低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
夜風を切り裂くように、三人は北門へ駆けた。
ロックが先頭。
その半歩後ろをマルコ。
さらに後方で、大盾を抱えたリディアが続く。
町の兵は商館へ到着したばかりだ。
説明を受け、動き出すまでにはまだ時間がかかる。
「間に合いますか」
ロックが息を整えながら尋ねた。
「分からん」
マルコは短く答えた。
「だが、ガレスはそう簡単には落ちん」
「僕もそう思います」
「だから急ぐ」
三人は北門を抜けた。
門番が呼び止めようとしたが、商館の護衛が事情を説明していたらしく、道を開ける。
街道を外れ、小さな農道へ入る。
遠くに、赤い灯が幾つも揺れていた。
松明だ。
「いました」
ロックが身を低くする。
丘の陰から様子を窺う。
染料倉庫は石造り。
周囲には背の低い木柵。
荷馬車は横倒しになり、道を塞いでいた。
十人ほどの男たちが倉庫を囲んでいる。
そのうち二人は、藁束へ油をかけていた。
「火を使う」
リディアが眉をひそめる。
マルコは地面へ腹ばいになった。
「正面突破は無理だな」
「はい」
ロックも頷く。
「数が多すぎます」
「ガレスは?」
倉庫の窓。
一瞬だけ、盾が見えた。
すぐに引っ込む。
「中にいます」
「生きてるな」
その瞬間だった。
一本の矢が窓から放たれる。
松明を持っていた男の腕へ突き刺さった。
「ぐあっ!」
松明が落ちる。
「始まったぞ!」
盗賊たちが一斉に倉庫へ集まる。
だが、ガレスは追撃しない。
窓は再び閉じられた。
「矢は一本だけ……」
ロックは呟く。
「牽制です」
「弓も一本か」
「矢も少ないと思います」
中は籠城。
外は包囲。
時間が経つほど不利になる。
ロックは周囲を見回した。
街道。
畑。
荷車。
そして――。
「染料……」
「どうした?」
「ここ、染料倉庫ですよね」
「ああ」
「なら、水があります」
「水?」
「染料は大量の水を使います」
ロックは倉庫裏を指差した。
小さな水車。
暗くて見えにくいが、水音がする。
「用水路があります」
マルコの口元が笑った。
「お前、また何か思いついたな」
「火は水に弱いです」
「当たり前だ」
「じゃあ、水を盗賊へ届けましょう」
「……どうやって?」
ロックは水路を観察する。
堰板。
導水樋。
水量を調節するための木製の板。
「たぶん、あれです」
「開けられるか?」
「やってみます」
「俺が護る」
「私も」
三人は身を低くしたまま、水路側へ回り込む。
盗賊たちの注意は、完全に倉庫へ向いていた。
叫び声。
怒号。
斧で扉を叩く音。
「開けろ!」
「焼き殺せ!」
その喧騒に紛れ、ロックは堰板へ辿り着く。
木製の楔。
固く締まっている。
「固い……」
腰の小槌代わりに柄頭で叩く。
一度。
二度。
三度。
楔が緩む。
「抜けます!」
「急げ!」
ロックは両手で板を引いた。
次の瞬間。
せき止められていた水が、一気に流れ出す。
轟音。
白い飛沫。
勢いを増した水が、水路から溢れた。
「なっ!」
油を撒いていた男が振り返る。
そこへ濁流が突っ込んだ。
「うわぁっ!」
松明が消える。
油壺が流される。
二人、三人と足を取られ転ぶ。
「何だ!」
「水だ!」
「堰を開けられた!」
混乱した。
ロックが狙ったのは、それだった。
「今です!」
倉庫の扉が内側から開く。
先頭はガレス。
盾を構え。
長剣を抜き。
怒声を上げる。
「押し返せ!」
その後ろからエドガー。
護衛二人。
全員無事だった。
盗賊たちは足場が悪い。
水。
泥。
倒れた荷車。
隊列を組めない。
ガレスが一人を盾で弾き飛ばす。
護衛が槍で牽制。
エドガーは倉庫へ戻り、扉を押さえる。
「ロック!」
ガレスが叫ぶ。
「後ろを頼む!」
「分かりました!」
その時だった。
「いたぞ!」
背後。
水路側。
見張りが二人残っていた。
「読まれてたか!」
マルコが短剣を抜く。
二人が突っ込んでくる。
一人は棍棒。
一人は短剣。
ロックはレイピアを抜いた。
真正面からは戦わない。
棍棒を持つ男が振り下ろす。
一歩外へ。
空振り。
そのまま足を払う。
男が泥へ転ぶ。
もう一人。
短剣が胸元を狙う。
ロックはレイピアで受けず、身体を捻る。
刃が服を掠めた。
その瞬間。
大盾が横から突っ込む。
ドンッ!
鈍い音。
短剣の男が吹き飛んだ。
「神官を忘れています」
リディアだった。
大盾で体勢を崩した相手へ。
メイスを振り下ろす。
頭ではない。
手首。
骨が鳴る。
短剣が落ちる。
「終わりです」
静かな声だった。
だが、有無を言わせない響きがあった。
男は痛みに呻き、そのまま膝をついた。
マルコが縄を投げる。
「縛れ!」
「はい!」
ロックは転んだ棍棒の男へ飛びつき、腕を押さえる。
抵抗する。
だが泥で踏ん張れない。
マルコが加勢し、あっという間に拘束した。
その頃には。
正面でも勝負は決していた。
火攻めは失敗。
包囲は崩壊。
倉庫へ兵士たちも駆けつける。
「そこまでだ!」
松明を掲げた兵士が現れる。
盗賊たちは散り散りに逃げ始めた。
「追うな!」
ガレスが叫ぶ。
「依頼人を守れ!」
兵士たちも無理には追撃しない。
数人を取り逃がしたが。
数人はその場で捕縛された。
何より。
エドガーは無事。
荷馬車は囮。
銀貨も商館に残っている。
依頼は成功だった。
ガレスはロックの肩を叩いた。
「また、お前に助けられたな」
「偶然、水路を見つけただけです」
「偶然に気づく奴は少ない」
マルコが笑う。
「その偶然を使える奴は、もっと少ない」
リディアも微笑んだ。
「知識だけではなく、よく周りを見ていますね」
ロックは少し照れたように頭を掻く。
「遺跡でも同じことをしていただけです」
その言葉に、三人は顔を見合わせる。
ロックにとっては、敵を倒すことよりも。
地形。
建物。
水。
風。
使えるものを探す方が、自然な戦い方だった。
それが、この夜も皆を救ったのである。