低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第42話 分岐点

 肝区画を後にしてから半刻。

 

 ロックは帳面と壁を何度も見比べながら歩いていた。

 

 循環器系は一本の通路ではない。

 

 心臓炉から送り出された魔力は、幹から枝へ、枝から葉脈へと広がるように無数の導管へ分かれている。

 

 前回までは、その一本一本を潰していくように調べてきた。

 

 だが、今日からは違う。

 

 肝区画を中継できる。

 

 探索時間が半日ほど伸びた。

 

 それだけで、今まで届かなかった場所へ足を踏み入れられる。

 

「この先か……」

 

 帳面へ記した印が途切れている。

 

 未知の領域だった。

 

 ロックは壁へ白墨で小さな矢印を書いた。

 

 目立たない位置。

 

 だが、自分なら見落とさない。

 

 そして十歩ごとに番号を書き足していく。

 

 帰るためではない。

 

 地図を完成させるためだ。

 

     ◇

 

 しばらく進むと、導管の音が変わった。

 

 今までは静かな脈動だった。

 

 しかし、この先では低い唸りのような音が混じる。

 

「圧力が高い……?」

 

 導管は太くなり、壁へ幾重にも固定されている。

 

 床には排水溝が増え、天井からは細い管が幾本も垂れ下がっていた。

 

 どれも先端が開いている。

 

 雫が一滴。

 

 また一滴。

 

 規則正しく落ちている。

 

 ロックは受け皿へ一滴だけ取った。

 

 透明。

 

 匂いはない。

 

 だが飲まない。

 

 帳面へだけ記す。

 

天井配管より液体滴下。用途不明。

 

 何でも試すほど命は安くない。

 

     ◇

 

 さらに進む。

 

 やがて通路が三方向へ枝分かれしていた。

 

 珍しい。

 

 今までは二方向がほとんどだった。

 

「三叉路……」

 

 ロックは腰を下ろした。

 

 帳面を開き、ここまで歩いた距離を書き込む。

 

 左。

 

 正面。

 

 右。

 

 それぞれ導管の太さが違う。

 

 右は細い。

 

 左は中くらい。

 

 正面だけが異様に太い。

 

「普通なら正面だけど……」

 

 ロックは頭を振る。

 

 普通なら、だ。

 

 探索では「目立つ道」が正しいとは限らない。

 

 むしろ保守用通路は細いことが多い。

 

 導管の表面を見る。

 

 傷。

 

 汚れ。

 

 磨耗。

 

 それらを一つずつ観察する。

 

「あ……」

 

 正面の導管だけ、擦れた跡が集中していた。

 

 何か大きな物が頻繁に通る。

 

 作業体か。

 

 大型保守体か。

 

 あるいは──

 

「抗体の主動線」

 

 そう考えた方が自然だった。

 

 ならば避ける。

 

 ロックは右へ向いた。

 

 細い導管。

 

 人一人が通れる程度の補修路。

 

 保守員が点検に使うための道なら、抗体も少ないかもしれない。

 

     ◇

 

 右の通路へ入って十分。

 

 ロックは足を止めた。

 

 壁へ規則正しく並ぶ円形の蓋。

 

 その一つが半ば開いていた。

 

 覗き込む。

 

 暗い。

 

 石を一つ落とす。

 

 音が返る。

 

 深くはない。

 

 蓋の内側へ古代文字が刻まれていた。

 

「点検口……」

 

 文字は読める。

 

 だが意味が違う。

 

 “入口”ではない。

 

 “保守専用”

 

 “導管閉鎖時使用”

 

 そんな内容だった。

 

 ロックは笑った。

 

「やっぱりだ」

 

 ここは冒険者が歩く道ではない。

 

 保守員が使う道。

 

 だから抗体も少ない。

 

 だから今まで誰も通っていない。

 

     ◇

 

 その時だった。

 

 遠くで、

 

 ガコン。

 

 重い音が響く。

 

 続いて導管全体が震えた。

 

 ロックは咄嗟に壁へ身を寄せる。

 

 何が起きた。

 

 地震ではない。

 

 導管の中を流れる魔力が、一瞬だけ強く脈打った。

 

 青白い光が走る。

 

 そして静かになる。

 

「今のは……」

 

 心臓炉ではない。

 

 もっと近い。

 

 どこかで巨大な弁が切り替わったような音だった。

 

 ロックは帳面へ急いで書く。

 

定刻と思われる切替あり。

 

導管圧力変化。

 

原因不明。

 

 人工始原の巨人は眠っている。

 

 そう思っていた。

 

 しかし違う。

 

 眠っているのではない。

 

 今も決められた周期で、自らの身体を動かしている。

 

 ロックは背筋へ冷たいものが走るのを感じた。

 

「生きてる……」

 

 その呟きは、誰にも聞かれることなく、巨大な導管の唸りへ溶けていった。

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