低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
夜が明ける頃。
パダの詰所は、昨夜の騒ぎで慌ただしくなっていた。
盗賊は五人を捕縛。
二人が重傷。
逃走した者は四人ほど。
商館へ忍び込んだ二人も兵へ引き渡され、町の衛兵たちは朝から事情聴取に追われていた。
ロックたちも例外ではない。
「つまり、お前さんが囮を考えたんだな」
年配の衛兵隊長が腕を組む。
「提案しただけです」
「提案で済む話じゃねぇよ」
ガレスが苦笑した。
「全部あいつの考えだ。俺たちは乗っただけだ」
隊長は感心したようにロックを見る。
「十五で、ここまで考えるか」
「危険だと思っただけです」
「危険を見抜ける奴が少ねぇんだよ」
隊長はそう言うと、机の上へ木札を並べた。
昨夜、盗賊から押収した物だった。
荷馬車。
商館。
そして、奇妙な印。
「見覚えはあるか」
ロックは一枚ずつ眺める。
どれも職人が作った札ではない。
粗末な木片へ、刃物で簡単に刻んだだけ。
「統一されていますね」
「俺たちもそう思う」
「仲間内の暗号でしょうか」
「たぶんな」
その時だった。
部屋の隅で尋問を受けていた盗賊が、小さく笑った。
「無駄だ」
全員の視線が向く。
「何がです」
ロックが尋ねる。
「俺たちを捕まえても意味はねぇ」
「どうしてですか」
「俺たちは雇われただけだからだ」
隊長が机を叩く。
「誰に雇われた」
「知らねぇ」
「ふざけるな」
「本当に知らねぇ」
男は肩をすくめた。
「酒場で仕事を紹介されただけだ」
「誰に」
「顔も知らねぇ」
「知らない相手の仕事を受けたのか」
「金払いが良かった」
そこで口を閉ざした。
それ以上は何も話さない。
隊長は舌打ちした。
「また尻尾切りか」
「よくあるんですか」
ロックが尋ねる。
「ああ。最近増えてる」
隊長は地図を広げた。
パダ。
オラン。
その間の街道。
「ここ一年で護衛襲撃が増えた」
「盗賊団が大きくなったんですか」
「いや」
隊長は首を振る。
「逆だ」
「逆?」
「昔みたいな大盗賊団はいねぇ」
「では?」
「小さい連中が、誰かに使われてる」
ロックは木札を見る。
統一された印。
古い見取り図。
商館の情報。
「裏でまとめている人がいますね」
「俺もそう思う」
隊長は腕を組んだ。
「だが証拠がねぇ」
◇
昼過ぎ。
エドガーは改めて礼を述べた。
「皆さん、本当に助かりました」
深々と頭を下げる。
「命も商品も守っていただいた」
「商品はまだ商館ですよ」
ロックが笑う。
「だからこそです」
エドガーも笑みを返した。
「取り戻せる場所に残った」
彼は革袋を差し出した。
「約束の報酬です」
ガレスが受け取る。
「確認してくれ」
革袋の中には、銀貨がぎっしり詰まっていた。
「問題ない」
「それと」
エドガーはロックを見る。
「これは私個人からです」
小さな包みだった。
「僕ですか?」
「あなたがいなければ、私は今頃死んでいました」
「そんな」
「受け取ってください」
開けると、中には一冊の帳面。
革表紙の丈夫な品だった。
「商売帳です」
「……帳面?」
「旅では何でも記録します」
エドガーは穏やかに笑う。
「地図。」
「道。」
「宿。」
「人柄。」
「値段。」
「失敗。」
「成功。」
「全部財産になります」
ロックは帳面を手に取る。
白紙だった。
「まだ何も書いてありません」
「だから差し上げるのです」
「自分で埋めろ、と?」
「その通り」
ロックは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇
宿へ戻る途中。
ガレスが口を開いた。
「これで依頼は終わりだ」
「はい」
「俺たちは明日オランへ帰る」
「僕もです」
マルコが笑う。
「今回は面白い旅だった」
「毎回こんな旅は困ります」
「違いねぇ」
リディアも小さく笑った。
「ですが、皆無事でした」
「それが一番ですね」
ロックは頷いた。
その時。
通りの向こうから、小柄な老人が歩いてきた。
灰色の外套。
白髪。
杖。
「おや」
老人はロックを見る。
「若い冒険者だね」
「こんにちは」
「昨夜は活躍したそうじゃないか」
「もう広まっているんですか」
「町は狭いからね」
老人は笑った。
「ところで」
杖で軽く地面を突く。
「君は遺跡へ興味があるそうだ」
ロックの目が変わる。
「あります」
「なら、一つ教えてあげよう」
老人は周囲を確認する。
誰も聞いていないことを確かめると、小さく囁いた。
「レクスには、人が知らない入口がある」
「!」
「昔の排水路さ」
ロックは思わず身を乗り出した。
「どこですか?」
「知りたいかい?」
「もちろんです」
老人は微笑む。
「では、一つ借りを作っておこう」
「借り?」
「今はそれでいい」
そう言い残し、老人は人混みへ消えていった。
ロックは慌てて追いかける。
だが、角を曲がった先には誰もいなかった。
「消えた……」
マルコが腕を組む。
「知り合いか?」
「初めて会いました」
「怪しいな」
ガレスも頷く。
「近づきすぎるなよ」
ロックは老人が立っていた場所を見る。
そこには、小さな灰色の布切れが落ちていた。
拾い上げる。
灰色の鼠が刺繍されている。
「灰鼠……?」
ロックは小さく呟いた。
盗賊ギルド幹部――《灰鼠》ヨアヒム・ベルガー。
その異名と同じ意匠だった。
王都へ帰れば。
もう一度、ヨアヒムを訪ねる必要がある。
ロックはそう確信した。