
壺。
工具。
木箱。
材木。
それぞれの絵の下に、古代語魔法の文字がある。
文字を完全に読むことはできない。
だが、並び方から意味は推測できた。
運搬。
清掃。
修繕。
回収。
門は、通過する者の身分を問うているのではない。
何の仕事をしに来たのかを確認している。
ロックは周囲を見渡した。
門の手前。
橋の端に、空の壺が一つ置かれている。
壊れたのか。
列から外されたのか。
ひびが入り、底が抜けていた。
使い物にはならない。
だが、門が調べるのは中身ではなく、役割を示す印かもしれない。
ロックは壺を持ち上げた。
底が抜けているため、さほど重くない。
列が途切れるのを待ち。
床の溝へ足を合わせる。
門へ近づく。
古代文字が光った。
最初に壺。
次にロック。
そこで光が止まる。
一瞬。
格子は上がらない。
失敗か。
ロックは動かなかった。
慌てて逃げれば、それこそ異常と判断される。
文字列の光が、ロックの手元へ移った。
壺に刻まれた印。
ロックの指。
そして、メイジスタッフ。
最後に。
門の側面に刻まれた工具の印が光った。
格子が上がる。
ロックは目を細めた。
メイジスタッフを、修繕用の道具と誤認したらしい。
完全に騙したわけではない。
古代王国の設備にとって、魔力を扱う杖は作業具の一種なのだろう。
理由はともかく。
通行は許可された。
ロックは壺を抱えたまま格子を抜けた。
背後で門が閉じる。
◇
門の向こうは、さらに建造物らしかった。
白い梁が大聖堂の柱のように並び。
赤い水路が床と壁を走り。
中央には幾つもの塔が立っている。
上へ伸びる塔。
下へ沈む塔。
横倒しになり、巨大な風車を回している塔。
そのすべてが通路と橋で繋がれていた。
人の身体の中ではない。
人間というものを、巨大な都市として表した場所。
頭は王宮。
胸は炉と鐘楼。
腹は倉庫と工房。
骨は街を支える柱。
古代王国の魔術師たちは、そう考えたのだ。
ロックは空になった壺を足元へ置いた。
戻る時に使える場所を覚える。
次に、門の位置。
橋の数。
木人の流れ。
赤い水路の向き。
一つずつ頭へ入れていく。
まだ、宝を探す段階ではない。
まず、この都市が何をもって正常とし。
何を異常と判断するのか。
それを知らなければならない。
遠くで、巨大な鐘が鳴った。
どん。
赤い光が、都市全体を駆け抜ける。
塔の窓が一斉に明るくなる。
木人が歩き。
骨の作業体が扉を開け。
見えないどこかで、水車が回り始める。
人工始原の巨人は眠っているのではない。
今も。
人の形をした都市として、生き続けていた。