低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
肝区画を後にしてから半刻。
ロックは帳面と壁を何度も見比べながら歩いていた。
循環器系は一本の通路ではない。
心臓炉から送り出された魔力は、幹から枝へ、枝から葉脈へと広がるように無数の導管へ分かれている。
前回までは、その一本一本を潰していくように調べてきた。
だが、今日からは違う。
肝区画を中継できる。
探索時間が半日ほど伸びた。
それだけで、今まで届かなかった場所へ足を踏み入れられる。
「この先か……」
帳面へ記した印が途切れている。
未知の領域だった。
ロックは壁へ白墨で小さな矢印を書いた。
目立たない位置。
だが、自分なら見落とさない。
そして十歩ごとに番号を書き足していく。
帰るためではない。
地図を完成させるためだ。
◇
しばらく進むと、導管の音が変わった。
今までは静かな脈動だった。
しかし、この先では低い唸りのような音が混じる。
「圧力が高い……?」
導管は太くなり、壁へ幾重にも固定されている。
床には排水溝が増え、天井からは細い管が幾本も垂れ下がっていた。
どれも先端が開いている。
雫が一滴。
また一滴。
規則正しく落ちている。
ロックは受け皿へ一滴だけ取った。
透明。
匂いはない。
だが飲まない。
帳面へだけ記す。
天井配管より液体滴下。用途不明。
何でも試すほど命は安くない。
◇
さらに進む。
やがて通路が三方向へ枝分かれしていた。
珍しい。
今までは二方向がほとんどだった。
「三叉路……」
ロックは腰を下ろした。
帳面を開き、ここまで歩いた距離を書き込む。
左。
正面。
右。
それぞれ導管の太さが違う。
右は細い。
左は中くらい。
正面だけが異様に太い。
「普通なら正面だけど……」
ロックは頭を振る。
普通なら、だ。
探索では「目立つ道」が正しいとは限らない。
むしろ保守用通路は細いことが多い。
導管の表面を見る。
傷。
汚れ。
磨耗。
それらを一つずつ観察する。
「あ……」
正面の導管だけ、擦れた跡が集中していた。
何か大きな物が頻繁に通る。
作業体か。
大型保守体か。
あるいは──
「抗体の主動線」
そう考えた方が自然だった。
ならば避ける。
ロックは右へ向いた。
細い導管。
人一人が通れる程度の補修路。
保守員が点検に使うための道なら、抗体も少ないかもしれない。
◇
右の通路へ入って十分。
ロックは足を止めた。
壁へ規則正しく並ぶ円形の蓋。
その一つが半ば開いていた。
覗き込む。
暗い。
石を一つ落とす。
音が返る。
深くはない。
蓋の内側へ古代文字が刻まれていた。
「点検口……」
文字は読める。
だが意味が違う。
“入口”ではない。
“保守専用”
“導管閉鎖時使用”
そんな内容だった。
ロックは笑った。
「やっぱりだ」
ここは冒険者が歩く道ではない。
保守員が使う道。
だから抗体も少ない。
だから今まで誰も通っていない。
◇
その時だった。
遠くで、
ガコン。
重い音が響く。
続いて導管全体が震えた。
ロックは咄嗟に壁へ身を寄せる。
何が起きた。
地震ではない。
導管の中を流れる魔力が、一瞬だけ強く脈打った。
青白い光が走る。
そして静かになる。
「今のは……」
心臓炉ではない。
もっと近い。
どこかで巨大な弁が切り替わったような音だった。
ロックは帳面へ急いで書く。
定刻と思われる切替あり。
導管圧力変化。
原因不明。
人工始原の巨人は眠っている。
そう思っていた。
しかし違う。
眠っているのではない。
今も決められた周期で、自らの身体を動かしている。
ロックは背筋へ冷たいものが走るのを感じた。
「生きてる……」
その呟きは、誰にも聞かれることなく、巨大な導管の唸りへ溶けていった。