低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
翌朝。
パダの城門が開く頃には、旅支度はすべて整っていた。
昨夜の騒ぎが嘘のように、町はいつもの活気を取り戻している。
鍛冶屋では朝一番の槌音が響き。
露店では焼きたてのパンの香りが漂う。
冒険者たちは、今日もまたレクス遺跡へ向かって歩き始めていた。
「それじゃあ、世話になった」
ガレスがエドガーと固く握手を交わす。
「こちらこそ。また頼むことがあるかもしれません」
「その時は酒代くらい上乗せしてくれ」
「考えておきます」
二人は笑った。
エドガーはロックの前にも立つ。
「帳面、大切に使ってください」
「はい」
「全部を書こうとしなくていい。一つでも、次の旅に役立つことを書き残してください」
ロックは革表紙を軽く叩いた。
「分かりました」
それだけ言って頭を下げる。
商人は満足そうに頷いた。
◇
帰り道。
荷馬車は軽い。
商品を売り終えたため、積み荷はほとんど残っていない。
代わりに護衛たちの足取りも軽かった。
「今回は実入りが良かったな」
マルコが革袋を揺らす。
「命があっての金です」
リディアが微笑む。
「神官らしいことを言うじゃないか」
「本当のことでしょう?」
「違いない」
ロックは荷馬車の横を歩きながら、帳面を開いた。
一ページ目。
白紙。
しばらく考え、一本の線を書いた。
「何を書いてる?」
ガレスが覗き込む。
「地図です」
「もう?」
「忘れる前に」
ロックは昨日歩いた道を思い出す。
街道。
休憩した林。
倒木があった場所。
染料倉庫。
用水路。
そして。
レクスへ続く道。
「ずいぶん細かいな」
「次に来る時のためです」
「また来る気か」
「もちろんです」
即答だった。
ガレスは苦笑する。
「遺跡好きも大概だな」
「まだ入口しか見てませんから」
「入口?」
「本当に調べたい場所は、もっと奥です」
ロックの目は真剣だった。
人工始原の巨人。
あの巨大な遺跡。
今の実力では探索できない。
だが。
必ず戻る。
その決意だけは揺らがなかった。
◇
昼頃。
一行は、倒木があった場所へ戻ってきた。
木は片付けられている。
衛兵隊が通ったのだろう。
切り分けられた幹が道端へ積まれていた。
「仕事が早いな」
マルコが感心する。
ロックは地面へしゃがみ込む。
「どうした?」
「足跡です」
「まだ見るのか」
「癖です」
柔らかい土には、新しい足跡がいくつも残っていた。
荷車。
馬。
人。
そして。
「……重い荷物?」
深く沈んだ足跡。
二人分。
「何か運びましたね」
「盗賊か?」
「分かりません」
ロックは周囲を見回した。
血痕はない。
争った跡もない。
荷車の轍も一組だけ。
「昨日のうちに片付けたようです」
「追うか?」
「いいえ」
ロックは首を振った。
「今は依頼中です」
ガレスが満足そうに頷いた。
「最初に会った頃なら、飛び出してたかもしれんな」
「飛び出していましたね」
「自覚あるのか」
「あります」
全員が笑った。
◇
その夜。
前回と同じ野営地へ着く。
焚き火を囲み、簡単な夕食を取る。
パン。
干し肉。
温かいスープ。
「ロック」
ガレスが声を掛けた。
「今回の護衛、どうだった」
「勉強になりました」
「何が一番だ?」
ロックは少し考えた。
「護る相手がいる戦いです」
「ほう」
「遺跡では、自分が生き残ればいいだけでした」
「そうだな」
「でも護衛は違います」
焚き火を見つめながら続ける。
「敵を倒しても、依頼人が死ねば失敗です」
「その通りだ」
「だから逃げることも、戦わないことも、大事なんだと分かりました」
ガレスは静かに頷いた。
「それを覚えたなら、この依頼だけで十分元は取れた」
ロックは帳面を取り出す。
二ページ目へ書き込む。
護衛は敵を倒す仕事ではない。依頼人を無事に届ける仕事。
短い一文だった。
だが、それは今回の旅で得た一番大きな教訓だった。
リディアが微笑む。
「良い言葉ですね」
「忘れそうなので」
「忘れないでしょう」
「僕、意外と忘れます」
「だから帳面なのか」
マルコが笑う。
「はい」
ロックも笑った。
焚き火の火は静かに揺れる。
オランまでは、あと一日。
だがロックの頭の中は、すでに王都へ戻ってからのことでいっぱいだった。
ヨアヒムに会うこと。
灰色の鼠の刺繍。
そして――。
老人が残した一言。
「レクスには、人が知らない入口がある」
その言葉だけが、何度も胸の中で繰り返されていた。