低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第35話 帰路

 翌朝。

 

 パダの城門が開く頃には、旅支度はすべて整っていた。

 

 昨夜の騒ぎが嘘のように、町はいつもの活気を取り戻している。

 

 鍛冶屋では朝一番の槌音が響き。

 

 露店では焼きたてのパンの香りが漂う。

 

 冒険者たちは、今日もまたレクス遺跡へ向かって歩き始めていた。

 

「それじゃあ、世話になった」

 

 ガレスがエドガーと固く握手を交わす。

 

「こちらこそ。また頼むことがあるかもしれません」

 

「その時は酒代くらい上乗せしてくれ」

 

「考えておきます」

 

 二人は笑った。

 

 エドガーはロックの前にも立つ。

 

「帳面、大切に使ってください」

 

「はい」

 

「全部を書こうとしなくていい。一つでも、次の旅に役立つことを書き残してください」

 

 ロックは革表紙を軽く叩いた。

 

「分かりました」

 

 それだけ言って頭を下げる。

 

 商人は満足そうに頷いた。

 

          ◇

 

 帰り道。

 

 荷馬車は軽い。

 

 商品を売り終えたため、積み荷はほとんど残っていない。

 

 代わりに護衛たちの足取りも軽かった。

 

「今回は実入りが良かったな」

 

 マルコが革袋を揺らす。

 

「命があっての金です」

 

 リディアが微笑む。

 

「神官らしいことを言うじゃないか」

 

「本当のことでしょう?」

 

「違いない」

 

 ロックは荷馬車の横を歩きながら、帳面を開いた。

 

 一ページ目。

 

 白紙。

 

 しばらく考え、一本の線を書いた。

 

「何を書いてる?」

 

 ガレスが覗き込む。

 

「地図です」

 

「もう?」

 

「忘れる前に」

 

 ロックは昨日歩いた道を思い出す。

 

 街道。

 

 休憩した林。

 

 倒木があった場所。

 

 染料倉庫。

 

 用水路。

 

 そして。

 

 レクスへ続く道。

 

「ずいぶん細かいな」

 

「次に来る時のためです」

 

「また来る気か」

 

「もちろんです」

 

 即答だった。

 

 ガレスは苦笑する。

 

「遺跡好きも大概だな」

 

「まだ入口しか見てませんから」

 

「入口?」

 

「本当に調べたい場所は、もっと奥です」

 

 ロックの目は真剣だった。

 

 人工始原の巨人。

 

 あの巨大な遺跡。

 

 今の実力では探索できない。

 

 だが。

 

 必ず戻る。

 

 その決意だけは揺らがなかった。

 

          ◇

 

 昼頃。

 

 一行は、倒木があった場所へ戻ってきた。

 

 木は片付けられている。

 

 衛兵隊が通ったのだろう。

 

 切り分けられた幹が道端へ積まれていた。

 

「仕事が早いな」

 

 マルコが感心する。

 

 ロックは地面へしゃがみ込む。

 

「どうした?」

 

「足跡です」

 

「まだ見るのか」

 

「癖です」

 

 柔らかい土には、新しい足跡がいくつも残っていた。

 

 荷車。

 

 馬。

 

 人。

 

 そして。

 

「……重い荷物?」

 

 深く沈んだ足跡。

 

 二人分。

 

「何か運びましたね」

 

「盗賊か?」

 

「分かりません」

 

 ロックは周囲を見回した。

 

 血痕はない。

 

 争った跡もない。

 

 荷車の轍も一組だけ。

 

「昨日のうちに片付けたようです」

 

「追うか?」

 

「いいえ」

 

 ロックは首を振った。

 

「今は依頼中です」

 

 ガレスが満足そうに頷いた。

 

「最初に会った頃なら、飛び出してたかもしれんな」

 

「飛び出していましたね」

 

「自覚あるのか」

 

「あります」

 

 全員が笑った。

 

          ◇

 

 その夜。

 

 前回と同じ野営地へ着く。

 

 焚き火を囲み、簡単な夕食を取る。

 

 パン。

 

 干し肉。

 

 温かいスープ。

 

「ロック」

 

 ガレスが声を掛けた。

 

「今回の護衛、どうだった」

 

「勉強になりました」

 

「何が一番だ?」

 

 ロックは少し考えた。

 

「護る相手がいる戦いです」

 

「ほう」

 

「遺跡では、自分が生き残ればいいだけでした」

 

「そうだな」

 

「でも護衛は違います」

 

 焚き火を見つめながら続ける。

 

「敵を倒しても、依頼人が死ねば失敗です」

 

「その通りだ」

 

「だから逃げることも、戦わないことも、大事なんだと分かりました」

 

 ガレスは静かに頷いた。

 

「それを覚えたなら、この依頼だけで十分元は取れた」

 

 ロックは帳面を取り出す。

 

 二ページ目へ書き込む。

 

護衛は敵を倒す仕事ではない。依頼人を無事に届ける仕事。

 

 短い一文だった。

 

 だが、それは今回の旅で得た一番大きな教訓だった。

 

 リディアが微笑む。

 

「良い言葉ですね」

 

「忘れそうなので」

 

「忘れないでしょう」

 

「僕、意外と忘れます」

 

「だから帳面なのか」

 

 マルコが笑う。

 

「はい」

 

 ロックも笑った。

 

 焚き火の火は静かに揺れる。

 

 オランまでは、あと一日。

 

 だがロックの頭の中は、すでに王都へ戻ってからのことでいっぱいだった。

 

 ヨアヒムに会うこと。

 

 灰色の鼠の刺繍。

 

 そして――。

 

 老人が残した一言。

 

「レクスには、人が知らない入口がある」

 

 その言葉だけが、何度も胸の中で繰り返されていた。

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