低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第37話 旅の勘定

 冒険者の店《古代王国の扉》亭へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 

 扉を開けた途端。

 

 焼いた肉の匂い。

 

 煮込み鍋から立ち昇る湯気。

 

 酒杯を打ち合わせる音。

 

 依頼から帰還した冒険者を迎える、いつもの騒がしさが押し寄せてくる。

 

「戻ったぞ!」

 

 ガレスが声を上げると、店の奥から主人が顔を出した。

 

「四人とも揃っているな」

 

「ああ。依頼人も無事にパダへ届けた」

 

「帰り道は?」

 

「何もなかった」

 

 ガレスはそう答えてから、ロックを見る。

 

「こいつが、何かありそうな場所を片っ端から警戒していたからな」

 

「何も起きなかったのなら、それが一番です」

 

「そういうところだけは殊勝だな」

 

 マルコが笑いながら、近くの卓へ腰を下ろした。

 

「まずは酒だ」

 

「報告が先です」

 

 リディアが即座に止める。

 

「一杯くらい」

 

「一杯で終わったことがありましたか?」

 

「……ないな」

 

「では、報告が先です」

 

 ガレスは肩をすくめた。

 

「神官様の言うとおりにしよう」

 

          ◇

 

 店の奥にある小部屋で、依頼の完了報告が始まった。

 

 机の上には、依頼書。

 

 エドガーから預かった完了証明。

 

 そして、ガレスが旅の間につけていた簡単な覚え書きが並べられている。

 

 店の主人は、一枚ずつ確かめた。

 

「往路で街道封鎖」

 

「ああ。人為的に倒された木だった」

 

「追跡はせず、迂回した」

 

「依頼人を連れていたからな」

 

「パダでは襲撃を予想して、囮の荷馬車を出した」

 

「そこはロックの案だ」

 

 主人がロックを見る。

 

「よく思いついたな」

 

「相手が荷馬車を見ていたので、見たい物を見せただけです」

 

「その結果、商館と郊外の倉庫が同時に襲われた」

 

「はい」

 

「商館へ入った二人を捕らえ、倉庫を包囲した者も町の兵へ引き渡した」

 

「逃げた者もいます」

 

「全員を捕らえるのは護衛の仕事じゃない」

 

 主人は依頼書へ印を押した。

 

「依頼人を無事に送り届け、帰還した。依頼達成だ」

 

 その一言で、ガレスたちの表情が緩む。

 

 旅から帰っただけでは、仕事は終わらない。

 

 依頼人の証明を提出し。

 

 経緯を報告し。

 

 店がそれを認めて、初めて完了となる。

 

「報酬を出す」

 

 主人は棚から革袋を取り出した。

 

「当初の護衛料が、四人分で二千四百ガメル」

 

 卓の上へ銀貨が積まれる。

 

「一人六百ですね」

 

 ロックが確認する。

 

「そうだ。それに、エドガーから危険手当として千二百ガメルが追加されている」

 

「一人三百」

 

「合計九百か」

 

 マルコの顔が明るくなる。

 

「酒が飲めるな」

 

「先に宿代を払いましょう」

 

 リディアが釘を刺す。

 

「今夜くらい良いだろ」

 

「その言葉を毎晩聞いています」

 

「毎晩生きているんだから、毎晩祝ってもいいだろ」

 

「それでは、お金が残りません」

 

 マルコは助けを求めるようにガレスを見る。

 

「俺を見るな」

 

「隊長だろ」

 

「金の使い方までは指図せん」

 

 主人はさらに、小さな革袋を一つ置いた。

 

「これはパダの商館からだ」

 

「追加の報酬ですか?」

 

 ガレスが尋ねる。

 

「違う。立て替えた費用の返却だ」

 

 中には銅貨と銀貨が混じっていた。

 

「囮の荷馬車へ積んだ石袋」

 

「袋の代金まで取るのか」

 

「商品を包むための袋だったそうだ。破れた分だけ弁償する話になっていたらしい」

 

 マルコがロックを見る。

 

「お前、そこまで約束していたのか?」

 

「女主人が帳簿につけていました」

 

「商人は細かいな」

 

「細かいから商人なんでしょう」

 

「それもそうか」

 

 主人が硬貨を数える。

 

「返却分は四十ガメル。共通の支出へ戻す」

 

 ガレスは覚え書きを手元へ寄せた。

 

「今回、共通の財布から出したのは?」

 

「往路の野営用食料が二十四ガメル」

 

 リディアが答える。

 

「帰路の食料が十六ガメル。パダでの宿泊はエドガーさんが負担してくださいました」

 

「水と薪は?」

 

「街道では無料。野営地では拾った」

 

「武具の修理は?」

 

 マルコがロックのジャヴェリンを見る。

 

「穂先は?」

 

「箱へ刺しただけなので、曲がっていません」

 

「盾は?」

 

 リディアが大盾の表面を確かめる。

 

 倉庫で投げ刃を受けた場所には、小さな傷が残っていた。

 

「表板が僅かに削れていますが、修理するほどではありません」

 

「俺の短剣も問題なし」

 

「ガレスさんの矢は?」

 

「倉庫で一本使った。回収できなかった」

 

 ガレスは少し考える。

 

「一本分を俺の取り分から引いておけ」

 

「共通の支出でいいのでは?」

 

「俺が射った矢だ」

 

「皆を守るためでしょう」

 

「それでも俺の矢だ」

 

 リディアが苦笑する。

 

「では、今回はガレスさんの負担。次に同じことがあれば共通の支出にしましょう」

 

「それでいい」

 

 ガレスが頷く。

 

 ロックはエドガーから贈られた帳面を取り出した。

 

 最初の数頁には、街道の略図と旅の覚え書きが記されている。

 

 新しい頁を開き、今回の支出を書き込んだ。

 

「旅の食料、四十ガメル」

 

「ああ」

 

「返却された袋代も四十ガメル」

 

「つまり、今回の共通支出は差し引きなしだ」

 

「綺麗に消えましたね」

 

「こんなことは滅多にないぞ」

 

 ガレスが笑う。

 

「たいていは、何か壊すか、予定より長く泊まるか、怪我人の薬代で減る」

 

「今回は怪我人も出ました」

 

「ハンスの治療代は商館持ちだ。俺たちの仲間は全員、無傷で帰った」

 

 マルコが両手を広げる。

 

「俺なんか泥まみれになっただけだ」

 

「服の洗濯代は?」

 

「自分で洗う」

 

「なら、無料ですね」

 

「ロック。お前、商人に向いてないか?」

 

「値切るのは苦手です」

 

「リュンクスを連れていけばいい」

 

 ヨアヒムの名を出さずとも、誰のことかは伝わったらしい。

 

 マルコが笑う。

 

「あの娘なら、洗濯代まで値切りそうだ」

 

「洗濯する人が困ります」

 

「お前は値切られる側の心配をするのか」

 

「仕事には相応の代金を払うべきです」

 

「その考えで、よく盗賊ギルドと付き合えるな」

 

「ヨアヒムさんも、無料では何もしてくれません」

 

「それはそうだ」

 

          ◇

 

 報告を終えた四人は、酒場へ戻った。

 

 卓の上に、それぞれの報酬が置かれる。

 

 ロックの前には九百ガメル。

 

 今回の旅で得た、純粋な稼ぎだった。

 

 銀貨を数え。

 

 革袋へ移し。

 

 帳面へ書き込む。

 

 収入。

 

 九百ガメル。

 

 支出。

 

 なし。

 

 差し引き。

 

 九百ガメルの黒字。

 

「本当に全部残すのか?」

 

 マルコが酒杯を片手に尋ねる。

 

「夕食代は払います」

 

「それ以外だよ。何か買わないのか?」

 

「買いたい物はあります」

 

「武器か?」

 

「違います」

 

「防具?」

 

「それも違います」

 

 ロックは腰に差した杖へ目を向けた。

 

 魔術を使うために欠かせない品。

 

 丈夫ではある。

 

 武器としても扱える。

 

 だが、両手が塞がっている時。

 

 杖を落とした時。

 

 狭い場所へ潜り込む時。

 

 常に手元へ置いておけるとは限らない。

 

 パダでの一件でも。

 

 商館の倉庫でも。

 

 郊外の染料倉庫でも。

 

 杖を構える余裕がない場面は幾つもあった。

 

「指輪を買おうと思っています」

 

 マルコが酒を噴き出した。

 

 ガレスが咳き込み。

 

 リディアが目を瞬かせる。

 

「……誰に?」

 

 マルコが恐る恐る尋ねた。

 

「僕が使います」

 

「自分で?」

 

「魔法の発動体にします」

 

 三人が揃って息を吐いた。

 

「何だ、そっちか」

 

「ほかに何があるんです?」

 

「知らなくていい」

 

 ガレスが言い切る。

 

「指輪なら宝飾店ですね」

 

 リディアが話を戻した。

 

「ですが、魔術師用の加工は高価なのでは?」

 

「加工だけで、少なくとも三千六百ガメルほど必要だそうです」

 

「足りないじゃないか」

 

「はい」

 

 ロックは銀貨袋を閉じた。

 

「だから、しばらく貯めます」

 

「珍しいな。すぐ買いに走らないのか」

 

「足りない物は買えません」

 

「借りれば?」

 

 マルコの提案に、ロックは首を振る。

 

「壊れたり失敗したりしたら、借金だけが残ります」

 

「堅実だな」

 

「借金をしてまで必要な物ではありません」

 

 だが。

 

 いつかは必要になる。

 

 杖を失えば魔術が使えなくなる。

 

 その弱点は、遺跡の奥へ進むほど大きくなる。

 

「指輪を見るなら、詳しい人が必要ですね」

 

 リディアが言った。

 

「偽物もありますし、柔らかすぎる銀では旅に向きません」

 

「知り合いに、宝石へ詳しい人がいます」

 

「誰だ?」

 

「リュンクスです」

 

 再び。

 

 三人が黙った。

 

「何ですか?」

 

 ロックが尋ねる。

 

 ガレスは酒杯を傾けた。

 

「いや」

 

 マルコも目を逸らす。

 

「何でもない」

 

 リディアだけは、僅かに笑みを浮かべていた。

 

「一緒に指輪を選びに行くのですね」

 

「はい。頼めるなら」

 

「そうですか」

 

「どうして笑うんです?」

 

「何でもありません」

 

 ロックには分からなかった。

 

 ただ。

 

 指輪を選ぶなら、価値を見抜ける者と行く。

 

 それだけの話だった。

 

 少なくとも。

 

 ロック本人にとっては。

 




第37話終了時・今回の依頼収支

収入

護衛基本報酬 600ガメル
危険手当 300ガメル

合計 900ガメル

ロック個人の支出

食費・宿泊費 依頼人負担
武具・弾薬の損失 なし
共通経費 返却金で相殺

純利益 900ガメルいいん

現物報酬

エドガーから革表紙の帳面 一冊

経験

パダ往復護衛達成
盗賊の監視を察知
商館への侵入を阻止
囮によって敵戦力を分断
依頼人を生還させる

取得経験点 1000点
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