低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第26話 巨人の内側

 人工始原の巨人には、明確な入口があった。

 

 口だ。

 

 だが、そこには魔法の武器と鎧を与えられたドラゴントゥース・ウォリアーが並んでいる。

 

 正面から入る者を迎えるための門であり。

 

 同時に、通してよい者を選別する関所なのだろう。

 

 ロックは、そこへ近づかなかった。

 

 巨人が人の形を模しているなら、外へ開かれた穴は口だけではない。

 

 顔面を形作る白い外殻を登り、鼻孔に当たる裂け目へ身体を滑り込ませる。

 

 内部から、生温い風が吹いてきた。

 

 奥へ吸い込まれ。

 

 しばらくすると、今度は外へ押し戻される。

 

 風そのものは弱い。

 

 だが、一定の間隔で繰り返されていた。

 

 まるで息をしているようだった。

 

          ◇

 

 鼻孔の先は、洞窟ではなかった。

 

 天井を支える細い柱。

 

 左右へ連なる尖頭形の梁。

 

 床を縁取る石柵。

 

 人の身体を模しているはずなのに、内部は神殿や城館の回廊に近い。

 

 壁面を覆う赤黒い膜も、剥き出しの肉ではない。

 

 半透明の幕を何重にも張り。

 

 その向こうへ、赤い硝子管を巡らせたような造りだった。

 

 管の中を、淡い光が流れていく。

 

 人の身体をそのまま大きくしたのではない。

 

 人の身体を象徴する建造物として造られている。

 

 古代王国の魔術師たちは、人間を細かな肉の集まりとして見ていたのではない。

 

 頭は思考する宮殿。

 

 胸は生命を燃やす炉。

 

 骨は力を支える柱。

 

 血は命を運ぶ流れ。

 

 そうした働きを、魔術と建築へ置き換えたのだろう。

 

 ロックは回廊の奥を見た。

 

 吹き込んだ風は、白い格子を幾つも抜けている。

 

 格子には布のようなものが張られ。

 

 埃や小さな虫が引っかかっていた。

 

 その下では、細長い溝を薄い液体が流れている。

 

 鼻毛。

 

 粘液。

 

 そんな言葉で説明する知識は、ロックにはない。

 

 ただ、外から入った塵や異物をここで捕まえ、奥へ通さない仕組みだということは分かった。

 

「門番を置くまでもない、小さな侵入者のための門か」

 

 人間一人を想定した設備ではない。

 

 だからこそ、通れる。

 

 その代わり、足場は悪かった。

 

 床を横切る溝。

 

 風に揺れる濾過布。

 

 間隔を空けて閉じたり開いたりする石格子。

 

 いずれも罠ではない。

 

 施設が本来の役割を果たした結果として生じる危険だった。

 

 ロックは風の周期を測り。

 

 格子が開く瞬間に合わせて先へ進んだ。

 

          ◇

 

 乾いた音が聞こえた。

 

 木材同士がぶつかる音。

 

 ロックは、回廊を支える柱の陰へ身を寄せる。

 

 現れたのは三体のオークだった。

 

 妖魔ではない。

 

 太い木材を組み合わせ、腕と脚を取りつけた作業用の木人だ。

 

 顔は簡素だった。

 

 目に当たる黒い石。

 

 口の代わりに刻まれた一本の溝。

 

 胴体は樽のように太く、背中には籠を負っている。

 

 一体は長い熊手。

 

 一体は鋏に似た道具。

 

 最後の一体は、蓋のついた木箱を持っていた。

 

 三体は、格子に絡みついた黒い塊の前で止まった。

 

 熊手が塊を引き剥がす。

 

 床へ落ちたそれは、毛虫のように身をくねらせた。

 

 鋏が閉じる。

 

 黒い塊は二つに断たれた。

 

 それでも動いている。

 

 木人は何度も鋏を使い、細かく刻んでから木箱へ収めた。

 

 誰も命令していない。

 

 合図もない。

 

 決められた手順を、決められた順番で繰り返している。

 

 作業を終えた木人たちは、ロックへ顔を向けることなく去っていった。

 

 ロックは黒い染みの残った格子を見た。

 

「異物を取り除く役か」

 

 ボーン・サーバントばかりが清掃を行うわけではないらしい。

 

 鼻に近い場所では、木人が大きな塵や寄生物を取り除く。

 

 その先で、骨の作業体が細かな汚れを処理する。

 

 人の身体を模している。

 

 だが、使われているのは臓器ではない。

 

 門。

 

 水路。

 

 清掃夫。

 

 警備兵。

 

 建物を維持するための仕組みが、人の身体の働きへ当てはめられている。

 

          ◇

 

 回廊は次第に広くなった。

 

 左右の壁が離れ。

 

 天井は高くなり。

 

 やがて、巨大な吹き抜けへ出る。

 

 ロックはその手前で足を止めた。

 

 空洞の中央を、何本もの橋が横切っている。

 

 橋は肋骨を思わせる白い梁から吊られ。

 

 その下には、赤い光の川が流れていた。

 

 川といっても水ではない。

 

 細い硝子管を束ねたような水路だ。

 

 管の中を、赤い光と濁った液体が同じ方向へ流れている。

 

 橋の上では、大勢のオークが働いていた。

 

 背中へ赤い壺を負い。

 

 列を作り。

 

 奥の塔へ運んでいる。

 

 塔は、吹き抜けの中央に立っていた。

 

 太い柱を束ねたような形をしている。

 

 側面には幾つもの扉があり。

 

 上部には鐘楼。

 

 下部には巨大な水車。

 

 一定の間隔で、塔の奥から重い音が響く。

 

 どん。

 

 少し間を空けて。

 

 どん。

 

 音に合わせて、赤い水路の光が強くなる。

 

 塔全体が脈打っているようだった。

 

 心の臓。

 

 そう呼ばれるものを、古代王国の魔術師たちは、この塔として造ったのかもしれない。

 

 血を押し出す肉の袋ではない。

 

 命と魔力を受け取り。

 

 各所へ送り出す中央炉。

 

 その象徴だ。

 

 ロックは橋の流れを観察した。

 

 赤い壺を運ぶ列。

 

 空の壺を持ち帰る列。

 

 修理用の材木を運ぶ列。

 

 床に刻まれた溝に沿い、互いにぶつかることなく進んでいる。

 

 木人に判断力はない。

 

 だが、建物そのものが進路を指定していた。

 

 橋の分岐には低い柵があり。

 

 列が近づくと、その一部が開く。

 

 通過すると閉じる。

 

 どの木人も、同じ仕事を繰り返すだけで目的地へ到着できる。

 

「人形が賢いんじゃない。道の方が迷わせないようにできている」

 

 ならば。

 

 その道へ従えば、ロックも奥へ進める。

 

          ◇

 

 ロックは空の壺を持ち帰る列の後ろへ入った。

 

 木人は振り返らない。

 

 こちらを調べもしない。

 

 床の溝へ足を合わせ、同じ速度で進む。

 

 橋の途中には、肋骨を模した白い門があった。

 

 木人が近づくと、門の上へ刻まれた文字が淡く光る。

 

 壺。

 

 木人。

 

 床の溝。

 

 三つを順に照らし。

 

 問題がなければ、格子が上がる。

 

 ロックの番が来た。

 

 格子は下りたままだった。

 

 当然だ。

 

 ロックには壺がない。

 

 木人でもない。

 

 無理に越えれば、どこかの警備機構が反応するだろう。

 

 ロックは列を乱す前に横へ退いた。

 

 門の横には、狭い足場がある。

 

 整備を行う者が立つための場所だろう。

 

 そこから、しばらく観察する。

 

 赤い壺を運ぶ木人が来る。

 

 格子が上がる。

 

 空の壺を背負った木人が来る。

 

 やはり上がる。

 

 材木を運ぶ木人。

 

 清掃道具を持った木人。

 

 どちらも通る。

 

 だが、何も持っていない木人が一体だけ来た時。

 

 格子は上がらなかった。

 

 木人は止まる。

 

 しばらく待ち。

 

 やがて床の溝が横へ動き、別の通路へ運ばれていった。

 

 門が見ているのは、木人の姿ではない。

 

 荷と役目だ。

 

 ロックは門の側面へ目を凝らした。

 

 幾つかの印が刻まれている。

 

 壺。

 

 工具。

 

 木箱。

 

 材木。

 

 それぞれの絵の下に、古代語魔法の文字がある。

 

 文字を完全に読むことはできない。

 

 だが、並び方から意味は推測できた。

 

 運搬。

 

 清掃。

 

 修繕。

 

 回収。

 

 門は、通過する者の身分を問うているのではない。

 

 何の仕事をしに来たのかを確認している。

 

 ロックは周囲を見渡した。

 

 門の手前。

 

 橋の端に、空の壺が一つ置かれている。

 

 壊れたのか。

 

 列から外されたのか。

 

 ひびが入り、底が抜けていた。

 

 使い物にはならない。

 

 だが、門が調べるのは中身ではなく、役割を示す印かもしれない。

 

 ロックは壺を持ち上げた。

 

 底が抜けているため、さほど重くない。

 

 列が途切れるのを待ち。

 

 床の溝へ足を合わせる。

 

 門へ近づく。

 

 古代文字が光った。

 

 最初に壺。

 

 次にロック。

 

 そこで光が止まる。

 

 一瞬。

 

 格子は上がらない。

 

 失敗か。

 

 ロックは動かなかった。

 

 慌てて逃げれば、それこそ異常と判断される。

 

 文字列の光が、ロックの手元へ移った。

 

 壺に刻まれた印。

 

 ロックの指。

 

 そして、メイジスタッフ。

 

 最後に。

 

 門の側面に刻まれた工具の印が光った。

 

 格子が上がる。

 

 ロックは目を細めた。

 

 メイジスタッフを、修繕用の道具と誤認したらしい。

 

 完全に騙したわけではない。

 

 古代王国の設備にとって、魔力を扱う杖は作業具の一種なのだろう。

 

 理由はともかく。

 

 通行は許可された。

 

 ロックは壺を抱えたまま格子を抜けた。

 

 背後で門が閉じる。

 

          ◇

 

 門の向こうは、さらに建造物らしかった。

 

 白い梁が大聖堂の柱のように並び。

 

 赤い水路が床と壁を走り。

 

 中央には幾つもの塔が立っている。

 

 上へ伸びる塔。

 

 下へ沈む塔。

 

 横倒しになり、巨大な風車を回している塔。

 

 そのすべてが通路と橋で繋がれていた。

 

 人の身体の中ではない。

 

 人間というものを、巨大な都市として表した場所。

 

 頭は王宮。

 

 胸は炉と鐘楼。

 

 腹は倉庫と工房。

 

 骨は街を支える柱。

 

 古代王国の魔術師たちは、そう考えたのだ。

 

 ロックは空になった壺を足元へ置いた。

 

 戻る時に使える場所を覚える。

 

 次に、門の位置。

 

 橋の数。

 

 木人の流れ。

 

 赤い水路の向き。

 

 一つずつ頭へ入れていく。

 

 まだ、宝を探す段階ではない。

 

 まず、この都市が何をもって正常とし。

 

 何を異常と判断するのか。

 

 それを知らなければならない。

 

 遠くで、巨大な鐘が鳴った。

 

 どん。

 

 赤い光が、都市全体を駆け抜ける。

 

 塔の窓が一斉に明るくなる。

 

 木人が歩き。

 

 骨の作業体が扉を開け。

 

 見えないどこかで、水車が回り始める。

 

 人工始原の巨人は眠っているのではない。

 

 今も。

 

 人の形をした都市として、生き続けていた。

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