低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
冒険者の店《古代王国の扉》亭へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。
扉を開けた途端。
焼いた肉の匂い。
煮込み鍋から立ち昇る湯気。
酒杯を打ち合わせる音。
依頼から帰還した冒険者を迎える、いつもの騒がしさが押し寄せてくる。
「戻ったぞ!」
ガレスが声を上げると、店の奥から主人が顔を出した。
「四人とも揃っているな」
「ああ。依頼人も無事にパダへ届けた」
「帰り道は?」
「何もなかった」
ガレスはそう答えてから、ロックを見る。
「こいつが、何かありそうな場所を片っ端から警戒していたからな」
「何も起きなかったのなら、それが一番です」
「そういうところだけは殊勝だな」
マルコが笑いながら、近くの卓へ腰を下ろした。
「まずは酒だ」
「報告が先です」
リディアが即座に止める。
「一杯くらい」
「一杯で終わったことがありましたか?」
「……ないな」
「では、報告が先です」
ガレスは肩をすくめた。
「神官様の言うとおりにしよう」
◇
店の奥にある小部屋で、依頼の完了報告が始まった。
机の上には、依頼書。
エドガーから預かった完了証明。
そして、ガレスが旅の間につけていた簡単な覚え書きが並べられている。
店の主人は、一枚ずつ確かめた。
「往路で街道封鎖」
「ああ。人為的に倒された木だった」
「追跡はせず、迂回した」
「依頼人を連れていたからな」
「パダでは襲撃を予想して、囮の荷馬車を出した」
「そこはロックの案だ」
主人がロックを見る。
「よく思いついたな」
「相手が荷馬車を見ていたので、見たい物を見せただけです」
「その結果、商館と郊外の倉庫が同時に襲われた」
「はい」
「商館へ入った二人を捕らえ、倉庫を包囲した者も町の兵へ引き渡した」
「逃げた者もいます」
「全員を捕らえるのは護衛の仕事じゃない」
主人は依頼書へ印を押した。
「依頼人を無事に送り届け、帰還した。依頼達成だ」
その一言で、ガレスたちの表情が緩む。
旅から帰っただけでは、仕事は終わらない。
依頼人の証明を提出し。
経緯を報告し。
店がそれを認めて、初めて完了となる。
「報酬を出す」
主人は棚から革袋を取り出した。
「当初の護衛料が、四人分で二千四百ガメル」
卓の上へ銀貨が積まれる。
「一人六百ですね」
ロックが確認する。
「そうだ。それに、エドガーから危険手当として千二百ガメルが追加されている」
「一人三百」
「合計九百か」
マルコの顔が明るくなる。
「酒が飲めるな」
「先に宿代を払いましょう」
リディアが釘を刺す。
「今夜くらい良いだろ」
「その言葉を毎晩聞いています」
「毎晩生きているんだから、毎晩祝ってもいいだろ」
「それでは、お金が残りません」
マルコは助けを求めるようにガレスを見る。
「俺を見るな」
「隊長だろ」
「金の使い方までは指図せん」
主人はさらに、小さな革袋を一つ置いた。
「これはパダの商館からだ」
「追加の報酬ですか?」
ガレスが尋ねる。
「違う。立て替えた費用の返却だ」
中には銅貨と銀貨が混じっていた。
「囮の荷馬車へ積んだ石袋」
「袋の代金まで取るのか」
「商品を包むための袋だったそうだ。破れた分だけ弁償する話になっていたらしい」
マルコがロックを見る。
「お前、そこまで約束していたのか?」
「女主人が帳簿につけていました」
「商人は細かいな」
「細かいから商人なんでしょう」
「それもそうか」
主人が硬貨を数える。
「返却分は四十ガメル。共通の支出へ戻す」
ガレスは覚え書きを手元へ寄せた。
「今回、共通の財布から出したのは?」
「往路の野営用食料が二十四ガメル」
リディアが答える。
「帰路の食料が十六ガメル。パダでの宿泊はエドガーさんが負担してくださいました」
「水と薪は?」
「街道では無料。野営地では拾った」
「武具の修理は?」
マルコがロックのジャヴェリンを見る。
「穂先は?」
「箱へ刺しただけなので、曲がっていません」
「盾は?」
リディアが大盾の表面を確かめる。
倉庫で投げ刃を受けた場所には、小さな傷が残っていた。
「表板が僅かに削れていますが、修理するほどではありません」
「俺の短剣も問題なし」
「ガレスさんの矢は?」
「倉庫で一本使った。回収できなかった」
ガレスは少し考える。
「一本分を俺の取り分から引いておけ」
「共通の支出でいいのでは?」
「俺が射った矢だ」
「皆を守るためでしょう」
「それでも俺の矢だ」
リディアが苦笑する。
「では、今回はガレスさんの負担。次に同じことがあれば共通の支出にしましょう」
「それでいい」
ガレスが頷く。
ロックはエドガーから贈られた帳面を取り出した。
最初の数頁には、街道の略図と旅の覚え書きが記されている。
新しい頁を開き、今回の支出を書き込んだ。
「旅の食料、四十ガメル」
「ああ」
「返却された袋代も四十ガメル」
「つまり、今回の共通支出は差し引きなしだ」
「綺麗に消えましたね」
「こんなことは滅多にないぞ」
ガレスが笑う。
「たいていは、何か壊すか、予定より長く泊まるか、怪我人の薬代で減る」
「今回は怪我人も出ました」
「ハンスの治療代は商館持ちだ。俺たちの仲間は全員、無傷で帰った」
マルコが両手を広げる。
「俺なんか泥まみれになっただけだ」
「服の洗濯代は?」
「自分で洗う」
「なら、無料ですね」
「ロック。お前、商人に向いてないか?」
「値切るのは苦手です」
「リュンクスを連れていけばいい」
ヨアヒムの名を出さずとも、誰のことかは伝わったらしい。
マルコが笑う。
「あの娘なら、洗濯代まで値切りそうだ」
「洗濯する人が困ります」
「お前は値切られる側の心配をするのか」
「仕事には相応の代金を払うべきです」
「その考えで、よく盗賊ギルドと付き合えるな」
「ヨアヒムさんも、無料では何もしてくれません」
「それはそうだ」
◇
報告を終えた四人は、酒場へ戻った。
卓の上に、それぞれの報酬が置かれる。
ロックの前には九百ガメル。
今回の旅で得た、純粋な稼ぎだった。
銀貨を数え。
革袋へ移し。
帳面へ書き込む。
収入。
九百ガメル。
支出。
なし。
差し引き。
九百ガメルの黒字。
「本当に全部残すのか?」
マルコが酒杯を片手に尋ねる。
「夕食代は払います」
「それ以外だよ。何か買わないのか?」
「買いたい物はあります」
「武器か?」
「違います」
「防具?」
「それも違います」
ロックは腰に差した杖へ目を向けた。
魔術を使うために欠かせない品。
丈夫ではある。
武器としても扱える。
だが、両手が塞がっている時。
杖を落とした時。
狭い場所へ潜り込む時。
常に手元へ置いておけるとは限らない。
パダでの一件でも。
商館の倉庫でも。
郊外の染料倉庫でも。
杖を構える余裕がない場面は幾つもあった。
「指輪を買おうと思っています」
マルコが酒を噴き出した。
ガレスが咳き込み。
リディアが目を瞬かせる。
「……誰に?」
マルコが恐る恐る尋ねた。
「僕が使います」
「自分で?」
「魔法の発動体にします」
三人が揃って息を吐いた。
「何だ、そっちか」
「ほかに何があるんです?」
「知らなくていい」
ガレスが言い切る。
「指輪なら宝飾店ですね」
リディアが話を戻した。
「ですが、魔術師用の加工は高価なのでは?」
「加工だけで、少なくとも三千六百ガメルほど必要だそうです」
「足りないじゃないか」
「はい」
ロックは銀貨袋を閉じた。
「だから、しばらく貯めます」
「珍しいな。すぐ買いに走らないのか」
「足りない物は買えません」
「借りれば?」
マルコの提案に、ロックは首を振る。
「壊れたり失敗したりしたら、借金だけが残ります」
「堅実だな」
「借金をしてまで必要な物ではありません」
だが。
いつかは必要になる。
杖を失えば魔術が使えなくなる。
その弱点は、遺跡の奥へ進むほど大きくなる。
「指輪を見るなら、詳しい人が必要ですね」
リディアが言った。
「偽物もありますし、柔らかすぎる銀では旅に向きません」
「知り合いに、宝石へ詳しい人がいます」
「誰だ?」
「リュンクスです」
再び。
三人が黙った。
「何ですか?」
ロックが尋ねる。
ガレスは酒杯を傾けた。
「いや」
マルコも目を逸らす。
「何でもない」
リディアだけは、僅かに笑みを浮かべていた。
「一緒に指輪を選びに行くのですね」
「はい。頼めるなら」
「そうですか」
「どうして笑うんです?」
「何でもありません」
ロックには分からなかった。
ただ。
指輪を選ぶなら、価値を見抜ける者と行く。
それだけの話だった。
少なくとも。
ロック本人にとっては。
第37話終了時・今回の依頼収支
収入
護衛基本報酬 600ガメル
危険手当 300ガメル
合計 900ガメル
ロック個人の支出
食費・宿泊費 依頼人負担
武具・弾薬の損失 なし
共通経費 返却金で相殺
純利益 900ガメルいいん
現物報酬
エドガーから革表紙の帳面 一冊
経験
パダ往復護衛達成
盗賊の監視を察知
商館への侵入を阻止
囮によって敵戦力を分断
依頼人を生還させる
取得経験点 1000点