低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
王都へ戻ったロックは、しばらく冒険者の依頼を受けないことにした。
数日で終わるとは限らない。
一度引き受ければ、王都を離れる可能性もある。
今は地下水道の奥で見つけた遺跡について、少しでも多く知ることを優先すべきだった。
宿の机へ地下水道の地図を広げる。
その隣には、遺跡の内部で見たものを思い出しながら描いた見取り図がある。
入口となった口腔部。
牙のように並ぶ構造物。
龍牙兵が守っていた区画。
黙々と作業を続ける木人。
清掃と補修を繰り返すボーン・サーバント。
奥へ続く通路。
風の流れ。
排水。
まだ入っていない領域。
分かっていることを書き出し。
分からない部分へ印を付けていく。
羊皮紙は、すぐに印だらけになった。
「……分からないことの方が多いな」
遺跡の奥には、おそらく秘宝がある。
古代王国の研究成果。
未知の魔法装置。
あるいは、現代には残っていない魔術の記録。
危険は大きいが、修行場としても申し分がない。
罠を見抜き。
魔法生物の配置を読み。
戦わずに通り抜ける方法を探す。
ロックが求める技術を、すべて試せる場所だった。
だが、それだけではない。
「何を造ろうとしたんだ」
なぜ人の形をしているのか。
なぜ内部が、身体の中を思わせる構造になっているのか。
誰が。
何のために。
これほど巨大なものを王都の地下へ遺したのか。
宝を拾うだけなら、分からなくてもいい。
だが、遺跡そのものを攻略し。
繰り返し修行場として利用するつもりなら、知らないままでは済まされない。
「まず、知識が要る」
ロックは見取り図を丸めた。
◇
翌朝。
ロックは賢者の学院を訪れた。
学院の公開閲覧室には、学生以外でも閲覧を許された書物がある。
もちろん、誰でも自由に入れるわけではない。
受付で身分を告げ。
閲覧料を支払い。
読む分野と目的を尋ねられる。
「人体について調べたいんです」
受付を務める学院生が、ロックの姿を見直した。
腰には剣。
服装は冒険者。
医学を学ぶ者には見えなかったのだろう。
「治療法ですか」
「いえ。身体の中が、どういう作りになっているのか知りたいんです」
「解剖学ですね」
「たぶん、それです」
学院生は少し考え、閲覧札へ書き込んだ。
「解剖図が載った書物は貴重です。写本も禁止されているものがあります」
「必要なところを書き写すのも駄目ですか」
「書物によります。机へ運ぶ前に確認してください」
「分かりました」
案内された棚には、医師や薬師、神官、魔術師が記した人体に関する書物が並んでいた。
ロックは題名を確かめながら、数冊を選び出した。
◇
骨格。
筋肉。
血管。
臓腑。
解剖図に描かれた人体は、外から見る人間とはまるで違っていた。
皮膚の下に骨がある。
骨へ筋が付き。
筋を動かすことで手足が働く。
胸には心臓と肺があり。
腹には胃や腸、肝臓などが収まっている。
それぞれに違う役割がある。
ロックは写してよい図だけを、手元の羊皮紙へ描いていった。
絵は得意ではない。
それでも、位置と繋がりが分かれば十分だった。
「入口が口だとすれば……」
口から入ったものは喉を通り、腹へ届く。
だが、自分が見つけた遺跡の通路も、同じように繋がっているとは限らない。
人間に似せて造られているとしても、巨大な建築物だ。
見た目と役割が同じとは限らなかった。
「そこを決めつけたら危ないな」
「何を決めつけると危ないのかしら」
不意に声を掛けられ、ロックは顔を上げた。
いつの間にか、机の向こうに老婦人が立っていた。
淡い灰色の髪を整え。
落ち着いた色の長衣をまとい。
杖へ手を添えている。
穏やかな表情だったが、その目にはロックの手元を一目で読み取る鋭さがあった。
ロックは、その姿を知っていた。
賢者の学院に所属する者でなくとも、王都で魔術に関われば耳にする名だ。
大魔術師クラウゼ。
学院の者たちは、敬意を込めてクラウゼ刀自と呼ぶ。
ロックは慌てて立ち上がった。
「失礼しました」
「座っていて構わないわ。ここは閲覧室だもの」
クラウゼ刀自は、机に広げられた人体図へ目を向けた。
「冒険者が朝から解剖図を読んでいる。それだけでも珍しいのに、隣に建物の見取り図まである」
ロックは反射的に羊皮紙へ手を置いた。
クラウゼ刀自は、それを咎めなかった。
「見せたくないものを、無理に見せる必要はないわ」
「すみません」
「謝らなくていいのよ。用心深さは冒険者の美徳でしょう」
そう言いながらも、クラウゼ刀自の視線は、羊皮紙の端から覗く線を捉えていた。
「人体を模した遺跡でも見つけたのかしら」
ロックは答えなかった。
沈黙そのものが答えになってしまった気もする。
だが、クラウゼ刀自は追及しなかった。
「なるほど。それで身体の作りを調べているのね」
「似ている部分があるんです」
「形が?」
「形もです。でも、それだけじゃない気がします」
ロックは解剖図へ目を落とした。
「中に、役割の違う場所がある。風が通る場所や、水が流れる場所。何かを運んでいる木人もいました」
「それを臓器へ当てはめようとしているのね」
「はい。ただ、見た目だけで決めるのは危ないと思って」
クラウゼ刀自は、わずかに口元を緩めた。
「悪くないわ」
「そうですか」
「人の形をしているからといって、人と同じである必要はないもの」
クラウゼ刀自は近くの書架へ向かい、一冊の薄い本を抜き出した。
机へ置かれた表紙には、古びた文字で『魔術器官論序説』と記されている。
「医師は肉体を切り分けて考える」
クラウゼ刀自が本を開く。
「神官は生命と魂の働きから考える」
頁には、人間の輪郭と幾つもの円、そしてそれらを結ぶ線が描かれていた。
「魔術師は、役割と力の流れから考えることがあるわ」
「役割……」
「たとえば、心臓に似た形の部屋があったとするでしょう」
「はい」
「それが本当に心臓の役割を持つとは限らない。単なる儀式場かもしれないし、貯蔵庫かもしれない。逆に、見た目はただの通路でも、施設全体へ魔力を送る重要な場所かもしれない」
ロックは本へ目を落とした。
「名前や形じゃなくて、何をしているかを見る」
「そういうことね」
それは遺跡の攻略にも通じる。
部屋の形だけを見て、役割を決めつけない。
そこで何が動き。
何が運ばれ。
どこへ繋がっているかを確かめる。
「古代王国の魔術師は、人の身体をそのまま大きくしたわけではないでしょう」
クラウゼ刀自は断定しなかった。
あくまで、ロックの話から導いた推測として語っている。
「彼らが人の形へ意味を見いだしたのなら、再現したかったのは姿ではなく、働きかもしれないわ」
「働きを再現する……」
「あるいは、人という形そのものに魔術的な意味があったのかもしれない」
答えは一つではない。
だから調べる。
ロックが求めていたのは、その考え方だった。
「この本、読んでもいいですか」
「公開棚のものだから、もちろん」
「ありがとうございます、クラウゼ刀自」
初めて呼ばれた敬称に、クラウゼ刀自は少しだけ目を細めた。
「学院の学生でもない子が、ずいぶん古風な呼び方を知っているのね」
「失礼でしたか」
「いいえ。嫌いではないわ」
クラウゼ刀自は杖を取り直した。
「その見取り図が何なのかは聞かないでおきましょう」
「助かります」
「ただし、調べ終えたら考えてみなさい」
「何をですか」
「その遺跡が、何を守っているのか」
秘宝。
研究成果。
危険な魔法装置。
ロックが想像したものが、頭をよぎる。
だが、クラウゼ刀自は続けた。
「そして、何を待っているのか」
「待っている……」
「遺跡とは、過去の残骸とは限らないわ。完成を待っているものもあれば、使う者を待っているものもある」
クラウゼ刀自は、それだけ告げると書架の向こうへ歩いていった。
◇
その日。
ロックは閉室を告げられるまで本を読んだ。
人体の作り。
臓腑の役割。
血と空気の巡り。
魔力を器官へ見立てる考え方。
理解できない部分も多かった。
それでも、遺跡を見るための基準は増えた。
夜。
宿へ戻ったロックは、人体図と遺跡の見取り図を並べた。
だが、臓器の名前をそのまま書き込むことはしなかった。
代わりに、見た事実だけを記す。
空気を通す。
水を排出する。
木人を動かす。
侵入者を防ぐ。
内部を修復する。
「何をしているかを調べる」
そうすれば、まだ見えていない区画の役割も推測できる。
安全な経路を探し。
秘宝へ近づき。
必要なら何度でも戻る。
あの遺跡は、ただ踏破して終わる場所ではない。
自分を鍛える修行場であり。
古代王国の知識を掘り起こす宝庫であり。
何のために造られたのかを解き明かす、巨大な謎だった。
ロックは新しい羊皮紙を取り出した。
上部へ題を書く。
『人工始原の巨人――機能調査』
攻略は、すでに始まっていた。