低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
翌朝。
ロックは《古代王国の扉》亭の隅で、ヨアヒムから受け取った紙を広げていた。
書かれている内容は少ない。
出没地――王都南西、旧街道沿い
被害――行商人二名、猟師一名
特徴――夜間に出現
武器を持つ
人の声を真似る
通称――《墓標喰らい》
「武器を持つ魔物……」
妖魔か。
知性を持つ不死者か。
あるいは、別の何か。
紙だけでは分からない。
ロックは懸賞金の額を見直した。
一万二千ガメル。
高額なのは、三人を殺したからだけではないだろう。
討伐できなければ、旧街道そのものが使えなくなる。
荷馬車が迂回すれば、王都へ入る品の値も上がる。
これは魔物一体の問題ではなく、街道の安全に関わる問題だった。
◇
ロックが最初に向かったのは、現場ではなかった。
王都南門近くの番所である。
「《墓標喰らい》について聞きたいんです」
詰めていた兵士は、露骨に嫌そうな顔をした。
「冒険者か?」
「調査だけです」
「討ちに行くんじゃないのか」
「まだ、何を討つのかも分かってませんから」
兵士は少しだけ表情を緩めた。
勢いだけで出ていく者を、何人も見てきたのだろう。
「被害者は三人と聞きました」
「分かってるのはな」
「分かっているのは?」
「行方不明なら他にもいる。街道を外れた行商人、夜になっても戻らなかった猟師、墓参りへ出た老婆。全部あれの仕業かは知らん」
「最初の被害はいつです?」
「二月ほど前だ」
ロックは帳面を開いた。
「被害が増えた時期は?」
「ここ三週間だな」
「死体は?」
「二つ見つかった。一つは見付けた時には骨だった」
「もう一つは?」
兵士の顔が曇る。
「頭がなかった」
ロックの鉛筆が止まった。
「武器による傷ですか?」
「首は刃物だ。身体には、獣に喰われたような跡もあった」
「武器を使って殺してから、食べた?」
「それを確かめるのが、お前らの仕事だろ」
ロックは小さく頷いた。
◇
次に訪ねたのは、旧街道近くの猟師小屋だった。
被害者の一人と親しかった老人が住んでいる。
「墓標喰らいなんて呼ばれてますけど、実際に墓を壊したんですか?」
「壊したどころじゃねえ」
老人は短く吐き捨てた。
「墓標が消えた」
「持ち去られた?」
「石も木もだ。それだけじゃねえ。埋めたはずの死人も消えてた」
ロックは眉を寄せた。
「墓を掘り返した跡は?」
「ある。だが獣じゃねえ。土を掘ったってより、石ごと引き抜いた跡だ」
「墓地は一か所だけですか?」
「街道沿いの古い墓地が三つ。全部やられた」
「時期は?」
「最初に墓が荒らされたのが、三月前だ」
人が襲われ始めたのは二月前。
被害が急増したのは三週間前。
先に墓を荒らし、その後で生きた人間を襲い始めた。
「何か変わった音や匂いは?」
老人はしばらく考えた。
「鐘だな」
「鐘?」
「夜中に鳴る。小せえ鐘だ。山羊の首に付けるような音だ」
「どの方角から?」
「決まってねえ。近くで鳴ったと思ったら、次は森の奥だ」
「人の声を聞いた人は?」
「俺が聞いた」
老人は囲炉裏の火を見つめた。
「死んだ息子の声だった」
ロックは口を挟まなかった。
「森から俺を呼びやがった。親父、こっちだってな。息子が死んで九年だ。間違えるはずがねえ」
「追いましたか?」
「斧を持って外へ出た。だが犬が動かなかった」
「怯えていた?」
「違う。森じゃなく、小屋の屋根を見てた」
老人はゆっくりと天井を指差した。
「声は森から聞こえた。だが、あれは屋根の上にいた」
◇
ロックは小屋を出ると、周囲を一周した。
地面は乾いている。
屋根の下には、雨水で削られた土。
その一角だけ、深く抉れていた。
「重い」
何かが屋根から飛び降りた跡。
人より重い。
だが大型の獣ほどではない。
足跡らしい形は残っていない。
代わりに、地面へ細い傷が四本走っていた。
「爪じゃない……」
金属の先端を持つ何か。
槍。
杖。
あるいは、長い指。
ロックは傷の幅と間隔を測り、帳面へ写した。
◇
日が傾き始める前に、ロックは旧街道へ入った。
討伐のためではない。
日中に地形を確かめるためだ。
街道は王都から離れるほど細くなっていく。
車輪の跡は残っているが、新しいものは少ない。
街道脇には畑が点在し、その向こうに雑木林が広がっていた。
最初の墓地は、街道から二百歩ほど外れた丘にあった。
石を積んだだけの簡素な墓。
木の墓標。
小さな祠。
その半分近くが壊されている。
「食べた、というより……」
墓標は砕かれていない。
引き抜かれている。
木製の物も、石製の物も同じだ。
何かが墓標そのものを集めた。
墓穴も掘り返されている。
だが土の散らばり方がおかしい。
外へ掻き出したのではない。
穴の周囲へ均等に積まれている。
「道具を使ってる」
獣の仕業ではない。
土を掘り、遺体を取り出し、穴を埋め戻している。
乱暴ではあるが、一定の手順がある。
ロックは墓地の周囲を調べた。
林へ続く引きずり跡。
古い。
雨で崩れかけている。
その脇に、細かな白い粉が落ちていた。
指先で触れる。
「骨……?」
削れた骨粉。
量は僅かだ。
だが引きずり跡に沿って続いている。
◇
林へは入らなかった。
日が落ちる前に、帰路へ就く。
敵の縄張りへ、準備もなく踏み込む理由はない。
街道へ戻る途中、ロックは一度だけ振り返った。
墓地の奥。
木々の間に、細長い影が立っていた。
「……」
人の形。
頭一つ分ほど背が高い。
肩から何かを垂らしている。
影は動かない。
距離は百歩以上。
顔は見えない。
ロックは剣へ手を掛けず、そのまま歩いた。
見えていないふりをする。
一歩。
二歩。
三歩。
背後から、小さな音が聞こえた。
ちりん。
鈴の音だった。
続いて、若い女の声がした。
「ロック」
足を止めかける。
だが、振り返らない。
この場所でロックの名を知る者はいない。
「待って」
今度は、もっと近い。
リュンクスの声に似ていた。
似ているだけだ。
話し方が違う。
声の調子だけを真似ている。
「ロック、置いていかないで」
ロックは歩調を変えなかった。
街道へ出る。
人家が見える。
そこでようやく背後を確認した。
墓地にも林にも、影はない。
◇
王都へ戻った夜。
ロックは集めた情報を一枚の紙へ整理した。
墓を荒らし、遺体と墓標を運ぶ
人間の武器を使用する可能性あり
人の声を記憶し、別の場所から聞こえるように真似る
屋根へ上がれる
人間よりやや重い
夜行性とは限らない
日中も墓地周辺から監視している
獲物の名を知る方法は不明
最後の項目を丸で囲む。
ロックの名を、どこで知ったのか。
ヨアヒムとの話を聞いていたのか。
番所か。
猟師小屋か。
それとも、墓地へ着く前から尾行されていたのか。
「討つより先に、見つけないと」
相手は力だけの魔物ではない。
観察し、覚え、誘い出す。
しかも、自分の姿を簡単には見せない。
ソロでは厳しい。
それは間違いない。
だが、大人数で踏み込めば、相手は姿を消すだろう。
必要なのは、戦士を集めることではない。
逃げ道を塞ぎ、声に惑わされず、本体の位置を見抜ける仲間。
ロックの脳裏に、一人の少女が浮かんだ。
「高くつきそうだな……」
宝石と金貨に目がない、猫のようなシティシーフ。
リュンクスへ話を持ち込む前に、報酬の取り分を考えなければならなかった。