低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
ロックは壁に手を当てた。
先ほどの振動は、すでに収まっている。
導管の脈動も元へ戻っていた。
「周期運動……かな」
帳面へ一行書き足す。
保守機構は停止していない。一定周期で各区画が作動する。
これまで「死体」だと思っていた人工始原の巨人。
しかし実際には違う。
生きているわけではない。
だが、死んでもいない。
誰もいない施設が、数百年もの間、決められた手順だけを繰り返している。
その事実が、何より不気味だった。
◇
点検路を進む。
天井は低い。
ロックでも頭を少しかがめなければ歩けない。
広い保守通路とはまるで造りが違う。
壁際には細い棚。
工具を掛けていたと思われる金具。
そして一定間隔で設けられた小さな休憩所。
「保守員専用通路か」
魔術師ではない。
戦士でもない。
この巨大施設を維持する技師たちが、毎日歩いていた道。
そう思うと、急に人の営みが感じられた。
彼らにも一日があり、仕事があり、休憩があり、帰宅があったのだろう。
もっとも、その帰る場所はもう存在しない。
◇
通路の途中で、ロックは足を止めた。
壁に小さな金属札が取り付けられている。
古代文字だ。
擦れているが読める。
第七保守区画
「区画番号か」
帳面へ写す。
こうした標識は地図を作る上で非常に重要だ。
距離は歩数で測れる。
だが、区画番号があれば現在位置を後から整理しやすい。
ロックは簡単な見取り図を書き加えた。
◇
さらに進むと、小部屋へ出た。
六畳ほどの広さ。
石の机。
石の椅子。
壁際には棚が並ぶ。
食堂でも宿直室でもない。
もっと簡素だ。
「休憩室……かな」
棚は空だった。
器もない。
書類もない。
持ち出せる物は、とっくに失われている。
しかし、一つだけ残っていた。
壁に刻まれた落書き。
古代文字で短く書かれている。
次は俺の番だ。
ロックは思わず苦笑した。
「昔も変わらないな」
宿直。
夜勤。
見回り。
きっと誰かが同僚へ向けて残した悪戯だ。
数百年を経てなお残る、人間らしい痕跡だった。
◇
休憩室を出ようとした時。
カツン。
小さな音。
ロックは咄嗟に身を伏せた。
誰かいる。
息を潜める。
音は一つ。
二つ。
規則正しい。
足音だ。
やがて通路の奥から姿を現した。
白いホムンクルス。
しかし今まで見た個体とは違う。
腰に細い工具袋を下げている。
右手には細長い棒状の器具。
武器ではない。
点検具だ。
ホムンクルスは部屋へ入ると、壁際の棚を見回し、何もないことを確認した。
それから部屋を一周し、床を見渡す。
最後に落書きの前で立ち止まり――
何事もなかったように部屋を出ていった。
「巡回……」
敵ではない。
掃除でもない。
点検だ。
休憩室そのものを管理している保守体なのだろう。
ロックは十分ほど待ち、静かに立ち上がる。
もし先ほど部屋の中央へ荷物を置いていたら。
あの保守体はどう反応しただろう。
帳面へ記す。
保守体にも役割の違いあり。
清掃、運搬だけではない。
点検専門と思われる個体を確認。
◇
帰路。
ロックはふと気付いた。
この保守路には、スケルトンも、ドラゴントゥース・ウォリアーも現れない。
抗体として戦う者たちではない。
保守体だけが歩く。
つまり──
「戦闘区域と保守区域が分かれている」
だから安全なのではない。
役割が違うのだ。
人工始原の巨人は、身体全体を一律に守っているわけではない。
区画ごとに異なる管理が行われている。
その仕組みを理解できれば、危険な区域を避け、より深部へ進める。
ロックは入口へ向かいながら、地図へ新たな線を書き加えた。
探索は宝探しではない。
巨大な一つの生命機構を読み解く作業だ。
そう考え始めた時、人工始原の巨人は「遺跡」から「機能し続ける施設」へと、その姿を変え始めていた。