低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第41話 肝の糧

 翌朝。

 

 ロックは《古代王国の扉》亭の片隅で、昨夜までに書き写した解読文を読み返していた。

 

肝区画補給槽

保守体優先

循環液および調整糧を供給

供給量は個体識別に従う

 

「循環液……」

 

 あの透明な液体のことだろう。

 

 そして、白いホムンクルスが飲み込んでいた灰色の塊が、調整糧。

 

 食物であることは、ほぼ間違いない。

 

 ただし、最後の一文が気になった。

 

 供給量は個体識別に従う。

 

 つまり、補給槽は利用者を見分けている。

 

 白いホムンクルスへは必要な量だけを与え、別の個体には別の量を出す仕組みなのだろう。

 

 ならば、ロックが手を触れた時に少量しか出なかったのも、偶然ではないかもしれない。

 

「僕を何だと思ったんだろう」

 

 保守体ではない。

 

 だが、排除もされなかった。

 

 補給槽は、ロックを利用資格のない異物と判断したのか。

 

 それとも、損傷した小型の作業体とでも誤認したのか。

 

 考えても答えは出ない。

 

 ロックは帳面を閉じた。

 

 次は、現場で確かめるしかなかった。

 

     ◇

 

 その日のうちに地下へ入ることはしなかった。

 

 まず、持ち帰った灰色の欠片を調べる。

 

 見た目は乾いた練り物に近い。

 

 表面へ黴はなく、腐敗臭もない。

 

 刃で薄く削ると、中まで同じ色をしていた。

 

 火へ近づける。

 

 焦げる。

 

 薬品のように燃え上がることはない。

 

 水へ落とす。

 

 すぐには溶けない。

 

 しばらく置くと、ゆっくりと柔らかくなった。

 

 次に、銀貨の縁へ擦りつける。

 

 変色はない。

 

 ロックは一つずつ結果を書き留めた。

 

 毒物の見分け方としては不十分だ。

 

 だが、何も調べずに口へ入れるよりはいい。

 

 問題は、その先だった。

 

「食べるしかないか」

 

 誰かへ試させる気はなかった。

 

 まして犬や鼠へ与えて安全を確かめたところで、人間にも同じとは限らない。

 

 これは人間用の食物ではないのだ。

 

 ロックは欠片をさらに小さく割った。

 

 爪の先ほど。

 

 それを舌へ載せる。

 

「……苦い」

 

 穀物を煮詰め、薬草の粉を混ぜたような味だった。

 

 甘味はほとんどない。

 

 僅かに鉄のような後味が残る。

 

 噛まずに吐き出し、口を水ですすぐ。

 

 しばらく待つ。

 

 舌の痺れはない。

 

 喉も腫れない。

 

 腹にも異常は起きなかった。

 

 その日は、そこまでにした。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 体調に変化はなかった。

 

 ロックは今度は、昨日より少し大きな欠片を口にした。

 

 十分に噛んでから飲み込む。

 

 味はやはり悪い。

 

 堅パンより不味いかもしれない。

 

 だが、喉を通らないほどではなかった。

 

 そのまま一日、普段どおりに過ごした。

 

 吐き気なし。

 

 腹痛なし。

 

 眩暈もない。

 

 ただ、妙に喉が渇いた。

 

「水分が少ないのかな」

 

 完全な食事というより、濃縮された糧なのだろう。

 

 白いホムンクルスが先に透明な液体を飲んでいた理由も、それなら説明できる。

 

 三日目。

 

 ロックは欠片の残りを半分だけ食べた。

 

 その日は昼になっても空腹を感じなかった。

 

 夕方になっても、腹が減らない。

 

「腹持ちは良い」

 

 良いどころではない。

 

 少量しか口にしていないのに、身体は食事を取った後のように動く。

 

 ただし、満腹感とは違った。

 

 胃が膨れているわけではない。

 

 身体だけが、今は糧を求める必要がないと判断しているような感覚だった。

 

 便利ではある。

 

 だが、不気味でもある。

 

 ロックは帳面へ記した。

 

灰色の調整糧。

少量で強い持続性あり。

味は悪い。

今のところ明確な毒性なし。

水分を多く必要とする可能性あり。

継続摂取の影響は不明。

 

「食べられるとは書けないな」

 

 安全が確認できたのは、一度口にしてもすぐ死なないという程度だ。

 

 何日も続ければ、身体にどんな変化が起きるか分からない。

 

 魔法で作られた人造の身体と、人間の身体が同じ糧を必要とするはずもなかった。

 

 それでも、非常時の糧にはなる。

 

 少なくとも、干し肉と堅パンが尽きた瞬間に帰還を諦めなくて済む。

 

     ◇

 

 さらに翌日。

 

 ロックは再び人工始原の巨人へ入った。

 

 水袋は二つ。

 

 食料はいつもどおり。

 

 今回は、空の小瓶と銀皿も多めに持ってきている。

 

 肝区画へ着いた時、補給槽の前には二体の白いホムンクルスが並んでいた。

 

 ロックは導管の陰に立ち、彼らの動きを観察する。

 

 一体目が手を入れる。

 

 透明な液体が流れる。

 

 飲み終わると、隣の窪みから灰色の調整糧が押し出された。

 

 二体目も同じだった。

 

 ただし、出てきた塊の大きさが違う。

 

 一体目より、僅かに小さい。

 

「必要な量を見てる……」

 

 見た目には、二体の体格は変わらない。

 

 だが、片方は腕に小さな亀裂があった。

 

 もう片方にはない。

 

 補給槽が見ているのは体格ではなく、内部の消耗なのかもしれない。

 

 二体が去った後、ロックは槽の前へ進んだ。

 

 前回と同じ場所へ手を入れる。

 

 石の突起へ触れた。

 

 何も起きない。

 

 押し込む。

 

 透明な液体が、銀皿へ僅かに流れた。

 

 やはり量は少ない。

 

 片手で受けられるほどだ。

 

「僕にはこれだけ?」

 

 口を寄せて飲めば、一口にも満たない。

 

 補給槽はロックの状態を読み取れないのかもしれない。

 

 あるいは、本来の利用者ではないため、最低量しか許可していない。

 

 ロックは液体を小瓶へ移した。

 

 もう一度突起を押す。

 

 今度は出ない。

 

「続けては駄目か」

 

 しばらく待ってから試しても、結果は同じだった。

 

 一度に一回。

 

 次に使えるまで、間隔が必要らしい。

 

 調整糧の方も試す。

 

 壁の窪みへ手を入れ、内側の突起を押した。

 

 小さな灰色の塊が押し出される。

 

 ホムンクルスへ出された物の半分ほど。

 

 取り出しても、警報は起きない。

 

 だが、二つ目は出なかった。

 

「一人分として認められてはいるのかな」

 

 人間だからではない。

 

 この施設が、ロックを一個体として数えている。

 

 そう考える方が自然だった。

 

 そして一個体につき、一度の補給。

 

 ならば、この場所を当てにして大勢で潜るのは難しい。

 

 一人であっても、一度に得られる水は少なすぎる。

 

 食料の補助にはなっても、水袋の代わりにはならなかった。

 

 ロックは少し考え、透明な液体の供給口を観察した。

 

 下には浅い受け皿がある。

 

 こぼれた液体は溝へ流れ、そのまま壁の奥へ消えていく。

 

 白いホムンクルスは口をつけて飲む。

 

 器へ汲むための設備ではない。

 

 そもそも、持ち運ぶことを想定していないのだ。

 

「ここまで来て飲め、ってことか」

 

 肝区画を中継点として使う。

 

 水を持ち帰ろうとするのではなく、ここで身体を休め、補給を受けてから先へ進む。

 

 それなら意味がある。

 

 ただし、ビバークはできない。

 

 床へ荷物を置けば、抗体に片付けられる。

 

 寝床を作れば、異物と見なされる可能性もある。

 

 ロックは周囲を見回した。

 

 補給槽の近くには、壁から突き出した細長い台が並んでいる。

 

 白いホムンクルスは補給後、その台の前でしばらく動きを止めていた。

 

 休息のための場所かもしれない。

 

 ロックは一つへ腰を下ろした。

 

 抗体は来ない。

 

 床へ荷物を置かず、背負ったまま壁へ寄りかかる。

 

 しばらく待つ。

 

 何も起こらない。

 

「ここなら休める」

 

 横にはなれない。

 

 だが、座ったまま眠ることはできる。

 

 荷物も身体から離さなければ片付けられない。

 

 十分な睡眠とは言えないが、循環器系の奥を調べるための中継点にはなる。

 

 ロックは帳面を開いた。

 

肝区画の補給槽は利用者ごとに供給量を調整する。

僕には少量の循環液と、小型の調整糧一つ。

連続使用はできない。

水袋の代用にはならない。

補助的な補給地点としては利用可能。

補給台付近では、荷物を身につけたままなら休息できる可能性あり。

 

 最後の一文を書き終え、ロックは顔を上げた。

 

 これで無制限に探索できるわけではない。

 

 水袋二つという限界は、まだ残っている。

 

 だが、帰還のために残しておく食料を減らせる。

 

 肝区画で水分を補い、身体を休められる。

 

 今まで一度では届かなかった循環路の先へ、あと半日ほど進めるかもしれない。

 

 その半日があれば、次の分岐へ届く。

 

「少しずつだ」

 

 便利な道具はない。

 

 安全な宿もない。

 

 あるのは、巨人が自らの身体を維持するために残した仕組みだけ。

 

 その仕組みを壊さず、邪魔せず、僅かに借りる。

 

 ロックは補給槽から離れ、循環路の地図を開いた。

 

 これまで引き返していた分岐が、細い線の先に残されている。

 

 次に調べる場所は、もう決まっていた。

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