低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第4話 資産はある、金はない

 竜牙兵を二体倒した。

 

 魔法の剣が二本。

 

 盾が一枚。

 

 全身を覆う鎧が二組。

 

 地下水道の奥には、ロックがこれまで見たこともないほどの財産が転がっている。

 

 それなのに、財布の中身はほとんど増えていなかった。

 

『資産はある。金はない……』

 

 冒険者の店《古代王国の扉》亭へ戻ったロックは、卓上へ並べた銀貨を眺めながら呟いた。

 

 地下水道の点検依頼で受け取った報酬から、宿代と食費を引く。

 

 孤児院へ渡す分も取り分ける。

 

 残るのは、雀の涙ほどだった。

 

 命懸けで魔法生物を二体倒した結果とは、とても思えない。

 

 もちろん、正確には違う。

 

 地下水道の点検を頼まれただけで、竜牙兵を倒してほしいと依頼されたわけではない。

 

 依頼人からすれば、ロックは排水路を歩き、詰まりや壁の崩れを調べて帰ってきただけだ。

 

 古代王国の遺跡を見つけたことも。

 

 その中で竜牙兵と戦ったことも。

 

 誰にも話していない。

 

 報酬が増えるはずもなかった。

 

『持って帰れなきゃ、拾ってないのと同じか』

 

 問題は、戦利品をどうするかだった。

 

 魔法の剣は、どちらも今のロックには重すぎる。

 

 持ち上げるだけならできる。

 

 だが、戦いの中で自在に振るうとなれば話は別だ。

 

 身軽さを頼りに戦うロックが使えば、武器に振り回される。

 

 片方は幅広の剣。

 

 もう片方は、両手でも扱える大型の剣。

 

 どちらも、鍛え上げた戦士が使うための武器だった。

 

 自分で装備することはできない。

 

 だからといって、気軽に売れる物でもなかった。

 

 魔法の武器を布に包んで市場へ持ち込めば、必ず出所を聞かれる。

 

 十五歳の少年が、一人で魔法の剣を売りに来る。

 

 怪しまれない方がおかしい。

 

 盗品ではないか。

 

 誰かを殺して奪ったのではないか。

 

 あるいは、まだ知られていない遺跡を発見したのではないか。

 

 相手が本物の商人なら、そこまで考える。

 

 盗賊ギルドへ持ち込めば、処分はしてくれるかもしれない。

 

 だが、その代わりに何を要求されるか分からない。

 

 剣の入手場所。

 

 遺跡の入口。

 

 内部の構造。

 

 まだ残っている財宝。

 

 情報を一つ渡せば、次も渡せと言われる。

 

 気づけば、遺跡そのものを奪われているだろう。

 

 王都の地下で、未発見の古代王国遺跡を見つけた。

 

 その事実は、ロックが一人で抱えるには大きすぎる。

 

 役所。

 

 魔術師ギルド。

 

 賢者の学院。

 

 商人。

 

 貴族。

 

 盗賊ギルド。

 

 価値を知る者が聞けば、誰もが手を伸ばす。

 

 発見者として多少の権利は認められるかもしれない。

 

 だが、後ろ盾のない少年が、大人たちを相手にその権利を守り抜けるとは思えなかった。

 

 だから、今は話せない。

 

 少なくとも、遺跡の全体像を把握するまでは。

 

 どれほどの価値があるのか。

 

 どれほど危険なのか。

 

 誰へ話すべきなのか。

 

 判断できる材料が必要だった。

 

 ロックは、持ち帰った小さな骨片を卓上へ置いた。

 

 竜牙兵の膝が砕けた時に飛び散ったものだ。

 

 見た目は乾いた骨にしか見えない。

 

 だが、普通の骨とは違う。

 

 軽く指で弾くと、硬質な音がした。

 

 長い年月、魔法生物の一部として存在していたためか、微かな魔力が染みついている。

 

 魔術師なら、何かに使えるかもしれない。

 

 売れる可能性もある。

 

 しかし、これ一つを持ち込んでも、やはり出所を聞かれる。

 

『これは保留だな』

 

 布に包み、荷物の底へしまう。

 

 次に、ソフトレザーを脱いだ。

 

 肩口が裂けている。

 

 両手剣を持つ竜牙兵の刃が、ほんの僅かにかすめた跡だった。

 

 皮が削れ、縫い目の一部が切れている。

 

 あと少し深ければ、肩の肉まで持っていかれていた。

 

 ロックは裂けた箇所へ指を這わせた。

 

 思い出す。

 

 頭上を通り過ぎた刃。

 

 盾へ叩きつけられた重い一撃。

 

 床へ響いた骨の砕ける音。

 

 あれが自分の身体へ当たっていたら、こうして針を持つこともできなかった。

 

『生きてるだけで黒字か』

 

 呟きながら、針と丈夫な糸を取り出す。

 

 狩人として暮らしていた頃、革製品の手入れは覚えた。

 

 森で装備を破損しても、すぐに職人へ持ち込めるとは限らない。

 

 簡単な補修くらいは、自分でできなければ生きていけなかった。

 

 破れた箇所を合わせる。

 

 穴を開ける。

 

 糸を通す。

 

 縫い目が外へ出すぎれば、枝や刃に引っ掛かる。

 

 内側へ寄せすぎれば、身体に擦れる。

 

 慎重に針を進めた。

 

 その間も、頭の中では遺跡のことを考えていた。

 

 二体の竜牙兵が守っていた扉。

 

 その向こうに何がある。

 

 倉庫。

 

 研究室。

 

 居住区。

 

 あるいは、さらに厳重な防衛区画。

 

 古代王国の施設なら、竜牙兵二体が最後の守りとは限らない。

 

 むしろ、あれは入口の番兵にすぎなかった可能性が高い。

 

 扉を開けた瞬間、別の魔法生物が起動するかもしれない。

 

 警報が鳴るかもしれない。

 

 毒が噴き出すかもしれない。

 

 床が抜けるかもしれない。

 

 何百年も放置された設備が壊れ、本来とは違う危険へ変わっていることもある。

 

 罠を見つける目だけでは足りない。

 

 空気の流れ。

 

 臭い。

 

 湿気。

 

 床の傾き。

 

 音の反響。

 

 鼠や虫の気配。

 

 森や荒野で危険を察してきた感覚も必要になる。

 

 ロックは縫い終えた防具を持ち上げた。

 

 見栄えはよくない。

 

 それでも、使える。

 

 今の自分には、それで十分だった。

 

『明日も依頼が残ってればいいけど』

 

 地下水道の点検は、いつまでも続く仕事ではない。

 

 雨季前の確認が終わり、安全だと判断されれば、あとは役人が処理する。

 

 冒険者が呼ばれる理由はなくなる。

 

 今日で終わるかもしれない。

 

 もう一日だけ続くかもしれない。

 

 それは、役所が今日の報告を見て決める。

 

 無断で地下水道へ入ることはできる。

 

 だが、見つかれば盗賊扱いされる。

 

 夜間なら人目は減るが、言い訳もできなくなる。

 

 今は正規の依頼を使えるだけ使う。

 

 それが最も安全だった。

 

 ロックは食堂へ降りた。

 

 夕食は黒パンと、豆と野菜を煮込んだスープ。

 

 薄い肉が数切れ。

 

 豪華ではないが、腹は満たせる。

 

 卓へ座ると、店主が声を掛けてきた。

 

『地下水道はどうだった』

 

『詰まりと、壁のひびを少し。危険な魔物はいなかった』

 

 嘘ではない。

 

 地下水道には、危険な魔物はいなかった。

 

 遺跡の中に竜牙兵がいただけだ。

 

『そうか。役所も、明日でもう終わりにするかもしれんな』

 

 ロックの手が止まった。

 

『明日もあるんですか』

 

『朝にならんと分からん。今日の報告を見て決めるんだろうよ。念のため、もう一日見るかもしれんがな』

 

『そうですか』

 

 平静を装い、スープを口へ運ぶ。

 

 明日。

 

 残るかもしれない。

 

 消えるかもしれない。

 

 予想していたことだった。

 

 それでも、実際に聞かされると胃が重くなる。

 

 食事を終えると、ロックは孤児院へ向かった。

 

 いつものように、僅かな金を渡す。

 

 大金ではない。

 

 子供たち全員へ腹いっぱい食べさせられる額でもない。

 

 それでも、豆や野菜を買う足しにはなる。

 

 孤児院を切り盛りする女主人は、金を受け取りながら眉を寄せた。

 

『自分の分は残しているんでしょうね』

 

『残してます』

 

『危ない仕事をしているんじゃないでしょうね』

 

『地下水道の点検です』

 

『地下水道は、十分危ない場所です』

 

『だから冒険者に仕事が来るんですよ』

 

 女主人は何か言いたそうな顔をした。

 

 だが、最後には小さく息を吐いた。

 

 理屈ではない。

 

 ただ、心配している。

 

 ロックにも、それは分かっていた。

 

 孤児院を出る。

 

 夜の王都オランには、無数の灯りが並んでいた。

 

 仕事を終えた職人。

 

 酒場へ向かう兵士。

 

 荷車を片づける商人。

 

 巡回する衛兵。

 

 誰もが、自分の生活を送っている。

 

 その足元。

 

 誰も気づかない地下に、古代王国の遺跡がある。

 

 魔法の武器がある。

 

 魔法の鎧がある。

 

 そして、まだ開けていない扉がある。

 

 地上を歩く者たちは、誰も知らない。

 

 少なくとも、今は。

 

 《古代王国の扉》亭へ戻ったロックは、明日の準備を始めた。

 

 縄。

 

 油。

 

 布。

 

 木片。

 

 蝋燭。

 

 白墨。

 

 小石。

 

 持っている物を一つずつ確かめる。

 

 戦うための道具だけではない。

 

 扉を固定する。

 

 戻り道へ印を付ける。

 

 風の流れを見る。

 

 床の傾きを調べる。

 

 物音を起こし、反応を確かめる。

 

 遺跡では、何が役に立つか分からない。

 

 明日も依頼が残っていた場合、何を優先するか。

 

 まず、竜牙兵が完全に停止しているか確かめる。

 

 次に、武器と盾を入口近くへ移す。

 

 その後で、二体が守っていた扉を調べる。

 

 危険がなければ、その向こうを少しだけ覗く。

 

 鎧の回収は後回し。

 

 重すぎる。

 

 外すだけでも時間が掛かる。

 

 何より、持ち出した後に隠す場所がない。

 

 魔法の剣も同じだ。

 

 一度に二本は運べない。

 

 布に包んでも、長い武器を抱えて歩けば目立つ。

 

 先に持ち出すなら、比較的短い方。

 

 ただし、自分で使うためではない。

 

 今のロックには扱えない。

 

 あくまで、運びやすさだけで選ぶ。

 

 売るか。

 

 隠すか。

 

 誰かへ相談するか。

 

 それは、地上へ持ち出してから考えるしかない。

 

 ロックは荷物をまとめ、寝台へ横になった。

 

 目を閉じても、金属音が耳に残っている。

 

 剣が盾へぶつかった音。

 

 鎧を叩いた音。

 

 骨が砕けた音。

 

 二体を倒した。

 

 だが、自分が強くなったわけではない。

 

 何もない部屋で、竜牙兵一体と正面から戦えば、今でも負ける。

 

 偶然を利用した。

 

 地形を利用した。

 

 命令の食い違いを利用した。

 

 それだけだ。

 

 そのことを忘れた瞬間に死ぬ。

 

『勝ったからって、次も勝てるとは限らないよな』

 

 誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 今日は生き残った。

 

 明日も生き残る。

 

 その繰り返しだ。

 

 翌朝。

 

 ロックは掲示板の前で足を止めた。

 

 地下水道。

 

 雨季前点検。

 

 そして、その下には短い一文が加えられていた。

 

 本日をもって終了。

 

 ロックは依頼書を見上げた。

 

『今日までか』

 

 正規に地下水道へ入れる最後の一日。

 

 竜牙兵の装備を回収する。

 

 扉の向こうを確かめる。

 

 今後も遺跡へ通うための道を探す。

 

 やることは多い。

 

 時間は少ない。

 

 ロックは依頼書を剥がし、店主の前へ置いた。

 

『これ、受けます』

 

 地上では、ただの地下水道点検。

 

 だが、ロックにとっては違う。

 

 古代王国の扉を開くための、最後の一日が始まった。

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