低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第50話 《墓標喰らい》

 翌朝。

 

 ロックは《古代王国の扉》亭の隅で、ヨアヒムから受け取った紙を広げていた。

 

 書かれている内容は少ない。

 

出没地――王都南西、旧街道沿い

被害――行商人二名、猟師一名

特徴――夜間に出現

武器を持つ

人の声を真似る

通称――《墓標喰らい》

 

「武器を持つ魔物……」

 

 妖魔か。

 

 知性を持つ不死者か。

 

 あるいは、別の何か。

 

 紙だけでは分からない。

 

 ロックは懸賞金の額を見直した。

 

 一万二千ガメル。

 

 高額なのは、三人を殺したからだけではないだろう。

 

 討伐できなければ、旧街道そのものが使えなくなる。

 

 荷馬車が迂回すれば、王都へ入る品の値も上がる。

 

 これは魔物一体の問題ではなく、街道の安全に関わる問題だった。

 

     ◇

 

 ロックが最初に向かったのは、現場ではなかった。

 

 王都南門近くの番所である。

 

「《墓標喰らい》について聞きたいんです」

 

 詰めていた兵士は、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「冒険者か?」

 

「調査だけです」

 

「討ちに行くんじゃないのか」

 

「まだ、何を討つのかも分かってませんから」

 

 兵士は少しだけ表情を緩めた。

 

 勢いだけで出ていく者を、何人も見てきたのだろう。

 

「被害者は三人と聞きました」

 

「分かってるのはな」

 

「分かっているのは?」

 

「行方不明なら他にもいる。街道を外れた行商人、夜になっても戻らなかった猟師、墓参りへ出た老婆。全部あれの仕業かは知らん」

 

「最初の被害はいつです?」

 

「二月ほど前だ」

 

 ロックは帳面を開いた。

 

「被害が増えた時期は?」

 

「ここ三週間だな」

 

「死体は?」

 

「二つ見つかった。一つは見付けた時には骨だった」

 

「もう一つは?」

 

 兵士の顔が曇る。

 

「頭がなかった」

 

 ロックの鉛筆が止まった。

 

「武器による傷ですか?」

 

「首は刃物だ。身体には、獣に喰われたような跡もあった」

 

「武器を使って殺してから、食べた?」

 

「それを確かめるのが、お前らの仕事だろ」

 

 ロックは小さく頷いた。

 

     ◇

 

 次に訪ねたのは、旧街道近くの猟師小屋だった。

 

 被害者の一人と親しかった老人が住んでいる。

 

「墓標喰らいなんて呼ばれてますけど、実際に墓を壊したんですか?」

 

「壊したどころじゃねえ」

 

 老人は短く吐き捨てた。

 

「墓標が消えた」

 

「持ち去られた?」

 

「石も木もだ。それだけじゃねえ。埋めたはずの死人も消えてた」

 

 ロックは眉を寄せた。

 

「墓を掘り返した跡は?」

 

「ある。だが獣じゃねえ。土を掘ったってより、石ごと引き抜いた跡だ」

 

「墓地は一か所だけですか?」

 

「街道沿いの古い墓地が三つ。全部やられた」

 

「時期は?」

 

「最初に墓が荒らされたのが、三月前だ」

 

 人が襲われ始めたのは二月前。

 

 被害が急増したのは三週間前。

 

 先に墓を荒らし、その後で生きた人間を襲い始めた。

 

「何か変わった音や匂いは?」

 

 老人はしばらく考えた。

 

「鐘だな」

 

「鐘?」

 

「夜中に鳴る。小せえ鐘だ。山羊の首に付けるような音だ」

 

「どの方角から?」

 

「決まってねえ。近くで鳴ったと思ったら、次は森の奥だ」

 

「人の声を聞いた人は?」

 

「俺が聞いた」

 

 老人は囲炉裏の火を見つめた。

 

「死んだ息子の声だった」

 

 ロックは口を挟まなかった。

 

「森から俺を呼びやがった。親父、こっちだってな。息子が死んで九年だ。間違えるはずがねえ」

 

「追いましたか?」

 

「斧を持って外へ出た。だが犬が動かなかった」

 

「怯えていた?」

 

「違う。森じゃなく、小屋の屋根を見てた」

 

 老人はゆっくりと天井を指差した。

 

「声は森から聞こえた。だが、あれは屋根の上にいた」

 

     ◇

 

 ロックは小屋を出ると、周囲を一周した。

 

 地面は乾いている。

 

 屋根の下には、雨水で削られた土。

 

 その一角だけ、深く抉れていた。

 

「重い」

 

 何かが屋根から飛び降りた跡。

 

 人より重い。

 

 だが大型の獣ほどではない。

 

 足跡らしい形は残っていない。

 

 代わりに、地面へ細い傷が四本走っていた。

 

「爪じゃない……」

 

 金属の先端を持つ何か。

 

 槍。

 

 杖。

 

 あるいは、長い指。

 

 ロックは傷の幅と間隔を測り、帳面へ写した。

 

     ◇

 

 日が傾き始める前に、ロックは旧街道へ入った。

 

 討伐のためではない。

 

 日中に地形を確かめるためだ。

 

 街道は王都から離れるほど細くなっていく。

 

 車輪の跡は残っているが、新しいものは少ない。

 

 街道脇には畑が点在し、その向こうに雑木林が広がっていた。

 

 最初の墓地は、街道から二百歩ほど外れた丘にあった。

 

 石を積んだだけの簡素な墓。

 

 木の墓標。

 

 小さな祠。

 

 その半分近くが壊されている。

 

「食べた、というより……」

 

 墓標は砕かれていない。

 

 引き抜かれている。

 

 木製の物も、石製の物も同じだ。

 

 何かが墓標そのものを集めた。

 

 墓穴も掘り返されている。

 

 だが土の散らばり方がおかしい。

 

 外へ掻き出したのではない。

 

 穴の周囲へ均等に積まれている。

 

「道具を使ってる」

 

 獣の仕業ではない。

 

 土を掘り、遺体を取り出し、穴を埋め戻している。

 

 乱暴ではあるが、一定の手順がある。

 

 ロックは墓地の周囲を調べた。

 

 林へ続く引きずり跡。

 

 古い。

 

 雨で崩れかけている。

 

 その脇に、細かな白い粉が落ちていた。

 

 指先で触れる。

 

「骨……?」

 

 削れた骨粉。

 

 量は僅かだ。

 

 だが引きずり跡に沿って続いている。

 

     ◇

 

 林へは入らなかった。

 

 日が落ちる前に、帰路へ就く。

 

 敵の縄張りへ、準備もなく踏み込む理由はない。

 

 街道へ戻る途中、ロックは一度だけ振り返った。

 

 墓地の奥。

 

 木々の間に、細長い影が立っていた。

 

「……」

 

 人の形。

 

 頭一つ分ほど背が高い。

 

 肩から何かを垂らしている。

 

 影は動かない。

 

 距離は百歩以上。

 

 顔は見えない。

 

 ロックは剣へ手を掛けず、そのまま歩いた。

 

 見えていないふりをする。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

 背後から、小さな音が聞こえた。

 

 ちりん。

 

 鈴の音だった。

 

 続いて、若い女の声がした。

 

「ロック」

 

 足を止めかける。

 

 だが、振り返らない。

 

 この場所でロックの名を知る者はいない。

 

「待って」

 

 今度は、もっと近い。

 

 リュンクスの声に似ていた。

 

 似ているだけだ。

 

 話し方が違う。

 

 声の調子だけを真似ている。

 

「ロック、置いていかないで」

 

 ロックは歩調を変えなかった。

 

 街道へ出る。

 

 人家が見える。

 

 そこでようやく背後を確認した。

 

 墓地にも林にも、影はない。

 

     ◇

 

 王都へ戻った夜。

 

 ロックは集めた情報を一枚の紙へ整理した。

 

墓を荒らし、遺体と墓標を運ぶ

人間の武器を使用する可能性あり

人の声を記憶し、別の場所から聞こえるように真似る

屋根へ上がれる

人間よりやや重い

夜行性とは限らない

日中も墓地周辺から監視している

獲物の名を知る方法は不明

 

 最後の項目を丸で囲む。

 

 ロックの名を、どこで知ったのか。

 

 ヨアヒムとの話を聞いていたのか。

 

 番所か。

 

 猟師小屋か。

 

 それとも、墓地へ着く前から尾行されていたのか。

 

「討つより先に、見つけないと」

 

 相手は力だけの魔物ではない。

 

 観察し、覚え、誘い出す。

 

 しかも、自分の姿を簡単には見せない。

 

 ソロでは厳しい。

 

 それは間違いない。

 

 だが、大人数で踏み込めば、相手は姿を消すだろう。

 

 必要なのは、戦士を集めることではない。

 

 逃げ道を塞ぎ、声に惑わされず、本体の位置を見抜ける仲間。

 

 ロックの脳裏に、一人の少女が浮かんだ。

 

「高くつきそうだな……」

 

 宝石と金貨に目がない、猫のようなシティシーフ。

 

 リュンクスへ話を持ち込む前に、報酬の取り分を考えなければならなかった。

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