低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
翌朝。
ロックは《古代王国の扉》亭の一階で、昨夜まとめた帳面を読み返していた。
墓を荒らす。
死体と墓標を運ぶ。
刃物を使う。
屋根へ上がる。
人の声を真似る。
そして、獲物の名を呼ぶ。
「デュラハン……いや」
首を失った騎士の亡霊なら、刃物による斬首とは結び付く。
だが、墓を掘る理由がない。
墓標を集める理由もない。
まして、他人の声を真似て獲物を誘い出すなど、ロックの知るデュラハンの振る舞いではなかった。
「アンデッドナイトなら、武器を扱うことはできる」
知性を残した不死の騎士。
死してなお命令や執念に縛られ、武具を手に戦い続ける存在。
しかし、それだけでは声の説明がつかない。
姿を見せず、離れた場所から聞こえる声。
死者の声を正確に再現し、生者の記憶を刺すように呼び掛けるもの。
ロックは帳面の余白へ、一本の線を引いた。
刃物を使うもの
声を使うもの
「同じだと決めつける必要はないか」
すべての痕跡が、一体の魔物によるものとは限らない。
人間の事件でも、盗みを働いた者と盗品を運んだ者が同じとは限らない。
まして魔物なら、二体以上が共に行動している可能性もある。
ロックはもう一本、線を引いた。
共生
従属
利用
偶然
どれかはまだ分からない。
だが、少なくとも既知の不死者へ無理に当てはめるのは危険だった。
◇
午前のうちに、ロックは賢者の学院へ向かった。
クラウゼへ相談するつもりはない。
人工始原の巨人と繋がる話ではないが、賞金首の調査にまで頼れば、余計な関心を引きかねない。
学院の閲覧室で借りたのは、不死者の伝承と、王都周辺の怪異記録だった。
首なし騎士。
墓守の亡霊。
死者の声で旅人を呼ぶもの。
夜道で鈴を鳴らす妖魔。
似た話はいくつか見付かった。
だが、どれも《墓標喰らい》と完全には一致しない。
中でもロックの目を引いたのは、南方の山村に残された古い記録だった。
姿なく、声のみを残した亡霊あり
生者の声を借り、谷間にて呼ぶ
答えし者は道を失い、崖下にて発見さる
正式な魔物名は書かれていない。
記録した学者は、現地の呼び名をそのまま記していた。
エコー
「声だけの亡霊……」
それは分類として確立された魔物ではない。
地方伝承に過ぎない可能性もある。
風や谷の反響を、亡霊と誤認しただけかもしれない。
だが、《墓標喰らい》の声には奇妙な点がある。
声は森から聞こえた。
しかし犬は屋根を見ていた。
音の位置と、何かの居場所が一致していない。
「声そのものが動いているなら……」
姿を持たず、声だけが離れた場所へ漂う。
あるいは、別の魔物が声を放っている間に、襲撃役が死角へ回る。
ロックは記録の写しを取り、元の場所へ戻した。
◇
学院を出たロックは、そのまま盗賊ギルドへ向かった。
地下区画の一室では、ヨアヒムが帳簿を眺めている。
「調査は進んだか」
「少しだけ」
ロックは机へ地図を置いた。
被害地点。
荒らされた墓地。
猟師小屋。
最初に影を見た場所。
それぞれを線で繋いである。
「魔物は一体ではないかもしれません」
「根拠は?」
「声と襲撃の痕跡が噛み合いません。声は離れた場所から聞こえるのに、犬は屋根を見ていた。人を斬ったものと、声で誘ったものが別なら説明できます」
ヨアヒムは煙管を置いた。
「片方が獲物を誘って、もう片方が殺す」
「可能性の一つです」
「厄介だな」
「はい。片方だけ見付けても、もう片方に逃げられます」
ヨアヒムは地図を見下ろした。
「それで、仲間が要ると」
「戦うためだけなら、腕の立つ人を雇えばいい。でも必要なのは、姿を隠して動くものを見付けられる人です」
「心当たりがある顔だな」
「あります」
ヨアヒムは嫌そうに眉を上げた。
「やめておけと言っても?」
「聞かないと思います」
「お前じゃない。あの娘がだ」
◇
リュンクスを見付けたのは、昼を過ぎてからだった。
市場裏の狭い路地。
宝石商の裏口近くで、壁へ寄り掛かっている。
明るい茶色の髪を揺らしながら、行き交う人々を眺めていた。
「誰かを待ってるの?」
「金を待ってるのよ」
「金は歩いてこないと思うけど」
「持っている人間は歩いてくるわ」
リュンクスはロックの顔を見ると、片手を差し出した。
「相談料」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてあるもの。面倒事を持ってきましたって」
ロックは差し出された手を見た。
「賞金首の話」
「続けて」
「懸賞金は一万二千ガメル」
リュンクスの目つきが変わった。
「分け前は?」
「まだ決めてない」
「半分」
「高い」
「命を張るのよ」
「僕も張る」
「依頼を持ってきた人間は、紹介料を払うものよ」
「それは逆じゃない?」
リュンクスは手を引っ込めた。
「それで、何を殺すの?」
「分からない」
「帰るわ」
「人の声を真似る」
立ち去りかけた足が止まった。
「墓を荒らして、死体と墓標を運んでる。刃物を使う何かが目撃されてるけど、声を出しているものと同じとは限らない」
「二体いるかもってこと?」
「もっといるかもしれない」
「話が悪くなってるじゃない」
「だから半分は高い」
「増えるところでしょ」
リュンクスは振り返り、ロックの帳面を奪うように取った。
記録を素早く読み進める。
猟師小屋の屋根。
四本の細い傷。
墓地から林へ続く骨粉。
遠くに立っていた人影。
リュンクスの声を真似た呼び掛け。
最後まで読むと、帳面を閉じた。
「私の声を使ったの?」
「似てた」
「何て言ったのよ」
「置いていかないで」
リュンクスの眉間に皺が寄った。
「趣味が悪いわね」
「知ってる声ほど、足を止めるからだと思う」
「あなた、止まった?」
「止まらなかった」
「少しくらい迷いなさいよ」
「話し方が違ったから」
リュンクスは不満そうに帳面を返した。
「本物の私は何て言うと思ったの?」
「置いていくなら、財布を置いていけ」
「分かってるじゃない」
◇
二人は《古代王国の扉》亭へ戻り、地図を広げた。
「正面から墓地へ行くのは駄目ね」
リュンクスが言った。
「向こうはもう、あなたの顔も名前も知ってる。今度は最初から見張られるわ」
「だから、僕が囮になる」
「それで私が後ろを探す?」
「声が僕を誘うなら、声とは別のものが動くかもしれない」
「声と襲撃役が同じだったら?」
「僕の近くに来る」
「あなたが危ないだけじゃない」
「離れているより見える」
リュンクスは地図の一点を指で叩いた。
「ここ」
最初の墓地と猟師小屋の間。
街道から外れた、小さな谷筋だった。
「声を遠くへ飛ばせるなら、開けた場所より、音が返るところを使うはず。森の中なら木に吸われるけど、谷なら位置が分かりにくくなる」
「エコー」
「何それ」
「南方の伝承。姿がなく、声だけで人を呼ぶ亡霊」
「本当にいるの?」
「分からない。でも、似てる」
「なら名前は後でいいわ。声がどこから出て、何が動くかを確かめる」
リュンクスは谷筋から墓地へ線を引いた。
「あなたは夕方に墓地へ入る。私は先に谷へ回る」
「合図は?」
「鳥の鳴き声」
「本物と区別できる?」
「私が三回鳴いたら鳥。四回鳴いたら逃げなさい」
「どうして四回?」
「三回までなら上手くできるから」
「四回目は失敗?」
「うるさい」
◇
報酬の配分は、最後まで揉めた。
「六千」
「四千」
「五千五百」
「四千五百」
「私の方が危ない場所へ先に入るのよ」
「僕は囮になる」
「あなたは一度見逃されてるじゃない」
「次も見逃される保証はない」
「じゃあ五千」
「討伐できたら五千。正体を突き止めただけなら二千」
「三千」
「二千五百」
「それと、拾った宝石は私のもの」
「墓から出たものは駄目」
「魔物の持ち物なら?」
「元の持ち主が分からなければ相談」
「金貨は?」
「懸賞金とは別に半分」
「決まりね」
リュンクスは手を差し出した。
ロックも握り返す。
「明日の夕方」
「ええ」
リュンクスは手を離すと、急に真顔になった。
「一つだけ決めておきましょう」
「何?」
「森で私の声が聞こえても、返事をしないこと」
「分かってる」
「私も、あなたの声には返事をしない」
声を真似るものがいる。
ならば、仲間の呼び掛けさえ信用できない。
二人は言葉ではなく、事前に決めた音だけで連絡を取る。
鳥の声。
石を打つ回数。
姿を目で確認するまで、互いの名を呼ばない。
「声が通じないと、面倒だね」
「盗賊は元々、声を出さずに仕事するものよ」
リュンクスは薄く笑った。
「むしろ、向こうが私たちのやり方に付き合うことになるわ」
賞金首《墓標喰らい》。
その正体が騎士の亡霊なのか。
声だけを残した怪異なのか。
あるいは、その両方なのか。
まだ答えは出ていない。
だが、次に森へ入る時、ロックはもう一人ではなかった。