低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第40話 保守記録

 王都オラン。

 

 冒険者の店《古代王国の扉》亭。

 

 ロックは朝から帳面と金属板を机へ並べていた。

 

 表面へ刻まれた古代文字は小さい。

 

 しかも普通の文章ではない。

 

 数字。

 

 記号。

 

 略号。

 

 同じような単語が何度も繰り返されている。

 

「これは……報告書じゃない」

 

 何枚もの紙へ単語を書き写す。

 

 知っている古代語。

 

 知らない古代語。

 

 意味が分からない記号。

 

 全部分ける。

 

「整備記録かな」

 

 文章ではなく様式だ。

 

 日誌。

 

 点検表。

 

 保守手順。

 

 そう考えると少しだけ読みやすくなる。

 

 それでも専門用語が多すぎた。

 

 昼になっても半分も進まない。

 

 ロックはため息を吐いた。

 

「やっぱり一人じゃ無理か」

 

     ◇

 

 午後。

 

 ロックは魔術師ギルドへ向かった。

 

 ただし資料は見せない。

 

 見せれば質問攻めになる。

 

 帳面へ書き写した単語だけを持っていく。

 

 受付で借りた古代語辞典を開く。

 

「……ない」

 

 保守。

 

 循環。

 

 濾過。

 

 浄化。

 

 ここまではある。

 

 しかし、その後へ続く専門語が載っていない。

 

 魔術理論書も違う。

 

 建築書も違う。

 

 遺跡学でも見つからない。

 

「専門用語か」

 

 古代王国にも職人はいた。

 

 鍛冶屋には鍛冶屋の言葉。

 

 船大工には船大工の言葉。

 

 保守技師には保守技師の言葉がある。

 

 今読んでいるのは、その世界だ。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 クラウゼ刀自の研究室。

 

「何を読んでいる?」

 

 突然声を掛けられ、ロックは肩を震わせた。

 

「辞書です」

 

「それは見れば分かる」

 

 クラウゼは帳面を覗き込む。

 

 そこへ並ぶ古代語を見て、眉を上げた。

 

「随分と偏った単語だな」

 

 ロックは少し考えてから答えた。

 

「古代王国の施設について調べてまして」

 

「ほう」

 

 クラウゼは椅子へ腰掛ける。

 

「古代語は話し言葉だけではない。技術者は専門用語を作る。学者も同じだ」

 

 帳面の一語を指差した。

 

「これは『浄化』ではない」

 

「違うんですか?」

 

「正確には『循環系へ戻すための再調整』だ」

 

「……長いですね」

 

「だから略号になる」

 

 ロックは急いで書き直す。

 

 クラウゼは笑った。

 

「辞書だけ読んでも理解できん。文章には前後がある」

 

「前後……」

 

「どこで見付けた単語か、それが分からなければ意味は決まらん」

 

 ロックは思わず金属板のことを考えた。

 

 だが口にはしない。

 

「勉強になります」

 

「勉強とはそういうものだ」

 

 クラウゼは立ち上がる。

 

「分からない言葉があれば、まず何の仕事で使う言葉か考えろ。意味を辞書へ求めるな。仕事を想像しろ」

 

 そう言い残して研究室を出て行った。

 

     ◇

 

 夜。

 

 宿へ戻ったロックは金属板をもう一度開く。

 

 クラウゼの言葉を思い出す。

 

 何の仕事で使う言葉か。

 

 整備。

 

 点検。

 

 補給。

 

 交換。

 

 掃除。

 

 その視点で読み直す。

 

「あ……」

 

 一つだけ。

 

 意味の通らなかった文章が繋がった。

 

肝区画補給槽

 

保守体優先

 

「補給槽……!」

 

 あの白いホムンクルスが利用していた設備。

 

 あれは偶然見付けたのではない。

 

 保守資料にも記されていた正式な補給設備だった。

 

 ロックは静かに帳面へ書き加える。

 

保守記録と実際の施設が一致した。

 

この資料は本物である。

 

 金属板を閉じる。

 

 今日解読できたのは、ほんの数行。

 

 それでも十分だった。

 

 人工始原の巨人は、まだ死んではいない。

 

 今も保守記録どおりに、自らの身体を維持し続けているのだから。

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