低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第5話 閉ざされた入口

 朝靄の残る王都を、ロックは足早に歩いていた。

 

 肩には、いつもの荷袋。

 

 縄に蝋燭、白墨、油壺。地下水道の点検に必要な道具が収まっている。

 

 どれも目立たない、ごく普通の荷物だった。

 

 今日で終わる。

 

 役所が出した地下水道の点検依頼は、この一日で打ち切られる。

 

 依頼そのものは惜しくない。

 

 惜しいのは、その依頼が終わることで、あの遺跡へ正規の理由で入れなくなることだった。

 

 地下水道の入口では、顔見知りになった役人が欠伸を噛み殺していた。

 

 ロックの姿を見ると、小さく手を上げる。

 

「おう。今日で最後だ」

 

「はい」

 

「昨日までで大きな異常は見つからなかった。今日は奥をもう一度見てくれればいい」

 

「分かりました」

 

 短いやり取りを済ませ、鍵を受け取る。

 

 重たい鉄扉を開くと、湿った空気が顔にまとわりついた。

 

 鼻を突く泥と汚水の臭い。

 

 何度入っても慣れるものではない。

 

 ロックは提灯へ火を灯し、石段を降りていった。

 

 まずは依頼をこなす。

 

 これが何よりも優先だ。

 

 壁のひびを調べ、水の流れを確かめる。

 

 流木や布切れを取り除き、詰まりそうな場所へ印を付ける。

 

 役人へ提出する報告が雑なら、次から信用を失う。

 

 信用を失えば、二度と地下へ入れない。

 

 それだけは避けたかった。

 

 一通り点検を終えると、ロックは人目のない支路へ足を向けた。

 

 崩れた壁。

 

 その奥に隠された乾いた石造りの通路。

 

 地下水道とはまるで空気が違う。

 

 湿気は薄く、古い石と埃の匂いだけが漂っていた。

 

 昨日、自分が付けた白墨の印は、そのまま残っている。

 

 誰も来ていない。

 

 ロックは小石を拾い、部屋の奥へ放り投げた。

 

 乾いた音が響き、静寂が戻る。

 

 もう一つ投げる。

 

 反応はない。

 

 慎重に部屋へ入ると、昨日倒した竜牙兵が、そのまま床へ転がっていた。

 

 砕けた骨も、散乱した盾も、動いた様子はない。

 

 ロックは安堵の息を吐く。

 

「……よかった」

 

 だが、すぐに気を引き締めた。

 

 昨日安全だったからといって、今日も安全とは限らない。

 

 部屋の隅から隅まで目を走らせる。

 

 床。

 

 壁。

 

 天井。

 

 少しでも違和感があれば引き返すつもりだった。

 

 異常はない。

 

 ようやく、ロックは二体の竜牙兵へ近づいた。

 

 昨日の戦いで転がったままの剣へ視線を落とす。

 

 どちらも見事な造りだった。

 

 長い年月を地下で過ごしていたとは思えないほど、刃には鈍りがない。

 

 柄にも錆は浮いていなかった。

 

 魔法の品なのだろう。

 

 普通の武器なら、とっくに朽ちている。

 

 そっと持ち上げてみる。

 

 ずしり、と腕へ重みがのしかかった。

 

「重いな……」

 

 振れないことはない。

 

 だが、これで命のやり取りをする姿は想像できなかった。

 

 速く動こうとすれば、武器に身体を持っていかれる。

 

 今の自分には荷が勝ちすぎている。

 

 ロックは剣を元へ戻した。

 

 ここで無理に持ち帰っても、入口で怪しまれるだけだ。

 

 役人は、地下へ入る時の荷物を覚えている。

 

 帰りだけ大きな包みを抱えていれば、言い逃れは難しい。

 

 焦る理由はない。

 

 遺跡は逃げない。

 

 そう自分へ言い聞かせる。

 

 部屋の奥には、二体が守っていた黒い石の扉が静かに立っていた。

 

 昨日より落ち着いて眺めると、扉の左右には細かな文字が刻まれている。

 

 ロックは提灯を近づけた。

 

 風化して読めない部分も多い。

 

 それでも、ところどころ意味の分かる単語があった。

 

「……管理区画……」

 

「……許可……」

 

「……再構成……」

 

 施設の案内だろうか。

 

 警告文にも見える。

 

 断片だけでは意味がつながらない。

 

 ロックは文字を書き写そうと白墨を取り出したが、途中で手を止めた。

 

 紙が足りない。

 

 焦って書けば間違える。

 

 今日は無理をしない。

 

 読めた部分だけ頭へ刻み込む。

 

 扉へ近づく。

 

 取っ手はない。

 

 鍵穴も見当たらない。

 

 石と石の継ぎ目も、驚くほど精巧だった。

 

 魔法で開閉する仕組みなのか。

 

 あるいは、別の場所から操作するのか。

 

 軽く押してみたい衝動に駆られる。

 

 だが、その衝動をロックは押し殺した。

 

「昨日の俺なら、押してたかもな」

 

 苦笑する。

 

 二体の竜牙兵を相手に生き延びたことで、一つ学んだ。

 

 分からないものには触れない。

 

 それが一番長生きできる。

 

 代わりに周囲を調べる。

 

 床の継ぎ目。

 

 壁の角。

 

 天井。

 

 そして、扉の足元。

 

 ふと、蝋燭の炎が小さく揺れた。

 

「風?」

 

 地下水道から流れ込む風ではない。

 

 炎は、扉の向こうから吹いてくる微かな空気に反応していた。

 

 ロックは床へ腹ばいになり、扉の下を覗き込む。

 

 ほんのわずかな隙間。

 

 そこから冷たい空気が流れてきている。

 

 向こうには空間がある。

 

 しかも、空気が淀んでいない。

 

 どこかで外とつながっている証拠だった。

 

「別の入口がある……?」

 

 胸が高鳴る。

 

 地下水道だけが、この遺跡へ続く道ではない。

 

 もし別の入口を見つけられれば、役所の依頼がなくても遺跡へ来られる。

 

 ロックは蝋燭を掲げた。

 

 炎はゆっくりと、一定の方向へ流れている。

 

 風は弱い。

 

 だが、止まってはいない。

 

 この遺跡は死んでいない。

 

 どこかで呼吸を続けている。

 

 ロックは扉を見上げた。

 

「急がなくてもいい」

 

 自分へ言い聞かせるように呟く。

 

「入口は、まだどこかにある」

 

 それだけ分かれば十分だった。

 

 今日は帰る。

 

 地上へ戻り、この辺りの地図を集めよう。

 

 古い屋敷。

 

 使われなくなった井戸。

 

 塞がれた地下室。

 

 風が吹き出す穴。

 

 手掛かりは、王都のどこかに残っているはずだ。

 

 ロックは最後に部屋を見回した。

 

 剣も。

 

 鎧も。

 

 黒い扉も。

 

 昨日と変わらず、静かにそこにあった。

 

「また来る」

 

 誰へ向けるでもなく呟き、ロックは遺跡を後にした。

 

 地下水道へ戻ると、再び点検役の冒険者の顔になる。

 

 何事もなかったように歩き、入口へ戻る。

 

 役人は報告書へ目を通しながら頷いた。

 

「ご苦労さん。これで点検は終わりだ」

 

「次はいつ頃になりますか」

 

「よほどのことがなければ、しばらくは呼ばれんだろうな」

 

「そうですか」

 

 覚悟していた答えだった。

 

 鍵を返し、地下水道を後にする。

 

 朝日が眩しい。

 

 石畳を吹き抜ける風が、地下の冷たい空気とはまるで違って感じられた。

 

 正規の入口は閉ざされた。

 

 だが、希望まで閉ざされたわけではない。

 

 遺跡はまだ息づいている。

 

 その息の通り道を見つけ出せばいい。

 

 ロックは王都の街並みを見渡した。

 

 次の探索は、地下ではない。

 

 この広い王都そのものが、新たな探索の舞台になるのだった。




現時点の設定に基づく収支表です。

日数 内容 収入 支出 所持金
初日 初期所持金 700G 0G 700G
1日目 地下水道点検報酬 +5G 0G 705G
2日目 地下水道点検報酬 +5G 0G 710G
3日目 地下水道点検報酬 +5G 0G 715G
4日目 地下水道点検報酬 +5G 0G 720G

第5話開始時点

項目 金額
所持金 720G

資産(現金以外)

* 魔法のブロードソード(遺跡に保管)
* 魔法のバスタードソード(遺跡に保管)
* 魔法の盾(遺跡に保管)
* 魔法の鎧×2(竜牙兵に装着されたまま)
* 古代王国遺跡への隠し通路
* 黒い扉と未知の研究区画の存在
* 地下水道から遺跡への経路情報

現在のロックは、現金720ガメルに対し、回収できれば何十倍もの価値になり得る資産を遺跡内に眠らせている状態です。これは第4話で描いた「資産はある、金はない」という状況がそのまま続いています。

経験点

* 前話所持経験点:50点
* 竜牙兵2体目撃破:+50点
* 日次ミッション経験点:0点
* ピンゾロ:0回

現在所持経験点:100点

戦利品

* 黒い竜牙 ×2
* ロングソード ×2
* シールド ×1
* 古代製金具(調査予定)

探索状況

* 入口警備の竜牙兵2体を制圧。
* 遺跡への侵入に成功。
* 地下へ続く新たな階段を発見。
* 本格的な古代王国遺跡の探索が始まる。
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