低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第36話 灰鼠の助言

 五日ぶりに見えた王都オランの城壁は、夕日に照らされ赤く染まっていた。

 

 巨大な城門を潜ると、旅人の喧騒が一斉に耳へ飛び込んでくる。

 

 荷車を引く商人。

 

 旅芸人。

 

 巡回する兵士。

 

 呼び込みをする宿屋の娘。

 

 レクスへ向かう者。

 

 レクスから帰ってきた者。

 

 すべてが行き交い、王都は今日も生きていた。

 

「やっと帰ってきたな」

 

 ガレスが肩を回す。

 

「まずは依頼の報告だ」

 

「その後は酒だな」

 

 マルコが笑う。

 

「その前に神殿ですよ」

 

 リディアが呆れたように言う。

 

「分かってる、分かってる」

 

 三人は笑いながら冒険者の店へ向かっていく。

 

 ロックも後ろへ続いた。

 

 だが、途中で足を止める。

 

「ガレスさん」

 

「ん?」

 

「少し寄り道してもいいですか」

 

「盗賊ギルドか?」

 

「はい」

 

「報告だけなら構わん。日が暮れる前には戻ってこい」

 

「ありがとうございます」

 

「酒だけは逃げるなよ」

 

「努力します」

 

「努力じゃ困る」

 

 笑い声を背に、ロックは裏路地へ足を向けた。

 

          ◇

 

 昼間の裏路地は、夜とは違う顔を見せる。

 

 洗濯物が風に揺れ。

 

 子どもたちが走り回る。

 

 表通りの喧騒が嘘のように静かだった。

 

 古びた扉を三度叩く。

 

 少し間を置いて二度。

 

 内側から小窓が開いた。

 

「誰だ」

 

「ロックです」

 

「ああ」

 

 扉が開く。

 

「灰鼠の旦那がお待ちだ」

 

「僕を?」

 

「最初からな」

 

 案内された部屋では、ヨアヒム・ベルガーが帳簿へ目を通していた。

 

 白髪交じりの男は顔を上げる。

 

「帰ったか」

 

「ただいま戻りました」

 

「無事だったようだな」

 

「おかげさまで」

 

 ヨアヒムは椅子を勧める。

 

「座れ」

 

 ロックは腰を下ろした。

 

「護衛の話は聞いている」

 

「早いですね」

 

「王都の盗賊ギルドを舐めるな」

 

 鼻で笑う。

 

「パダで騒ぎを起こした連中も、大半は耳に入っている」

 

「そうですか」

 

「で?」

 

 ヨアヒムが肘をつく。

 

「何を聞きたい」

 

 ロックは懐から灰色の布切れを取り出した。

 

 鼠の刺繍。

 

 それを机へ置く。

 

「これです」

 

 ヨアヒムは一瞬だけ目を細めた。

 

「どこで拾った」

 

「パダです」

 

「誰が持っていた」

 

「分かりません」

 

 老人と出会ったこと。

 

 遺跡の入口の話。

 

 布だけが残っていたこと。

 

 ロックは順を追って説明した。

 

 ヨアヒムは最後まで黙って聞いていた。

 

「……なるほどな」

 

「知っていますか」

 

「知っている」

 

 即答だった。

 

「これは俺の印だ」

 

「やっぱり」

 

「だが」

 

 ヨアヒムは布を指で弾く。

 

「俺は置いていない」

 

「偽物?」

 

「いや」

 

「では?」

 

「俺の部下だ」

 

 ロックは首を傾げた。

 

「部下?」

 

「お前を見に行かせた」

 

「監視ですか」

 

「違う」

 

 ヨアヒムは肩をすくめる。

 

「護衛依頼を紹介した以上、生きて帰るか気になっただけだ」

 

「心配だったんですか」

 

「商売だ」

 

 即座に否定した。

 

「貸しを作った相手が死ねば損をする」

 

「なるほど」

 

「それだけだ」

 

 ロックは素直に頷く。

 

 ヨアヒムは小さくため息をついた。

 

「お前、本当に疑わんな」

 

「疑う理由がありますか」

 

「盗賊ギルドだぞ」

 

「恩人です」

 

 今度はヨアヒムが黙る番だった。

 

「……変わったガキだ」

 

「よく言われます」

 

          ◇

 

「それで」

 

 ヨアヒムは布を畳みながら言う。

 

「もう一つ聞きたいことがあるんじゃないか」

 

「はい」

 

「レクスです」

 

「やっぱりそっちか」

 

「排水路の話を聞きました」

 

「誰に」

 

「老人です」

 

「名前は」

 

「聞いていません」

 

「顔は覚えているか」

 

「もちろん」

 

 ヨアヒムは頷いた。

 

「なら、その老人は探せる」

 

「本当ですか」

 

「王都ならな」

 

「パダでは?」

 

「無理だ」

 

 ヨアヒムは地図を広げた。

 

 レクス遺跡。

 

 パダ。

 

 オラン。

 

「レクスを狙う連中は多い」

 

「冒険者だけじゃないんですね」

 

「当たり前だ」

 

 ヨアヒムは指で地図を叩く。

 

「古代王国の遺物は金になる」

 

「はい」

 

「だが、本当に価値があるのは遺物じゃない」

 

「知識ですか」

 

「そうだ」

 

 ロックは静かに頷く。

 

「お前は、その辺りだけは鼻が利く」

 

「そうでしょうか」

 

「普通の冒険者は宝箱を見る」

 

「はい」

 

「お前は壁を見る」

 

「見ますね」

 

「床も見る」

 

「見ます」

 

「天井も見る」

 

「落ちてきたら困りますから」

 

 ヨアヒムは笑った。

 

「だから、お前は長生きする」

 

 その言葉には実感があった。

 

「レクスへ戻るつもりか」

 

「必ず」

 

「なら、一つ忠告だ」

 

 ヨアヒムの表情が消える。

 

「入口を探すな」

 

「え?」

 

「出口を探せ」

 

 ロックは瞬きをした。

 

「出口?」

 

「遺跡は入るより、生きて出る方が難しい」

 

 机を指で叩く。

 

「入る道を一つしか知らない奴は死ぬ」

 

「……」

 

「帰る道を三つ知っている奴が生き残る」

 

 ロックは、その言葉を何度も頭の中で繰り返した。

 

「出口を三つ……」

 

「一つ塞がれても、まだ帰れる」

 

「なるほど」

 

「これが遺跡荒らしの基本だ」

 

 ヨアヒムは椅子へ深くもたれた。

 

「覚えておけ」

 

「はい」

 

 ロックは深く頭を下げた。

 

 その助言は。

 

 どんな宝よりも価値があるように思えた。

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