低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第28話 パダまでの護衛

 人工始原の巨人から持ち帰った木箱を開き、ロックは中身を一つずつ確かめた。

 

 魔晶石が十個。

 

 どれも内部に六点分の魔力を残している。

 

 王都の魔術師なら、簡単に捨てるような品ではない。冒険者にとっても、いざという時に術者を支える貴重な備えとなる。

 

 それを、あの施設のホムンクルスたちは廃棄物として扱っていた。

 

「古代王国では、これでも使い残しなんだ……」

 

 結晶の奥で揺らめく光を眺めながら、ロックは呟いた。

 

 あの保管区画には、さらに大きな魔晶石が並んでいた。

 

 二十点。

 

 三十点。

 

 五十点。

 

 現代なら、王侯や大魔術師の宝物庫に収められていても不思議ではない。それらが施設を維持するための資材として積まれている。

 

 六点魔晶石など、彼らにとっては使い道のない端数にすぎないのだろう。

 

 ロックは魔晶石を布で包み直し、木箱の蓋を閉じた。

 

 今回の収入は、この十個だけだった。

 

 現金は一ガメルも増えていない。

 

 もっとも、換金すればかなりの額になる。

 

 しかし、ロックに売るつもりはなかった。

 

 人工始原の巨人の内部には、今の自分では越えられない場所がある。いずれ古代語魔法を何度も使わなければならない状況が訪れるかもしれない。

 

 手元へ残しておく方がよかった。

 

 ロックは机の上へ革袋の中身を広げた。

 

 宿代。

 

 食費。

 

 武具の手入れ。

 

 賢者の学院で資料を読むための金。

 

 それに、油や火口箱、包帯といった消耗品。

 

 今すぐ困窮するほどではない。

 

 だが、金は確実に減っていた。

 

 人工始原の巨人での仕事は、いつでもあるわけではない。

 

 木人やホムンクルスが荷を運ぶ時に居合わせれば手伝える。循環を担う区画の仕事へ加わることは、遺跡を知るうえでも有益だった。

 

 何が、どこから運ばれてくるのか。

 

 どの区画へ送られるのか。

 

 ホムンクルスたちは何を正常と判断し、何を不要と見なすのか。

 

 手伝いながら観察すれば、巨人の仕組みを少しずつ読み解くことができる。

 

 今後も、時折仕事を手伝うつもりだった。

 

 しかし、それだけを当てにして暮らすことはできない。

 

 それに、探索を進めるには実力そのものを高める必要があった。

 

 消化を担っていると思われる区画。

 

 その入口には、鎧をまとったスケルトンウォーリアが立っている。

 

 動かないままでも分かる。

 

 今のロックが真正面から戦えば、まず勝てない。

 

 戦わずに通る方法を探すにしても、失敗した時に逃げ切れるだけの力が必要だった。

 

「王都の外へ出よう」

 

 ロックは銅貨と銀貨を革袋へ戻した。

 

 街の中だけでは得られない経験がある。

 

 知らない土地を歩くこと。

 

 野営をすること。

 

 複数の仲間と危険へ対処すること。

 

 誰かを守りながら戦うこと。

 

 一人で遺跡へ潜っているだけでは、そのすべてを身につけることはできなかった。

 

          ◇

 

 ロックが向かったのは、冒険者の店ではなかった。

 

 まず、盗賊ギルドへ足を運んだ。

 

 これまでのように王都の中や近郊で仕事をするだけなら、朝に出て夜には戻れる。

 

 だが、街道の護衛ともなれば数日は王都を空ける。

 

 その間、アジトを無人にはしておけない。

 

 隠し場所を知る者は少ないが、絶対に見つからない場所など存在しない。留守の間に荒らされるだけならまだよい。

 

 誰かに張り込み場所として利用されれば、戻ってきたロック自身が罠へ飛び込むことになる。

 

 盗賊ギルドの地下区画へ降りると、いつもの湿った石の匂いが鼻をついた。

 

 酒。

 

 煙草。

 

 革。

 

 古い木箱。

 

 小声で交わされる値段の相談。

 

 表通りの商人たちとは違い、ここにいる者は声を張り上げない。

 

 必要な相手にだけ、必要な言葉を届ける。

 

 それが地下の流儀だった。

 

 《灰鼠》ヨアヒム・ベルガーは、帳簿を開いたままロックを迎えた。

 

「どうした。遺跡に籠もるのは飽きたか」

 

「飽きてはいません」

 

「なら、金が減ったか」

 

「それもあります」

 

 ロックが向かいへ座ると、ヨアヒムは煙管を置いた。

 

「外の依頼を受けようと思っています」

 

「ようやく、その気になったか」

 

「遅かったですか」

 

「お前の場合は、慎重だったと言っておいてやる」

 

 ヨアヒムは椅子へ深く腰を預けた。

 

「近頃のお前なら、もう王都の小口仕事ばかりを回される立場じゃねぇ。店の方でも、そろそろ街道へ出すつもりだっただろうよ」

 

「僕も、外で経験を積む必要があると思っています」

 

「地下で何かに行く手を塞がれたか」

 

 ロックは一瞬だけ黙った。

 

 詳しい話をしたことはない。

 

 それでも、ヨアヒムには察しがついているらしい。

 

「僕一人では、先へ進めない場所があります」

 

「強い魔物か」

 

「鎧を着た骸骨です」

 

「そいつを倒すために、街道の仕事を受けると?」

 

「直接の稽古にはならないと思います。でも、知らない場所で判断する経験は必要です」

 

 ヨアヒムは短く笑った。

 

「お前らしい答えだ」

 

「それで、相談があります」

 

「隠れ家のことだろ」

 

「分かりますか」

 

「何日も留守にするなら、最初に考えることだ」

 

 ヨアヒムは煙管を取り上げたが、火はつけなかった。

 

「見回りを頼みたいんです。毎日でなくても構いません。誰かが入った形跡がないか確かめてもらえれば」

 

「信用できる奴が要るな」

 

「はい」

 

「腕が立つだけじゃ駄目だ。お前の持ち物を見ても、勝手に売らねぇ奴でなきゃならん」

 

「心当たりがありますか」

 

「ああ。今は暇を持て余している」

 

 ヨアヒムが卓上の小さな鐘を鳴らした。

 

 しばらくして、戸の向こうから軽い足音が近づいてくる。

 

「呼んだ?」

 

 入ってきた少女を見て、ロックは目を瞬かせた。

 

「リュンクスさん」

 

「あら、ロックじゃない」

 

 リュンクスは以前より地味な服を着ていた。

 

 目立つ装飾品もない。

 

 それでも、背筋の伸びた立ち姿や、相手を真っ直ぐ見る瞳には、かつて貴族の令嬢だった名残がある。

 

 手には小さな宝石を持ち、指先で光へ透かしていた。

 

「久しぶりね」

 

「お元気そうですね」

 

「身体はね」

 

 リュンクスはヨアヒムの隣の椅子へ腰を下ろした。

 

「仕事を止められているから、懐は元気じゃないけど」

 

「まだ活動できないんですか」

 

「ほとぼりが冷めるまで待てって。この人がうるさいのよ」

 

「誰のために言ってると思ってやがる」

 

 ヨアヒムが呆れたように言う。

 

「今のお前が動けば、例の連中に見つけてくれと言ってるようなもんだ」

 

「だからって、ずっと部屋に閉じ込めておくことはないでしょう」

 

「ちょうどいい仕事を持ってきてやった」

 

 リュンクスがロックを見る。

 

「あなた、何を頼みに来たの?」

 

「一週間ほど王都を離れます。その間、僕のアジトを見回ってほしいんです」

 

「見張り?」

 

「誰かが入った形跡がないか確かめて、何かあればヨアヒムさんへ知らせてください」

 

「中の物には触らない」

 

「必要がなければ」

 

「報酬は?」

 

 迷いのない問いだった。

 

 ロックがヨアヒムを見ると、彼は肩をすくめた。

 

「こいつは金に細かい」

 

「契約を曖昧にする方が悪いのよ」

 

 リュンクスは胸を張った。

 

「最初に決めておけば、後で揉めないでしょう」

 

「もっともです」

 

「素直でよろしい」

 

「ただ、隠れ家の広さや場所を見てもらわないと、金額を決められません」

 

「それもそうね」

 

 リュンクスは少し考えたあと、宝石を布袋へ戻した。

 

「引き受けるわ」

 

「まだ報酬を決めていませんよ」

 

「ヨアヒムが紹介した仕事でしょう。あなたも、踏み倒すような人じゃない」

 

 彼女は右手を差し出した。

 

「金にはうるさいけど、受けた仕事は途中で投げないわ」

 

 それはヨアヒムが語るより、本人が口にした方が重かった。

 

 リュンクスは守銭奴である。

 

 宝石を見れば値を考える。

 

 金貨を受け取れば、数えずにはいられない。

 

 それでも、自分が交わした約束を売ることはない。

 

 ロックは差し出された手を握った。

 

「お願いします」

 

「任せなさい」

 

 手を離したリュンクスが、わずかに口元を上げる。

 

「それで、隠れ家には何があるの?」

 

「契約する前から、それを聞きますか」

 

「見張る物の価値を知るのは大切でしょう」

 

「魔晶石があります」

 

 リュンクスの目が僅かに細くなった。

 

「どのくらい?」

 

「六点魔晶石が十個です」

 

「十個?」

 

「古代王国の遺跡では、捨てる予定だったそうです」

 

「捨てる?」

 

 リュンクスはしばらく言葉を失った。

 

 それから、ロックの顔をまじまじと見る。

 

「あなた、やっぱり妙な場所を見つけたわね」

 

「僕もそう思います」

 

「売らないの?」

 

「使う予定です」

 

「一つくらいなら——」

 

「十個とも数えてあります」

 

「冗談よ」

 

 口ではそう言ったが、リュンクスの目は真剣だった。

 

「安心して。契約した物には手を出さないわ」

 

「信じています」

 

「そう簡単に信じられると、逆に盗みにくいわね……」

 

          ◇

 

 翌朝。

 

 ロックは《古代王国の扉》亭の主人から呼び止められた。

 

「王都の外へ出る仕事を探してるんだってな」

 

「ヨアヒムさんから聞いたんですか」

 

「俺の店を根城にしている冒険者の話だ。耳には入る」

 

 主人は店内の奥を顎で示した。

 

「ちょうどパダへ行く商人が護衛を探している。もう三人決まっているが、魔術を扱える奴が足りない」

 

「パダですか」

 

 ロックは壁に掛けられた地図へ視線を向けた。

 

 オランから街道を進んだ先にある町。

 

 さらにその先には、レックスがある。

 

 古代王国の遺跡として名高い場所だった。

 

 レックスへ向かう冒険者や学者、商人の多くが、まずパダへ集まる。

 

 食料。

 

 水。

 

 縄。

 

 油。

 

 武具。

 

 衣類。

 

 遺跡へ入るために必要な品を整え、帰還した者は見つけた物を売る。

 

 パダは単なる街道沿いの町ではない。

 

 レックスへ挑む者たちが、最後に腰を据える前哨だった。

 

「一週間ほどで戻れる」

 

 主人が言った。

 

「今のお前には、ちょうどいいだろ」

 

「依頼人に会わせてください」

 

 案内された卓には、四十代ほどの男が座っていた。

 

 褐色の上着は上等だが、華美ではない。

 

 商売に必要なところへだけ金を使う人物らしい。

 

 男はロックを見ると、すぐに立ち上がった。

 

「エドガー・ベルマンです。オランで雑貨と衣類を扱っています」

 

「ロックです」

 

 互いに頭を下げ、向かい合って座る。

 

「パダまで荷馬車を二台運ぶと伺いました」

 

「はい。向こうへ完成した品を届けます」

 

 エドガーは卓上へ荷の目録を広げた。

 

 厚手の外套。

 

 丈夫な靴。

 

 革手袋。

 

 背負い袋。

 

 水袋。

 

 油を入れる小瓶。

 

 包帯。

 

 火口箱。

 

 加工を終えた金具や、替えの留め具。

 

 いずれも王都の職人が仕上げた品だった。

 

「パダでは、こうした物がよく売れるんです」

 

「レックスへ向かう人たちが買うんですね」

 

「その通りです。遺跡へ入る方は、荷物を軽くしたいと言いながら、最後には何もかも必要になります」

 

 エドガーは困ったように笑った。

 

「靴を一足で済ませようとして、パダに着いた時には底が剥がれている方もいます。油を惜しんで、遺跡の中で灯りを失った方もいるそうです」

 

「命を守る品ですからね」

 

「ええ。王都で完成品を仕入れ、パダで売る。帰りはその売上をオランへ持ち帰ります」

 

 行きは品物。

 

 帰りは金。

 

 オランの職人が作る。

 

 商人がパダへ運ぶ。

 

 レックスを目指す者が買う。

 

 売上が再びオランへ戻り、次の品が作られる。

 

 それが、二つの町を結ぶ商いの循環だった。

 

「帰りの方が危険ではありませんか」

 

 ロックが尋ねる。

 

 荷馬車に品物が積まれている時は、外から見ても商隊だと分かる。

 

 しかし、売上を持ち帰る時は荷が軽い。金を隠していることを知る者にとっては、むしろ狙いやすい。

 

 エドガーは苦い顔で頷いた。

 

「ですから、護衛をお願いしました」

 

「何度も同じ道を?」

 

「年に数回です。いつもは付き合いのある護衛を頼むのですが、今回は別の仕事へ出ていまして」

 

「危険な場所はありますか」

 

「大きな森へ入るわけではありません。ただ、街道から外れた場所に盗賊が潜んでいたという話があります」

 

「最近ですか」

 

「ひと月ほど前です。旅人を襲ったという確かな話ではありません。ですが、同じ場所で何度か人影を見た者がいます」

 

「警戒するには十分ですね」

 

 エドガーは安堵したように息を吐いた。

 

「若い方だと聞いて少し驚きましたが、話をして安心しました」

 

「まだ経験は多くありません」

 

「それでも構いません。すでに三人の方が引き受けてくださっています」

 

 エドガーが店の奥へ手を上げた。

 

 それを合図に、三人の冒険者が近づいてくる。

 

 先頭は大柄な男だった。

 

 短く刈った黒髪。

 

 何度も手入れされた鎖帷子。

 

 腰には幅広の剣を帯び、背負い袋には小ぶりな盾を括りつけている。

 

「ガレス・ハウゼンだ。道中の取りまとめを任されている」

 

「ロックです。よろしくお願いします」

 

 ガレスは差し出した手でロックの手を力強く握った。

 

「こちらがリディア」

 

「リディア・エーベルです」

 

 淡い茶色の髪を肩で切り揃えた女性が、穏やかに一礼する。

 

 旅用の外套の下には神官の衣をまとい、胸元には神聖な印を下げていた。

 

「傷の手当てと、道中の祈りを受け持ちます」

 

「よろしくお願いします」

 

「最後がマルコだ」

 

 細身の青年が片手を上げる。

 

「マルコ・フェイン。道を見るのと、夜番と、面倒な錠前が俺の仕事だ」

 

 柔らかな革鎧。

 

 腰の短剣。

 

 音を立てない足運び。

 

 同じ盗賊の技を学んだ者だと、自己紹介を待つまでもなく分かる。

 

「僕と役目が重なりそうですね」

 

「聞いてる。王都の地下じゃ、随分と危ない橋を渡ってるそうだな」

 

「誰から聞いたんですか」

 

「店の主人」

 

 ロックが振り返ると、主人は視線を逸らした。

 

「詳しいことは話してないぞ」

 

「詳しくないことは話したんですね」

 

「仲間を組ませるんだ。何ができるかくらいは伝える」

 

 ガレスがロックの腰へ目を向ける。

 

「剣も扱えて、魔術も使えると聞いた」

 

「魔術は扱えますけど……期待に応えられるか分かりません」

 

 古代語魔法を学んでいるとはいえ、使える術はまだ少ない。

 

 熟練した魔術師のように、炎や雷で敵を薙ぎ払うことなどできない。

 

 ガレスが何か言うより先に、エドガーが身を乗り出した。

 

「良いから来てください」

 

「そこまで切羽詰まっているんですか」

 

「魔術師の方は、レックスへ向かう依頼や遺跡の調査に取られてしまうんです。パダまでの荷馬車護衛では、なかなか引き受けてもらえません」

 

 マルコが肩をすくめる。

 

「俺たちは、前で剣を振る奴と、神に祈る奴と、物陰を調べる奴しかいない」

 

「しか、という言い方はどうなのですか」

 

 リディアが笑顔のまま問い返す。

 

「いや、十分に頼りにしてる」

 

「祈る奴としか言いませんでしたね」

 

「ほら、こうやって怒らせると怖いんだ」

 

「マルコ」

 

「冗談です」

 

 ガレスが溜息をついた。

 

「見ての通り、少し偏っている。お前が剣を使うことになっても構わん。魔術でしかできないことが一つでもあれば、それで助かる」

 

「灯りを作るだけでもいいんですか」

 

「夜襲の時に灯りが消えれば、それだけで人は死ぬ」

 

 ガレスの答えに、ロックは小さく頷いた。

 

「分かりました。引き受けます」

 

 エドガーの顔が明るくなる。

 

「ありがとうございます」

 

「出発はいつですか」

 

「明日の夜明け前です。南門で合流しましょう」

 

「往復で七日ほどですね」

 

「パダで一泊し、売上を受け取って戻ります。天候や街道の具合によっては、もう一日かかるかもしれません」

 

「分かりました」

 

 ロックは差し出された依頼書を読み、条件を確かめてから署名した。

 

          ◇

 

 その日の夕方。

 

 ロックはリュンクスをアジトへ案内した。

 

 隠し戸の開け方。

 

 逃げ道。

 

 水が入り込んだ時に閉じる栓。

 

 火を使ってよい場所。

 

 触れてはいけない仕掛け。

 

 リュンクスは一度説明を聞いただけで、そのすべてを覚えた。

 

「悪くない場所ね」

 

「褒めているんですか」

 

「入口は分かりにくいし、逃げ道もある。少し湿っているけど、隠れ家としては上等よ」

 

 彼女は室内を見回し、寝台脇の木箱へ視線を止めた。

 

「これが魔晶石?」

 

「開けても構いません」

 

 リュンクスが蓋を開く。

 

 布に包まれた魔晶石を一つ取り上げ、灯りへ透かした。

 

「本当に六点ある……」

 

「十個とも同じです」

 

「これを捨てようとしていた場所があるのね」

 

「はい」

 

「古代王国って、嫌になるくらい金持ちね」

 

「僕も同じことを思いました」

 

 リュンクスは名残惜しそうに魔晶石を戻し、蓋を閉じた。

 

「数えておいたから、一つでも減ったら分かると言うんでしょう」

 

「はい」

 

「大丈夫よ。契約した以上、ここにある物は守るわ」

 

 彼女はロックから鍵を受け取り、腰の内側へ収めた。

 

「安心して行ってきなさい」

 

「お願いします」

 

「その代わり、帰ってきたらパダの話を聞かせて」

 

「パダへ行ったことはないんですか」

 

「ないわ。レックスへ入る冒険者が集まる町でしょう。珍しい宝石の話くらいは転がっていそうじゃない」

 

「やっぱり宝石なんですね」

 

「当然でしょう」

 

          ◇

 

 翌朝。

 

 王都の空には、まだ夜の色が残っていた。

 

 南門の前には、二台の荷馬車が並んでいる。

 

 荷台には防水布が掛けられ、その下へオランの職人たちが仕上げた品々が詰め込まれていた。

 

 外套。

 

 靴。

 

 革手袋。

 

 背負い袋。

 

 金具。

 

 包帯。

 

 油。

 

 パダで売られ。

 

 レックスを目指す者たちの命を支える品々。

 

 それらが金へ変わり、再びオランへ戻ってくる。

 

 エドガーは帳面と荷を何度も見比べていた。

 

 ガレスは御者と道順を確認している。

 

 リディアは馬の額へ手を当て、旅の無事を祈っていた。

 

 マルコは門の外を眺めている。

 

「来たな」

 

 ガレスがロックへ声をかけた。

 

「遅れていませんよね」

 

「十分早い。荷をもう一度確認したら出る」

 

 マルコがロックの背負い袋を見た。

 

「替えの靴下は?」

 

「持ちました」

 

「雨具」

 

「入っています」

 

「水袋」

 

「二つです」

 

「よし。剣より先に必要になることもあるからな」

 

「昨日も言っていましたね」

 

「一度で覚えない奴が多いんだ」

 

 やがて、城門を閉ざしていた閂が外された。

 

 鎖が軋み。

 

 重い扉が、ゆっくりと開いていく。

 

 夜明け前の冷たい風が、王都の中へ吹き込んだ。

 

「出発するぞ」

 

 ガレスの声に、御者が手綱を鳴らす。

 

 二台の荷馬車が動き始める。

 

 ロックは城門を抜ける前に、一度だけ振り返った。

 

 王都オラン。

 

 その地下には、人工始原の巨人が横たわっている。

 

 呼吸を模した風の通路。

 

 魔力を運ぶ循環路。

 

 廃棄される魔晶石。

 

 ホムンクルスたち。

 

 そして、スケルトンウォーリアが守る消化器区画。

 

 レックスにも興味はあった。

 

 古代王国の遺跡として名高く、今なお多くの冒険者が夢を求めて集まる場所。

 

 パダまで行けば、その入口へ近づくことになる。

 

 それでも、今回はレックスへ向かわない。

 

 今のロックが調べるべき遺跡は、王都の地下にある。

 

 まずは一週間。

 

 依頼を果たし。

 

 売上を持つ商人を無事にオランへ連れ帰る。

 

 そのうえで、外の街道で得た経験を持って、再び巨人の中へ入る。

 

「ロック」

 

 先を歩くマルコが呼んだ。

 

「最初は馬車の右側を見ろ。俺は左を見る」

 

「分かりました」

 

「轍だけを見るなよ。襲う奴は道の上で待っていない」

 

 ロックは王都から目を離し、街道の先へ向き直った。

 

「はい」

 

 荷馬車の車輪が、朝露に濡れた道を踏む。

 

 完成品をパダへ運び。

 

 売上をオランへ持ち帰る。

 

 その循環を守るための、一週間の旅が始まった。

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