低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

48 / 49
第43話 保守路

 ロックは壁に手を当てた。

 

 先ほどの振動は、すでに収まっている。

 

 導管の脈動も元へ戻っていた。

 

「周期運動……かな」

 

 帳面へ一行書き足す。

 

保守機構は停止していない。一定周期で各区画が作動する。

 

 これまで「死体」だと思っていた人工始原の巨人。

 

 しかし実際には違う。

 

 生きているわけではない。

 

 だが、死んでもいない。

 

 誰もいない施設が、数百年もの間、決められた手順だけを繰り返している。

 

 その事実が、何より不気味だった。

 

     ◇

 

 点検路を進む。

 

 天井は低い。

 

 ロックでも頭を少しかがめなければ歩けない。

 

 広い保守通路とはまるで造りが違う。

 

 壁際には細い棚。

 

 工具を掛けていたと思われる金具。

 

 そして一定間隔で設けられた小さな休憩所。

 

「保守員専用通路か」

 

 魔術師ではない。

 

 戦士でもない。

 

 この巨大施設を維持する技師たちが、毎日歩いていた道。

 

 そう思うと、急に人の営みが感じられた。

 

 彼らにも一日があり、仕事があり、休憩があり、帰宅があったのだろう。

 

 もっとも、その帰る場所はもう存在しない。

 

     ◇

 

 通路の途中で、ロックは足を止めた。

 

 壁に小さな金属札が取り付けられている。

 

 古代文字だ。

 

 擦れているが読める。

 

第七保守区画

 

「区画番号か」

 

 帳面へ写す。

 

 こうした標識は地図を作る上で非常に重要だ。

 

 距離は歩数で測れる。

 

 だが、区画番号があれば現在位置を後から整理しやすい。

 

 ロックは簡単な見取り図を書き加えた。

 

     ◇

 

 さらに進むと、小部屋へ出た。

 

 六畳ほどの広さ。

 

 石の机。

 

 石の椅子。

 

 壁際には棚が並ぶ。

 

 食堂でも宿直室でもない。

 

 もっと簡素だ。

 

「休憩室……かな」

 

 棚は空だった。

 

 器もない。

 

 書類もない。

 

 持ち出せる物は、とっくに失われている。

 

 しかし、一つだけ残っていた。

 

 壁に刻まれた落書き。

 

 古代文字で短く書かれている。

 

次は俺の番だ。

 

 ロックは思わず苦笑した。

 

「昔も変わらないな」

 

 宿直。

 

 夜勤。

 

 見回り。

 

 きっと誰かが同僚へ向けて残した悪戯だ。

 

 数百年を経てなお残る、人間らしい痕跡だった。

 

     ◇

 

 休憩室を出ようとした時。

 

 カツン。

 

 小さな音。

 

 ロックは咄嗟に身を伏せた。

 

 誰かいる。

 

 息を潜める。

 

 音は一つ。

 

 二つ。

 

 規則正しい。

 

 足音だ。

 

 やがて通路の奥から姿を現した。

 

 白いホムンクルス。

 

 しかし今まで見た個体とは違う。

 

 腰に細い工具袋を下げている。

 

 右手には細長い棒状の器具。

 

 武器ではない。

 

 点検具だ。

 

 ホムンクルスは部屋へ入ると、壁際の棚を見回し、何もないことを確認した。

 

 それから部屋を一周し、床を見渡す。

 

 最後に落書きの前で立ち止まり――

 

 何事もなかったように部屋を出ていった。

 

「巡回……」

 

 敵ではない。

 

 掃除でもない。

 

 点検だ。

 

 休憩室そのものを管理している保守体なのだろう。

 

 ロックは十分ほど待ち、静かに立ち上がる。

 

 もし先ほど部屋の中央へ荷物を置いていたら。

 

 あの保守体はどう反応しただろう。

 

 帳面へ記す。

 

保守体にも役割の違いあり。

 

清掃、運搬だけではない。

 

点検専門と思われる個体を確認。

 

     ◇

 

 帰路。

 

 ロックはふと気付いた。

 

 この保守路には、スケルトンも、ドラゴントゥース・ウォリアーも現れない。

 

 抗体として戦う者たちではない。

 

 保守体だけが歩く。

 

 つまり──

 

「戦闘区域と保守区域が分かれている」

 

 だから安全なのではない。

 

 役割が違うのだ。

 

 人工始原の巨人は、身体全体を一律に守っているわけではない。

 

 区画ごとに異なる管理が行われている。

 

 その仕組みを理解できれば、危険な区域を避け、より深部へ進める。

 

 ロックは入口へ向かいながら、地図へ新たな線を書き加えた。

 

 探索は宝探しではない。

 

 巨大な一つの生命機構を読み解く作業だ。

 

 そう考え始めた時、人工始原の巨人は「遺跡」から「機能し続ける施設」へと、その姿を変え始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。