低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
王都オラン。
冒険者の店《古代王国の扉》亭。
ロックは朝から帳面と金属板を机へ並べていた。
表面へ刻まれた古代文字は小さい。
しかも普通の文章ではない。
数字。
記号。
略号。
同じような単語が何度も繰り返されている。
「これは……報告書じゃない」
何枚もの紙へ単語を書き写す。
知っている古代語。
知らない古代語。
意味が分からない記号。
全部分ける。
「整備記録かな」
文章ではなく様式だ。
日誌。
点検表。
保守手順。
そう考えると少しだけ読みやすくなる。
それでも専門用語が多すぎた。
昼になっても半分も進まない。
ロックはため息を吐いた。
「やっぱり一人じゃ無理か」
◇
午後。
ロックは魔術師ギルドへ向かった。
ただし資料は見せない。
見せれば質問攻めになる。
帳面へ書き写した単語だけを持っていく。
受付で借りた古代語辞典を開く。
「……ない」
保守。
循環。
濾過。
浄化。
ここまではある。
しかし、その後へ続く専門語が載っていない。
魔術理論書も違う。
建築書も違う。
遺跡学でも見つからない。
「専門用語か」
古代王国にも職人はいた。
鍛冶屋には鍛冶屋の言葉。
船大工には船大工の言葉。
保守技師には保守技師の言葉がある。
今読んでいるのは、その世界だ。
◇
夕方。
クラウゼ刀自の研究室。
「何を読んでいる?」
突然声を掛けられ、ロックは肩を震わせた。
「辞書です」
「それは見れば分かる」
クラウゼは帳面を覗き込む。
そこへ並ぶ古代語を見て、眉を上げた。
「随分と偏った単語だな」
ロックは少し考えてから答えた。
「古代王国の施設について調べてまして」
「ほう」
クラウゼは椅子へ腰掛ける。
「古代語は話し言葉だけではない。技術者は専門用語を作る。学者も同じだ」
帳面の一語を指差した。
「これは『浄化』ではない」
「違うんですか?」
「正確には『循環系へ戻すための再調整』だ」
「……長いですね」
「だから略号になる」
ロックは急いで書き直す。
クラウゼは笑った。
「辞書だけ読んでも理解できん。文章には前後がある」
「前後……」
「どこで見付けた単語か、それが分からなければ意味は決まらん」
ロックは思わず金属板のことを考えた。
だが口にはしない。
「勉強になります」
「勉強とはそういうものだ」
クラウゼは立ち上がる。
「分からない言葉があれば、まず何の仕事で使う言葉か考えろ。意味を辞書へ求めるな。仕事を想像しろ」
そう言い残して研究室を出て行った。
◇
夜。
宿へ戻ったロックは金属板をもう一度開く。
クラウゼの言葉を思い出す。
何の仕事で使う言葉か。
整備。
点検。
補給。
交換。
掃除。
その視点で読み直す。
「あ……」
一つだけ。
意味の通らなかった文章が繋がった。
肝区画補給槽
保守体優先
「補給槽……!」
あの白いホムンクルスが利用していた設備。
あれは偶然見付けたのではない。
保守資料にも記されていた正式な補給設備だった。
ロックは静かに帳面へ書き加える。
保守記録と実際の施設が一致した。
この資料は本物である。
金属板を閉じる。
今日解読できたのは、ほんの数行。
それでも十分だった。
人工始原の巨人は、まだ死んではいない。
今も保守記録どおりに、自らの身体を維持し続けているのだから。